第十七討 弐ツノ研究所

 研究所の中はガラクタの山である。ゲンジョウいはく、機能的かつ整然と片付けて散らかしてあるそうだ。特に潔癖症ではないヨーコとしてはどちらでもいいが、せめて動線以外に休憩できる場所が欲しい所である。


「ふむ、やはり帝都上層に在る者は変わらぬな」


 学院でのやり取りを聞き、何かしらを組み立てる手を止める事無くゲンジョウは頷く。おおよそ人間の三分の一程度の大きさのそれは寸胴型で、下方に車輪がついているようだ。


「物凄い気にしてるわけじゃないですけど~、やっぱり面倒じゃないですか」

しかり。だが建前とはいえ行動するとは、三郎士のご令嬢は中々革新的だ。一昔前であれば、田舎者の迷惑など知った事か、と放置するであろうからな」

「あれでも良い方なんですねぇ。二司さんも分かってくれると良いんだけど……」


 金属塊に立てかけられたパイプで組まれた椅子を手に、ヨーコはゲンジョウから少し離れた場所へ。椅子を展開し、彼女はそこに掛けて手近な所に置いてあった知恵の輪を手に取った。


「二司か。まあそう気を揉む必要はあるまいよ」

「え?二司さんの方が厄介そうなんですけど」

「そうでもないぞ」


 スパナを横に置き、ハンマーを手に取る。事前に空けた穴にリベットめ、ガンガンとゲンジョウは打ち始めた。金属同士が衝突する音が研究所内に響き渡る。


「三郎士が軍人家系ならば、二司は官吏家系。誇りを重んずる三よりは、二は合理的なはず」

「え~、あの人が~?もっと気位が高いと思うんですけど」

「個体差は知らん。あくまで傾向がある、というだけだ」

「個体差って、実験動物じゃないんですから」


 尊い家系の人間であろうがゲンジョウはお構いなし、怖いなしである。でなくば、こんな場所ボロい研究所こんな事怪しい研究などはしていないはずだ。


「ところで、さっきから何作ってるんです?」

「先に言ってしまっては驚きが無かろう。細工は流流りゅうりゅう、仕上げを御覧ごろうぜよ、という奴だ」


 ハンマーを置き、今度はドライバーを手に取る。小さな螺子を回し、部品同士を結着させていく。どんどん組み上げられていく様子は、何のかんの言ってもゲンジョウが腕の立つ発明家である証左であろう。


「それはそうと、探索する次なる不思議を決めねばな」

「え~~」


 簡単に言う彼に対して、ヨーコは不満を多量に混ぜた鳴き声を放った。だが、そんなものをゲンジョウが気にするはずもなし。作業の手を止めて立ち上がり、額に生じた汗を袖で拭う。ヨーコの横を通り、彼は壁際の装置へと歩いていく。


「珈琲と紅茶」

「は?」


 脈絡のない言葉にヨーコは首を傾げる。面倒臭さげにゲンジョウは振り返った。


「どちらがいいかね?」

「あー、そういう事ですか。じゃあ珈琲で、というか言葉が足らないですよ」

「その位は察するべきである」


 煮詰めて固めたような理不尽をぶつけられて、ヨーコは眉間に皺を寄せる。もはや言うまでもない事であるが、彼がそれを気にする等という天変地異が起きるはずがない。


「だが、キミは珈琲党か。気が合うではないか」

カチリ


 ピアノの鍵盤のような、三つ並んだスイッチのうちの一つを押下おうかする。


ガガガガ

「うわっ、なになに!?」


 壁の向こう側で発生した削岩機のような音に、思わず驚く。が、ゲンジョウは平然としたままだ。


「落ち着きたまえ。ただ珈琲をれているだけだ」

「いや、どう聞いても岩砕いてるような音なんですが」

「豆を粉挽き器ミルの稼働音だ」


 珈琲ミルはゴリゴリと珈琲豆を挽く物。それなりに音は出るとしても、壁が揺れるような音ではないはずだ。しかし、ゲンジョウはヨーコの言葉に対して肩をすくめるだけである。


