序2 未知のジョブマニュアル
---『ジョブマニュアル』---
冒険者がジョブに就職する際、あるいは別のジョブにジョブチェンジする際に必要になる、手帳サイズの小さな本。
一部の基本職のジョブマニュアルはギルドから無償で提供される。
それ以外のジョブのマニュアルは、市販のものを購入したり、誰かから譲り受けたりするなどをして入手できる。
それが普通らしいのだが……。
「ええと、このジョブマニュアルはどこから?」
「イーストエンドの沼地のダンジョン。俺に来た依頼がらみで潜った時、地下9階のボス部屋の宝箱から見つけたんだ」
「地下9階……さすがですね。でもこの本不思議……普通、ジョブマニュアルはダンジョンでは入手できないはずなんですけど……」
男勝りな話し方の冒険者の女性と、冒険者ギルド受付嬢のマリナさんが、会話を続けている。
私、メルティは二人には目を向けず、依頼リストのボードを眺め続けていたが、人の少ない静かな時間の会話はなんとなく耳に入ってきてはいた。
ジョブマニュアルか……でもどうせ私に就けるジョブなんて無いんだし、関係ないよね……。
私が物思いにふけっている間も、二人の会話は続いている。
「俺の仲間や知り合いには就職できそうなヤツはいないみたいだし、換金しようかと思うんだけどさ、そもそもどういうジョブマニュアルなのかも分からないんだ」
「う~ん、鑑定機でスキャンさせてみてますけど、『不明』としか表示されませんね……」
カウンターにある装置の端末をぽちぽち押して操作しながら、マリナさんは伝える。
「やっぱりそうだよね……あちこちで調べてもらってるんだけど、どこのギルドで調べてもらっても分からないって言われたんだよなあ……」
「というかそもそも、なんだかおかしな本ですね。表紙すら読めないなんて……」
「でしょ?ジョブマニュアルなら表紙を見ればどのジョブかぐらい分かるモンなんだけど、この本はそれすら読めない」
「う~ん、このままだと値段は付けられませんね。もうちょっと色々調べてみましょうか。
ええと、就職条件は……なし。上級職の類ではなさそうです。レア職のパターンかしら?
ついでに就職できそうな人も調べてみましょうか。ウチにはいない可能性もありますけど……
ここのギルドに登録済みの冒険者で就職できそうなのは……
あ、1人だけいますね。名前は『メルティ・ニルツ』」
「えっ!?」
関係ないと思っていた会話の中で不意に自分の名前を出され、思わず声を上げて振り向いてしまった。
「え、え、え、あの、あの、あの、いいい今なんて?」
「え、ひょっとして君が……メルティ・ニルツ?」
「これがその、ジョブマニュアル、ですか……」
冒険者に手招きでカウンターに呼ばれ、私はその謎の本に触らせてもらった。
「あの、なんて書いてあるんですか、これ……」
「やっぱり分からないか。う~ん、なんなんだろうなこれ……」
表紙を開き、本の中身を見せてもらう。
「な、変だろ?
普通ジョブマニュアルってやつは、表紙と序章のページ以外の中身は暗号化されて読めない。
そのジョブで修行して強くなったら、徐々に書いてある内容が分かってくるものなんだ。
レベル2になったらレベル2のページが読めるようになって、そこに書かれた内容を読んで、新しい魔法を覚えたり、特技やスキルを身に着けたりできるんだ。
でもこの本は、表紙も序章のページも読めない。
序章のページには、このジョブはどういうジョブですよっていう案内文みたいなものが書かれている。そこも誰でも読めるはずなんだが、そっちも読めない。
だからこの本がどういうジョブなのかすら分からないんだ」
「あ、ひょっとしてまさか……まだ未発見のジョブ、って事は無いですか?
今まで発見されたことのない未登録のジョブなら、鑑定機の結果が『未定』なのも理解できますが……」
「なるほど、未発見か……いやでも、そんなのあるの?」
「まあ理論上は……見たことは無いですけど……」
マリナさんと会話を続ける女冒険者に、私は思い切って声をかけた。
「あ、あのっ……!
