第二十八討 探ス者ハ
蚕を叩き落した翌日。いつも通り、ヨーコは通学する。
異常な日常での疲労を一晩寝た程度で回復できるのは、若き力ゆえと言えるだろう。十年後に同じ事をしたならば、全身が言う事を聞かずに立ち上がれないはずだ。もしかしたらヨーコならば、気力全開でピンピンしているかもしれないが。
「おはよー」
ガラッと教室の引き戸を開け、挨拶と共に足を踏み入れる。そこそこ早めの到着だが、既にそれなりに生徒がいた。ヨーコの性格的に険悪な間柄の者はいない、皆が彼女に挨拶を返す。
「おはようございます」
「さっすが、リヨは早いね~」
廊下側、中ほどの自席から振り返ったリヨ。彼女はいつも誰よりも早く登校して、教室の中を軽く掃除している。誰かにそれを頼まれたわけではなく、リヨ自身がやりたいからやっているのだ。
ヨーコは自分の席に鞄を置き、リヨの下へ。両腕を組むようにして彼女の机に載せ、しゃがみ込んだ。普段は身長差から見下ろすリヨの顔を、今は見上げる。
「無遅刻無欠席で更に毎朝掃除、偉いね~」
「新学年になって半月少しですし、無遅刻無欠席は当然では……?」
「そ、そうだね」
ヨーコの目が泳ぐ。既に何度か、遅刻するかどうか怪しい日があったのだ。巧妙にそれを隠しつつ、彼女は話題を
「そうだっ。リヨは七不思議知ってる?」
「七不思議というと……図書室や庭園の、ですか?」
小首をかしげるリヨ。うんうん、と質問者が頷いた。
「それほど詳しくは……」
「そっか~」
「ですが神官の家の者としては、人に仇なす存在ならば放っておけませんね」
キラリとリヨの目が光る。
「おお!まさか、
「ええ。私には
「もちろん!で、どんな
「それは…………」
スッと懐に手を入れ、凄みをもって彼女はヨーコへとそれを差し出した。
「新作の飴、じゃなかった、薬ですっ」
「おおー、すっごい目に見える力だ~」
広げられた包みに入っていたのは、澄んだ青色で六角柱状の飴。色と透き通った見た目から、まるで水晶のようである。一つ摘まんで、ヨーコはそれを口に放り込んだ。
「お、スッキリ甘い」
「しつこくない食べやすさ、ではなく。服用しやすさを重視したんですよ」
前言を否定し、あくまで薬である事を強調する。
「で、隣人ノ怪について何か知ってる?」
「うーん。私が知っているのは、何処かからかやってきた神が生徒に紛れている、という話ですね」
「え?そんな噂だったっけ?」
「え?違うのですか?」
二人して首を傾げる。
「神様が、っていうのは初めて聞いたなぁ。それってどこから聞いたの?」
「母からです。母も女学院の
「へぇ~。じゃあ二十年から三十年位の間に噂の内容が変わったって事なのかな」
「どうなのでしょう?私も
頬に手を当て、リヨは少し困り顔だ。七不思議を調べている前提があったわけでも無く、昨日今日にそれを聞いたわけでも無い。記憶が朧気であって当然である。
「二人して何しているのよ」
リヨの背後から声がかかる。ユウコだ。
「あ、ユウコ、おはよ……って、顔青いよ?大丈夫?」
「そんなに心配されるような事じゃないわ。ちょっと体が重いだけ」
「風邪でしょうか」
「熱も頭痛も、咳も鼻も無いから違うわね。学年が上がって環境が変わったからかしら」
「それならば良いのですが……」
心配するヨーコとリヨに対して、ユウコは額に手を当てつつ二人を制した。
「本格的にダメなら言うわよ。だから、大丈夫」
「ホント?早めに言ってよ?」
「ヨーコ、貴女、心配性が過ぎるわよ。さ、そろそろ席につきましょ」
心配する相手に促されて、
「ほほぅ、神か」
顎に手を当て、良い情報を得たとゲンジョウはニヤリと笑みを浮かべた。
「時を経て噂は変わり、より簡潔な内容となった。だが、それは何故だ?神がいる等という特徴的な部分がなぜ消えた?生徒の中に神がいる、と変化する方が合理的ではないか?人ならざる者など、妖怪でも表すような言葉ではないか。ふぅむ、興味深い」
口早に疑問を述べながら考え込み、彼は研究所の中を歩き回っている。そんなゲンジョウを目で追う事もなく、ヨーコは物憂げな顔で椅子に掛けていた。
「少しふらついてたし、ユウコ大丈夫かなぁ……」
彼女の思う所は友人の事。朝から青い顔をしていた彼女は、一日の授業を終えた時には随分と調子が悪そうだった。女子ゆえに時に体調が悪くなる事が無いではないが、それにしても急激すぎる。だからこそ、ヨーコは心配を深めていた。
