幕間6 或る男の回想



 誰かが言った。

 

 人の欲は、下衆であればある程、金になる、と――。



 

 私は、ひとつの新聞記事に目を通していた。

『アム・マインツの豪商グローガー氏、獄中で服毒自殺』と。

 

「47番、もう使えんな」

「ほ~う、どうしてですかい?」

 私の独り言に、側仕えのギザがいつもの調子で返事する。

 

 確かに、依頼人からのオーダーには、暗殺方法の指定はされていなかった。なので本来は問題無い。

 

 だがしかし、現場は第7管区。ここの憲兵隊にはジャン・コーディという男がいる。

 正直以前会った時はそこまで優秀な男では無いと思っていた。

 がしかし、何度もこちらの計画が潰れる度に耳にするこの男の名前は無視できない。

 爪を隠しているのか、あるいは優秀なブレーンが居るのかは分からないが、いずれにせよ、今回の豪商の死が自殺ではなく他殺だと見抜かれる可能性は高いだろう。

 

「そもそも身体検査のある地下牢で服毒自死というシナリオがお粗末だ。47番はそんな事にも気が回らなかったのか?」

 

「おっそろしいヒトだね。成功したってあんなに自慢してたのに、そ~んなカワイイ部下を処分しようだなんて」

 ギザはからかうように笑う。


 

 全く、偉くなんてなるモンじゃないな。余計な心労ばかり増える。

 ただ現場を駆けずり回っていれば良かった若い頃が懐かしい。

 

「そういや……そっちの書類は何ですかい?クライアントからのオーダーじゃあ無いようッスけど」


「これか?ああ、例の豪商が持っていたとかいうリストだ」


「ほ~ん……魔物収集家どもでしたっけ、あの男の顧客。となると……」


「ま、次に商品にする予定だった魔物の一覧とその関係者リストってところだな」

 

「はあ……おや、このバツが付いている男、この間の牧場の魔物使いの旦那じゃあないですか。

 アレは嫌な仕事でしたねえ。

 火事に見せかけて旦那を殺し、巻き添えで使い魔が数匹一緒に燃えた……と見せかけて、偽の魔物の死体と入れ替えて誘拐して売っぱらう……思い出すだけでもおぞましい仕事でしたあね。ウヒヒ……」

 

「そういう割には楽しそうだな……まあ別に構わんが、私はもうごめんだよ。あんな面倒な仕事は……」


「しかしアニキ、そのメモがここにあるって事は……」


「いや、まだオーダーは来ちゃいないさ。だけどまあどうせ『お館様』が金に目が眩んでウチに振って寄越すんだろうな。勘弁してほしいよ、全く……」

 


「しっかしまあ、この魔物の関係者ってのも様々っスねえ……」


「この間みたいな直接飼ってる魔物使いなんてのはレアケースのようだな。関係者と言っても、この魔物が出る地域の領主とか、魔物の被害者とか、そんなのばかりさ。まさかこのリスト全員殺せなどとは言われはしないだろう」

 

「ま、事前調査くらいはしておきやしょうか?

 尻尾切りしたからにはそのうち次が見つかるんでしょ?」

 

「まあ無駄になるかもしれんが……そうだな、暇なら適当に頼む」

 

「了~解。しっかしまあ、ホントに無関係っぽい連中ばっかですね。

 一番下なんて特に意味が分かりませんぜ。

『【新種のスライムの噂】 関係者:メルティ・ニルツ 職業:冒険者(ジョブ不明) 詳細:不明』

 ……な~んで、新人っぽい冒険者の小娘が新種のスライムに関係してるんでしょうねえ……」

 

「そう、だな……」

 

 

 そのリストを読み、私は考えていた。

 メルティ・ニルツ。

 苗字は違うが……まさか、メルティ・ブレナンじゃあ無いだろうな……。



 

