第五十四討 強盗事件
十二分に商店街を満喫したリヨら三人と、気ままに楽しんだサラとユウコ。そしてこってりと絞られてヘロヘロになったヨーコの六人は、そのままの足で
先日のような催し物は無いが、新しく出来た
「普段は馬車移動ばかりですが、こうしてのんびり歩くのも良いものですわね」
「レイナ、君は普段からもう少し運動した方が良い。質量が増えていると感じるよ」
「んなっ!レンさん、貴女こそ筋肉が付きすぎてカチカチになってますわ!」
「ぐ……っ。武門の三郎士にあっては、それは問題とはならないのさ!」
互いに相手の
「もう……」
勝手に血まみれになっていく二人に、流石のリヨもあきれ顔。ちなみに彼女は食べても太らない体質であり、普段から運動も欠かしていない。可憐な見た目と異なり、剣術、弓術、体術、等々の武芸もリヨは修めているのだ。
「喧嘩するほど仲が良い、ってああいうのを言うんだろーねー」
「調停役がいなかったら、歯止めがかからなくなるでしょうけれどね」
三人から少し後ろに離れて、ヨーコ達も続く。
わちゃわちゃとやり合っているリヨ達。気の置けない友人よりも更に一歩深くなっている間柄と言うのは、そう簡単に得られるものではない。
そんな事をヨーコとユウコが考えている隣で、サラは別の事を考えていた。そして彼女は、その疑問を確かめなければ済まない性格をしている。
「…………ユウコもちょっと質量増えてる」
ドスッ
「んぐっ」
言葉の刃とサラの人差し指がユウコの脇腹を突く。ずぶっと指が沈みこんだ。
異界でやり合ってきた仏像の如く、ユウコの首がギギギとぎこちなく動いてサラに向けられた。先ほどヨーコを絞り上げた時と同じ光が目に宿っている。
「止めなさい」
「でも増えてる」
「や、め、な、さ、い」
「でもでも」
「サラ、止めよ。触れてはいけない禁忌って、そこら中に落ちてるんだよ」
「はーい」
今度はサラが絞られるかと思われたが、先の犠牲者であるヨーコがそれを阻止する。だがしかし、今度は彼女の頭に疑問が浮かんだ。
「あれ?でも前に、食べても太らないってユウコ言ってなかった?神様パワァがどうたらって」
「ええ、そうよ。私が食べても太らない。で、も、ね」
ズドッ
「あぅんっ!?」
ユウコの指がヨーコの脇腹に突き刺さる。まさかの奇襲に彼女は変な声を上げた。
「貴女が食べたものが私に影響してるのよ!」
「はぇ?いやいや、私がどれだけ食べようと関係無いでしょ!?」
「言い方を間違えたわ。貴女たちと話してると、どうにも
「…………どゆこと?」
全くもって理解できない理屈に、ヨーコは首を傾げた。サラも腕を組んで、身体を横に九十度曲げている。
「どういう事も何も、無理やり私に突っ込んでおきながら何を今更」
「なんだか変な誤解を生みそうな言い方ぁ……」
何がどう誤解を生むのかは分からないが、ヨーコの頭には何かが浮かんでいるようだ。同じ事を聞いたサラは全く分からない様子で百十度くらいまで身体を曲げている、器用である。
「ヱレキテルを無理やり押し込まれた時、貴女の刀……あの博士の言葉を借りるなら奇械ね、それと私が繋がっちゃったのよ。気付いたのは三日ぐらい前ね。おかげで
「ほぇ~、そんな事になってたんだ」
「他人事ねぇ」
「だって他人事だから」
「当事者でしょうがっ」
ズブッ
「にゃふんっ!?」
ユウコの少し強めの刺突が、ヨーコの腹に突き刺さった。
ガラガラと車輪を鳴らして馬車が停車場に入り、身なりの良い者達が降り立つ。大通りの停留所に一両編成の電車がやって来て、人々が店へ向かってぞろぞろと歩いていく。
