第2章 スライムの森
2-1話 森の大耳ネズミ
アム・マインツの街、南南西のとある森。
街道からやや離れたその森は、モンスターの住処となっていた。
しかしそこに住むモンスターは、スライム・大ガラス・大耳ネズミ・一角ウサギなど、『最弱』にカテゴライズされる魔物ばかり。
そのため、なりたてのレべル1の冒険者達の、最初の冒険先として選ばれることが多かった。
私、メルティ・ニルツも、そんな初心者冒険者の一人として、この森にいる。
諸事情により、同期と1か月と1週間遅れでやっと冒険者になれた私は、人生初クエストのためにこの森へ訪れたのだ。
その日は明け方まで、森付近には強い雨が降っていた。
そのおかげで、森の中のあちこちに、小さな水溜まりが出来ている。
森に棲む魔物も、それ以外の普通の動物も、水溜りの存在など気にも留めずに、各々の生活を営んでいる。
水溜りのうちのひとつに、とても大きな水溜りがあった。
その周辺を縄張りにしていた大耳ネズミが、水を飲むためにその水溜りに近づく。
大耳ネズミが口を水溜りに近づけた瞬間、動かないはずの水溜りが、すっ、と、大耳ネズミの足元へ近づいた。
異変に気が付いた大耳ネズミが、後ろに下がろうとする。
しかし、出来ない。
その近づいてきた水溜まりは粘性のある液体で、大耳ネズミの足にくっついていた。
大耳ネズミは、足を取られ、身動きできなくなっていた。
大きな水溜りは、さらに動く。
大耳ネズミの足元の粘液を残し、残りの部分が中央付近に集まる。
それはそのまま上に上に膨らみ、ひとつの大きな塊になっていく。
そしてさらに、動けない大耳ネズミと距離を開けるように後ろに下がる。地面に触れる部分だけ最初の位置から動かずに、上部だけ伸びるように。徐々に液体からゼリー状に形状を変えながら。異変を察した大耳ネズミが暴れてもがくが、身動きは出来ない。
約30秒後。完全にゼリー程度の固さになった塊が、もの凄い勢いで大耳ネズミにぶつかる!
大耳ネズミは吹っ飛び、奥にあった木に体をぶつけ、そのまま動かなくなった。
「やった……!」
大きなゼリーの塊が声を出す。そして、ゼリーから液体に戻り、さらに上半身を人間の少女のような形に変えた。
そう、私だ。
さっきまで大きな水溜りだったもの。その後形を変え大耳ネズミにぶつかっていった謎の生き物。
スライム娘。
それが今の私の姿だ。
昨今の冒険者ギルドには『冒険者ジョブ制度』というものがある。
簡単に言えば、冒険者は何らかのジョブに就かなければいけません、というルールだ。
私、メルティ・ニルツは、そんなジョブの適性が何ひとつない『ジョブ無し』だった。
冒険者ギルドの門を叩いたものの、ジョブ適性が無く、そのまま何もできずにただ無為な時間だけを過ごす少女だった。
状況が一変したのは、1か月後。
たまたまギルドを訪れた『女勇者』の冒険者クルスさんから、私でも就職できるジョブマニュアルを譲り受け、念願のジョブ持ちになれた。
しかし、そのジョブは今まで前例のなかった、モンスター職の『スライム』というものだった。
そのため、私は人間を辞め、『スライム娘』として生きる事になった。
スライム娘になった直後は何もできない無力なスライムだったが、その後、クルスさんの拠点で、同じ拠点に住むオパールさん、ビビアンさんのもとで、僅か1週間ではあるが修業し、それでやっと『レベル1』相当としてまともに戦うことが出来るようになった。
そんな経緯だったので、今日が私の初クエストの日だ。
私が初冒険に選んだクエストは、薬草の採取。
この森は、『ブル・アプサン』と呼ばれる薬草が多く採取できる。
一般に薬草と呼ばれる植物は何種類かあるが、ブル・アプサンはその中でも特に回復力が高い薬草のうちのひとつだ。
煎じて飲んだりするだけで傷が治ると言われている。HPで言うと12くらい回復する、街の道具屋さんで一般的に売られている薬草だ。別の薬草と混ぜて『薬草パウダー』という商品にしたりもする。
この森に棲む魔物たちにとっても、そんな薬草は重宝されているらしく、
基本的にこの植物が自生している周辺は、みな等しく魔物の縄張りとなっている。
ここもそうだった。
私が見つけた薬草の周囲には、3匹程度の大耳ネズミが陣取っていた。
大耳ネズミはその名の通り、耳の大きいネズミのモンスターだ。
かつてはその大きな耳で空を飛べると考えられていたらしく、耳飛びネズミと呼ばれていたこともあったらしい。実際、上位種は滑空程度なら出来るらしいけど。
大きさは普通のネズミと異なり、かなり大きい。体長で50センチくらい、体高で30センチくらいある。
主に嚙みつきで攻撃してくるが、そのサイズなので噛まれたら普通に痛いし、ダメージが蓄積したら死んでしまう可能性もある。
私は、薬草採取のために、この大耳ネズミを退治しなければいけなかった。
私はまず、大耳ネズミに気が付かれないように、上半身人間状にしていた塊を潰し、大きな水溜りに見えるように姿を変えた。
そして気付かれないように、ゆっくりと近づいていって、機を伺っていた。
次第に、大耳ネズミ3匹のうち2匹が、何所かへ離れていった。狩りに出かけたんだと思う。
その場には、1匹の大耳ネズミだけが残された。
残り1匹の大耳ネズミが、おそらく水を飲むため『私』に近づいてくる。
チャンスだった。
私は大耳ネズミの隙をついて動きを止め、大耳ネズミを倒した。
これが私の、人生初のモンスター討伐となった。