 私がジャン・ブレナンと会ったのは、もう10年以上も前になる。

 経緯は覚えていない。ただ、悪人でもないこの男を、ずいぶんとくだらない理由で始末するんだな、とは思った。


 始めて対面した時、暗殺対象だったその男はもう既に死にかけていた。


「頼む……娘を……この子を助けてくれ……」

 私を通りすがりの冒険者だと思い込んでいるらしきその男は、ぶしつけにそう頼みこんできた。

 

 土手っ腹に、魔物に付けられたらしき大きな傷を負った男。その背中には、病に侵されているらしき2~3歳くらいの子供。

 

 男は聞いてもいないのに理由を語りだす。

 娘が重い病に侵された。村の医者に見放され、無理やり安楽死されそうになり、病を承知で連れ出してくるしか無かった、と。

 

「向こうの山の奥の泉に……どんな病でも治してくれる薬草があるそうなんです……

 娘を……どうか、その薬草のある場所まで……」

 

 どんな病でも直してくれる薬草……。

 どこでもどんな村でも、この手の眉唾物の噂は流れる。この男はそんな噂にすがってまで、娘の病を助けたいのか……。

 

「名前は?」

「メルティ、です……どうか、どうかお願いします……」

「……分かった」

 

 私がそう言うと、男は安心しきった表情で力が抜けていき……

「ああ……ありがとう……ござい……ま……」

 

 私は、男に刃のひとつも刺すことの無いまま、任務を完了した。

 


 

 さて、どうしようか。

 

 この治る見込みのない娘など、正直このまま放っておいてもいいのだが……。

 ま、付き合ってやってもいいだろう。こんな山奥くんだりまでやって来て暗殺対象が勝手に死んでしまったなど、消化不良もいいところだ。

 

 どんな病でも治る薬草とやらが本当にあるというのなら、娘に使わず根こそぎ奪ってしまっても別に構わんだろう。

 ま、一応そこまでは連れて行ってやるか。

 私が心変わりしてしまって娘を本当に治してしまったのならそれはそれで面白い。

 人を殺す家業の私が人助けをする……仲間連中との酒の肴の話程度にはなるだろう。

 

 私は男の背から、意識もなく寝ている娘を剥ぎ取る。

 娘の体には全身に赤黒い斑点のようなものが出来ていた。病気の種類には詳しくは無いが、なるほどこれは皆に見捨てられる。

 こっちに感染するかどうかは分からなかったが、まあ感染したら感染したで、つまらぬ死よりずっと面白い。組織なら、病の私を面白可笑しく利用してくれるだろう。

 とりあえず娘を布に包んでから背中に背負い、その泉とやらを目指した。


 

 道中は全く問題無かった。

 モンスターはいたが、睨みを利かせるまでもなく逃げて行ってしまう程度の雑魚ばかりだった。

 どうやら今回はナイフに一滴の血も付ける事すら無いまま終わるようだ。




 「その場所」に着いたのは、確か夕方だったはずだ。

 

 その泉とやらは確かに実在した。

 しかし泉は既に腐食毒に侵され、周囲の草は変貌し、暗殺家業をしている私にとってはお馴染みの種類ばかりになっていた。

 

 私は娘をその場に降ろし、考える。

 さあどうしようか。最初の予定通り娘をここに置いていこうか。

 それとも遺言通り、泉の草を飲ませてしまおうか。毒草なので確実に助からないが、それでも遺言通りと言えば遺言通りだ。

 

 などと、泉を去りながらくだらない事を考えているうちに、私は気が付いた。

 私の廻りを、モンスターが取り囲んでいることに。

 

 魔物感知のスキルによると、数は多数。

 試しに威圧を仕掛けるが、逃げる気配はない。しかし、襲い掛かる気配もない。

 

 魔物の気配の円がどんどん狭まり、魔物の姿が視界に入る。

 スライムだった。

 

 スライムなど、私にとっては……いや、大多数の冒険者にとっては、全く恐れる生物ではない。簡単に倒せる。

 

 しかし、その数の異様さに私は驚いていた。

 普通は多くても同時に現れて10体程度。しかし今は、見渡す限りのスライムの群れ。

 スライムがこれほどの数の群れで生息してるのを見るのは初めてだった。明らかに意志を持って群れを形成している。

 

