2-3話 森からの帰還
アム・マインツの南南西の森。
初クエストの帰り道、出口の傍で、1匹の大ガラスに襲われている3匹のスライムを発見した。
そのくちばしでスライムをチョンチョン突いていた大ガラスが、一度上空に飛び上がる。
そして、高い位置からスライムめがけて急降下する。とどめを刺すつもりのようだ。
しかしその落下中、大ガラスの目の前を、突然、液状のものが通過した!
「外した……」
私が放った粘着ボールだった。
しかし大ガラスには当たらず、粘着ボールは遠くへ落ちる。
邪魔をされた大ガラスは、スライムへのとどめをいったん諦め、こちらを向いた。
物陰から出てきた私に驚いているかのようだった。乱入者の登場にはもちろん、その乱入者の異様ないで立ちに。
今まで襲っていた、スライムと同じ材質の個体。
しかし大きさはそれよりとても大きく、しかもまるで人間のような輪郭をしている。
大ガラスにとっても、未知の相手だった。
助けられたスライム達の表情は分からない。
ただ、動かずにその場で静止している。こちらを見ているのかどうかも、目も顔も無いので分からない。
私は魔物の群れに這いずって近づく。
何者だと言わんばかりに、大ガラスがカァカァ鳴く。
私はじりじりと、そこに詰め寄る。
ある程度近づいたら、私はもう一度大ガラスに粘着ボールを投げつける。
ひょいと、大ガラス上空に飛んで避ける。
そして……その場を離れていってしまった。
「逃げた……」
大ガラスはそのままいなくなった。逃げたと言うべきか、逃げてもらったと言うべきか。
その場には残された私と、3匹のスライムがいる。
「え、えっと……みんな、大丈夫だった?」
なんとなく、声をかけてみた。もちろん、言葉は通じないとは思うけど。
人間から変化した、『人間の魂』が入っている私とは違い、野生のスライムは、何を考えているのか分からない。
「もう大丈夫だよ。じゃあ……気を付けてね」
私は、ゆっくりとその場から離れていった。
あのスライム達に、私はどういう風に映ったのだろう。
私は、あのスライム達を助けてしまった。
冒険者として倒すのではなく、同種族として助けた。
助けてとお願いされたわけでは無い。ただ、私自身の身勝手。それだけで助けた。
最弱モンスターとして名高いスライムだったが、その生態は、今だ解明されていない。
大ガラスのように鳴き声を上げることも無いし、意思表示をする様子もない。
一応生き物のように動くし、敵意のある相手には向かってきたり逃げたりはする。そのくらいは出来るので知能があるとは思われているが、感情があるのか、意思があるのかは分からない。
それが、野生のスライムだった。
私が助けたあのスライム。
もしかしたら今度会った時、その事を覚えていてくれるかもしれない。
しないかもしれない。温情や記憶力があるのかは分からない。今度会った時、私を襲いに来るかもしれない。
スライムが何者かなんて、スライム娘の私にさえ分からないのだ。
でも……こうも思う。
仲良くなれたらいいな、って……。
再び進みだした私は、やっと森の出口までたどり着いた。
「ふぅ……」
一呼吸の後、私は物陰に隠れ、帰りの支度をする。
マジックパックから、服を取り出す。
『水鳥のローブ』だ。私はそれを身に着ける。
液状の私は、布製品は身に着けられない。触れると、体がそれに吸い取られる不快感があるため、基本的には苦手だ。
しかし、このローブは水を弾く素材のため、これだけは身に着けられる。
着用し終えた後、私はマジックパックからペンダントを取り出す。それを握ると、ペンダントが光り出す。
「MPは足りるな……よし」
私はMPの残量を確認した後、私は体を『変化』させた。
まず、下半身の形状を変化させる。今までの私は上半身だけ人間の輪郭で、下半身はまん丸なスライムそのものだったが、その下半身を人間そっくりの形に変化させる。
下半身のまん丸は、人間の股、お尻、太もも、そして足そっくりに変化する。
さらに細かい部分を調整し、変形完了。
次に私は、さらにそこに『魔素』を送り込む。
すると、じゅっ、という、お湯が沸騰するような音とともに、足の材質が変化する。
粘度を持った液体だった私の足は、『シリコン』と呼ばれる材質のものに変化した。
私はシリコンになったその足で、すくっと、その場から立ち上がった。
私は同じ要領で、両手、そして顔を同じくシリコンに変化させた。
その後、シリコンの部分に色を付ける。
手と顔を人肌の色に、足の部分をこげ茶色に。
これで、人間そっくりな肌と、パンティストッキングのような足を、私は手に入れた。
最後に私は、マジックパックからウィッグを取り出す。
それを頭に装着し、根元を粘度のある液体で固定する。
最後に手鏡でおかしな部分が無いか確認。
これで、スライムそのものの形状だった私は、人間そっくりに『変装』することが出来た。
私のこの変装術は、この間の修行の際に身に着けた技だ。
師匠の一人であるオパールさんの指導で、私はこの姿人間そっくりな姿に変身できるようになった。
人間そっくりと言っても、細かな部分はまだ人間そっくりとは言えない。
まず、このローブの内側の部分。ここはスライムの材質のままだ。
私にはまだ、全身を人間そっくりに変化させるだけのMPが無い。
なので、ローブで隠れる部分はそのままだ。
あと、細かなパーツも人間のものとは違う。例えば爪や歯なんかは、柔らかいシリコンの材質のままだ。
細かな部分を突き詰められれば人間ではないとバレてしまうが、凝視せず見る分にはそうとは分からない。
それがこの『人間形態』だ。
うんまあ、私はジョブ特性のせいでスライム娘になっているので、ジョブを辞めれば人間に戻れるのだけど。
でも、とある事情により、普段はこの人間形態のままで過ごそうと決めている。
人間の姿になった私は、森を出る。
森の外は草原になっていて、少し歩くと街道に出る。
ここから先は人に会う可能性があるので、スライム娘のままではいられない。
モンスターそのものの姿なので、出会った人に怖がられたり、討伐のため攻撃される可能性がある。
森の外にモンスターが出る事は、基本的には無い。
魔物に怯えず安心して歩けるが、逆に言うと、モンスターの姿を見られると大事になる。
なので、私はこの姿で歩く。
シリコンの両足を左右交互に動かす。ローブの隙間から膝が出ないように。
私の両膝は、人間のものと違い、溝のようなものが入っている。
『球体関節』というものだ。
普通に変化させただけではシリコンの足は曲がりにくく、まともに歩けないため、
動かしやすいようにこういうパーツに分かれている足になっている。
師匠のオパールさんは、この世界とは違う、異世界から来た人で、これはその異世界の人形を参考にして作ったものだ。
ここを見られると本物の足ではないとバレてしまうため、ここを見せないように気を付けて歩かないといけない。
ちなみに、靴も私の体を変化させて形作ったシリコン製だ。
街道に出て、街の方角へ歩き出す。
途中何台か馬車とすれ違う。
乗っている人にぺこりとお辞儀で挨拶する。乗っている人も挨拶をし返してくれる。
私が人間ではないとバレてはいないらしい。
10分ほど歩くと、アム・マインツの街の南門に到着する。
私は門番さんにギルドの会員証を見せて、その門を通過する。
新人冒険者の私が無事に帰ってきたので、門番さんはどうやらほっとしているようだ。
その表情には、私がモンスターだと気が付いている様子は感じられない。
私は、正体がバレていないことを安心する。
心配してくれていた門番さんにちょっと悪いなと思いながらも門を離れ、クエストの報告をするため、冒険者ギルドへ向かった……。
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