すみません、この本、私に譲ってくださいませんかっ!?」
「……えっ!?」
マリナさんと女冒険者が一緒に驚きの声を上げ、同時に私のほうを向いた。
「ちょ、ちょっとメルティちゃん、何言ってるの!?」
「お願いです!このジョブマニュアル、私に売ってください!!」
「いや、あの、えっと、まあ誰かには売れればと思って鑑定してもらってるワケだけど……
いやでも、お勧めはしないよ?中身すら分からない、どう考えてもまともじゃないジョブの本だし……」
「どんなジョブでも構いません!私がやっと就職できそうなジョブマニュアルがここにあるんです!
私、冒険者になりたいんです……お願いします……お願いします!!」
「メルティちゃん、落ち着いて……ちょっと落ち着いて、ね?」
冒険者の女性は面食らった表情をしていたが、私はかまわず頭を下げ続けた。
だんだんギルド内が騒がしくなる。どうやら注目を集めてしまっているようだ。
それでも、私はなりふり構わず頼み続けた。
騒動を聞きつけたギルドの庶務さんに促され、私たち3人は静かなギルド奥の会議室に場所を移した。
「じゃあ、まずは自己紹介から。
俺の名はクルス。ギルドランクはAクラス。
普段は王都のギルドを拠点にしている。ジョブは『女勇者』だ」
冒険者の女性は自己紹介でそう名乗った。
Aクラス。国全体の冒険者の中でもかなり上位のほうにいるランクだ。
「勇者……ですか?その、初めて見ました……」
「まあすごく珍しいジョブだからね。あ、勇者じゃなくて『女勇者』な?そこんとこ間違えないでくれよな」
私は女性冒険者を改めて眺めた。
さっきは必死だったせいでそんなに気には止めていなかったが、結構……いや、ものすごく大胆な格好だ。
露出の多い、レオタードの水着みたいなぴっちりした服装。筋肉質でスタイルのいい体。
胸はかなり大きい。女らしさを強調した格好だ。
対して髪型はぼさぼさ気味の黒髪ショートで、美人だが化粧っ気のない顔。そこだけ見ると男性っぽい。
そういえば言葉使いも男っぽいし、一人称も『俺』だったっけ。
男勝りの女冒険者は私が知る限りこのギルドにも何人かいるが、この人の場合……なんというか、本当に男の人のように錯覚する。
そのはずなのに体は間違いなく立派な女の人で、外見と中身がまるで逆のような不思議な感覚がある。
「メルティ、です。新人冒険者で、今のジョブは……ありません」
「ジョブ無し?どういう事?」
私は、1か月前から今までの身の上を説明した。
「なるほど、それでこのジョブマニュアルにあんなに食いついていたのか……」
「メルティちゃん、気持ちはとてもよく分かるわ。でも私としてはやっぱり、このジョブはお勧めできないわ」
マリナさんにそう切り出された。
「この本、未鑑定とはいえ明らかにレア職の本よ。
一般論だけど、初心者がレア職に就職してやっていくのは本当に難しいの。普通のジョブと違って数が少ないから、師事してもらえる先輩や同職の仲間はなかなかいない。それに、レベルを上げても順当に強くなれるかどうかも怪しいの……」
「俺もいわゆるレア職だからよく分かる。
まあ俺の場合だけど、レベルアップで暗号ページが解放されても、普通のジョブみたいに役に立つスキルが順当に記載されてない可能性もある。レベルアップも遅いしステータスの伸びも良いほうじゃない。
レア職なんて言い方は恰好いいけど、要するに大博打の不人気職。本来なら熟練者が見聞を広めるためにサブ職で習得するのがレア職ってやつなんだよ。
初心者が就職したって、まともに戦えず魔物に殺られちまうのがオチってもんだ。
普通のレア職ですらそうなんだ。ましてやこの『何だか全く分からない謎のジョブ』じゃあどうなる事か……」
二人とも内容は厳しいが、優しく諭すような口調だった。
「お二人が、私のために言ってくれているのはよく分かります。
でも、私にはこのジョブしかないんです。
