幕間3 少年とスライム娘(前編)

「ジーン。あなたはまた盗みをしたそうですね」

 孤児院の院長にオレはまた叱られる。もう何度目かもわからない。

 

 

 オレの母親は他に男を作って出ていってしまった。父親は男手一本でオレたちを育てようとしたが、鉱山の落盤事故で亡くなってしまった。オレが5歳、レニがまだ3歳の時だった。

 オレと妹のレニは、その日から、この街の路地裏で細々と生活していた。ストリートチルドレンというやつだった。

 大人にお金を恵んで貰えることはごく稀だった。残飯を漁ったり、店から食べ物を盗んだりして生活していた。

 毎日、生きるために必死だった。

 

 

 オレ達の状況が変わったのはその1年後。

 この街の領主が若い男に変わるとか何とかで、その人気取りのため、孤児対策をすることになったそうだ。

 街に何軒も大きな孤児院が建てられることになり、オレ達はそのおかげで雨風に晒されない寝床を手に入れることが出来た。

 オレ達が入ったのは、教会の隣のボロい建物を改修して作られた孤児院だった。

 院長に立候補した年老いた女性は、隣の教会のシスターだったそうだ。



 孤児院に入ったオレとレニだったが、ここでの暮らしも楽なものでは無かった。

 院長がよくボヤいていた。「建てるだけ建てて、後はほったらかしだ」と。

 領主から貰える予算は増えず、寄付をしてくれる人も少なく、家賃も高い。

 

 そのせいか、オレ達の暮らしはいつも苦しい。

 着ている服は粗末で、街の人達には浮浪者だった頃と何も変わらずに見えるらしい。

 

 オレ達が食べるものも少ない。1日パン1個食べられればマシはほうだ。

 レニもいつもひもじい思いをしている。だから、未だに近所の家からパンとかをこっそり盗み出して食べさせてあげている。

 妹には、盗んだパンだというのは内緒だ。外には親切な人がいっぱいいるから安心しろと言っている。



「さあジーン、手のひらを出しなさい」

 院長に言われる通り、両手の手のひらを上に向けて待つ。

 院長は鞭を取り出し、オレの手のひらに撃つ。盗みをした罰だ。

 

 ムチは痛いが、さほどの痛みではない。しばらくジンジンしてものが握れなくなる程度だ。

 本当の罪人のように何度も背中を百叩きとかはされない。

 オレがまだ子供だからというのもあるが、院長としても心苦しいというのはオレは知っている。

 年老いた女手ひとつで、少ない寄付金で孤児院の皆の生活をやりくりしている。

 

 院長も現状を分かっているから、罰と言ってもさほど厳しいものでは無い。

 悪いのはオレではなく、モノを盗むオレの手だ。

 だから手のひらにムチを打つ、という理屈だ。

 ただ、盗みだけはやめるよう、毎日長々と厳しくお説教される。そっちのほうが辛い。

 

 

 

 親父が死んで3年、この孤児院に来て2年が過ぎ、俺は8歳になった。

 オレ達孤児院の子供は木で人形なんかを作って、それを売って孤児院の収入にしている。でも、あまり売れない。相変わらず暮らしは貧しいままだ。

 売れるときはお小遣いが貰えるが、売れなければもちろん貰えない。

 

 レニがもうすぐ5歳の誕生日なのに、これじゃあ何も買ってあげられない。

 

 結局オレはまたいつものようにパンを盗みに行くことにした。

 誕生日なのに良い物を食べさせてやれないのはかわいそうだと思ったからだ。悪いことだというのは分かっているけど……。


 

 夜。

 オレはいつもの抜け道から孤児院を脱出した。

 孤児院前の大通りは夜でも人気が多い。オレは人の少ない、住宅地のほうへ行く。北地区の住宅地は高級住宅街だ。ほんの数件離れているだけなのに、オレ達とは比べ物にならないくらいいい生活をしているんだろう。

 

 オレは以前から、家を一軒一軒こっそり覗いてみていた。忍び込めそうな家を探すためだ。

 だが、人のいる所はどこも警戒されていて駄目だった。

 たとえ家主が不在でも使用人が何人かいた。空き家もそれなりに多かったが、当然だが鍵がかかっていて忍び込めない。それに多分食料も無いだろう。

 

