第八十二討 鉄ト人

 牧場から帰る道中、アカリの表情は曇っていた。


「アカリちゃん、大丈夫……?」

「あ、う、うんっ、大丈夫!元気元気!」


 明らかに空元気な様子だが、グッと拳を握って笑顔を見せる。


「アカリ、ぽんぽん」

「サラお姉さま……」


 落ち込んでいる彼女の頭にサラが二度優しく叩いて、続いてさすさすと撫でた。彼女なりにアカリの事を励ましているようだ。


「……アカリちゃん。あの厩務員さんと馬の事考えてるよね?」

「はい、ヨーコさん……」

「あんまり気にしない方がいいよ。動物には付き物だし、ね」

「それは、分かってる、つもりなんですけど……」


 頭で理解するのと感情は違う。真面目で素直、馬への情熱を持つ彼女だからこそ、共感からの悲しみが生じてしまうのだ。萎んだ風船のようにしょんぼりとして、心なしか彼女の尾ポニーテールも元気が無い。


 見かねたユウコが彼女の肩に手を回した。


「たまには神様っぽい事しましょうかね。ねえアカリちゃん、死んだものはその後どうなると思うかしら?」

「え、えーっと……極楽に行くとか地獄に行くとか、天国に行くとか……?」

「うんうん、大まかにはそうね。でもね、少し違う事もあるのよ」

「違う事……?」


 首を傾げるアカリに、彼女は人では知る事の出来ない事を示す。


「自分が大切だと思うものの側に寄り添うの。立ち直るまで、心配する必要が無くなるまで、ね。ずぅっとというわけじゃ無いわ、役目が終わったらさようなら」


 どこかの誰かに別れを告げるように、ユウコはアカリの前に手を出してひらひらと振った。彼女はその綺麗な手が左右に揺れるのをジッと見る。


「だから多分、彼の側にはいるわよ。自分を世話してくれた友達を見守る魂が。だ、か、ら、大丈夫」

「そうなんですか……?」

「ええ、この世もあの世も結構上手く出来ているの。地獄極楽天国冥府、色々言われるけどあっちも結構現実的ってわけ。こっちからあっちを認識できないのは、見えちゃったら生きるのに不便だからよ」


 ユウコの言葉がアカリの顔に明るさを取り戻させる。


「すみません、もう大丈夫ですっ!ありがとうございますっ」

「ふふふ、貴女は元気なのが一番よ」


 つん、と彼女は笑みを浮かべてアカリの鼻先を軽くつついた。それを受けて、恥ずかしさに彼女は少し頬を赤らめた。


「さて、それじゃ帰ろ。……まあ、あの研究所へ行くんだけども」

「こ、ここからなら電車が早いですっ。車輌基地すぐそこで、始発駅も近いから……」

「流石トモヨちゃん!汽車電車、それに船とか詳しいもんね!」

「え、えへへ」


 照れくさそうにトモヨは頬を掻く。


 アカリが動物好きなのと対照的に、彼女は機械系が好き。特にトモヨの家である五洋財閥が得意な船などは、彼女の大好物である。そこからの繋がりで汽車、そして電車に興味を広げたのだ。


 五人はトモヨの先導で駅へと向かう。


 歩く左側は鉄柵に囲まれた場所に鉄道軌条レールが波を作り、右側には牛豚がのそのそ歩く牧場が広がっている。ここが巨大都市である帝都の中であるのが不思議な程に人気ひとけが無い場所だ。


ボォーッ!

