第三十六討 自分デ進ム

 まさかの反応に絶句。我に返ったヨーコは、なぜか研究所の前にいた。


「はっ!?呆然としてたら戻って来ちゃった!」

「やけにフラフラ歩いてると思ったら……」


 随分と滑稽な話に、ユウコは肩をすくめる。


「気付いてたなら、止めてよ」

「嫌よ、面倒臭い。それに案内したとして、何か起きるわけじゃ無いでしょ」

「それはそうだけどさぁ」


 二人から少し離れた所で案内された少女は、トタン張りの研究所の雑な看板を眺めている。キョロキョロと建物とその傍らに積まれたガラクタを見て、彼女はスッと手を伸ばした。


ガチャ

「え」


 サラは扉を開けたのだ。何の躊躇も無しの行動に、思わずヨーコの口から驚きの声が出る。あまりにも自然な行動で呆気に取られて、彼女は思考停止して硬直した。


「ま~た魂を何処かへ飛ばしてる、器用ねぇ。お~い、戻って来なさいな~」

「はっっ!?」


 顔の前でユウコに手を振られ、我に返る。大急ぎでサラの後を追い、扉が開け放たれた研究所へと突入した。


「うむ、良い心がけだ。ではこれを進呈しようではないか」

「待ったーーーーーっっっ!!!」

カチャン

「お、遅かった…………」


 飛び掛からんばかりの勢いで駆け付けるも、僅かに及ばず。ゲンジョウから贈られた金の腕輪が、サラの手首に輝いてしまう。ヨーコはガクリとその場に崩れ落ち、自分のせいで被害が拡大した事を嘆いた。


「お洒落」

「そうであろう、そうであろう」


 ヨーコとは違って随分と肯定的な彼女の言葉に、ゲンジョウはいたく満足げだ。うんうんと頷く彼に対して、サラはジッと腕輪を眺めている。


「あらら、契約成立しちゃってるじゃない」


 大慌てだったヨーコに対して、ユウコはゆったりとした足取りで二人を追ってきた。自身やヨーコが何を言って何をしたとしても、どのみち結果は変わらないであろうと考えていたのである。


「な、なんでぇ……?」


 躊躇ためらい一切無しの行動と契約。ヨーコは全くもってサラの考えを理解できず、たった一つだけ言葉を絞り出した。腕輪を見ていた彼女は、床に座り込んでいるヨーコに視線を移す。


「興味が湧いたから」

「え、ええ~……。危ないって言ったのに」

「それも含めて」

「どういうことなの…………?」


 舶来人形を思わせる、透き通った青髪を持つ白面の少女。その口から発される言葉を聞いても、ヨーコは全くと言って良い程に彼女の思考が理解出来ない。混乱の眼差しを向ける彼女に、サラは答えを贈る。


「今まで、やりたくても出来ない事が多かった」

「財閥のご令嬢が?言えば何でも出来るでしょうに」

「そう、出来る。でも私は出来なかった」

「え?え?どういう事?」


 より混乱を極めたヨーコは、目を回している。その頭をユウコが平手で軽くポンポン叩く。


「やりたいって、言わなかった。……言えなかった。みんなを困らせたくなくて」

「うーん?」


 言われてもヨーコは首を傾げるばかり。十分な余裕を持つ家柄の娘で、何かをやりたいと言って誰が困るというのだろうか。全くピンと来ていない彼女と違い、ユウコは合点がてんがいく。


「なるほど。自分で自分のやるべき事、いいえ、やってはいけない事を決めていたのね。ご両親や家の人を困らせないように、手の掛からない良い子でいるために。そのせいで何も出来なくなっていた、と」

「そう、その通り」

「あ~、ようやく分かった」

「他者の言わんとする所を理解するのに、随分と時間を要したな。キミは実に単純思考であるようだ。読書感想文に、面白かった、とだけ書いてきたのであろう」

「なっ、失礼な!とっても面白かったです、って書いてきましたよ!」

「ヨーコ、それ何の反論にもなっていないわよ」


 やいやい言い合いをするヨーコとゲンジョウ。呆れたユウコは二人から離れ、サラの傍へと寄る。


「あれらは放っておくとして。それにしても何故アルバイト?それに、よりにもよってココ胡散臭い所でやる必要は無いじゃない」


 ユウコの意見、実にもっともな話だ。口下手の難点は有れど、サラの器量ならば喫茶店で働くも百貨店で働くも自在と言える。財閥家の令嬢である以上、給金につられたわけでも無い。わざわざ危険に飛び込むような真似をする理由など、無いはずなのだ。


