幕間4 少年とスライム娘(後編)

「お兄ちゃん、きのうはありがとう!」

 

 翌朝、レニに改めてお礼を言われた。

 オレは、しーっ。と、人差し指を立ててサインを送った。内緒だぞ、と。

 レニはこくこくと頷いている。

 

 孤児院の院長が不思議そうな顔でこっちを見ていた。

 夜中また抜け出して盗みに入った先でパン貰ったとはさすがに言えないので、パンの事も含めて内緒だ。


 

 その日は雨。さすがに外に出られないので、その日は大人しくしていた。

 オレはその日、レニと一緒に過ごした。絵本を読んでとせがまれたので読んであげた。

 

『まちのもんすたーたち』という絵本。

 街の本屋さんから寄付で貰った絵本のうちのひとつだ。

 だいぶ年季が入っていてあちこちぼろぼろだが、レニはこの本が好きで何度も本読みを院長にせがんでいた。

 オレもついでで聞いていたので、おかげでこの本くらいならオレでも読めるようになった。

 

 本をぱらぱらとめくりながら、内容を声に出して読む。街に住んでいるモンスターを紹介してくれている本だ。

 レニはモンスターの事が大好きだそうだ。このまま育ったら……と、ちょっと不安に思う部分もある。

 

 そのまま何ページか読み進め、そのページが目に入った。

 

『すらいむ』

 

 その文字を見て、アイツの事を思い出してしまった。

 昨日見た、人間ほどもあるサイズの、上半身が人の形のスライムらしき生き物の事を……。


 

『みずのような ぜりーのような ぶよぶよ どろどろ している いきもの』

 

『すらいむは こちらから おそってこないが みのきけんを かんじると おそいかかってくる みつけたら にげるといいよ』

 

『じゅみょうは みじかい いっしゅうかんくらい』

 

 

「おにいちゃん、どしたの?はやくつづきよんで?」

「あ、ああ、ごめん……」

 

 昨日のアイツを思い出して、続きを読むのを忘れていたらしい。慌てて続きを読む。

 

 そのまま他の魔物のページを読み進め、最後のページの最後の一文を読み上げる。

 

『もんすたーは すべて ひとをおそう わるいもんすたーたちばかり みんなもきをつけよう』


 

 モンスターは人を襲う。悪いモンスター達ばかり。

 でも、アイツは確か、こう言っていた。

「ぷるぷる。わたしわるいスライムじゃないよ」

 

 アイツは自分で悪いスライムじゃないと言っていた。

 俺も襲い掛かってこなかったし、隣の女の人とも普通に喋っていた。

 

 じゃあ、じゃあアイツは、いったい何なんだ……?



 

 次の日は晴れたので、またあの家に忍び込もうと思った。

 盗みをするためじゃない。

 女の人になんとかお礼を言えたらなと思っていたが、それにもうひとつ、どうしてもあのモンスターの事が気になって気になって仕方が無かった。

 

 アイツは何者だったんだろう。

 

 正直モンスターは怖いが、調べずにはいられなかった。


 

 おとといと同じく庭に忍び込むと、どこからかなんだか賑やかな声が聞こえてきた。

 近寄ってみると、石の中にお湯が張られていて、そこに皆集まっていた。

 服を着ておらず、代わりにふわふわの長い布のようなものを体に巻いている。

 最近金持ちの間で流行っているという、お風呂、というやつだろうか。

 

 こっそり覗いてみる。なんだかいけないことをしている気分になる。

 忍び込んでいるので実際悪いことをしているのだが、それとは違う……なんというか、すごくドキドキする。ほとんど裸に近い女の人達から目が離せない。

 

 そこには、三人の女の人がいた。人数が多くなっている。

 三人のうちの一人はおとといの黒髪の女の人。残りの二人は見知らぬ人。お客さんだろうか。

 

 おとといの女の人は、身長も胸もすごく大きな女の人に腕を引っ張られている。話し方は魔女っぽい。

 そうか、ひょっとしてあのモンスター、この魔女に飼われているのか。そう考えるとちょっとだけ納得がいく。

 