「おぅわっ!?」


 突然の音にヨーコが驚いて声を上げた。

 汽笛である。鉄道車輌の整備に使われる基地、そこには当然、煙突から黒煙を噴く汽車とパンタグラフから動力を得る電車がある。その片方が大声を発したのだ。


「あ、あの汽車、整備中っ」


 トモヨが金網に近寄って、遠くにある汽車を見る。濛々もうもうと石炭の煙を吐くのは、真っ黒な体に金のしょくが施された無骨剛健な車体。腹の下に数名の人影も見える事から、すぐに走り出すような状態ではない様子だ。


「近くで見られないかなぁ?」

「ちょっと警備の人に聞いてみようよ、トモヨちゃんっ!」


 ワクワクと心を弾ませるトモヨ。アカリは彼女の背中を押して車輌基地の門へと歩き出す。


「可愛いねぇ」

「可愛いわね」

「かわかわ」


 二人の背を見ながら、ヨーコ達はまたもや目を細めたのだった。






「おや?アカリお嬢様、トモヨお嬢様、なぜこんな所に?」

「あ、工場長さん!」

「こ、こんにちはっ!」


 五十半ばの細身の男性が、アカリとトモヨを見て目を丸くする。二人はそんな彼と顔見知りで、いつも通りといった様子で挨拶した。


「牧場に寄った帰りなんです!」

「き、汽笛が聞こえて……。整備を見せてもらえたら、って思って……」

「ああ、なるほど。そういう事でしたらお入り下さい。ご友人方も是非」

「ありがとうございます~」


 朗らかに促す彼にヨーコは礼を言う。


「両総帥もお越しになっています、お二人が来たとあったらお喜びになるでしょう」

「え、お父さん来てるんですかっ」

「お父さんが……?」


 工場長の言葉にアカリは笑顔を見せる。


 だが、彼女とは対照的にトモヨは顔を曇らせた。ヨーコはそれに気付いて彼女に声を掛ける。


「どうしたの?」

「あ、えと、その。わ、私のお父さん、厳しくて……。ヨーコさん達の事、悪く言ったりしそう、で……」

「あら、そんな事。大丈夫よ、ヨーコは。そこらの石ころに付く埃、とか言われてもなーんにも気にしないもの」

「いや流石にそこまで言われたら私も傷付くよ……?」


 あんまりな扱いに石ころの埃ちゃんは不満そうな顔をする。そんな彼女を見て、ユウコはいつもの通りに悪戯っぽく笑った。揶揄われたヨーコは、ガバッと背後から彼女に覆いかぶさるようにして体重を掛けて反撃する。潰されそうになったユウコは、大人しく負けを認める事で解放されたのだった。


 工場長を先頭にして敷地内を歩く。赤錆びたレールが無数に地を這い、所々に鋼材が積まれている。向かう先には大きな建屋があり、その中には汽車電車の車両が格納されている。どうやら車輌の保管場所であるようだ。


 建屋の前では先ほど見た汽車がヨーコ達を待ち構えるように立っている。正面から見ると角が生えた鬼か、兜を被った武者の様な佇まいだ。


 それの周囲にツナギ姿の作業員が十名程度、そしてスーツ姿の人物が五人ほど立っている。その内の二人は、周囲の者とは別格の雰囲気を漂わせていた。


「五洋総帥、灯六辺総帥。ご令嬢が見学にいらっしゃいました」


 工場長の言葉に、二人の男性がヨーコ達の方を向いた。年齢はどちらも六十手前といった所だろうか。


 一人は黒の短髪に茶色のスーツ、低身長ながらがっしりとした体形だ。年齢よりもずっと若く見える、財閥総帥というよりも軍人か何かと言われた方がしっくりくる人物だ。


 もう一人は灰色髪にハットを被ってステッキを持っており、百八十センチを超えるほっそりとした高身長。豊かな口髭を蓄えている事もあって、年齢よりもずっと年上な印象を受ける人物である。


「おと」

「アカリぃ~っ!」


 アカリが声を出すよりも早く、茶スーツの男性が猛烈な速度で接近してきた。避ける暇も無く彼女は彼に抱きしめられ、頬ずりをされる。低身長と言えどアカリよりも小さいはずも無く、彼女の足は地面から離れてしまっている。