バシュウゥゥゥ

「今度は何です?」


 流石に二度目となれば落ち着き払ってヨーコは問う。


「湯の滴下てきかである」

「温泉が噴き出る間欠泉かんけつせんみたいな音がするんですが」

「より旨い珈琲のための工夫という奴だ」


 ゲンジョウの言葉の通り、確かに良い珈琲の香りは漂ってくる。あまりにも喧しい稼働音が、その風情をかき消しているのだが。


バジャーーーッ

「カップに注いでるんですね」

「うむ、その通り」


 水道の蛇口を全開にしたような水量の音である。ヨーコはもう色々と考えるのが馬鹿らしくなり、諦めの表情でそれが何であるかを言い当てた。


カパッ


 壁に作られた手のひら程度の引き戸が二つ、自動で開く。その中には黒と白のマグカップと注がれた珈琲があった。


「さあどうぞ」

「あの一連の音で、なんでこんな普通の珈琲が出てくるんだろ……」


 促されてカップを手に取る。どう見ても普通の珈琲であり、良い香りを漂わせている。かなりの水量で放たれていたはずなのに、飛び散りも何も発生していなかった。理屈や原理は全く理解できないが、香りからするに良い豆を使っているのは確かである。


「美味しいんですが、なんか色々納得できなくて素直に美味しいと言えないです」

「なんだね。せっかくご馳走しているのに、贅沢が過ぎるぞ」

「普通に淹れてほしいだけなんですよ…………」


 ずずず、と砂糖と牛乳が入った珈琲をすする。先程までの問題点は兎も角、これ自体はとても美味しい。少しばかりの休憩を挟み、ゲンジョウは大きく伸びをした。


「さぁて、本日も楽しい異界探索の時間だ」

「一ミリも楽しくないですよ、私はぁ……」


 せっかく珈琲で落ち着いていた心に、さざ波どころではない揺らぎが生じる。心の中では、ばっしゃんばっしゃんと音が立つ。だがしかし、拒否権などは存在しないのだ。


「はあぁ、じゃあ、行ってきます…………」

「うむ、気をつけてな!」


 とぼとぼと、全く前に進みたがらない足を動かして歩く。研究所元界から研究所異界へと移動したヨーコは、いつも通りの青白い世界に安心などは一切せずに天井を仰いだ。


 だが、いつもとは違う事がある。それは。


「こ、こ、こ、こんにち、は」


 物陰に隠れるようにしながら、ヨーコと全く同じ姿の少女が挨拶してきた。彼女はほぼ全てにおいてヨーコと同じであるが、ほぼ全てにおいて彼女と異なる。その正体は、昨日ヨーコが連れ帰った双身ふたみノ怪である。


「こんちわ」


 挨拶されたら返すもの。しかしヨーコはそっぽを向き、返すどころかそこらに放り投げるような素っ気ない挨拶をする。見た目は双子のような存在だが、しっくりくる所が一切無いのだ。親近感よりも圧倒的に違和感が上回っている以上、仕方ないと言えば仕方がない。


「こらこら、あまり虐めてやるな。素直で良いだぞ、フタミ君は」

「虐めてるつもりはないですよ…………って、なんですか?そのフタミ君って」


 突然出てきた固有名詞にヨーコは首を傾げる。


「彼女の名だ、吾輩が付けた。キミと同じ名で呼ぶと紛らわしいのでな、双身ふたみノ怪ゆえにフタミ君だ」

「安直ですねぇ」

「分かりやすさこそが、他者に記憶させる最上のすべなのだよ」


 ゲンジョウは人差し指を立てて、チッチッチと左右に振る。


「彼女には昨日より、そちら異界側の研究所整備を行ってもらっている」

「つまり、分身であろうとも私をこき使う、と」

「雇用主としては、一人分の賃金で二人雇えるなら万々歳」

「闇が深い、深すぎるっ」


 昨日から異界側の研究所を整備しているという事は、フタミには疲労が溜まっているはず。それは自身に映っていない事を安心しつつも、同時に何だか損をしている感覚がふつふつと湧き上がってくる。


「まあ、フタミ君には重労働を課せんのでな。のんびりやってもらっている」

「え、私より待遇良くない?」

「体力が有り余っているキミと違って、彼女は非力なのだよ」

「なんだろう、私すっごい損している気がする」


 色々と複雑な思いを抱きながら、ヨーコは研究所の扉を開く。

 月の如き真っ白な太陽と夜のような暗い青空が、いつも通り彼女を出迎えた。

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