 なので、狙うとすれば、人がいるけどそんなに警戒が厳しくない家、という事になる。

 下調べの結果、オレはある1軒の家に狙いを定めていた。

 何年か前、若い大人が共同で買ったとかいう家だ。

 

 ここは人が居たり居なかったりする。3か月前に忍び込んだ時は、若い女の人とガタイのいい男の人が住んでいた。

 二人とも冒険者らしく、女の人は僧侶、男の人は戦士っぽかった。

 カップルらしいその二人だったが、時々二人とも留守にするらしく、なんとか忍び込んでパンを入手出来たことがある。


 半月後またしばらく無人になっていたが、今は錬金術師っぽい人と黒い髪の女の人が住んでいる。

 大きい家に女2人しかいないのはチャンスだと思った。

 その日は玄関の鍵は開いていた。オレはそのまま家に侵入した。キッチンらしき場所でパンを見つけたが……。

 

「誰かいるのか!?」

 住人に気づかれたらしく、オレはそのまま逃げだした。

 せっかく見つけたパンも廊下に落としてしまい、何も手に入れられないまま逃げ出すしかなかった。


 

「ジーン、また夜中にこっそり抜け出したんですってね。そんな事では、里親の見つかり手もありませんよ」

 夜抜け出したことはバレてしまったらしく、帰ってすぐに院長にまたくどくど叱られてしまった。

 その後数日間は院長の眼が厳しくてこっそり抜け出せなかった。

 

 

 

 やっと抜け出せそうなタイミングが来たので、ほとぼりも覚めた頃だろうし、夜にまたその家に行くことにした。


 玄関から入るとまた住人に気づかれるかもと思ったので、俺は別ルートを探すことにした。

 すると歩道のゴミ箱から、家の周りの塀によじ登れそうな場所を見つけた。

 距離はあったがオレなら何とかジャンプで届く。オレはそこから塀によじ登り、すぐそばの庭の木に足をかけ、盗みに入るタイミングをうかがっていた。

 

 そしたら誰かが近づく気配がした。

 足音も無く近づいてきたので気が付かなかったが、あの大きさは多分人だ。

 やばい。オレはすぐ逃げだした。

 

 でも……。

 人影だと思ったけど、なんだかちょっと違った気がした。

 足の部分が大きいスカートみたいに膨らんでいたけど……なんというか、はっきり見えなかった。まるで透き通っているかのような……。

 

 あれは、本当に人間だったのかな……。

 


 

 次の日の夜。オレは昨日のように木に登った。

 するとまたしても人影らしきものを感じだ。どうも夜に庭を散歩する習慣がある人が住んでいるらしい。

 でも、そうそう何度もすぐに逃げ出すわけにはいかない。それに散歩中なら、やり過ごせば家の中はひとり減るはずだ。

 

 足音も無く近寄って来る人影。このまま木の幹に隠れていれば何とかやり過ごせないか……。

 そう思って人影のほうを見たら、驚いた。

 

 人間じゃ……ない?

 人間くらい大きい……なんだあれ、モンスター!?

 

「うわぁっ!?」

 俺は驚いて、声を出してしまった。そのまま木の幹から落ちて、地面に尻もちをついてしまった。

 

「イテテテテ……ひ、ひいっ!?」

 大きな音を出してしまったせいで、そのモンスターらしき生き物に気づかれた。近寄って来る。

「な、なんだお前っ……!?」

 オレはそいつに聞き返していた。

 

 そのモンスターは液体の塊みたいだった。

 多分スライム……だと思う。スライムはオレも街中で見たことはある。でもこいつはスライムにしては大きすぎる。

 下半分を見るとスライムそのものだ。でも上半分は、何故か人間の形をしている。顔も胴体もある。

 でもよく見ると、やっぱり液体の塊。すごく不気味に見えた。


 オレはビビって思わず後ずさりしてしまった。

 そいつは近寄ってきたが、襲ってくる雰囲気は無い。逆に俺にびっくりして怯えているような表情だ。透き通っているのに、なぜか表情が分かる。

 そいつは、明らかにオレにビビっているのに、恐る恐る近づいてくる。

 

