11話 修行2日目・夜 二人の来訪者
私は、クルスさんに付いた粘着物を取り除いている。
クルスさんに散らばってくっついた粘着物を、自分の手に当て本体と同化させて回収する。
クルスさんの体に手を当てて動かすたびにクルスさんはもだえる。
息も粗く、顔がものすごく火照っている。苦しいのかな。ほんとゴメンなさい。
あらかた取り除いた頃、玄関のほうで大きな音がした。
「あれ、呼び鈴だ。メルっちょ、ちょっと待ってて」
オパールさんが玄関のほうに行く。少し後に戻ってきてこう告げた。
「二人にお客さんだよ」
リビングに戻ると、お客様はソファーに座って待っていた。
「メルティちゃん!」
「マリナさん!どうしてここに!?」
「メルティちゃん、どうしてるかなーって。……あれ、クルスさん、どうしたの?」
「あ、どうも……いや何でもないです……」
クルスさんはまだ少し赤らんだ顔で、何故かどことなくもじもじしながら答えた……。
私がスライムになった直後の騒動の後、マリナさんとは一度も会えていなかった。心配して、仕事帰りに訪ねて来てくれたらしい。
「なるほど、修行か……」
「まあもう少しかかるけど、多分期限の週末までにはいいセンいくんじゃないかな」
「ホントですか!?」
クルスさんの言葉に嬉しくなった。
「まあ、レベル1として普通に戦えるくらいにはね」
そうだった。あくまでスタートラインに立つための修行だった。
「そうなんだ。頑張ってるわね……」
マリナさんはほっとした表情でそう言ってくれた。
「ところで【冒険者の修行】のほうはともかく、【日常生活の修行】のほうはどうなんですか?」
ちょうどお茶を入れ終わったオパールさんに、マリナさんが問いかける。
「そっちは1歩ずつ前進中、ってところだね」
オパールさんとマリナさんもどうやら面識はあるようだ。マリナさんの事をマリにゃんと呼びながら、細かく説明してくれた。
「う~ん、まあ、立てるようになったり人間っぽくなったりというのは分かるけど、まだ大事な事が手付かずなんじゃあ……」
そう言いながらマリナさんは私のほうを見る。どうやら胸を見ているらしい……あ。
「みんな、服装の事忘れてない?」
「そう……でした……」
確かに、人間だったら裸のまま、ここ数日ずっと過ごしている。
最初はあんなに恥ずかしがっていたのに、今では私もクルスさんも全然気にも留めなくなってしまった。オパールさんは……最初から今まで全くリアクションは無いな。
「服かぁ……でもある意味、今のメルっちょの一番の敵は布なんだよな。
シーツには吸われちゃうし、硬化しても水分はあるから、結局何着てもびちゃびちゃスケスケになっちゃうよな」
言われてギルドの時の事を思い出し、恥ずかしくなる。
……裸より服を着ていた時のことを恥ずかしがるなんて、我ながらどうだろう……。
「ううん……そうねえ……」
マリナさんは少し考えた後、
「ねえ、その事なら私に任せてくれない?考えがあるの」
「考え、ですか……?」
どんな考えなんだろう。
「まだナイショ。2~3日ちょうだい。きっと大丈夫なはずだから」
そこまで言ってくれるのなら……
「じゃあ、お言葉に甘えちゃいます。お願いします」
「うん、待っててね」
夕食はマリナさんも交えて4人で取ることになった。
夕食の話題は、私たちが出ていった後のギルドの様子の事だった。
マリナさん曰く、私たちが去った後のほうが大変だったらしい。
まず転職の祭壇が長時間使えなかったので、順番待ちしていた利用者へのお詫び。
新種のジョブを同僚達に報告。すると詳細を至急レポートに纏めてという話になり、通常業務と同時進行でてんやわんやでまとめて本部や各所ギルドへ魔導端末で送信。おかげでその日は残業。
翌日になったら翌日で、昨日送ったレポートへの矢のように届いた質問状への応対。
疲れ果て、見かねた同僚が今日は早上がりしてと言ってくれて今に至る、との事だ。
早上がりにしてはもう結構な時間になってる気がするけど……。
「それは、その、私のためにすみません……」
「あ、いえいえいえ、メルティちゃんは何も悪くないでしょ?
残業なんてよくある事だもの……愚痴っちゃって、私のほうこそごめんね。ちょっとお酒入りすぎちゃった」
逆に謝られてしまった。
「メルティちゃん、頑張ってね。やっと夢の第一歩に届きそうなんだもんね。卒業試験、頑張ってね」
「は、はい、頑張ります!」
「……あ」
そのやり取りを聞いていたクルスさん。
「そうだった。メルティの卒業試験の内容、まだ決めてなかった……」
夕食後、マリナさんは家に帰ることになった。オパールさんは泊まっていったらどうと勧めていたが、家に猫がいるから、との事だった。
夜道なのでクルスさんが送り迎えに同行した。
「ああそうだ、メルっちょに頼みたいことがあったんだ」
「あ、はい、なんですか?」
「メルっちょさ、体を分けられるようになったじゃん。それでさ、体の一部、貸してもらえないかなと思ってさ。いろいろ実験してみたい」
「なるほど……いいですよ」
私は粘着ボールを作って、オパールさんの用意した容器に入れた。1個渡したら、さらに追加で頼めるか聞かれたので、さらに渡した。
「ありがとね。ゴメン、だいