幕間5 ピンクのゼラニウム

「ソレーヌさん、ギルドがお休みの日に来ていただいてすみません」

 

 憲兵隊のコーディ君は会ってすぐさま私に謝罪してきた。

 私はいえいえと言いながら愛想笑いをする。久しぶりの安息日の休日の呼び出しは正直恨めしかったが、事情が事情なので仕方がない。


 憲兵詰め所近くのカフェ。そこで私は彼から資料を受け取った。

 『蒼の巨人』騒動のその後の報告書だった。

 あの後逮捕された黒幕の男は、今朝、牢の中で泡を吹いて死んでいた。服毒自殺だと思われる、との事。

 

「せっかく逮捕に協力していただいたのに、こんな事になってしまって……」

 コーディ君は謝罪している。

 私ショックで悲しい……という演技の後、残念ですが仕方のない事ですと慰めの言葉をかける。

 

 まあ、実際にはさほどショックも受けていないし残念だとは思ってはいない。恐らくこうなるだろうという予測はついていた。なのでその件に関して彼を怒る気にはなれない。

 むしろ腹立たしいのは、これが自殺ではなく他殺だと、彼が気付いていない事のほうなのだが……。




 『蒼の巨人』事件。


 3日前の未明、商人リブ氏率いる商隊の馬車一群が、西の平原にて、蒼の巨人と呼ばれる魔物に襲われた。

 リブ氏の商隊には、隣の第6支部の冒険者『ルーディックチーム』5名が護衛に付いていた。

 

 夜間に突然の轟音が発生し、キャンプ中だった一行は急遽荷物をまとめ、その轟音から慌てて逃げる。

 轟音が巨人の足音だと把握した直後、一行は巨人に攻撃された。巨人の攻撃で馬車が瞬時に1つ、馬と乗っていた御者ごと潰された。

 

 冒険者たちは殿を引き受け、商人たちを逃がした。1名が救援要請のため離脱し、それ以外の冒険者達が応戦したが、適わず崩壊。その後逃げていた馬車も追いつかれ、馬車ごと破壊された。

 

 巨人はその後救援に向かったAクラスの冒険者、女勇者『黒髪の乙女』ことクルス・オーディールによって討伐されたが、到着時、一行は既に壊滅していた。

 

 商隊の生存者は2名のみ。冒険者ルーディックチームは全員戦死。冒険者ギルドに救援要請を出した者も傷が深く、治癒師に看取られながら死亡した。

 

 

 多数の犠牲者を出しながらも解決したこの事件には、その依頼を受理した直後の時点で既に2つの違和感があった。

 

 1つ目は、『蒼の巨人』がなぜ商隊を襲ったのか、という点だ。

 

 蒼の巨人は本来大人しい性格で、人間を襲う事は今までまず無かった。

 普段は現場南部の山岳地帯に住み、周辺の古代象などの生き物を狩猟して生活していた。縄張りに迷い込んでしまった冒険者たちに威嚇して攻撃してくる事は過去にはあったが、今回のように、わざわざ平野部にまで来て人間を襲うというのは、私が知る限りでは初めてのケースだった。

 

 昼前、討伐成功と被害状況の一報を女勇者から受け取った。

 被害に遭ったのが隣の第6支部所属の冒険者だったので、報告書をギルドの通信端末経由で第6支部に提出した。

 その際、質問状を添えて。『そちらの冒険者で、最近巨人の縄張りに潜入した冒険者はいなかったか』と……。

 

 昼過ぎ、該当者無しと返答があった。

 少なくとも、ルーディックチームや他の冒険者が巨人の住居に侵入したせいで、それを覚えていた巨人の私怨で襲われた……という線は消えた。

 

 となると、やはり問題は、馬車に積んであった出所不明の『積み荷』という事になる……。


 

 女勇者の報告では『馬車の積み荷が今回襲われた原因ではないか』との事だった。

 現場到着した際、巨人は馬車の積み荷のひとつを眺め、泣いていた。

 討伐後、女勇者がその積み荷を確認すると、その積み荷は『巨人の赤ん坊の頭部』だった、との事だ。


 

 私が出した結論は、こうだ。

 まず事件の数日前、何者かが、巨人の居住区に潜入した。

 そして巨人の留守中、まだ赤ん坊だった巨人の子供を攻撃、殺害し、その遺体の一部を持ち去った。

 その後、赤ん坊の頭部を大きな木箱に入れ、荷物として商隊に持たせた。

 そのせいで、子供殺しの犯人と頭の行方を追っていた巨人に攻撃されてしまった……。

 


 この時点では情報不足で推測しか出来なかったが、生存者の1人でもある、商隊長リブ氏に責任の所在はおそらく無いと思われる。

 

 商隊には荷受け馬車もあった。持ち寄りの荷物を集めて輸送する、王都周辺であれば宅配便と呼ばれるような仕事も請け負っていた。そのため中身を知らずに巨人の頭を輸送していたという事は大いに考えられる。

 

 事実、討伐後に現場に戻った商隊長リブ氏に女勇者が確認してもらったところ、この事実を知らなかった、との弁だ。

 荷物に記された伝票も、表記と中身は異なっていた。


 

 責任の所在があるとすれば、もう1人の生存者のほう。

 

 その人物は、荷受け馬車の担当者だった。

 その人物は事件の2日前、村の宿屋に滞在していた際、突然の体調不良に見舞われていた。彼は村に残留し、隊列を離れていた。そのおかげで襲撃を回避できた。

 恐らくその荷受け担当者は、荷物の中身が巨人の子供の頭部だと知っていたのではないか。巨人が頭部を取り返すために襲撃に来ることも察していた。そのため、仮病を使って商隊を離脱したのではないか……。

 

 

 そこまでは推測できた。だが次の疑問がある。

 何のために?

 なぜわざわざ巨人の子供の頭を持たせ、商隊を襲撃させた?


 

 

 あの事件の日に感じたもうひとつの違和感に、その手掛かりがあるだろう。

 あの日の早朝、女勇者がギルドに到着する前、一人の来訪者があった。

 

「急報を受けて駆け付けました。彼らを助けてください!」

 そう言いながらギルドに入ってきた、商隊の友人を名乗る人物。

 東地区の商人、グローガーと名乗った。遅れてやってきた女勇者にどうかお願いしますと懇願していたあの男だ。

 

 私は思った。

 なぜこの男は襲撃の事実を知っていたのか、と。

 

 救援要請の冒険者は、街の西門に到着し、そのまま門番に肩を貸りながらギルドの扉を叩いた。冒険者はそこで気を失い、治癒師のもとへ運ばれ、死んだ。

 だから、東地区に店を出しているというこの男の元へ報告できたはずはない。また、この冒険者以外の人物が脱出できた事実も無く、他に目撃者もいない。

 

 では、誰がこの男に襲撃の事実を伝えたのか。

 ……いや、どうしてこの男は、襲撃の事実を知っていたのか……。

 

 

 

 蒼の巨人襲撃事件の日の夕方。

 ギルドの隣には、酒場が隣接されている。ギルドと酒場は扉一枚で繋がっており、仕事終わりの冒険者達が一杯楽しむことが出来る。

 

 この日も酒場は大盛況だった。

 その中に、今朝の商人、グローガーがいた。

 隣には彼の部下らしき若い男。

 さらにその横に、ひどく酔っぱらった別の若い男。

 

 グローガーは早朝ギルドを訪れていたが、人が増えるといつの間にかいなくなっていた。

 午後に一度様子を聞きに訪れ、夕方再度現れたが、その後、一人の酔っぱらいの男に捕まった。

 

「誰か待ってんのかい?心配だろ?酒でぱーっと気を紛らわせなきゃな!」

 そう言って酔っぱらいはどんどんグローガーに酒を勧め、彼もすっかり酔っぱらってしまった。

 いつの間にか横に商人の部下らしき若い男が合流し、三人でしばらく飲みまくっていた。

 そのうちグローガーに絡んだ男は酔いつぶれて寝てしまい、ポニーテールの女店員に引きずられてカウンターの隅の椅子に運ばれていった。テーブルにはグローガーとその部下の男の二人だけが残された。

 


 テーブルの上に小型の装置を乗せ、二人はこそこそと話し始めた。

 

「で、首尾はどうだ?」

「し、しかしグローガーさん、こんな所で……」

「なあに、心配ない。この魔道具があれば、ワシらの声は周りには聞こえない」

 

 テーブルの上にあるのはノイズを発生させる魔道具だ。このテーブル周辺に雑音の出るバリアを発生させ、テーブルでの会話を周りに聞こえなくさせる、密談用の装置。

 

「それで、上手くいったか?」

「は、はい……上手く『あの頭』を荷物に紛れ込ませることに成功しました……」

「そうか、よくやったぞ……」

「その後は見てはいませんが……リブさんはその後どうなったので?」

「ギルドにまだ報告は無いそうだ……あの女冒険者、どうやら失敗したようだな……」

「は、はあ……」

 

 実際には討伐完了の報告は午前中に既に上がっていたのだが、この男達にはまだ伝わっていない。

 

「惜しい事をしたなあ。相当スタイルが良い女だったのに。ワシの傍に置いておきたい程だったぞ。しかしまあ、おかげで間違いなくリブの奴は死んだだろう。これでワシ等の裏取引の事実を知る者は誰もいなくなった。巨人様々だな……」

 

「しかし、なんで危険な真似をしてまでこんな事を……?」

「ジオ、お主は知らぬだろうが……世の中にはな、珍しい魔物を収集したがる客がおるのだよ……」

 

 グローガーは、ジオと呼ばれた若い男につらつらと語る。

 魔物収集家の『お得意様』達が、巨人の赤ん坊の体の一部をご所望だった。

 裏の人物に依頼を出し、巨人の隙をついて赤ん坊を殺し、遺体の一部の入手に成功した。

 うち赤ん坊の右手など他の部分は売買契約が成立したが、頭部を売る予定だった人物が憲兵隊に別件逮捕されてしまった。

 

 処分に困っていた頭部は、グローガーが利用することにした。

 表家業の商売敵であり、グローガーたちの裏取引の事実に勘付き始めていたリブ氏を、これを利用して亡き者にしようとした。

 

 積み荷に赤ん坊の頭部を紛れ込ませれば、それに気が付いた巨人の親に襲われる。巨人はああ見えて『探知』の魔法が使えるので、縄張り内に積み荷が入ればそれに気づき、商隊は巨人の襲撃に遭う。

 もし失敗しリブ氏が生き延びても、到着を待ち構えていたグローガーがそれを『発見』したふりをし、罪をすべてリブ氏に擦り付けよう、と……。


 酒で口が軽くなったグローガーは、ジオに向かって計画の全貌を得意げに喋っていた。

「おかげでリブを亡き者に出来た。ジオ、よくやったな。どれ、どこかで飲み直そうか。今日はワシがおごってやるぞ。べっぴんの女共がいる店を紹介してやろう。わっはっは!」

「は、はあ……」

 

 そう言いながらグローガーとジオは、酒場を後にした。

 


 

 まだ世間一般的には遅くはない時間だったが、冒険者は朝が早いため、長居する者は少ない。酒場は既に閑散としていた。

 2人が去った後は、客は酔いつぶれて寝ている例の若い男だけになっていた。

 

 酒場のポニーテールの店員が、酔いつぶれた男の隣に座る。

 

「行ったわね。で、どうだった?」

 店員は男に話しかける。

 

「……ん。ばっちり。録音もできたよ。さすがオパール謹製の盗聴器」

 寝ていたはずの男はそう答えた。手には小型の魔道具を握っていた。

 

「ギルドのすぐ隣だというのに、まあよくもベラベラと喋ってくれたわね」

「お前、酒に何か混ぜてただろ」

「さあ、どうかしらね……。それにしても、あなたの事に全く気が付かなかったのね、あのスケベ男」

「今朝会った時とは性別すら違うからね。こういう時に便利だよこのジョブって。

 でも気が付かなかったと言えばソレーヌだってそうじゃんか」

「ま、あなた程ズルくはいけど、このくらいの変装なら私もね」

 

 ポニーテールをほどき、隣に座る。顔は化粧でそばかすを付け、胸はサラシで小さく見えるよう潰していた。あの二人はこの男の正体どころか、酒場の店員が今朝のギルドの受付嬢だという事にすら気が付いていない様子だった。

 

「今頃あの二人は憲兵に逮捕されてる頃だと思うわ。あなたの盗聴器の録音とリブ氏の証言も合わせれば、証拠も充分でしょうね」

「……ん。ならとりあえずはこれで解決かな……」

 

 リブ氏は、昼間のうちにこっそり憲兵隊のところへ到着していた。

 ギルドの馬に女勇者と共に跨り、一部の冒険者しか知らない秘密の通路を経由して街に入り、今は憲兵に保護してもらっている。

 まあ、現段階ではまだ容疑は完全に晴れていないので取り調べを受けているはずだが……。

 

 街の門を馬鹿正直に部下に見張らせていただけのグローガーはその事実を知らない。

 討伐完了の事実も私があえて伝えていなかったので、黒幕のこの男は何も知らないまま、とっくに裏口から帰還して男に戻っていた女勇者様に酒場に連れていかれ、口が軽くなる薬入りのお酒を飲み、盗聴器の存在に気づかぬまま全てをベラベラと喋っていたのだ。

 

「後は憲兵隊の取り調べを待ちましょう。正直、ちょっと頼りないところはあるけど……」

「頼りないって、そりゃお前に比べたらな……」

 

 以前にも、とある事件の容疑者が獄中で『自殺』をしたことがあった。この国の憲兵隊は肝心なところが抜けている。

 とはいえ、管轄が違う私たちにこれ以上できる事は何も無い。後は捜査の進展を待つばかりだ。

 

 

 

 私ソレーヌ・ショルムには、かつて婚約者がいた。

 歴代勇者を多数輩出していたオーディール家の長男だった。

 私がまだ幼いころから決められていた、年の離れた男との婚約。

 社交辞令以外の事を話した記憶は特に無く、お互い恋愛感情など持っていなかった。

 

 むしろ私と年齢の近い彼の弟、オーディール家の三男のクルスと話すことが多く、私はそちらと親しかった。

 

 仏頂面で感情を表に出すのが苦手な子供だった私には友人も出来なかったが、クルスだけは私に親しげに話しかけてくれた。

 実の両親にさえ分かり辛いと言われた私の表情を『結構わかりやすいのに』と表現し、私の細微な感情に気が付いてくれた。

 しかし、兄の婚約者だったこともあって、恋愛感情にはお互い発展しなかった。良き友人止まりというまでの関係だった。

 

 変化が起こったのは、私が16歳の時の事だった。

 『霧の勇者』と呼ばれるようになっていた婚約者が、軍事作戦中の事故で命を落とした。

 

 彼のすぐ下の弟は病弱だったため、その次の弟であるクルスがオーディール家の後継者という立場となった。

 私の婚約相手もそのまま彼にスライドした。

 良き友人同士という関係が突然、婚約者同士、という間柄に変わった。

 

 しかし、そのクルスとの婚約もすぐに破棄となってしまった。

 後継者となったクルスが成人の儀に挑み、自らのジョブが『女勇者』であることが分かり、彼は性別が変わってしまった。

 女同士では子孫を残せないため、婚約破棄は必定だった。

 

 その後『彼女』は追放に近い形で出奔し、後継者は末弟の幼い子供という事になった。

 その末弟は私以外の婚約者がすでに決まっているという事、それも我が家よりも格上の相手だという事もあり、私とオーディール家の縁談話そのものがご破算となった。

 

 家からも用済みとなった私はその後自らの希望で、貴族の社交界を捨て市勢に降り、就職先を探し、複数の仕事を経由した末、現在の冒険者ギルドの受付嬢という職を得た。

 

 

 彼と私は、僅か1か月にも満たない長さの婚約者だった。

 

 私と彼との間に恋愛感情があったかどうか……それは、今となっては自分でも分からない。

 

 クルスが女にならず、このまま私と婚約者の関係であり続けたのなら、恐らくは良き夫婦となれていただろう。

 だが、恋心が育つ前に、『彼』は私の前から消えてしまった。


 

 出奔前、『彼』が最後に会いに来てくれた時の事は今でも思い出す。

 私に別れの挨拶をするため、夜中に忍び込んで、私の部屋のすぐ外の窓までやってきた。

 その時何を話したのかは、ほとんど思い出せない。

 ただ、『俺と一緒に来てくれないか?』……その一言だけは、今でも鮮明に覚えている。

 

 あの時私が『一緒に行く』と言っていたら……。見た目女同士で危ない噂話をされながら、どこかの街で夫婦の真似事をして幸せに暮らしていたのだろうか……。

 

 あの時私が『行かないで』と言えていたら……。駆け落ちでもして、どこかの田舎の片隅で子宝に囲まれた生活でもしていたのだろうか……。

 

 いずれにせよ、どちらの言葉も言えなかった私。去っていった彼。

 私達の関係は『もう終わった関係』なのだ。

 


 

「で、最近どうなの?」

「んーまあ、ぼちぼち」

 

 長く続かない当たり障りのない会話をしながら、酒場のお酒を失敬して飲み交わす。

 私はギルドの受付嬢になった。『彼』は冒険者になった。偶然か必然か、お互い近しい仕事をするようになり、『彼女』と会う機会も増えた。

 だが、私達の今の関係はただの腐れ縁でしかない。ただそれだけの関係だ。

 

 普段は顔を合わせないようにしているにも関わらず、いざという時には真っ先に顔が思い浮かぶ。

 

 捨てた家の名字を当てつけのように指名依頼書に書き記す。それだけで依頼者が誰であるか理解する。

 

 緊急指名依頼だというのに、詳細も報酬金額も記載されていない依頼を発送する。それをごく当たり前のように引き受ける。

 

 【疑い】の花言葉の花がプリントされたメモ帳を使う。その意図を読み、私が『友人を名乗る男』を怪しんでいると即座に把握してくれる。

 

 何の打ち合わせもしようとしない癖に、謀略者を追い詰める作戦を組み立て、お互いそれを実行する。

 

 一緒に飲むなど論外だが、知人を失って悲しんでいる時は何も言わずにやけ酒に付き合う。


 

 そんな、ただそれだけの関係だ。

 


 

「ねえ、いい人は出来た?」

「そういうお前はどうなんだ?」

「さあ、ねぇ……」

 気分を変えようと投げかけた質問を逆に質問で返され、私も曖昧に返事する。

 

 彼は、私とは別の幼馴染達と共に冒険していたそうだ。

 何度も馬鹿馬鹿しいトラブルを起こしていたらしいが、最終的に身を引き、幼馴染同士の恋を応援することにしたらしい。

 

 今だ浮いた話の出ない私の事も、同じく彼に伝わっているだろう。

 

 

「それで、あなたの後輩ちゃん……修行は順調なの?」

「ん。メルティはすげえよ。アイツ絶対いい冒険者になるよ」

 

 彼は今、例の新ジョブの子に修行を付けているらしい。

 『スライム』という新発見のモンスター職で、そのジョブに就いたその子はスライムの姿となり、そのままでは冒険者どころか日常生活すらも困難な状況。なのでその面倒を見ているそうだ。

 

 確かに彼女のサポートとしては、この男が一番適任だろうなと思う。

 この男もまた、ジョブによって姿が変わり、日常生活が大きく変化した。そう考えれば、互いに共通点がある二人だ。

 

「……何だよニヤついて。オレ何か変か?」

「んーん。別に」


 

 最初の婚約者を、ジョブのせいで失った。

 

 2番目の恋も、そのジョブのせいで上手くいかなかった。

 

 じゃあ、次は……?

 

 お互い姿が変わるという共通点。ジョブのせいで何もかも上手くいかなかった男の前に、ジョブのおかげで好転しそうな相手が初めて現れた。

 

 とはいえ、この男は自分自身の感情に気が付いてはいないみたいだけど。

 知ってる?あなたが私の細微な表情を読み取れたように、私もあなたの表情を読み取れるのよ。

 さっき後輩ちゃんの名前を出したときのあなたの顔、私は見逃さなかったわよ?

 

 

「じゃあ、早くあの子のところに帰らないとね」

「んだよそれ……わーってるよ……」

 

 こんなところで落ち込んでいる場合じゃないでしょ。

 さっさと戻って、無事な姿をあの子に見せてあげなさいよ。

 あの子が一人前の冒険者になれるかどうかは、他ならぬアナタにかかっているんでしょ。

 

「私が祭壇操作しないとジョブチェンジできないんだからね。

 ほら、さっさとちんちん取っちゃいなさい」

「言い方ぁ……」

 

 

 ま、二人の関係が今より進むにしてもそうでないにしても、あの子がもっと成長してからの話だ。

 今はまだこうやって、この女勇者様の事を馬鹿にしておいてあげるわ。

 

 

 

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