 威圧で逃げないスライムに取り囲まれるのも初めての経験。この先何が起こるのか、興味を持ってしまっている私がいた。

 まあ所詮はスライムだ。何があっても脱出も殲滅も簡単だ。この異様な光景をいっそ楽しんでしまおうじゃないか。

 

 スライムたちはじりじりと近寄って来る。その姿がはっきり分かるくらいに接近してみてさらに驚いた。

 色が豊富だ。スライムは普通、水色か泥の色をしている。毒を持つバブルスライムなら毒々しい緑だが、居てもそのくらいだ。

 だが、こいつ等は赤に黄色、青に緑。本当に多種多様な色をしている。

 そんなカラフルな色のスライムが同一の群れに混在し、私のほうに迫ってくる。

 

 スライムたちは、私の手前で止まった。そしてその輪の中から、黄色いスライムが5~6匹だけ輪を抜けだし、こちらに近寄って来た。

 私に体当たりを仕掛けるような様子も無く、私の足元に向かってそのまま這いずって来るだけ。

 まとわりついてきたら踏みつぶしてやろうと身構える。

 

 しかし、スライムの向かう先は、私ではなく、足元に置いてある布に包まれた娘だった。

 

 娘をスライムが取り囲み、そのまま1つに合体した。娘はその中に飲みこまれてしまった。

 合体スライムの体から気泡のようなものが出る。娘が泡で見えなくなる。

 

 泡が収まるころ、包んでいた布と服が消え、娘は生まれたままの姿になっていた。

 スライムの中の娘は驚いたことに、その中で呼吸をしていた。息が出来るようだ。

 

 眠ったままの娘を体内に取り込んだまま、合体スライムは円形に並ぶ周囲のスライムのほうに進み始めた。

 進行方向先のスライムが道を作るかのように左右に動いた。

 割れた道を合体スライムが通る。

 過ぎた後も割れた道は塞がらない。まるで、そこを私に歩けと言わんばかりに。

 

 泉周辺の森の中を、娘を中に入れたスライムが進む。

 私はその後ろを歩く。周りのスライムは、道を示すように並んでいる。

 

 

 数分ほど進むと、そこには洞窟があった。スライムと私はその洞窟の中に入った。

 

 洞窟の中は意外にも明るかった。発光する苔のようなものが生えていた。初めて見る種類だった。

 

 洞窟内にも無数のカラフルなスライムたちがいる。青白い光に照らされて、幻想的な光景を作っていた。


 合体スライムは洞窟の広場の中央付近で止まり、その後形を変えた。まるで、娘を寝かせるゆりかごのような形に。

 

 周囲にいた別のスライムが数匹、今度は別の方向へ向かって進みだす。

 その行く先を見ると、苔とは違う背の高い草が生えていた。

 

 私は直感した。もしかするとこの草が、男が言っていた薬草ではないかと。

 泉は毒に汚染されてしまったが、薬草はこの洞窟の中で生き残っていたのだ。


 スライムがその草の前に到達すると、その草を取り込んだ。

 再び気泡がスライムの体内から発生され、カラフルだったそのスライムたちは全て、鮮やかな薄緑色に変化した。

 

 薄緑色のスライム達が娘の前に戻り、やはり合体して娘を飲み込む。

 ゆりかごのスライムと色が混ざり、さらに大きな黄緑色の塊になる。


 すると、さっきよりはわずかだが、娘の廻りに細かい泡が発生し始めた。

 その泡は、ゆっくり時間をかけて、赤黒い斑点の色を溶かしていた。

 色はどんどん薄くなり、最終的には、全く斑点の無い綺麗な肌の色に戻っていた。

 

 最後にスライムは、娘を取り囲むのを止め、周囲のカラフルなスライム達と共に、洞窟の奥へ消えていった。

 すっかり顔色の良くなった娘と私だけを残して。


 

 あれだけ無数にいたスライム達は、もう魔物感知にすら1匹も引っかからない。完全に私の前から消えていってしまった。

 私は洞窟を出るとき、振り返り、お辞儀をした。まるで私がこの子の父親だったかのような演技をしながら。

 なぜそうしたのか?何となくだ。それ以外に言いようが無い。



 

