2-2話 経験値を入手しよう
アム・マインツの街の南南西のとある森。
初クエストのためにここを訪れていた私は、人生初のモンスター退治に成功した。
私の足元には、動かなくなった大耳ネズミが1匹いる。遠くには、別の2匹。
薬草のある場所を縄張りにしていた3匹のモンスターを無事倒せたので、早速薬草の採取に移りたいところだったが、その前にやることがあった。
私は、木の根元に隠してあった、赤いマジックパックを開ける。
そして、その中から、私の『ジョブマニュアル』を取り出す。
私に冒険者になる道を開けてくれた、そしてスライム娘として生きる事を運命づけてしまった、手帳サイズの小さな本。
その本を持ち、倒れているモンスターに向けてその本をかざす。
ジョブマニュアルの裏表紙には、魔法陣のような紋章が描かれていた。
私が魔物の前に本をかざすと、その紋章が光った。
数秒ほど待つと、モンスターの亡骸から、小さな黄緑色の球体が出てきた。
『経験値オーブ』と呼ばれるものだ。
大耳ネズミから出てきた2個のオーブは、そのまま宙に浮かび上がり、そして本の紋章へ吸い込まれていった。
---『経験値オーブ』---
『ジョブ』『ステータス』と合わせて、近代冒険者ギルド三大革命のうちのひとつと言われている技術だそうだ。
例によって、新人講習会で冒険者ギルドの受付嬢のマリナさんから教えてもらった事だ。
元々は、所謂『勇者と魔王の戦い』の時代に、魔王軍が開発した技術らしい。
この経験値オーブは、これを投与した魔物を大幅に進化させる。
例えば、普通の小動物であるモリネズミに経験値オーブを与えることにより、大耳ネズミというモンスターに進化させる。
もっと経験値オーブを取り込めば、さらに上位種のモンスターに進化したりもする。
そんな感じで、魔物を生み出し成長させる魔力を持った魔法物質だ。
これを人間サイドが逆に利用したのが、ステータスを始めとするレベルアップシステムだ。
ジョブマニュアルは、この経験値オーブをさっきみたいに取り込むことが出来る。
経験値オーブを一定個数集めると、自身のステータスを1段階アップさせることが出来る。
俗に言う『レベルアップ』だ。ジョブマニュアルのレベルが1段階引き上げられ、それを持つ者に能力を与える。
人間の場合は魔物と違い、体内ではなく本に取り込むため、魔物のように進化はしない。
また、少量で1段階進化できる魔物と違い、レベルアップにはたくさんの個数の経験値オーブが必要だ。
人間はレベルアップのために、魔物を倒して経験値を集める。
魔物は進化のために、人間を襲って経験値を取り返そうとする。
時代が流れ、魔王がおとぎ話の存在になった今でもなお続く『冒険者と魔物との争い』とは、とどのつまり、この『経験値オーブの奪い合い』なのだ。
私は3匹の大耳ネズミから、経験値オーブを回収した。
出てくるオーブは1匹あたり2個なので、合計で私は『6の経験値を手に入れた』という事になる。
ちなみに、次のレベル2までは、経験値オーブが20個必要らしい。
戦士や魔法使いみたいな一般下級職は10~15個くらいでレベル2になれるらしいが、『スライム娘』はレア職なせいかレベルアップも遅いらしい。レア職とはイバラの道だ。
スライム娘の私なら人間式レベルアップじゃなくて魔物式進化かもなとちょっとだけ期待もしたが、そこはやっぱりジョブマニュアル。レベルアップは人間と同じのようだ。
「よしっ、と」
経験値を入手し終えた私は、手を組み大耳ネズミにお祈りした後、薬草の採取に向かった。
大耳ネズミが守っていた場所に、薬草の一種、ブル・アプサンが生えている。
ヨモギのような葉っぱで、小さくて青い花が咲いている。これが『
その葉っぱのうち大きい部分を採取する。
ジェル状の手をゼリー状の固さに『硬化』させ、人間が手で葉を千切るのと同じ要領で薬草を採取していく。
ブル・アプサンの採取はこれが初めてだった。
どこにでも生えている雑多な薬草に対し、ブル・アプサンは、モンスターの生息している場所でしか取れない。
そのため、クエスト条件に『何らかのジョブに就いた冒険者であること』が含まれていた。
植物採取自体は、ジョブ無しの頃から何度もやっていた。マリナさん気を遣って、私に斡旋してくれていたクエストだ。
ただしその時はモンスターのいない場所で、子供でも出来る程度の難易度だったけど。
とはいえ、おかげで植物の採取自体はだいぶ上手くなったと思う。
人生初のクエストに薬草採取を選んだのも、それが理由だった。
無理せず得意な事をやろうと決めていたのだ。
「うん。こんなものかな」
クエストで指定されていた納品数程度は採取し終えた。
自分で使う分の量も含め、多めに採取しておいた。
生えている薬草は全部は取らない。
まだ育っていない小さな葉も多いし、全部刈尽くすとここにはしばらく生えなくなる。
森の今後の事を考え、ある程度数を残しておく。それが暗黙のルールだ。
私はマジックパックに薬草を仕舞い、そこを立ち去ろうとする。
が、そこで気が付いた。私の上空の気配に。
恐る恐る、そちらを振り向く。
木の枝に、カラスが止まっている。しかも、あちらこちらにたくさん。
