2-4話 初クエスト報酬とオウル亭の午後
大通りを少し歩くと、冒険者ギルドが見えてくる。
私はその扉を開ける。
「あ、メルティちゃん!おかえり!」
ギルドの受付嬢、マリナさんが、私に気が付いて声をかけてくれた。
「マリナさん、ただいま!」
私もそれに答えた。
「……うん。ブル・アプサン、ちゃんと揃ってるわね。
これで初クエスト完了ね、おめでとう!」
「ありがとうございます!」
採取したブル・アプサンをマリナさんのもとに収め、これで私の初クエストは完了だ。
マリナさんはブル・アプサンの品質をチェックし、問題ないことを確認すると、クエストの報酬金を私に差し出してくれた。
私はそのうちの半分を手に取り、残りの半分をマリナさんに戻す。
「これを、クルスさんに送金してください」
「りょーかい」
クルスさんは私にスライム娘の戦い方を教えてくれた師匠でもあり、私に『スライム娘』のジョブマニュアルを譲ってくれた人。
ジョブマニュアルを売る金額は、『私の初クエストの報酬金の半分』だった。
なので、その分をマリナさんに送金してもらうことにしていた。
初心者冒険者の報酬金の半分なので、ほんの雀の涙の金額。
それでも、私が無事に初依頼を終わらせたことをクルスさんに伝えることが出来る。
クルスさん、本当にありがとうございます。
これでやっと、冒険者としての第1歩を無事終わらせることが出来ました……。
「メルティちゃん、この後どうする?人間に戻る?」
マリナさんが聞いてきた。
マリナさんは、私がスライム娘だという事を知っている人物だ。スライム娘になった瞬間を立ち会ってくれたのが、マリナさんとクルスさんだった。
冒険者ギルドにある祭壇で、ジョブチェンジが出来る。
私のジョブを『スライム娘』から『なし』に戻せる。
そうすれば、私は人間に戻ることが出来る。しかし……
「いえ、今日はこのまま帰ります」
私はそう答えた。
「そっか。気を付けてね……」
「はい!」
私は、そうそう気安く人間に戻るわけにはいかない。
ジョブチェンジには『使用料』がかかる。
使用料はさほど高くはないが、それでも、今私が稼いだばかりのお金など、簡単に消し飛んでしまう程度だ。
なので、よほどのことが無い限りは、私はこの『人間に変装したスライム娘』のまま、街中で過ごすことになる。
マリナさんの「気を付けてね」は、そういう事だ。
私はギルドを出て、いつも泊っている宿へと向かう。
宿はここから歩いて5分程度の位置にある。
アム・マインツの街は基本的には治安がいいので、女一人でも往来を普通に歩くことが出来る。
しかしそれは、普通の人間ならばの話だ。
私はスライム娘だとバレないよう、細心の注意を払いながら過ごさなければいけない。
バレてしまったら、憲兵さんや他の冒険者に討伐されてしまうかもしれない。
私は歩き出す。慎重に、しかしビクビクはせず堂々と。
ぼんやりと、街の景色を眺めながら歩く。
大通りを行き交う、何台かの馬車とすれ違う。
木の車輪をぐるぐる回し、街中でも危なくない速度で通り過ぎてくれる。
石畳の道は綺麗に整備されていて、このシリコンの足でもすごく歩きやすい。
石の隙間は車輪にがたがたという音を与え、それにウマの蹄のかぽかぽという音が合わさり、楽し気なリズムを生み出している。
大通りの両側には、建物が並んでいる。
建物は素敵な形をしている。特に外壁が可愛らしい。
縦に横に何本も張り巡らされた、木炭色に着色された木材の間から、小さな組格子の窓が顔をのぞかせていている。窓の無い部分は漆喰の壁になっているが、大通りに面するその壁は薄いパステルカラーに塗られ、街並みを美しく彩る。窓にはフラワーボックスが引っかけられていて、そこに植えられた花は、カラフルな花と緑の葉で、建物をさらに鮮やかに引き立てる。
茶色い三角屋根の上には、屋根裏部屋の小窓と煙突が所々に突き出されていて、青い空の景色を面白く切り取っている。
たくさんの人が住む街。私が住む街。
田舎から出て来たばかりの頃は騒々しく思っていた街の喧騒も、今はもう嫌いじゃない。
たくさんの人々が行き交うこの街の事を、私は結構好きだった。
そしてそれは、スライム娘となった今でも変わらない。
人には言えない、大きな秘密が出来てしまった私の事を、そうとは知らないながらも、街はこうして受け入れてくれる……。
私の泊まっている宿『オウル亭』に到着した。
私は入口の扉を開ける。
「おや、メルティちゃん、おかえり!」
宿のおかみさんが出迎えてくれた。
「おかみさん、ただいま!」
私もそれに答えた。
「メルティちゃん、初クエストだったんだろ。どうだったんだい?」
「はい、ばっちりでした!」
心配してくれたおかみさんに、元気よく返事する。
「それで、それがメルティちゃんのジョブの姿なんだね。へぇぇ」
昨日はジョブ無しの状態で会ったので、『スライム娘』の私とは初めて会うことになる。
「えっと、何か変ですか?」
「え、あ、いいや、いつもと変わらないなあって思って」
「そ、そうですよね。いつもと同じですよね」
まじまじ見つめられた気がしたので、思わず聞いてしまった。よくよく考えれば変な質問だった。
「ただちょっと……なんて言うんだろう……」
「えっ……?」
ドキッとする。
「……うん。気のせいかもしれないけど、いつもより美人のような、大人びて見えるような……あ、いや、ごめんさいね、こんな事言っちゃって」