 ついついおとといの女の人の方ばかり見てしまって忘れていたが、そうだ、あのモンスターの事も探さなきゃ。


 

 アイツはここにはいないのかな、と思っていたら、お湯の縁の一部がなんだか妙な濡れ方をしていることに気がついた。

 そこをよくよく見てみると、それがどうやらあのモンスターらしいと気が付いた。

 やっぱりアイツはスライムらしい。

 

 頭だけ岩の上に乗せて、仰向けに寝そべっているみたいな格好だ。

 腰から下はお湯に溶けてしまっているが、気持ちよさそうな表情をしている。

 隣にいる酒癖の悪そうな酔っぱらいのねーちゃんにぺたぺた触られていた。

 ううん、どう見ても、やっぱりアイツが人を襲う悪いモンスターには見えない。


 

「おい」

 突然、背後から声をかけられた。それと同時に口を塞がれ、ずるずる後ろに引っ張られた。

 し、しまった、見つかった……?

 

 そのまま離れた場所に引きずられた後、その人はオレを体のほうに向け直した。

 その人はこの家の錬金術師のお姉さん……いや、お兄さん……いやどっちだ?とにかく、その人だった。

 

 その人にボコボコにされるのかと思いきや、その人はオレの両肩を強く握りしめ、こう言った。

 

「キミはもうこの家に来てはいけない。この家はもはや性癖の伏魔殿パンデモニウムなんだ。引き返せなくなる前に、早く逃げるんだ」

 

 ……全く、何を言ってるのか分からなかった。



 

 もう来てはいけない、と言われたが、その日はお礼も言えなかったし、アイツの事も分からなかったので、結局次の日も忍び込んでしまった。

 いつものように塀から木に飛び移ろうとした。

 が、何故か木が無かった。考え事をしていたせいでそれに気が付かず、何もないところにジャンプしてしまい、オレはそのままドスンと落ちてしまった。

 

 そのまま痛くて動けずにいたら……

 

「こんばんは」

 アイツだった。オレを見つけて、なんと声をかけてきた。


 

 やっぱり、間近で見ると大きくて怖い。

 だけど、今日はこいつに会いに来たんだ。逃げちゃだめだ。

 

 アイツはさらにオレに近づいてきた。オレの腕から血が流れていることに気が付いたらしく、オレの腕を触ってきた。

 

 ま、まさか、オレを食べるのか……?

 そう思っていたが、どうやら違うようだ。

 とろみのある手で触られたところが暖かくなり、痛みが消えていく。

 

「これで、もう、いたくないよ」

 アイツが手を離した。すると、傷口が消えていた。

 

「え……ありが、とう……」

 思わずオレはお礼を言っていた。


 

「ね、すわっていい?」

 オレが頷くと、ソイツはオレの隣に移動した。

 座っていい、と聞いてきたが、コイツには足が無い。オレの隣で人間みたいに座る真似をしていた。

 コイツ、スライムっぽいのに人間みたいに喋るし動く。ソイツが色々話しかけてくるので、俺はそのまま話をすることになった。

 

「きょうは、どうしてきたの?きょうはパンのおねえさんはいないよ」

 なんだ、今日あの人はいないのか……。

 

 そいつはのんびりした口調で喋る。

 孤児院の年少の子供がこんな感じだったなと思った。こいつも幼いのか、それとも人間ほど知能は高くないのか……。

 人間みたいに上手く話せないのかもしれない。

 

「いや……今日はパンを盗みに来たんじゃないんだ……あの時のお礼が言いたくて……」

 オレは話した。

 妹のレニが誕生日だったこと、パンをあげたらとても喜んでいたこと、お礼を言うためまたここに来たこと、それに……

 

「それにさ、それだけじゃなくて……その、お前が何なのか気になって……

 なあ、お前……何なんだ?本当にスライムなのか……?」

 

 オレは、ついに一番気になっていたことを聞くことができた。

 

「うん、わたしはスライムむすめだよ」

 そいつは、自分の事をスライムむすめだと名乗った。スライムむすめ……聞いたことも無い。そういう種族なんだろうか。

 

「スライム……むすめ……なんで喋れるんだ?なんで人間みたいなんだ?」

 

 ついついいろいろ質問してしまう。そいつはどう答えたらいいか迷っているようだった。

 

「……えっとね、わたしは、ホントはにんげんなんだよ」

 

 本当は人間……?何を言ってるんだろう。形はともかく、コイツが人間には見えない。

 あ、そうか……コイツ、もしかしたら人間になりたいんじゃないのかな。

 たぶんあの魔女が作った魔法生物か何かで、人間に憧れている、人間になれると思っている、だから自分の事を人間だと思い込んでいる……とか、そんな感じなのだろうか。

 

 

「パンのおねえさんには、キミがおれいいってたってつたえておくよ。

 だから、キミはもう、ここにきちゃだめだよ?」

 

 俺が考え込んでいると、ソイツは急にそう言いだした。

 どうしてだと、オレは思わず聞き返してしまった。すると、ソイツは続けてこう言った。

 

「パンのおねえさんも、もうひとりのおねえさんも、もうすぐべつのところにいくの。わたしももうすぐいっしゅうかんになるから、いなくなるんだ」

 

 もうすぐ1週間になる……俺は言葉の意味が分からず、少し考えこんだ。

 そして、はっとした。気が付いてしまった。



 そう、いつもレニに読んであげている絵本だ。

 『じゅみょうは みじかい いっしゅうかんくらい』

 確かに、そう書いてあった。

 

 じゃあ、じゃあコイツはもうすぐ……そんな……。


 

「……だから、もうきちゃダメ。ね?」

 ソイツはいろいろ話しかけていたが、オレはショックで聞き取れていなかった。かろうじて、最後のその言葉だけが聞こえた。

 

「分かった……もう来ない……」

 オレは、そう伝えるだけで精いっぱいだった。


「傷、治してくれてありがとう。

 オレ、お前の事、忘れない。だからお前も……元気……で……」

 

 オレは別の木から塀によじ登り、ソイツにお礼と別れを告げた。最後は言葉にならなかった。

 

「……うん……キミもげんきでね……」

 ソイツは寂しそうに、そう言ってオレを見送った。


 

 

「ジーン!また夜中に抜け出して……ジーン、ねえ、ちょっと……?」

 

 孤児院に帰ったら、院長が待ち構えていてお説教をしようとしていた。

 でも、オレはお説教を聞く気分にはなれず、そのまま部屋のベッドに潜り込んでしまった。


 

『もうすぐいっしゅうかんになるから、いなくなるんだ……』


 アイツは確かにそう言っていた。アイツ、自分の寿命の事を知っているんだ。

 

 アイツもあの絵本を読んで……いや、さすがに文字まで読める知能は無いか。じゃあ、魔女にそう聞いていたんだろうか。

 知らなきゃ、1週間でいなくなるだなんて言わない。


 アイツは、自分の寿命を知っている。寿命を受け入れている。

 

 でも、それでもアイツは、人間になりたいと願っている。

 

 人間になりたくて、形だけでも人間の姿になっている。人間になれると信じている。

 

 アイツは、いいやつだ。いいモンスターだ。

 凶悪なモンスターじゃない。それなのに、アイツは死んでしまう……。

 

 世の中って残酷だ。神様って残酷だ。なんでアイツみたいないいモンスターが死ななきゃいけないんだ……。



 

 オレは次の日から、夜中に抜け出すことは止めにしようと思った。

 院長に怒られたからじゃない。アイツの死に目に会いたくなかったからだ。

 

 アイツも、もうこないで、と言っていた。アイツも自分の死ぬ姿を見られたくないんだろう……。

 

「ねーお兄ちゃん、えほんよんで!」

 

 妹にまたあの本を読むのをせがまれた。

 そんな気分じゃなかったが、しつこくせがまれるので読んであげた。

 

 

 『スライム』

 

 ……このページだ。このページには、おどろおどろしいスライムの絵が描いてある。

 

 アイツの事を思い出す。アイツはこんな恐ろしいスライムじゃない。

 