無数のカラスが私を取り囲んでいる。
その中に、ひときわ大きいサイズのカラスが3匹。
モンスターの『大ガラス』だった。
採取に夢中になりすぎていて、気付くのが遅れてしまった。
今までの安全な場所での採取とは違っていたはずだったのに。初勝利の余韻で油断があったのだろう。警戒を怠ってしまっていた。
ああ、まだぜんぜん未熟だな私って……。
大ガラスと普通サイズのカラス達は、私に襲い掛かってくる様子もなく、ただじっと私の事を見つめている。
私は目を逸らさないように、ゆっくり這いずって動きながら、その場から離れる。
残りの薬草が生えていたその場所からじゅうぶん距離が空いたあたりで、スピードを速めて急いで離脱する。
私が離脱した直後、大ガラスたちは降下し、薬草の生えていた周辺を陣取った。
どうやらこれからは、いなくなってしまった大耳ネズミの代わりに、あの大ガラス達がここを縄張りとするのだろう。
「ふぅ……」
安全圏に着いたことを確認した後、私はため息を付いた。
大ガラスは、この森では2番目に弱いモンスターだ。さっき倒した大耳ネズミよりは弱いとされている。
がしかし、私には相性の悪い敵だ。
さっきの大耳ネズミ戦でやったように、私には『地面に粘着液をばら撒いて動きを妨害する』という戦法がある。
しかし、大ガラスのように空を飛ぶ魔物には通用しない。この戦法は地上を歩くモンスター限定なのだ。
なので、逃げる、という選択肢を取った。
まだ、冒険者になって、初クエストに出かけた『初日』なのだ。
無理をするべきじゃない。
マリナさんが言っていた。「モンスターと1回戦ったら、後は無理せず後退するのが、初冒険の鉄則」だ、と。
だから、私も無理せず今日はこれで帰ろうと思う。
それに……うん、正直、あのカラス達は怖そうだと思ってしまった。情けないけど、そう感じてしまうのがレベル1の私の実力だ。
もうすぐ、森の出口に差し掛かる。
前方にモンスターの気配を感じる。私は身を隠した。
気配のあったほうを改めて確認する。
モンスターは、2種類いた。
片方は、大ガラス。さっきとは別個体だろう。1匹だけだ。周りに普通のカラスもいない。
もう片方は3匹。小さくてぷるぷるしている生き物。そう……
「……スライムだ……」
スライム。
お馴染み最弱のモンスター。
私と『同種族』のモンスターだ。
もちろん、人間からスライム娘になった私と違い、あの3匹は正真正銘、野生で生まれて野生で生きるモンスターのスライム。
そんなスライム達と、大ガラスが一緒の空間にいる。
しかし、両者は仲良く一緒に過ごしているわけでは無い。
大ガラスは、上空から滑空しながらスライムめがけて落下し、くちばしでスライムを突っついている。
大ガラスが、スライムを襲っているんだ。
多分、のどを潤すため、スライムを飲むために突っついているんだ。スライムは水分の塊だから。
もしくは、体内にある木の実とかが狙いなのかも。あるいは単に遊びで襲っているのかもしれない。
冒険者が遭遇する際、大ガラスとスライムはセットで登場する場合が多い。ひとつの『魔物の群れ』扱いで。
しかしそれはあくまで、より強大な『人間』という敵を目の前にして、一時的に休戦しているだけだ。
普段の大ガラスとスライムの関係は、捕食する者とされる者、という関係でしかない。
……まあ、この知識は受け売りなんだけど。
修行のとき、私の『師匠』であるクルスさんとオパールさんが、雑談の時に話してくれていた事だ。
「やっぱり、襲われているんだ、あのスライム……」
私は木陰からその様子を眺めていた。
どうしよう。
……いや、決まっている。このままやり過ごすべきだ。
このまま隠れきれれば、無駄な戦闘はしなくても済む。
もし戦わなくちゃいけなくなったとしても、同士討ちで数が減る、もしくは疲弊するのを待つべきだ。多くの敵より少ない敵と戦う方が安全だから。
だから、このまま待つのが正解。そのはずだ。それが冒険者として取るべき行動のはずだ。
でも……。
今の私はスライム娘。
襲われているのはスライム。私と『同種族』。
もし襲われているのが人間で、私も人間のままだったら、考え方は違っていただろう。
可能なら、無理してでも助けに出てしまうかもしれない。
どうするのが正解なんだろう。
あのスライムを『同種族』として助けるべきなのか。
それとも人間とは敵対関係の『モンスター』と見なして、冒険者として冷静な判断をするべきなのか。
仮に助けても、スライムは私の事を感謝してくれないだろう。
スライムに感情があるのかは分からない。
助けたことすら理解してもらえず、助けたスライムに襲われてしまう可能性も充分にある。
私は迷っていた。
私の取るべき行動をなんとか2択にまで絞りこめた。だが、一方を選ぶ決断がまだできなかった。
スライムを助けるか、
このまま同士討ちを待つか。
私はなんとなく感じていた。
この2択が、私の今後の『生き方』を左右してしまう選択肢になるという事を。
私が選んだのは…………。
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