「い、いえ、別に、アハハ……」
昨日の私と比べて違和感があるのだろう。私は笑ってごまかした。
すると、後ろからバタバタという、こちらに近づいてくる足音。
「メルティおねえちゃんだ!」
突然後ろから、私の足に抱き着かれた。
おかみさんの娘、ザジちゃんだった。
「ザジちゃん、久しぶり!」
私は笑顔で挨拶した。
「メルティおねえちゃん、かえってたんだね!さみしかったよ!」
ザジちゃんは、確か今年で4歳。オウルさんの3番目の子供だ。
私になついていて、よくこうやって抱きついてくる。まだ甘えたがりの女の子だ。
「……あれ?」
ザジちゃんが私に抱き着いたまま疑問の声を上げた。
「どうしたの?」
「メルティおねえちゃんの足、いつもよりおっきくて柔らかい……」
「……えっ!?」
どきっとした。
「そ、そうだね、うん……えっと、修行してきたからかな……アハハ……」
またしても私は笑ってごまかす。
「そうなんだ!」
ザジちゃんはこの答えでも納得したようだ。
「じゃ、じゃあ、私は部屋に帰るね……」
「え~っ、いっしょにあそびたい~っ!」
「ほらザジ、おねえちゃんはクエストで疲れてるんだよ。休ませてあげなっ」
お母さんに叱られて頬を膨らませているザジちゃんから逃れて、私はバイバイと手を振りながら階段を登っていった……。
「ふぅ……」
部屋に入るなり、私は椅子に腰かけ、大きくため息を付いた。
多分、今のは危なかった。
私の足は、人間だった頃と比べ、だいぶ違う。他はだいたい同じになるように変化させているが、唯一大きく違うのがこの足だ。
私の足は、普通の人間だった頃と比べて、太くなっている。
骨や筋肉の無いスライムの足では、元の細さのままだと、私の体を支えられない。
だから、それに耐えるため、太ももを太くせざるを得なかった。
ついでにそれに合わせてお尻も大きくなった。
さっきオウルさんが「大人びて見えた」と言っていたのは、ひょっとしたらそのせいかもしれない。
ザジちゃんは、以前からああやって私に抱きついていた。
だから、その違いに気が付いたのだろう。
うん、うっかりしてた。一番バレる可能性があるのってザジちゃんじゃないの。
「ううん、これからどうしよう……」
うんまあ、別にスライム娘の事は、何がなんでも秘密にしておかなければいけない事ではない。
信頼できる人であれば、バラしてしまっても構わない。
そもそもジョブとしてスライム娘になっているんだから、仕事仲間とかには教えなければならないだろう。
おかみさんにも、いずれは伝えておく必要があるはずだ。
この宿屋でこれからも過ごすのだ。ずっと秘密にしておくのは不可能だと思う。
ただ、ザジちゃんはどうなんだろう。
教えてもいいかもしれないが、ただ、あんな小さな子が、他人の秘密をずっと内緒にしておけるのだろうか。
「ううん…………」
どうも結論が出せない。
うん、今はこのことは保留にしておこう。きっと何とかなるはず。多分……。
その日の午後は、部屋で過ごした。
携帯食を取り出し、遅めのお昼ご飯を食べる。
ぼそぼそであんまり美味しくないと評判の携帯食だったが、美味しく食べられた。
噛んで消化する人間と違い、溶かすだけなので、食感が悪くても問題無い。
人間形態の変装はまだ解かない。
一度解除すると、再シリコン化に結構な量のMPが必要になる。MP不足で変装出来ないかもしれない事態は避けたい。
何があるか分からないので、一応宿で出してくれる夕飯までは、この姿をキープしておくつもりだ。
ただ、実はこのシリコンの手足は、スライム娘の私にとっては若干窮屈だ。
自由に体の形を変えられる通常形態と比べて、どうしても形状変化に制限がある。
人間で例えるなら、ずっとぴちぴちの手袋やきつめのタイツをつけているような感覚だ。
プライベートの時はちょっとだけ落ち着けない。脱いで楽になりたい……いや、液体に戻って楽になりたいと思う。
……うん、違うことして気を紛らわそう。
私は本を開いた。
オパールさんがお土産でくれた『初級錬金術師』の本だ。
私は錬金術師ではないが、この本には、錬金術師でなくとも使える簡単な調合などが記載されている。
その中には、私がさっき多めに採取しておいた『ブル・アプサン』も記載されている。
私はそのページを中心に、本を読みこむ。
その他役に立ちそうな部分にも目を通す。
スライム娘という、他の人とは違う生き方をするのだ。
私には、もっと知識が必要だ。
知識は武器になる。
何が役に立つか分からないけど、とにかく何でもいいから、役に立ちそうな事を色々覚えておかないと。
しばらく本を読んでいたら、あたりが暗くなってきた。
オイルランプ無しには文字を読み辛くなる時間帯。
そろそろ夕飯の時間だ。
この宿の夕飯は、オウルさん夫妻が出してくれる。夕飯付きの宿泊プランだ。
だから、私は自炊しなくてもいい。
実は料理するのは苦手なんだけど、そもそもこのスライムの手では水や火を使う家事が可能なのか、まだ分からない。
だから、食事に関しては、今後もこの宿を頼ることになりそうだ。
それじゃあ、下の食堂に行こうかな。
ザジちゃんに会ったらどうしよう……。
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