商店街とはまた違った、整然とした賑わいだ。
「考えてみれば、徒歩で百貨店に来たのは初めてですわね」
「同じく。そう言われると馬車移動している場所は結構多いね」
「私もですね。あまり一人で出歩かないというのも理由でしょうか」
瑞穂でも最上層のお嬢様方、
街の移動は馬車が基本で、訪問するのは高級品が並ぶ店。常に執事や使用人、護衛が付いていて自由に出歩く事はそうそう出来ないのだ。
なお本日は、執事たちを押し切っての外出である。
「甘いもの~、甘いもの~」
ゴスッ
「あ痛っ」
「はいはい、分かったから手をブンブン振らない」
上機嫌なサラが大きく振った手がヨーコの顎を打つ。サラに注意するユウコは、もはやお母さんである。
大通りを渡って、大勢の人々と共に入口へと真っすぐ進む。多種多様な恰好の老若男女の中にあると、特徴的な六人もその存在感が薄まるというものだ。
他愛のない事を話していると、何やら進行方向が騒がしい事に気付いた。
「ん?何かしら?」
「今日、催し物はないよ」
「だよね、じゃあこの騒ぎは―――」
ヨーコがそう言った、その時。
「どけぇッ!!」
「うわっ!?」
「きゃあっ!」
ヨーコ達の前の人垣が、左右に分かれる。その向こうから現れたのは。
「強盗!?」
短刀や長刀を手にして多くの貴金属が詰められた袋を抱えた、顔を布で隠した五人の男。一目で客ではないと分かる、完全なる犯罪者である。男達は既に目前、避けるか逃げるかしか選択肢は無いと言っても良い勢いだ。
「……逃せませんわね」
「ああ、やるか」
「二人とも、気を付けて」
先程までの和気藹々とした雰囲気は霧散し、リヨたちはスッと一歩前に出る。冷静でありながら、その目には闘志が溢れていた。
「ユウコ、サラ、私の後ろへ」
「ええ、無茶はしないでよ?」
「ヨーコ、がんば」
ヨーコは臨戦態勢を取る。ユウコが心配を、サラが応援の言葉を送った。二人の声を受けて、ヨーコはコクリと頷く。
彼女達は誰一人逃げるつもりは無かった。リヨたちにそれを選択させたのは高家に在る者の義務感、ヨーコについては悪を許さぬという正義感である。
「邪魔だ、死ねェ!」
「誰が、退きますか!」
先頭を走る男の怒声にレイナの咆哮が答える。それを合図として、両者は衝突した。
「オラァッ!」
ブンッ!
「ふっ」
男は短刀を大きく振りかぶる。落とされた刃がレイナに襲い掛かるが、素早く身を引いてそれを躱した。最低限の回避からの反撃が男に襲い掛かる。
「ハッ!」
ゴズッ!
「ぉぐッ!」
鋭く放たれた拳が眉間に突き刺さり、男が数歩後退した。
「そこ、ですわっ!!!」
ドズンッ!
「ごぶ……ッ!」
腰を落として拳に力を込め、放たれた正拳突きが突き刺さる。腹に一撃を受けて男は更に後ろへと進み、バタリと倒れ伏した。
「シャァッ!」
ビュワッ!
「おっと」
右から左へ一閃、だがしかし男の短刀は何も捉える事は無かった。レンは後方へ僅かに跳んで回避したのだ。そして彼女は反撃に出る。
「シッ!」
ガスッ!
「がッ!」
膝を鋭い前蹴りが打つ。関節が本来曲がる方向とは逆に力を受け、体勢を崩した男は数歩よろけた。
「隙あり!!!」
シパンッ!
「かふ……ッ?」
素早く身を時計回りに回転させたレンの後ろ回し蹴りが、鋭く男の顎を撃ち抜く。人体の急所を打たれた事で男は平衡感覚を失い、後方へとドダンと仰向けに転倒した。
「ガキが、くたばれッ!」
ビュッ!
「ふぅー、はっ」
ぐるんっ!
「あッ!?」
拳がリヨの顔に飛んでくる、が次の瞬間には男の身体がふわりと浮いて背中から地面に落ちた。男が
「セィッ!」
ズムッ!