『すらいむは こちらから おそってこないが みのきけんを かんじると おそいかかってくる』

 

『さわると てがとける さわってはいけない』

 

 ここを読んでいて思った。これは間違いだ。アイツは襲ってこなかったし、手が溶けるどころか傷を直してくれた。


 

『じゅみょうは みじかい いっしゅうかんくらい』

 

 じゃあ、もしかしたらここも間違いなんじゃ……。

 

 そう思ってしまったが、間違いかどうかは分からない。

 本当かもしれない。ただ、間違いであってほしいと願うしか無かった。


 

 ……おかしいな、オレ、またアイツの事考えてる。かわいそうだと思ってる。ただのモンスターなのに……。

 

 

『もんすたーは すべて ひとをおそう わるいもんすたーたちばかり』

 

 最後のページのその文を読んで……

「……なあ、モンスターって、悪いやつばっかりだと思うか?」

 レニに、思わずそう質問してしまっていた。

 

「ううん、いいモンスターもいるよ!きっと!」

 レニはあっさりと、あっけらかんとそう言った。

 

「……だよな!いいモンスターもいるよな!」

 思わず大声を出してしまった。

 

「うん!」

 レニは嬉しそうに頷いた。


 


 その日の午後。

 俺とレニは、院長に呼ばれて応接室へ向かった。

 応接室には、見知らぬおじいさんが座っていた。

 

「君が、ジーン君とレニちゃんだね」

 おじいさんは、里親募集の張り紙を見てここを訪ねてきたらしい。

 オレとレニの事を見て、一目で気に入った様子だった。

 

「君たち、もしよければ、ワシの子供にならんかね?」

 俺達兄妹は前に、里親が決まったらその家に引きとってもらうという同意書にマルを書いていた。

 そして今日、その里親希望の人が現れた。

 

 妹は嬉しそうだった。オレも異論は無かった。でも……。


「ねえ、どうしてオレ達を引き取ろうと思ったの?」

 オレはおじいさんに思い切って聞いてみた。

 妹はともかく、オレは盗みをしていたので、引き取り手はいないと思っていた。

 

「そうじゃな……じゃあ逆に聞かせてほしいんじゃが……君たち、モンスターは好きかい?」

 そう聞かれた。

 

「すき!」

 妹は即答した。

 

「俺は普通だけど……いや、まあ……」

 アイツの顔が浮かんできた。

「ちょっとなら……」

 そう答えた。

 

「やはり、そうじゃろうと思っとったよ。それが理由じゃ」


 

 おじいさんは、事情を説明してくれた。

 

 おじいさんには、青年くらいの息子がいたらしい。

 息子は冒険者で『魔物使い』というジョブに就いていた。レア職ってやつで、珍しいらしい。

 

 隣の地域、冒険者ギルドの区分で言うと第8支部っていう所の郊外に牧場を買って、そこで使い魔にしていたモンスター達と一緒に暮らしていた。

 おじいさんとおじいさんの奥さんも一緒にそこに住んでいた。

 しかし、その息子はある日火事で亡くなってしまった。牧場には、使い魔のモンスター達が残された。

 夫婦とも老い先短い身、もし自分も死んでしまったらモンスター達は野生に返されてしまうか、処分されてしまう。

 愛着が湧いていた魔物たちがそうなっては余りにも不憫なので、後継者を探していた、との事だ。

 

「たまたま農業ギルドの会合でこの街を訪れていたんじゃが、この孤児院にモンスターが好きな子供がいるという事を聞いてね。それで、会ってみたくなったんじゃ。

 ……それで、どうじゃろう。ワシの牧場に来てくれんか?

