第十八討 大講堂ノ怪
夕月女学院には長い歴史がある。
古くは貴族の子弟の学び舎であり、時代が下るにつれて女子の学校へと姿を変えていった。およそ五十年前に前身となる物が建てられ、舶来文化の流入後に建て直されたのが現在の大講堂である。
それ故に建物が石造りで真新しく、校舎を超える程に大きい。石畳の道から続く大階段、生徒を迎える複数の大扉、そして外壁に施された彫刻の数々。中へと進めば、煌びやかなれども品の良い装飾に様々な調度品が出迎えとなる。
入学に際して生徒が初めて訪れる場所であればこそ、大講堂は立派な造りをしているのだ。また、学院長や政治家、華族、軍要職といった者達が、生徒に向けて講演する場でもある。だが、そういった講演は多くの生徒にとって睡眠時間となっているようだ。
「ふぁぁ……、ここに来るとなんだか欠伸が出るなぁ」
ヨーコはどちらかと言うと、この場所で睡眠学習をする側の生徒であった。
欠伸はしつつも彼女は周囲を警戒する。
数十段の大階段には遮蔽物も何もない。どこからどんな幻魔が襲ってくるか分からない以上、こうした場所では慎重になった方が身の為だと、ここ数日で思い知ったのだ。
「右ヨシ、左ヨシ、上ヨシ、下ヨシ、前ヨシ、後…………よくないっ!」
指さし呼称をした意味無く、ヨーコは走る。後方から猛スピードで、牙が四本生えた猪が追ってきていたのだ。幻魔は鼻から火を噴き、炎を纏う
「うおおぉぉーーっ!んがぁぁっ!!」
数十段の階段を一気に駆け上がって大扉を打ち破る勢いで突入し、大急ぎでそれを閉じた。
「うーん、危ない所だった」
袖で額の汗を拭う。戦って負ける気はしないが、必要のない戦闘はしない主義である。
無事に辿り着いた大講堂。外のように幻魔はおらず、内部は不気味なほどに静まり返っている。歩き行くヨーコの靴の音が反響して、廊下の向こうまで響くほどだ。
「静かだなぁ」
「一周回って、そういった場所の方が危険であろうな」
「ですよね~」
ゲンジョウの言葉にヨーコは同意し、肩をすくめる。異常な異界において、元界での普通や自然はむしろ異常なのだ。人のいない大講堂は静か、それは
かつーん、かつーん
足音が四方八方に反響し、自分以外にも歩いている人間がいるかのようだ。だが誰もいるはずがない、何の気配も無いのだから。入り口からおおよそ半分、ちょうどステージ裏へと入る扉に至った所でそれは聞こえた。
ゲタゲタゲタゲタ
「うおっ」
複数の人間が笑うような音。爆笑している様にも、高笑いしている様にも聞こえる。その笑い声が男性であるという事は分かるが、年齢や何人いるのかは分からない。
ステージ裏へと繋がる扉に手を掛ける。グイッと引いてみるものの、まるで開く気配がない。鍵が掛かっているというよりも、扉が丸ごと溶接されているかのようだ。
「正面に回ってみるしかないか~」
「歩いてきた道を戻るのではなく、ぐるりと回りたまえよ?」
「うぇ~い……」
気だるい返事と共にヨーコは歩き始める。
「無事戻ってきたけど、この扉は開くのかな?」
入口正面の大広間から繋がる、豪奢な装飾が目立つ扉。聴衆が大ホールへと入る、唯一の進入路である。ズシリと重厚なそれを引くと重さはあれど先程とは違って、扉としての役目を果たしてくれた。
「さぁて……?」
忍び足でこっそりと大ホールへと進入した。ステージを最下層として聴衆の座席が段状に配されており、ヨーコが進入した扉は最上層に位置している。座席の陰に隠れて、彼女は周囲を確認する。
「聴衆席側には……何もいなさそう、かな」
かなりの広さがある大ホール。座席の数も多く、全てを見渡せるわけではない。しかしながら、ヨーコと同じように顔を出している幻魔は見つけられなかった。
「壇上には…………あ、いた」
大ホール内で唯一、ライトで照らされたステージの上にそれはいた。
茶の
そこに在るはただ一兵、
猛きその名は、大講堂ノ怪。
髑髏の口をゲタゲタとかち合わせ、かの幻魔は笑いに笑う。その六つのがらんどうの目に眼球は無けれど、確実にヨーコの事を捉えていた。グッと姿勢を低くし、途轍もない脚力で宙へと跳びあがる。
「嘘ぉっ!?」
大ホールの天井に付かんばかりに跳んだ幻魔は、その手に握った二丁の小銃をヨーコに向けた。その後に起きる事など、誰であろうとも理解は容易だ。
「退避っっ!」
背を預けていた座席を殴りつけるようにして立ち上がり、入口扉へと跳ぶ。その瞬間。
ズドォンッ!
先程までヨーコがいた場所が吹き飛んだ。
「えええぇっ!?銃でしょぉっ!?」
明らかに銃を超えた、大砲の砲撃とでも言うべき破壊。大して銃火器に詳しくないヨーコであっても、それが明らかにおかしい威力である事は分かる。驚愕の声を上げながら、彼女は大ホールの外へと飛び出した。
バガァンッ!
