第四十五討 オ片付ケ論争

「やほー」


 頭上から声が聞こえる、サラの声だ。顔を上げると、ヨーコの背丈の三倍近い高さに彼女はいた。鉄のガラクタの山頂、よくもまあスカートと革靴で登るものである。


「そんな所にいると下着が見えるよ~」

「いやん、助平すけべ

「おバカな事言ってないで降りてこーい、危ないぞー」


 足場の悪い高所でありながら、サラは全く怖がっていない。危険に対する感覚が鈍いというべきか、怖いもの知らずというべきか。もしくは、自身の能力を良く理解しているからこその行動なのかもしれない。


 忠告に従って彼女は山頂を後にする。岩登りのような形で少しずつ、ゆっくりと下山してきた。軽々と登ったかと思っていたが、随分と苦労して登頂したようだ。


「無事、とうちゃく」

「はい、お疲れ様」


 体操選手のように両腕をピシッと開いて掲げ、サラは下山完了の報告をする。少々呆れながら、ヨーコは彼女に労いの言葉を掛けた。


「楽しそうねぇ、貴女たち」

「たのしーい」


 椅子に掛けて様子を見ていたユウコの言葉にサラが反応し、とことこ歩いて彼女の傍へ。椅子を隣に持って行って寝ころび、その頭を彼女の膝の上に載せた。ユウコはとりあえず彼女の頭を撫でる。


「猫だ」

「猫ね」

「にゃおーん」


 右手を握って猫の手を作って空を掻く。招き猫ならば金や人を招くが、青髪の猫は何を掻き寄せるのか。おそらくは彼女の望むもの非日常の刺激であろう。


 ヨーコはゲンジョウに従って研究所へ帰り、ユウコは少し遅れてやってきた。サラに関してはヨーコ達よりも先に研究所に忍び込み、ガラクタの山の上に潜んでいたのだ。


「研究所の防犯を見直さなければならんな」


 子子猫の子子子仔猫が入り込んだ以上は他の者についても同じ、顎に手を当ててゲンジョウは考え込む。彼の事だ、侵入者を排除する狙撃銃でも設置する可能性がある。今後、死者が出ない事を祈るしかない。


「あいだっ」


 ガラクタを見て回っていたヨーコが声を上げた。積まれていた鉄の何かから突き出ていた鉄パイプに、向こうずねしたたかにぶつけたのである。彼女は苦悶の表情を浮かべて、その場にうずくまった。


「その辺りは色々と突き出ている、気を付けたまえ」

「遅いですよ!しっかり罠に掛かりましたよ、こんちくしょう」

「己で掛かりにいって吾輩に罪をなすり付けようとは、当たり屋の如きの所業であるな」


 普段は罪だらけのゲンジョウであるが、今回ばかりは無罪である。


「あらら、ヨーコ。貴女、詐欺師に転職したのかしら?絶対に向いてないから止めておきなさいな」

「ヨーコ、嘘下手。騙そうとしたら騙される」

「なんか酷い言われ様だ……」


 仲間と思っていたユウコとサラからも袋叩きにされる。単純明快な性格のヨーコ、誰かを騙したり嘘をく事に適性は無いのだ。


「この研究所、もうちょっと片付けた方が良いんじゃないですか?」

「自滅した事を我が研究所のとがにするつもりかね」

「いやいや、そんなつもりはありませんけど。歩ける場所が少なすぎますよ」

「否定か肯定か分からぬ言葉があったように思うが」

「いいえぇ、そんな事言ってませんよぉ~?」


 へらへら笑って正直者はうそぶいた。誤魔化し切れていない彼女の事を鼻で笑って、詐欺師はヨーコの提案に回答する。


「ふむ、確かに手狭ではある。両隣の倉庫、一部をまた借りるとするか」


 顎に手を当て、ゲンジョウは思案した。


 彼の研究所は赤レンガの倉庫に挟まれている。お隣の倉庫に突き出す形で研究所の一部が拡張されているのだ。ヨーコ達が休憩時に飲んでいるコーヒーや紅茶の抽出機は、実はそんな形で設置されているのである。


 なお言うまでもない事であるが、倉庫の管理者に許可など取っていない。違法建築どころか、他者の物を奪い取っている強奪建築。官憲に捕まらないのが不思議な程の所業である。


「片付ければ良いじゃないですか」

「ん?何を言っているのだね。実に機能的に整然と片付いているではないか」


 研究所の主は信じられない事を言い放った。


「は?ええと、片付いてるって言いました?」

「勿論」

「これで?」


 ヨーコは鉄のガラクタが積まれた山を指す。


 車輪と煙突が付いた何かであったり、太くて大きな鉄パイプのような物であったり、手のひら程度の大きさで蜘蛛のような脚がある気持ち悪い造形物であったり。


 芸術品というには無骨、日用品というには用途不明な数々。未知の軍事兵器などと形容した方が正しいようなガラクタたちだ。


 それらが無軌道に無秩序に、あちらこちらに置かれて積まれている。これを片付いている状態だというのは、常人に比べて随分と認識が違う。だがしかし、ことゲンジョウに関してはそもそも常識など通用しない人物であるかもしれないが。


「世間一般において、この状況は散らかっていると言います」

「世間など知った事ではない。この地の主は吾輩なのであるからな」


 正しいと言えば正しい、研究所は彼の領域テリトリーなのである。だがしかし、ヨーコは退くつもりは無いようだ。


「博士はどうか知りませんが、私達には邪魔くさいんですよ」

「ふむ、そうなのかね?ユウコ君」

「まあ……そうねぇ……」


 第三勢力として話を振られたユウコは、頬に手を付けて困り顔。どちらに付いたとしても面倒な事になるのが確定しているのだ、無理もない。


「そこら辺だけ片付ければ良い感じになるんじゃないかしら?」


 少し考えた後、ユウコは折衷案を出す。全面的な状況変化を起こさず、かといって現状維持で終わらせない。部分的な変化でヨーコとゲンジョウを納得させるのだ。


「え~、全部綺麗にしようよ~」

「そんな時間も人手もないでしょ」

「わざわざ物を移動させる必要など無かろう」

「とりあえず邪魔は邪魔よ、あの辺のは」


 なぜ自分が両者の間に入って仲裁しているのだろうか。ユウコはそれを考えながら入口周辺を指した。


 扉の両脇に崩れんばかりに盛られたガラクタたち、万が一の場合に入口が埋まる可能性は高い。指摘としては合理的、ゲンジョウを納得させる理由にはなり得た。


「ふむ、ならば手が空いた時にでも移動させておくとしよう。これで満足かね?」

「じゃあ、それで。ちゃんと片付けて下さいよ?」

「善処しよう」

「あ、コレやらない奴だ」


 ゲンジョウの態度に疑惑を深めるヨーコ。


 これ以上の仲裁は面倒だとばかりに、ユウコは膝の上で寝転ぶサラを起こしてヨーコに押し付けた。そして二人の背中をぐいぐい押し、異界へと放り込んだのだった。

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