第二節 卑脅権現
第三十九討 新シキ友
「ぐへぇ~」
朝から始まった授業は半分を過ぎ、昼の休みに入ったところ。ヨーコは机の上に頬を付けて、だらしなく両腕をだらんと垂らしていた。
何とも怠惰な姿の理由は一つ。昨日の異界での大立ち回りと、予想外の負傷の為である。実際に傷が生じはしなかったが、その反面で精神と体力の消耗は普段の異界探索とは比較にならない程となった。
午前中に体力を使う授業が無かったのは幸いだが、座学で爆睡していたのは言うまでもない。そして当然、教師から頭を小突かれて皆から笑われる事となった。
「はい、あーん」
「あーん……」
促されてヨーコは、机を枕にしたまま大きく口を開ける。ポンと一つの菓子、いや、薬だとリヨが言い張る物が放り込まれた。むぐむぐと咀嚼すると、ほんのり甘い優しさの塊のような味が口内に広がる。
「おいし~」
「それは良かったです。けど、なぜそんなに疲れて?」
「頼まれ事を断らずにやり遂げたからよ」
「とても立派じゃないですか!」
「ん~……」
ユウコの言葉にリヨは感心の声を上げるが、ヨーコは渋い顔。やり遂げたのは確かであるが、断るという選択肢が無かったという前提があったのだから。褒められても素直に喜べないのは、当然と言えば当然であろう。
「おひる、お昼ご飯にしましょう。外へ出れば元気が出るかもしれません」
「お昼~、ご飯~……」
「シャンとしなさい」
リヨの言葉を受けて、亡者の如く立ち上がったヨーコの背をユウコが叩いた。
「じー…………」
そんな三人の様子を、二つの灰色の瞳が見ている。
「ん?」
「じじー…………」
ヨーコが視線に気付き、その出所を確かめようと周囲を見回す。すると教室の入口戸から、にゅっと頭を出している青髪の少女と目が合った。
「おわぁっ!?サラ!?」
「あら、昨日ぶりね」
「久しぶり」
「十七時間程度の別れを久しいと言うべきなのかしら」
独特の返しをしてくる新しい友人。僅か二日の付き合いでありながらユウコは、彼女の扱い方を何とは無しに理解していた。
「ええと」
「あ、リヨに紹介しないと。えっと」
「いえ、大丈夫ですよ。七星さん、ですよね?」
「うん」
合っているはず、と思いながらも確かめるようにリヨは問う。特にもったいぶる事も無く、サラはすんなりと首を縦に振った。
「あれ?知り合い?」
「ううん、知り合わない」
首を傾げるヨーコに、何とも妙な言葉をサラが返す。
「私が一方的に存じ上げているだけですよ」
「接点無かった、なんで?」
「ええと……。一年生の頃にレイナちゃんが噛みついてて」
「金色くるくる髪のお嬢様。賑やか」
「間違いないのだけれど、賑やかで済ませられるのは図太いわねぇ」
「褒められた?」
「ええ、今回は素直に感心よ」
「わーい」
両手を振り上げて、サラは一切の抑揚が無い歓声を上げた。
「
「あはは……、レイナちゃんがすみません」
止めようとも止まらない暴走汽車だが、リヨにとっては身内に等しい
相手に食って掛かるのは気に入らないからというよりも、多少なりと相手を認めている事の証左である。本当に気に食わないならば、そもそも係わって時間を無駄にしない、合理主義的一面も彼女は持ち合わせているのだ。
「それより、ごはん」
「あ、そうだった」
サラの来訪によって忘れ去られていた元々の目的を、彼女の言葉で思い出す。四人は揃って教室を出て、いざ昼食へと繰り出した。
本日のお昼は舶来庭園の広場にて。
広い芝生とレンガ道、整えられた花壇に白の噴水。道の脇にベンチが並び、所によっては舶来式の
芝生の上に敷き布を広げて円座となり、持ち寄った弁当を広げる。ユウコとリヨは中々に手の凝った自作弁当だ。サラは購買での争奪戦を勝ち抜いて手に入れた幕の内弁当、本日のおかずは鮭の塩焼きである。
そしてヨーコはいつもの通りに購買で買った、それほど人気ではないおにぎり弁当。だがしかし、連日のアルバイトの
談笑しながらおかずを分け合い、十二分に腹を満足させた四者。ヨーコはサラを連れて敷き布から少しだけ離れ、せーの、の掛け声とともに仰向けに倒れ込んだ。
「どーん!」
「どーん」
大の字になって寝っ転がるヨーコ。それを真似て転がるサラ。彼女達を受け止めた青草が、ぶわりと緑の香りを宙に舞わせる。
「こらこら、はしたない。淑女たる者、もう少し慎みを持ちなさいな」
「えいっ!」
「きゃ!?」
小言を言うユウコの腕をサッと掴み、グイッと自分の方へと引き寄せる。体勢を崩した彼女は、そのままヨーコの隣に転がった。
「ヨーコ」
「はい」
寝そべった状態で対面する二人。焦るでも無しのユウコの冷静な声に、思わずヨーコは真面目に返事した。
「私が何を言いたいか、分かるわよね?」
「え~っと……お腹すいた、とか?」
つい先程昼食を済ませたばかり、誰がどう考えても不正解である。回答者自身がそれを一番理解しており、誤魔化しのためにヘラヘラ笑っている。そんな彼女の鼻先を、ユウコがデコピンの要領でペシンと弾いた。
「あだっ」
「人の許可を得ずに、無理やりこういう事をしない。子供じゃないんだから」
「私、十六だからまだ子供……」
「精神的には成人してる位に
「嬉しいような、そうじゃ無いような言われ方ぁ」
精神的に成熟している、というのは年頃の少女にとっては褒め言葉であろう。だがしかし、それを老けと表現されると素直に喜ぶ事が出来るわけ無し。ヨーコは何とも言い表し辛い、不満足の渋みたっぷりな表情を浮かべていた。
「ん」
ぽんぽん
「え?」
サラが自分の隣の芝生を軽く叩く。その意図が分からず、リヨは首を傾げた。
「一人だけ立ってるの良くない」
「転がれ、と」
「そう。さあ、どーん、と」
サラが期待を込めた目を自分に向けている。リヨは思わずクスリと失笑して、その誘いに乗る事にした。ただし、どーんではなく、ころんである。
「これでよろしいですか?」
「むぅ、どーんじゃない」
「こだわられてる……」
ぷくうと頬を膨らませるサラに困惑の一言。彼女の独特の感性を理解するには、まだまだリヨには経験値が足りないようだ。
四人並んで寝転がって白雲を眺める。ゆったりと青空を行くそれは、まるで綿あめの様にフワフワとしていて何だかおいしそうだ。実際、ヨーコの脳は甘みを思い起こしていた。
ぐぅぅ、と腹が鳴る。綿雲の姿は食欲を刺激する、ヨーコは一つ学びを得た。それを口に出すと、貴女だけよ、とユウコに笑われてしまった。リヨもクスクスと笑うが、サラだけはうんうんと何度も頷く。
女学院特有の長めの昼休みが終わるまでは、まだまだ時間がある。四人はゆったりと流れる風に顔を撫でられながら、のんびりと空を見ていた。
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