「うひぃっ!」
頭を両手で庇いながら転がる。吹き飛んだ扉と壁の残骸が大広間に散らばった。
「くっ」
立ち上がると同時に、ヨーコは一瞬のうちに周囲を確認する。
大広間へ進めば外へ逃げられる。対する廊下は屋内を進む事になる。ほんの刹那の逡巡の後、彼女は駆け出す。
進む先は廊下だ。
大広間は吹き飛ばされた大ホール扉の正面にある。それはつまり、遮蔽物ゼロの直線を大講堂ノ怪に背を向けて走るという事になるのだ。かの幻魔からしてみれば、小銃を前へ向けるだけである。それよりかは廊下へ走った方が、幻魔に一手間を掛けさせられると考えたのだ。
「ぬおおぉぉっ!」
全力疾走で曲がり角へ向かって走る。遮蔽物ゼロの直線を大講堂ノ怪に背を向けて走る、という事自体は変わらないのだ。元界であれば走って数十秒は掛かるであろう距離を、飛ぶように滑るように駆け抜ける。
パァンッ!
「だぁぁっ!」
背後で響く銃声、そして飛来する弾丸。それが後頭部に着弾するよりも先に、ヨーコは曲がり角の先へと飛び退いた。
ズドォンッ!!
轟音と共に壁面に風穴が空く。はじけ飛んだ壁の残骸が、ガラガラと周囲に散った。
「ひぃぃっ、これ、どうすれば~!!??」
真っ向から勝負するには、銃撃は厄介が過ぎる。当たれば粉々、直撃しなくとも床や壁の残骸が飛来するのだ。銃弾を避けて接近するなど、
「ヨーコ君、良く聞きたまえ」
「な、なんですかぁ!?」
バガァンッ!
駆け抜けた場所にある壺とソファがあったになる。全力疾走のヨーコに対して、大講堂ノ怪は全く後れを取っていない。その上で銃撃してくるのだから、両者の距離は段々と短くなっていく。
「ヱレキテルとは、本来は形のある物ではない」
「ええとっ、それ今じゃなきゃダメな話です、かぁっ!?」
ドオォンッ!
曲がり角を通過したと同時に、それに
「キミの刀も腕の奇械もヱレキテルが具現化した物である。だが本来、
「は、はぁ???」
「そこから考えるならば、刀は刃で斬る物、という普通は変えられるはずだ。即ち」
ゲンジョウの言葉を受けて、ヨーコの頭の中に閃きが生じる。
「斬撃を銃弾みたいに飛ばせる……?」
「然り、可能であるはずだ」
「それを、ぶっつけ本番でやれと!?」
「ああ、勿論。それよりも何よりも、撃たれっぱなしは
問いに対して沈黙する。だが、その答えを示すようにヨーコは刀を振った。
ズガァンッ!
ステージ裏の扉と壁が切り裂かれ、蹴りを受けて粉砕される。転がるようにして、彼女は
「当然、ですっ!!!」
じゃりっと足音を立てて、三面六臂の骸骨兵士もステージへと上がる。三つの首は逃げ回っているヨーコを見て、ゲタゲタと笑っていた。
右のヨーコと左の幻魔。聴衆席から見れば、まるで演劇でも始まるかのような光景だ。両者は得物を構え、相手を見る。
ガギンッ
幻魔が持つ小銃に弾丸が装填される。六本腕であるために、敵を捉えたままにそれが行えるのだ。発射態勢となった二丁の銃口がヨーコへと向けられる。
「さっきから、バカスカ撃ってくれたなぁ~っ!」
上段に構え、刀を握る手に憤りを宿してギリリと力を込める。頭に浮かべるのは、銃弾を打ち砕く
カチン
骨の指によって引き金が引かれる。小さな金属音が鳴り、そして。
バァンッッ!!
二つの砲が火を噴いた。
弾丸は音を遥かに超える速度で撃ち出され、真っすぐとヨーコへと飛ぶ。
「るぅああぁっっ!!!」
咆哮と共に刀を振る。ただの素振り、それが普通だ。
しかし、ここは異界。普通は異常となり、異常は自然となる。
ザドンッ!!!
切っ先が描いた孤の線。それがそのまま、目にも止まらぬ速度で飛翔する。その様たるや、白刃の
ドオォンンッッッ!!!!
飛燕は銃弾と衝突し、衝撃波が大ホールを揺らす。天井にあった照明が落ち、ステージが粉塵に包まれた。
ヒュバッ
ガズッ!!
何かが何かを断つ。
ガラン、ガラン
鋼鉄製の何かが床に落ちて、音を奏でる。
「はぁぁっっっ!!!」
ズバンッ!!!
振り下ろされた白刃が、幻魔諸共に粉塵を切り裂いた。
バアッと視界が晴れた舞台にあるのは、刀携える討滅の乙女。そして小銃と軍刀を半分に切られ、縦に体を両断された骸骨の兵士だ。不死の勇士はぐらりと揺らぎ、ドザンとその場に倒れ落ちた。その姿はサラサラと、灰になって瓦礫へ混ざった。
「よしっ」
ヒュンと刀を振り、鞘へと納める。
「お見事」
「なんとかなって良かったぁ……」
「うむ。その場の思い付きで適当を言ったが、よくぞ体現したものだ」
「そうですねぇ…………ん!?聞き捨てならないこと言われた!?」
こうして、四つ目の不思議は討たれたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます