第三十七討 掠手権現
「異界散歩はどうだったかね?」
ごちゃごちゃな研究所の何処にあったのか分からない、紅茶が注がれたティーカップを異界帰りのサラに差し出してゲンジョウは問う。両手で包み込むようにしてそれを受け取った彼女は、目を輝かせて彼を見た。
「とっても面白かった」
「それは
実に素直で純真。外見は道行く者が振り返る美少女だが、その内は目に付く物全てに興味を示す少年であったようだ。
「想像以上に元気で驚いたよ……」
「走り回っていたものね。
異界研究所周辺は安全とはいえ、何が起きるか分からない。周囲を警戒しながらサラを追いかける事になったヨーコは、ほんのちょっとだけ疲れていた。
「ごめんなさい」
「責めているわけじゃ無いわ。元気なのは良い事よ、これからも先輩を困らせてあげなさいな」
そう言ってユウコは、ポンと隣に掛ける親友の肩に手を置く。それが意味する事を理解するのに少し時間を要した後、ヨーコはハッとして反応した。
「え、先輩って私!?同い年なのに!?」
「
「ぐっ、普通なら反論するのに神様目線で言われると反論し辛いっ」
「慣用句みたいな物として言っただけなのだけれど、確かにそうとも聞こえるわね。まあ、実際そういうものなのだから頑張りなさいな」
コロコロとユウコが笑う、完全に他人事である。
「迷惑かけてる?」
「あ、いやいや、そんな事ないよ!?」
しょんぼりとした雰囲気で上目遣いにサラが見る。拒絶するつもりなど一
「よしよし、話は決まったようであるな。今日はこの辺りにしておくとしよう。また明日、学校終わりにここへ来たまえ」
「うん、分かった」
「あのー、私、殆ど休みなく働いてる気がするんですがー」
「労働に感謝しながら更に働ける、実に良い事ではないか。存分に働き感謝したまえ、吾輩にな」
「暴虐横暴な雇用主に休養を要求するー!うわーん!」
不可思議溢れる世界に思いを馳せて目を輝かせるサラ。尊大な態度でヨーコを使い倒すゲンジョウ。あまりにも苛烈な労働に泣くヨーコ。そしてそれらを見て笑うユウコ。
四者四様、なんとも滑稽。ひとしきり騒いで、ヨーコ達は研究所を後にした。
翌日。
研究所へとやってきたヨーコ達は、次なる目的地をゲンジョウから示される。
「商店街~?」
「その通り。昨日キミたちが帰った後に探索機を走らせてな。大きなヱレキテルの乱れが生じている場所はいくつかあったが、一番の近場が商店街だったのだ」
ペンやら定規やらで散らばっていた机の上を雑に払ってそれらを床へと退かし、彼は帝都の地図を広げた。幾つかの場所にマークが付けられており、ゲンジョウの言う通りに異界研究所から最も近いのは商店街の周辺だ。
「あら、学院はバツ印なのね」
「既に探索は済んでいるからな。主だった幻魔は討滅させたであろう」
「ふーむ、ちょっと認識が違うわね」
「む?どういう事かね、ユウコ君」
ユウコの言葉に興味を惹かれたゲンジョウ。彼は、彼女の発言の詳細な説明を求めた。ユウコは一つ頷いて腕を組む。
「貴方が幻魔と名付けたモノ、まあ私も含めて、だけども。
「ほほう、なるほど。世界にヱレキテルが満ちている以上、ヱレキテルによって作られた奇械の刃で斬っても殺せぬ、と」
「そういう事。まあでも、力を削いだりは出来るわ。私がそうだったように」
何よりもの証拠たる生き証人が言うならば、それは間違いのない話である。
「となると、七不思議は死んでいない、という事になるのか」
「だい~ぶ小さく可愛くなっちゃったけど、みんな案外と元気よ。ハニちゃんは両腕で抱えられる位の大きさになって、駆けっこお嬢さんと和解したみたい。あ、お
運動場ノ怪とされた少女と、それを追っていた
「あの~、私達が置いてけぼりなんですがー」
「あら、ごめんなさい。話の腰を折って脱線させてしまったわ」
話は元の
「話が逸れてしまったが、キミ達には商店街を調査してもらう。七不思議とは異なり、何が出てくるかが分からん。十分に気を付けたまえ」
ゲンジョウの忠告を受け取って、ヨーコとサラは異界へと旅立っていった。
異界商店街。
いつでも活気に溢れているその街は、異界においても賑わいを見せる。ただし道を行くは幻魔たち、店を構えるも彼らだ。商売をしているとはいえ、それは人間を真似たお遊戯のようなもの。値付けもいい加減で売り文句も滅茶苦茶である。
以前見た親父臭い猫は食事と思しき物を店に並べ、人間半分程度の背丈の栗鼠が謎の果物を売っている。甲冑を纏った小さくとも勇ましい鼠が武器を取扱い、顔と手足の先だけ黒い白色猫が
どこかお伽噺のような、不可思議で可笑しく少しの違和感も孕む場所である。
「おおー」
あちらの店へこちらの店へ、サラは品物を見て回る。店主と客の幻魔は少しばかり困惑しつつも、排除しようとはしていない。どうやら歓迎はされていなくとも、拒絶もされていないようだ。
「おーい、危ないから一人で先に行かないよーに」
「あ、ごめん」
いかに楽しそうな場所であると言っても、ここは異界。何が起きてもおかしくない場所である。ゆえにヨーコは警戒を解かず、気の赴くままに駆け回るサラを自分の近くへと引き戻した。
「これだけ沢山の幻魔がいるし、ヱレキテルがどうのこうのは、そのせいかなぁ?」
「そうなの?」
「さあ?」
強力な一体の幻魔によるヱレキテルの乱れは、学院七不思議で経験しているヨーコ。多種多様な幻魔が一か所に集まった場合に同じ事が起こるかどうかは、流石に何とも言えず分からない。
「異常値を計測したのは商店街の中。だが一か所ではない」
「ん?それって七不思議の怪みたいなのが、この幻魔たちの中に複数いるって事ですか?」
「分からん。一体が移動を続けている可能性もある」
「探すの、大変そう」
手掛かりも何もない中で、特徴溢れる多数の幻魔から危険な存在を見つけ出す。何とも無理難題である。
「というか、そんなの探す必要あるんですかー?計測出来たなら良いじゃないですかー」
「そうはいかん、原因を求めねば検証できんのだ」
「検証?」
画面の向こうのヨーコ達に、ゲンジョウは自身の仮説を語る。
「異界に在る強力な幻魔は、
「へ?七不思議は何も起きて無かったじゃないですか」
「最も影響を受けていたキミが、それを言うかね」
やれやれと彼は肩をすくめる。少しばかり不服に思いつつも、ヨーコは気付いた。
「あ、ユウコ」
「そういう事だ。隣人ノ怪は人間の認知や記憶などを大きく歪めていた」
ゲンジョウは隣で画面を覗き込んでいるユウコに目を向ける。彼女は少しばかりバツが悪そうにしながら、彼の言葉を肯定する。
「私は長い事、生徒と教師、学院に出入りする人を惑わしていたわ。一人一人やってく事なんて出来ないから、異界側から学院丸ごと歪めていたのよ。帝都で係わった人についても異界側から、ね。そもそも
「ほえ~、じゃあ私もそうだったんだ」
「貴女についてはちょ~っと違うわね。力が少なくても一人ぐらいはどうにか出来るから脳みそをこう、うにゅうにゅって」
「ちょっ、私の頭に何したの!?」
「冗談よ、じょーだん」
ケラケラとユウコが笑う、がヨーコからしてみれば笑い事ではない。
「まあ、そういう事だ。異界は元界に影響を及ぼし、悪しき幻魔は人を惑わす。ならばそれを正すが討滅士。それが元々、吾輩が企図していた事であるからな……む?」
会話の途中でゲンジョウは計器の異常に気付く。ヱレキテルの乱れが見られたのだ。
「ヨーコ君、サラ君。噂をすれば影が差す、近くにお目当ての幻魔がいるぞ」
ざわり、と周囲の大気が揺れる。賑わいを見せていた風景が変容し、空間が大きく歪んでいく。通りを埋めていた無害な幻魔たちの姿が歪みの向こうに消え、深夜の如く誰もいない商店街へと姿を変えた。
紫が混じった闇色の暗闇から人型の影が現れる。だがそれは人間では無かった。
二
仏殿に佇むべき
仏の道を外れしその名は、
金を物を
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