 牧場じゃからモンスター達のお世話も出来ればしてほしい。

 正直に言うが、だいぶ重労働じゃ。

 もちろんまだ小さい君たちに全部やらせるつもりは無いが、ちょっとずつでいいから手伝ってほしいと思うとる。

 モンスター達と仲良くなってほしいんじゃ。

 どうかな、ワシの子供になって、牧場へ来てはくれんか?」

 

 おじいさんは、改めてそう尋ねてきた。

 

「うん!いきたい!わたしモンスターたちのおせわしたい!!」

 妹は元気いっぱい即答だった。

 

「俺は…………。ねえ、牧場にスライムはいる?」

 

「スライムはいないのぅ……スライムは寿命が短いちゅう話じゃし、意思疎通も他のモンスター達のようには出来んからのう……じゃがまあ、他の子たちは人懐っこくてかわいいやつばかりじゃぞ」

 

「そっか……」

 やっぱり、スライムの寿命は短くて、アイツみたいな話が出来るスライムはいないのか……

 でも……。

 

 

「……うん、俺も牧場に行きたい」

 もしかしたら、アイツみたいなスライムが見つかるかもしれない。

 アイツより長生きできるスライムもいるかもしれない。

 

 それに……まあ、牧場にいるスライム以外の『いい』モンスターには会える。悪くないかもしれない……。

 だから、うん、決めた!

 

「オレ、おじいさんの子供になりたい!」

「わたしも!わたしもっ!!」


 


 その夜は俺達兄妹のお別れパーティになった。

 パーティと言ってもご馳走は出なかったが、それでも院長は奮発してくれた。

 

 あのぼろぼろのモンスターの絵本は、記念にレニにプレゼントしてもらえることになった。ぼろぼろだがこれがいいと。

 

 オレも何か無いかと聞かれたが、特に欲しいものは無かったので断った。

 

 孤児院の他の皆にお別れを言った。オレの同年代の仲間は泣いてお別れを言ってくれた。妹も仲の良かった子に寂しそうにお別れを言っていた。皆泣いていたが、おめでとう、元気でねと言ってくれた。



 

 次の日、安息日の前日。

 

 俺たち兄妹は荷物をまとめて、おじいさんを待った。

 おじいさんはその日の午後にやってきた。

 

 孤児院の玄関の前で、俺たち兄妹とおじいさん、院長とで馬車の出発を待っていた。

 

「ねえ、モンスターって、死んじゃったらどうなるのかな……」

 馬車の前で、おじいさんにそう聞いてみた。

「ううむ……難しい質問じゃな……」

 突然の質問だったけど、おじいさんは真剣に考えてくれた。

 

「大抵のモンスターは、死んだら土へと帰ると聞いておる。

 ううむ、例えば人間なら、悪い行いをしたら地獄に落ちる。善い行いをしたら天国へ行って、来世も人間へ生まれ変われる、というのが教会の教えだと思うが……」

 院長もうんうんと頷いている。

 

「モンスターはどうなんじゃろうな……。

 モンスターは悪い生き物と言われておったが、ワシは息子のおかげでその限りじゃないという事を教えられた。

 じゃから、ううむ……」

 

「……じゃあ、いいモンスターは、人間になれる?」

「う、うむ……そうかもしれんのう。もしそのモンスターが人間になりたいと思うとうたら、人間に生まれ変われるのかもしれんのう……」

 

「……そっか……」

 じゃ、もしかしたらアイツも……。



 

「……あ」

 

 不意に、声が聞こえてきた。

 オレは声の聞こえてきたほうを見る。道路の反対側からだろうか。

 

 そこには、ひとりの女の人が立っていた。白いローブを着た、背の小さな人だ。こっちを見ている。

 

 その人は知らない人だった。

 でも、知らないはずなのに、どこかで見たことがある気がする顔。どこかで……


 ……そうだ。見覚えがある顔だと思ったら、そう、アイツだ。あのスライムだ。アイツに似ている。

 でもあの女の人は人間だ。人間の肌、人間の髪。そして人間の足。どこから見ても人間だ。

 

 アイツのはずはない。だってアイツは今頃もう……。


 いや、まさか……そうなのか……?

 アイツはいいモンスターだった……アイツは人間になりかった……じゃあ、じゃああの人は……!!

 その女の人に思わず声をかけそうになったその時。


 

 

 しーっ。

 その女の人は、人差し指を立ててサインを送った。ナイショだよ。と。


 

 オレは、何も言わず、こくこくと何度も頷いた。

 

 

 

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