1匹を倒したが、まだ油断はできない。
残り2匹の大耳ネズミが近づいてくる。異変を感じ取ったのだろうか。
私はそれを待ち構えた。
十数秒後、私と2匹の大耳ネズミは遭遇した。
ネズミ達は、動かなくなった仲間と、その傍にいる私に気が付いた。
人間ほどもあるサイズの大きなスライム。
人間は彼らも比較的よく見たことはあるだろうが、さすがに大きなスライムは初めてだったのだろう。
驚き、戸惑っている。そんな風に見えた。
しかし、仲間を倒したのが私だと気が付いたのだろう。
私に向かって、敵意を示してきた。
私は、大耳ネズミを正面から待ち構える。
さっきは不意打ちで倒した。だが、今回は真正面からの接敵だ。
また水溜りに化ける事は出来ただろうが、私はあえて、正面から待ち受ける事にした。
これから先、何度もモンスターと戦う機会は多くなるだろう。
しかしその度に不意打ちが上手くできるとは限らない。
普通は正面から戦う事になるだろう。
だから、今のうちに経験しておかないといけない。魔物と、正面から戦う事を。
幸い、大耳ネズミは、最弱のスライム、2番目に弱い大ガラスに次ぐ、『3番目に弱い魔物』とカテゴライズされている。
なので、私の最初の相手として適任だった。
最弱のスライムは、私自身がスライム娘なので、なんていうかこう、戦いにくさを感じていた。
2番目に弱い大ガラスは空を飛ぶので、私の『技』とは相性が悪い。
結果、この大耳ネズミが最適だと思った。
「よし、来い……」
私は、彼らを待ち構えてた。
大耳ネズミは、2匹一斉に一直線に私の方へ飛びかかってきた!
私はまず、そのうちの1匹に『小石』を撃つ!
修行で習得した技だ。どこにでもある小石を拾い、体内に含ませ、弾性のある体を利用し、ゴムのように小石を飛ばす。
そこそこ凄い勢いで飛び出した小石は、大耳ネズミの片方にぶつかった!
それだけでは倒すことは出来なかったものの、ネズミは痛みで悶え、動きを止めた。
その間、もう1匹の大耳ネズミは私の体に嚙みついた!
しかし噛まれたのは、私の体の液体の一部。そこを噛まれても私は何ともない。
私の体の中心部には『コア』という弱点があるが、それを攻撃されない限りは、痛くないしHPも減らない。その事を知らない相手ならば、狙われる危険性は余り無いだろう。
逆に、私の粘液を口に含んでしまったネズミが、口に張り付いた粘液で呼吸に支障が出ている。
飛びついた拍子に目の廻りにも粘液が付き、明らかにパニックになっている。
私は、もう1匹の大耳ネズミに目を向ける。
小石のダメージから復活し、私に再び飛びかかってくる!
私は、横にジャンプしてその攻撃をかわした!
同時に、私は体の一部を分離させ、上に投げつけていた。
私の技のひとつ『粘着ボール』だ。
粘着ボールは敵にぶつからなかったが、足元に散らばった。
大耳ネズミは再びこちらに近づこうとしたが、足元の粘着物質には気にも留めなかったようで、それを踏んづけた。
粘液が絡まり、動きが鈍る。
私はもう一度飛び道具の準備をする。
足元に隠してあったナイフ。それを体の中心にセットする。
これも私の技、『ナイフ発射』だ。
狙いを定めて、それを発射した!
ナイフが、大耳ネズミの眼と眼の間に突き刺さる。
大きな悲鳴と共に、ネズミが動かなくなる。
私は最後の1匹、口元に粘液がくっついているほうの大耳ネズミのほうを向いた。
そして、上半身の人間体を解き、体を全身まん丸にし、足元を地面にくっつけ、体をゼリー状に『硬化』させながら、ネズミとは反対側に体を伸ばし始めた。
『体当たり』は、体をゼリー状にして敵にぶつける、スライムの基本的な攻撃方法のひとつだ。
しかし、今から私がする体当たりはそれとはちょっと違う。
体を引っ張り、ゴムのような性質を利用し、体を思いっきりぶつける技、『ゴム化体当たり』だ。
私は、最後の大耳ネズミに向けて、ゴム化体当たりでおもいっきり体をぶつけた!
「ふう……」
私は一息ついた。うんまあ、私はスライムなので呼吸はしないんだけど、気持ちを落ち着かせるために、人間の頃みたいに呼吸するフリをした。
私の周囲には、動かなくなった大耳ネズミが3匹。いずれももう、息をしていない。
もちろん私と違って呼吸する生き物なので、息をしていないという事は、もう死んでいる、という事だ。
眉間にナイフを刺されているのが1体。木にぶつかって血を吐いているのが2体。
いずれも、私が倒した、私が殺した魔物だ。
初勝利だ。
私の体は満足感で溢れている。こうして無事に、魔物を倒すことが出来たんだ……。
うん、でも、生き物の死体はちょっと嫌だな。
これをやったのが私なんだよね。
魔物とはいえ、生き物の命を奪ってしまった後味の悪さを、ちょっとだけ感じていた……。
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お世話になっております。作者の日高うみどりです。
大変お待たせいたしましたが、本日より第2章を始めさせていただきたいと思います。
話数は30話前後で、2章終了まで毎日更新していく予定です。
最初のうちは1章の復習みたいな内容を含めているので、話の展開はスローペースになるかなと思います。
2章終了まで、どうかよろしくお願いします。
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