既存のジョブは全滅だったんです。どうやら私が就職できるジョブは、それだけしかないみたいなんです……
お金はどうにか頑張って工面します。
だからお願いします。私、どうしても冒険者になりたいんです……」
「……分かったよ」
泣きじゃぐりながら頭を下げ続けた私の懇願に、クルスさんはついに折れる形で同意してくれた。
「本当ですか!?ああああの、ありがとうございます!!」
「うんまあ、レア職に関しては俺も思うところあるからな……」
マリナさんも、仕方ないわね、という感じでメルティを見つめていた。不安は隠せない表情だけど。
「あ、でも、お金のほうは……」
「いや、いいよ。タダで譲ってあげる。元々売値が付かなかったら処分しようと思ってたんだし」
「え、でも、そんなの……ちゃんとお金払います!!」
金額の事でちょっと揉めそうになったが……。
「……まあ確かに、金額を付けたほうが責任売買ってやつか……。いやでも、何が何だか分からないものに高値を付けるわけにはなぁ……。
じゃあこうしよう、売値は君が冒険者になってから最初の依頼の報酬の半分。それでどう?」
新人冒険者の報酬の半分。ジョブマニュアルとしては破格の安値だったが、まったくの未知のものの値段なので、私もそれで納得するしかなかった。
「あともうひとつ、それがどんなジョブなのか、俺も就職の儀を見届けさせてもらう。
そしてそのジョブが危険なものだったら、すぐにジョブを辞めて諦めてもらう。それが条件」
「……わかりました」
私は頷いた。危険なものとは何だろうと思いながらも、他の選択肢が無い以上、結局はこのジョブに賭けてみるしかない。
駄目だったら本当にそれまでだ。
「じゃあ、いつ就職する?」
「もちろん、今すぐ!!」
あの時の職業適性鑑定の時にも使った、会議室に併設された祭壇。私たちは、その前へ移動した。
『就職の儀』と言っても、別に難しいことをするわけではない。
職業鑑定の時にも使った例の祭壇の水晶の前にジョブマニュアルをセットして、水晶に両手をかざす。
そうすると水晶が光りだす。そのまま目を閉じて待っていればいいらしい。細かい操作と進行はマリナさんがやってくれる。
「コホン、それでは、メルティ・ニルツさん。あなたを……えっと、なんて言えばいいんだろ。『この職業』に、任命いたします」
光が消えていくのを感じる。
「これで、メルティ・ニルツさん、あなたは『この職業』に就くことが出来ました」
就職の儀は何事もなく、あっさり終わった。
「あ、ありがとうございますっ!!」
私は深々とお辞儀をした。
「いえいえ……頑張ってね!
あ、それで、結局何のジョブなんでしょう?
何か変わったところはあるかしら?力が強くなった気がするとか、魔力を感じるとか……」
「う~ん、今のところ特に何か変わったようなところは……」
私は自分の体を見回してみたが、特に何もない。
でも何となく、言葉に言い表せない違和感があるような……徐々にその感じが強くなっているような……?
「じゃあジョブマニュアルはどうだ?どこか読めるようになったりしてない?」
クルスさんに促され、手に持っていたジョブマニュアルの表紙を見直してみた。
「あれ、文字が読めるようになってます。これは、えっと、ス、ラ…………」
表紙の文字2つを読み上げたところで、ぼとり、と、本を落としてしまった。
「あ、あれ…………?」
なぜ落としてしまったか分からない私は、足元に落ちた本を見直した。
本には何か、液体のような、粘膜のようなものが付いていた。
「め、メルティちゃん、て、手が……」
マリナさんの言葉を聞き、本を持っていたはずの自分の手元に目線を向けてみた。
手が、無かった。
手首から先はどろどろに溶けたように消えていた。
「えっ………………?」
どうやらそのまま、私は気を失ってしまったらしい。
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