「お、おとうさん、苦しいよ~」

「おおっと、すまんすまん」


 アカリを解放し、父親は謝罪する。


 人懐こい印象で子煩悩、瑞穂三指さんしの大商家。彼こそが質実剛健な経営策を採る灯六辺ひろべ財閥の総帥である。


「お、おとうさん……」

「トモヨか。何故ここにいる」

「あ、アカリちゃん達と牧場見学に……」

「ふむ」


 トモヨの父は、彼女がこの場にいる事を責めるような雰囲気で娘と言葉を交わす。そしてトモヨの後ろに立つヨーコ達に視線を移した。


「そちらの二人は何者かね」

「あ、ええと、友達になったヨーコさんとユウコさん、です」

「聞かぬ名だ、目立った家の娘ではなさそうだな。友人は選べと常々言っていたと思うが……まあ良かろう」


 当然ながらヨーコ達にも彼の言葉は聞こえている。だが彼にとっては彼女達など目に入る事も無く、己の娘だけと会話しているのだろう。


「七星のご令嬢。常から愚女ぐじょと関わってくれる事、感謝する。……トモヨ、お前もサラ嬢の様に努力しなさい」

「は、はい……」


 今までならば、素直に受け取って自分の身を戒めていた父の言葉。だが現在のサラを知る身では、何とも首を傾げたくなる話である。実際ヨーコとユウコは彼女の事を見て、頭の中に出会ってから今までの奇行を浮かべていた。


 当の本人はこの場で妙な姿を晒すのは良くないと考える程度の常識は持っているのか、突っ立ったままでジッとしている。


「あ、あのあのっ!お父さんと五洋おじさんが一緒にいるなんてどうしたの?二人ともすっごく忙しいはずじゃ?」


 妙な空気になろうとしているのに気付いたアカリが、慌てて話題を別の方へと移した。


「話そうとは思っていたんだが、お父さんたちは一緒に鉄道開発を進めているんだ」

「灯六辺、五洋、そして七星、三財閥共同で進めている大事業。汽車も線路も駅舎も、全てを新設する大陸横断鉄道だ。瑞穂から遥か西方までを繋ぐ、陸の大動脈を作り上げる」

「大陸横断、鉄道っ!?」


 父親の発言にトモヨは声を上げた。

 瑞穂帝国のみならず、多くの国を巻き込む壮大な事業。鉄道好きでなくとも心が躍る話である。


「流石にまだまだ話始めだがな~。この試験車輌が出来たばかりなのさ」


 そう言って灯六辺総帥は、側らに在る黒鉄の身をボンと叩いた。重々しい金属音が、それの質量を表してる。


「灯六辺総帥も、私も、そしてこの場にいる者も、いない者も。誰もが全力を注ぐ大仕事だ。彼らは汽車を造り、我らは事業を造る」

「その通り、まずは海峡を渡らせねば。こういった時には島国である事が不便ですなぁ……」

「ふっ。島国ゆえに五洋は成長したのです、憎むばかりでは海に祟られてしまう」

「はっはっは、それは確かに!灯六辺も島国ゆえに落ち着いて事業を進められた面もありますからな!」


 はっはっは、と二人の総帥は笑う。ヨーコ達ではとても想像できない、雲の上から世界を見るような話である。


「僕は製造物に問題が無いかを確認しに、あっちで動き回ってる人たちはこの車輌基地の中でも指折りの精鋭整備士です。五洋総帥の仰る通り、誰もが全力で誇りをもってこの仕事に挑んでいるのです」

「凄いっ!」

「わ、わぁ……っ!」


 工場長の説明にアカリとトモヨは目を輝かせる。

 後ろで聞くヨーコ達も、胸の内にワクワクとした気持ちが生じていた。


「では新車輌の見学、始めましょうか」

「「よろしくお願いします」」


 アカリとトモヨは揃って頭を下げる。


「あの~、私達も見て良いんですか?まだ世に出てない凄い汽車なんですよね?」

「はい、流石に写真を撮られるのは困りますが、ただ見るだけなら問題ありませんよ。内部は機器がむき出しなので、入るのは無理ですけどね」

「あら、そうなの。じゃあ遠慮なく見せて頂くわ」

「楽しみ」


 にこやかな工場長の言葉。


 こうしてヨーコ達は五人揃って、真新しい黒鉄の龍を見て回ったのだった。

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