「少々過保護過ぎではないかね?その友人とやらも、自身の体調程度は管理出来よう。深刻な状態であれば、そもそも登校できぬであろうが」
「そうは言っても心配ですよ。一年付き合って、あそこまで調子が悪そうなのは初めて見たし……」
俯きがちなヨーコの様子に、これは何を言っても無駄だとゲンジョウは肩をすくめてため息を吐く。彼のそんな態度に、ヨーコは悪感情を抱く余裕もない。それほどに友人が心配なのだ。
「ああそうだ。異界の女学院内部のヱレキテル状況が安定したのだったな、調査を進めるとするか」
機械で一杯の壁際、その一部の操作盤を起動させる。壁面に埋め込まれるように取り付けられた、おおよそ一
今度は画面が左右に揺れ、ぐんぐん風景が変わっていく。どうやらゲンジョウが操作盤のキーを叩いたりスティックを動かす事で、それに応じて画面自体が前進しているようだ。馬車くらいの速度だろうか、時々石畳の道の段差に乗り上げて大きく映像が揺れ動く。
あっという間に女学院へと辿り着き、ヨーコが以前開けた門から内部へと進入した。様々な幻魔はゲンジョウが操る何かを気にしていない様子で、真横を通り過ぎていく。遂には高校校舎内へと辿り着き、一階の探索を始めた。
「それ、何してるんです?」
「おや、ようやく心配事から抜け出たか。以前キミも見た物だ」
細工は
寸胴体形で人間の三分の一程度の大きさ、下部には車輪が取り付けられている事で自在に動き回る事が出来る。外見はゲンジョウが異界に馴染むようにしている、以前ヨーコが遭遇した
塗装や頭部の髪の様な意匠はまさにそのまま。だがしかし、その顔はこけしの様な能面だ。そこそこな大きさである事も相まって、威圧感の塊。それを気にする者が異界にいない事が幸いである。
「ずうっと探索をしていてな。学院内はあらかた調査した、が、怪しい場所は無い」
「怪しい場所、っていうと今まで私が戦ってた噂の幻魔がいたような所です?」
「その通り。それらの場所はヱレキテルが乱れている、ゆえに空間が歪むのだ。正確に言うならば、強力な幻魔が周囲のヱレキテルを吸収しているゆえに濃度が薄い、と吾輩は考えている」
カチャカチャと操作盤を動かし、探索機から腕を出す。それを上手く使って二階へと上がり、廊下をゆるゆる進んで行く。
「しかしながら、今までの怪のように強力なヱレキテルの乱れが見つからん。隣人ノ怪が神だというならばそれ相応な、今までよりも強い乱れがあるはずなのに、だ」
ギシギシと木板張りの床が軋む。探索機には様々な装置が組み込まれている、ゆえに重量があるのだ。それまでと変わらない状況、だがそれは遂に終わりを告げる。
「む?なにやらヱレキテルに妙な反応があるな」
針が振り切れるでもなく、完全に沈黙するでもなく。ゆらりゆらりと宙を漂うが如く、右に左に揺れ動いている。
「この教室か」
「あれ、ここって……」
探索機が腕を伸ばし、引き戸をガラガラと開く。すると。
「む」
「あ」
ヨーコとゲンジョウがほぼ同時に声を上げる。
教室の中に佇む、何者かがいたのだ。しかしそれは、差し込む光のせいもあってか黒い影。更には霧の塊のように輪郭がぼやけている。
スゥッ
探索機に気付いたのか、違うのか。それは消失し、教室の中には何もいなくなった。それがいた場所へ進むも何者もおらず、何の反応もない。
「ふうむ、あれが隣人ノ怪、であろうか?」
「ええ~、私の教室にぃ……?」
裏側のような世界とはいえ、自分が普段いる場所に何かが生息しているなどという話は気持ちの良いものではない。げんなりとした表情のヨーコに対して、ゲンジョウは少々考えて口を開く。
「キミの友人は体調が優れぬと言っていたな」
「あ、はい」
「隣人ノ怪に憑かれている、という可能性があるのではないか?図書室ノ怪の如く、こちら側の者を付け狙い何かを成さんとする事があるやも知れぬ」
「え!?」
「探索により意気が入るというものではないか。が、それは明日だな」
時計を見ると既に十八時を超えようとしている。今から探索となると、戻るのは二十時に届く可能性がある。ゲンジョウなりに、ヨーコを夜道を帰らせるのは忍びないのであろう。
「昨日から探索で殆ど寝ていないのでな」
結局、
探索は明日とし、本日は解散となったのだった。
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