「ごふっ!?」
全体重を込めた膝が男の
「オオォッ!」
ブゥンッ!
「だっ!」
ガッ
「うっ!?」
長刀がヨーコの頭に振り下ろされる。それを恐れる事無く見て、ヨーコは逃げるではなく大きく踏み込んだ。的確に刀の柄を右手の裏拳で横に打ち、刃が描く線を自身から逸らした。
「ハァッ!」
ゴッ!
「ぐむッ!?」
ぐるりと時計回りに半周して、遠心力を載せた右
「ガァッ!」
ビュンッ!
「ふっ」
ザッ
「ぉわッ!?」
左から右へ右手一本で横薙ぎ。首を飛ばすに十分な威力のそれは、残念ながら彼女の身を斬る事は出来なかった。ヨーコは大きく身体を沈めて回避したのである。
逃げるだけではない、彼女は男の右足を払って体勢を崩したのだ。
「ふんっ!」
グギッ
「あぎゃッ!?」
「ルゥアァッ!」
グリンッ
ダドンッ!
「ぐぎゃッ!」
刀を持った右腕、体勢を崩した事で天に腹を向けた手首を両手で握って、肩に担ぐ形で固定。逆関節の状態のまま、ヨーコは思い切りの勢いで両手を押下げた。肘が悲鳴を上げ、同時に男も痛みに声を上げて武器をその手から落とす。
だがそれだけでヨーコは止まらない、そのまま一本背負いの形で投げ飛ばしたのだ。柔術の試合では絶対に出来ない、人体破壊の禁じ手である。
腹から叩きつけられた男は、痛みを紛らわせるように腕を押さえてその場で右に左に転がった。
「ふぅ」
なんとか状況を切り抜け、ヨーコは一つ息を吐く。
だが。
「ッの野郎!」
チャキッ
少し離れた所にいた最後の一人が、懐から
「あら、それは良くないわねぇ」
ユウコが人差し指を立てて男に向けて、スイッと横に滑らせる。
「死ねやァッ!」
カチンッ
引き金がひかれて、撃鉄が銃弾の尻を叩く。本来ならば弾が飛ぶところだが。
バドンッ!
「ぶぐぁッ!?」
暴発。
拳銃が弾けると共に、男も後ろに吹っ飛んだ。バラバラと散る銃の部品の中に、泥の塊が詰まった砲身がある事に気付く者はいなかった。
「死なないようにちょっとだけ保護してあげたんだから、感謝しなさい」
ふふっ、とユウコは悪戯っぽく笑った。
「ぐ、何が……っ?」
タタッ
「そぃっ!」
ぼがんっ
「あぶッ!」
混乱しながらもしぶとく立ち上がろうとする男。
だがその頭に重たいトランクケースが落とされた、サラである。逃げる際に誰かが放ったそれを拾って、男に駆け寄り叩きつけたのだ。頭が首にめり込むかの様な衝撃を受けて、男は気を失った。
こうして、大立ち回りはヨーコ達の全勝に終わる。
警備員と官憲が追い付いた事で騒動は終結し、六人はお互いの無事を喜んだ。少しの後、レイナが抱いた疑問がヨーコへと投げかけられる。
「ところでヨーコさん。貴女、何処でそんな技を?」
「ああ、ボクも気になった。マトモな武芸ではやらないだろう、逆関節の一本背負いなんて」
「ええと、ちょーっと実家の方で……。そ、そんな事より
二人の問いを無理やり振り切り、ヨーコは先頭切って百貨店へと入っていった。
「なんだか、はぐらかされましたね」
「あの子、実家の話をあんまりしたがらないのよねぇ」
「ユウコも知らない?」
「ええ、詳しくは。帝都よりも北の方にある田舎、って事しか知らないわ」
ユウコは肩をすくめる。
惑わしたとはいえ親友となった彼女ですら知らないとは、ヨーコは本当に話したくないという事だ。誰よりもそれを分かっているユウコは、これ以上の追及は無駄と判断してリヨたちの背を押す。
疲れた後の甘味は、実に美味であったという。
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