「うん。でも、今はココ面白そうな場所が、気になってるから」


 少しだけ目を伏せながらも、彼女の意思は固い。やりたい事をしようとして来なかった、だから高校二年生からは自分の気持ちが向く方へ進みたいという思いなのだ。


「はぁ、貴女、物好きね」

「褒められた」

「褒めてないわよ。これまた、愉快な仲間犠牲者友達になったものねぇ」


 やれやれとユウコは肩をすくめる。だが彼女は決してサラを悪く思っておらず、そしてこれからの事を悲観などしていない。何故ならば。


「ま、先輩研究助手犠牲者ヨーコちゃんが面倒見るでしょ」


 サラを異界へと導いてしまったヨーコに、全責任を負わせる事にしたのだから。






「えい」

バボンッ


 フワフワと浮かんでいた球体を、平手で上からそこそこ強めに叩いた。力を受けたそれは地面に跳ねて、明後日の方向へと飛んでいく。追いかけるサラから意志を持って逃げるように宙を漂うも、速度で勝てずに彼女に両手でワシリと掴まれた。


 何とも形容し難い感触の球をグニグニと揉みしだき、ムニィと摘まみ、グイッと引き延ばす。あまりにも玩具にされる光の球を不憫に思ったヨーコがサラの肩に手を置いて、静かに首を横に振った。


 ようやく解放された球は、ふよふよと研究所の中を漂う。しかし再びサラに近付く事はなかった。彼女は少し寂し気にしながら、ゲンジョウに促されて椅子に掛ける。


「あれに触れられたという事は、奇心りという事になる。キミにも異界探索を行ってもらう」

「うん、元からそのつもり」

「積極的で実に良い心がけだ、どこぞの娘にも見習ってほしいものだな」

「こっち、見ないでくれますか」


 満足げな顔を見せる雇用主に、労働者は嫌な顔で応じる。サラは労働者としても優等生だが、ゲンジョウ相手にそれは良い姿勢ではないとヨーコは思う。自身が最大の被害者故に。


「さて、では早速行ってもらおう、といっても今日は慣らしだ。ヨーコ君、あちら異界の研究所周辺を案内してやりたまえ」

「ふぇ~い」

「わあ、やる気ゼロパーセントの良い返事ね」


 クスクスとユウコが笑う。


「よろしく」

「うん。まー、のんびり行こっか」


 二人は立ち上がり、研究所の奥へと向かった。






「おおー」


 青白の世界に降り立ったサラは、異界研究所の中をキョロキョロと見回す。元界と代わり映えのしない景色だが、精神と肉体が感じるものが違う。妙に寒々しい感覚と言うべきか、世界が半分ズレた違和感と言うべきか。


 だがしかし、彼女にとっては刺激溢れる非日常。表情はあまり変わらないが、感嘆の声を上げて目を輝かせている事から、こちらの世界をいたく気に入ったようである。そんな初々しくも無邪気な彼女の様子を、苦笑いしながらヨーコは見ていた。


「こ、こ、こ、こんにち、ひゃっ」

「?」


 突然の挨拶にサラは周囲を見回す。だがしかし、研究所の中にはヨーコと自分以外の姿はない。では挨拶をしてきたのは誰だろうか、彼女は首を傾げた。


「こら、隠れるな」

「ひぃえっ、やめて~」


 ガラクタの裏に回ったヨーコは、声の主の首根っこを掴んで引っ張り出す。ジタバタと抵抗するも、ヨーコと反対に非力な彼女では抗する事など出来るはずもない。いとも簡単にサラの前に連行されて、彼女と対面する事となった。


「え~っと、コレ、フタミ」

「よ、よ、よろしきゅっ、おねがいしま、すっ」


 ぶっきらぼうな態度のヨーコとオドオドしながら頭を下げるフタミ。自身の前に立つ、外見だけ瓜二つな二人をサラは交互に見る。


「……双子?」

「違うわよ」


 背後から四人目の声が投げかけられる、ユウコだ。


「あ、ユウコもこっち来たんだ」

「まあね。それよりも、それが噂のフタミちゃんなのね」


 口元に悪戯っぽい笑みを浮かべながら、彼女はフタミへと遠慮なく歩み寄った。まさかの初対面二人目の登場に、彼女は身を縮こまらせている。その様子にユウコはニンマリと笑う。


「なんだか虐めたくなるわねぇ」

「ひぃぃ……」


 ワキワキと両手で宙を揉み、フタミににじり寄る。逆に彼女は、ちょっとだけ涙目になりながら後退していく。


「ユウコ、止めてよ。ソレに何かされると私にも何か起きるかもしれないんだから」

「何かが起きる?」


 ヨーコの言葉にサラが反応する。事情も何も知らない彼女からすれば、三者のやり取りは理解不能の極みだ。ヨーコは頭を掻きながら、今までの事の次第を彼女に話した。今度はユウコについても隠す事無く、全てを。


「七不思議、神様モドキ」

「ちょ、ヨーコ。なんで私の紹介が神様モドキなのよ」

「だって、良い言葉が思いつかないんだもん。腐れ神様の方が良い?」

「良いわけ無いでしょっ」


 人差し指でヨーコの胸をドスッと突き、自身の紹介内容について苦情を申し立てる。だがそんな追及はどこ吹く風、ヨーコはサラに向き直った。


「まあ、そんな感じで色々ありまして」

「興味深い、面白い」

「ホント、貴女は変なね」

「褒められた」

「褒めてないわよ」


 何だか可笑しな、ついさっきと全く同じやり取り。ヨーコとユウコ、そしてサラはクスリと小さく笑った。

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