第五十三討 タダノ乙女

 わいわい、がやがや。

 今日も商店街は騒がしい。


 だが今日は普段見かけない人物がそこにいた。


「人が多くて騒がしいですわね……」

「ごちゃごちゃして洗練されていないな……」


 レイナとレンはそれぞれ呟く。

 彼女達が率直な感想を大っぴらに口に出さないのには理由があった。


「二人とも、あまり離れるとはぐれちゃいますよ」


 先を行くリヨが振り返って、まるで母親が自身の子供にそうするように二人へと手を伸ばした。


 とても楽しい場所があるので一緒に行きませんか?

 そうリヨに誘われたレイナとレンに、否やは無い。二つ返事で彼女と共に商店街へとやってきたのだ。事前に何処へ行くのかを聞いておけば良かった、二人は今そんな事を考えていた。


「うっ、生臭っ」

「いらっしゃい。お魚好きかな?よければ、お刺身どうぞ」

「え、遠慮致しますわ」


 眼鏡をかけていて、にこやかな魚屋。彼が差し出す刺身の載った皿を手で制して、レイナはもう一方の手に在るハンチで口元を押さえた。


「くっ、酒臭っ」

「お~、随分シュッとした娘さんだぁね。串カツ、どうだい?」

「い、いや結構。お気遣いだけ頂いておこう」


 赤ら顔の串カツ屋から声を掛けられたレンは、酒臭さに思わず顔を背ける。カツが泳いでいる金色の海からは、じゅわじゅわと音が立っていた。


 彼女達が商店街の面々に翻弄される中で、リヨは肉屋のおばちゃんと世間話をしている。彼女がここを訪れたのはまだ一回だけ、三人の中で適応力はリヨが一番だったようだ。


「二人とも、はいどうぞ」


 リヨは紙に包まれた小さな物をレイナとレンに渡す。それが何かは分からないが、彼女がくれるならば良い物のはず。二人は何の疑問も持たずにそれを受け取った。


「これは……コロツケーコロッケ?」

「はい、お肉屋さんがくれたんです。三人でお食べ、って」

「そうなのかい。…………うん」


 ニコニコ笑顔を向けられて、レンは受け取った物とにらめっこ。そして意を決したように小さく頷き、それに齧り付いた。


「あづっ」

「ああ、出来たてなんですから気を付けて」

「むぐっ、はぁ。さ、先に言っておいて欲しかったね」


 包み紙越しに手から暖かさは伝わっていたが、中身はそれ遥かに超える灼熱。口の中を少々焼かれながら、ははは、とレンは笑った。


「まったく貴女はせっかちですわね。ちゃんと冷まして……あつぅ!」

「わあ、レイナちゃんまでっ」

「ぐっ、わたくしの想像を超えてくるなんて……っ」


 しっかりと息を吹きかけたものの、衣が冷却されただけで中身は変わらず。前準備をした事で油断し、大きく齧ってしまった事で被害は甚大だ。


「二人とも、大丈夫ですか?」


 レイナとレンを心配しつつも、二人を見ていた事で口に唾が溜まる。温かいうちに食べるべきだと考え、リヨもコロツケーに口を付けた。


「ほふ、はふ、んっ。はふぁ、あつあつで美味しい」


 ざくり、ほふほふ、ほくほく。

 損害を被った両者と異なり、彼女は無事に美味しさを味わったのだった。






「…………」

「…………」


 レイナとレンは顔を見合わせていた。その理由は手の中にある数々の食べ物だ。


 遠慮するのも構わずにあれやこれやと断る間もなく渡され、気が付いたら両手が塞がっていた。一切の対価無しに、今後二度と来ることが無いかもしれない相手に商品を渡す。二人にとっては、はなはだ理解しがたい行為である。


 商店街の人々は良く言えば人懐こく、悪く言えば無遠慮だ。


 レイナに対しては、舶来の人か、写真で見た外ツ国とつくにの王族のようだ、等々と。

 レンに対しては、舞台俳優のようだ、凛々しい軍人さんのようだ、等々と。


 悪意などない、ただただ本心からの言葉である。


「表裏が無い、というのも面白いですわね」

「ふ、全くだ。嫌味や皮肉、そしりにねたそねみ。ボクらに届いてないと思って、好き勝手に言う連中は多いからね」


 穏やかな表情で二人は、ふう、と一つ息を吐く。

 高家にあると社交界にも出なければならない、となれば華族らとの繋がりもある。表立っては褒めそやしつつも裏側では陰口を叩く、そんな事は日常茶飯事だ。


 気兼ねも何も無しに、ただの十六、ひちの娘として振舞える。実に気が楽で、リヨがたった一日で気を許したというのも頷けるというものだ。


 とはいえ三人は高家の娘、遠巻きに周囲を警戒している者達がいるのは当然。自由に歩いているリヨも含めて、それは理解している。庶民には庶民の、高家には高家の辛さというものがあるのだ。


「楽しんでもらえているみたいですね」


 二人の様子を見て、リヨはニコリと笑みを向ける。気恥ずかしくなったレイナとレンは、少しばかり顔を赤らめて笑った。


「いやぁ、微笑ましいねぇ」

「あの二人、リヨに絶対勝てない」

「若き乙女の友情、素晴らしきかな。あのまま大人になってほしいわね~」


 リヨたちと共に商店街を訪れたヨーコ達は、幼馴染特有の距離感でのやり取りに目を細める。普段は見ないレイナとレンの穏やかさは、リヨあっての事である。


 だがしかし、微笑ましい時はヨーコの不用意な一言で修羅場へと変わった。


「ユウコ、何だかお婆ちゃんっぽいよ、それ」

「あらぁ?ヨーコ、何か言ったかしらぁ?」


 ずずずいっ、とユウコがヨーコに迫る。その顔には満面の笑みが貼り付いているが、僅かに開いた目の奥の瞳から鋭いものをヨーコは感じた。


「な、何にも言ってないよ?ね、サラ!」

「お婆ちゃんって言ってた」

「サラぁ!?」


 察してくれとの思いを込めた言葉も、残念ながらサラには意図が伝わらなかった。聞かれたから答えた、彼女はただそれをしただけである。串に刺さったイカ焼きに齧り付きながら、サラはヨーコの事を一切の躊躇なく見捨てた。


「ふふふ。さあ、お婆ちゃんからお説教の時間よ……?」

「ひ、ひぃぃ。助けて~」


 気圧けおされてドンドン後退しながら、ヨーコは決して現れない救援を求めたのだった。

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