 そしてそいつは、俺の前で止まって……。

 

「ぷるぷる。わたしわるいスライムじゃないよ」

 こう言った。

 

「しゃ、しゃべった……」

 思わずそうつぶやいてしまった。


 

 ぽかんとしていると、走ってこちらに近づいてくる足音が。

「どうした!?」

 住民の黒髪の女の人だった。

 ふわふわしたパジャマには似合わないほどの大きな剣を構えながら近づいてくる。

 しまった、この人も戦士か。ここは冒険者の家だったのか。


 ヤバイ、殺される……。いや、ひょっとしてこのモンスターを退治するのか!?

 そう思っていたが、どちらでも無かった。オレとモンスターを見て困惑しているようだった。

「な、なにがあった……?」

 


 

「……こいつ、近所の孤児院の小僧だよ」

 この間盗みに入っていたせいか、オレの正体はバレていた。

 

「こじ、いん……?」

「前に、パンをくすねにここに忍び込んだことがあったんだ……」

 

 黒髪の女の人はモンスターを倒すどころか、普通に話しかけている。

 モンスターもそれに返事をしている。短い言葉だが、ちゃんと意味は分かっているようだ。こいつ、知能があるのか……?

 

「……お前、またパンをくすねに来たのか?」

 女の人が聞いてくる。俺は答えない。

「答えろ」

 女の人の威圧感に押されて、おれは頷いてしまった。

 

「……そうか…………ほら、持ってけ」

 女の人は、腰からパンを取り出して、俺に投げてよこした。

 

「……いいの……?」

「その代わり、コイツの事は誰にも言うな」

 そうか、パンをくれる代わりに、このモンスターの事は秘密にしておけ、という事なのか。

 オレは頷いた。

 

「……ほら、もう行け。二度と来るんじゃねえぞ」

 オレは追い払われるように木に登った。

 

 木の上から、女の人とモンスターを見る。

 女の人は厳しい眼光だったが、どこか優しそうな雰囲気だった。パンもくれたし、悪い人ではないのかもしれない。

 モンスターは……やっぱり人間の形をしていた。改めて見てみると、人間の女の子っぽい。


「行け」

 オレはその声に従い、そのままその場を立ち去った。


 


「おいしい!お兄ちゃん、このパンすごくおいしいよ!」

 レニはそのパンを食べて、すごく喜んでくれた。

 

「でも、このパンどうしたの?」

「あ、ああ。親切なお姉さんがくれたんだ」

 

 さすがに盗みに入ったとは言えなかったので、それは言わなかった。貰ったことはまあ事実だし。

 

 女の人がくれたこのパンは、とても大きいパンだった。レニだけでは食べきれないくらい。

 一緒に食べようというので少し分けてもらった。ふわふわで本当においしかった。

 

 冒険者はいつもこんなにおいしいパンを食べているのだろうか。

 いや、多分違う。前に寄付で貰った携帯用のパンを食べた事があるが、固くてぼそぼそしていた。

 まさか、オレのために特別に用意してくれていた……?いや、さすがにそんなはずないか……。


 

 とりあえず、あの女の人のおかげで、レニに誕生日プレゼントを贈ることが出来た。

 喜ぶレニの顔を見ることが出来た。

 レニはその後、すごく幸せそうな顔で寝床に着いた。オレも嬉しかった。あの女の人にちゃんとお礼言いたいな。

 

 それにしても、あの女の人が内緒にしろと言っていたあのモンスター、何だったんだろう……。


 寝ようとしても、あのモンスターが頭に思い浮かんでくる。

 スライムじゃなかったら、かなりかわいい顔の女の子。

 思い出すたびになぜか胸がドキドキする。

 モンスターに襲われそうになって怖かったせいなのだろうか。いや、なんだか違う気がする。


 なんであんなに大きいんだろう。

 なんで人間の形をしているんだろう。

 なんで裸なんだろう。

 なんで人間みたいに喋れるんだろう。

 なんであんなにかわいい顔をしているんだろう……。

 

 オレは、どうしてもそいつの事が気になって気になって仕方が無かった……。



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