 村への帰り道は、行きよりも簡単だった。

 魔物すら眠る真っ暗な森の中を走るだけだ。

 

 娘はずっと私の背中で寝ていたが、途中、一度だけ目が覚めた。

 

「あれ……おとうさん……?」

 娘は寝ぼけて、私の事を本当の父だと勘違いしているようだ。

 

「もう大丈夫だよ、メルティ。もうすぐ村だから寝ていなさい」

 私もまるで本当の娘に話しかけるかのような声色で話しかけた。

 

「うん……」

 娘は、再びすやすや眠りについた。



 

 娘の村に到着したのは朝日が昇る頃だった。

 村に着くや否や、ひとりの女性が私の前に飛び出してきた。やはり、ブレナンの嫁、この娘の母親だった。

 

 私は母親に娘を預け、父親の最後と、娘が助かったことを伝えた。

 あのスライム達の件は説明しても信じてはもらえないだろう。ただ薬草により助かったとだけ伝えた。

 

 母親は泣き崩れながら、私に感謝の意を伝えた。

 ぜひお礼をと申し出たが、本来なら暗殺するために近づいた身だ。さすがに辞退した。

 せめてお名前だけでもと言われたが、19番だと名乗っても説明が面倒になるだけだ。これも適当に誤魔化した。

 それでも何かいいたげな母親に、それより娘さんを看てやってくださいと、それっぽい言葉をかけてからその場を去った。


 

 私はその日のうちに村から立ち去り、そして闇に消えた。


 


 あの日のスライム達の事は、結局誰にも告げていない。

 仲間との酒の肴にでもなればと思って始めたことだったが、結局仲間には言っていない。

 言ってもたぶん与太話と思われるだけだろう。

 

 母親には誤魔化した。ずっと寝ていた当人はもちろん知らない。

 

 あの娘があのスライムによって助けられたという事を知るのは、私だけなのだ。

 

 私だけが、あの日のスライムの事を知っている……。

 

 

 

「どうしたんですかい、アニキ」

 ギザの無粋な声により、私は現実に引き戻された。

 

「いやなに、スライム関連で、ちょっと昔の事を思い出してな……」

「するってえと、この資料の小娘の事を知ってるんで?」

「いや、違う。考えていたのは別人の事だ」

 

 

 あの娘がいた村は、今はもう、無い。

 鉱山の村にはよくある事だ。数年前に鉱石が取れなくなり、廃村となった。

 

 あの娘がその後無事に育ったのか、追跡するほどの興味は湧かなかった。

 このリストの小娘があの時の娘だったのかどうか、私には分からない。

 仮に同一人物だったとしても、現場に赴くことはすっかり無くなってしまった私にはどうでもいい事だ。


 


「で、ギザ。他に報告は無いのか?」

 耳障りなギザとの雑談を終え、私は通常業務に戻る。

 

「ああ、はいはい。辞令が出てますよ」

 

 ギザは『上から』の指令書を私に手渡してきた。

「そうか、いよいよ異動か……」

 

「まあこれでアニキもアッシも『司祭と側仕え』なんて似合わん事をする必要はなくなりやしたね」

 第9管区の正教会に属する司祭……という肩書だった私。もちろん、世を忍ぶ仮の姿だ。

 

「アッシとは別々になりやすが、どうやらアニキのほうは、アニキに良く似合ったオシゴトのようですぜ」


 手渡された指令書は、冒険者ギルドのものに偽造されて作られた封書だった。

 私はその封を開く。


 

『 辞令 

  ジェイク・フォーグナー殿

  貴殿を冒険ギルド第7支部 ギルドマスターに任ずる 』

 

 

 ジェイク・フォーグナー。

 どうやらこれが私の新たな名前のようだ。








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作者です。これで第1章は終了です。

ここまでお読みいただきまして、誠にありがとうございました。

第2章以降も現在公開中ですので、今後もお読みいただけると嬉しいです。









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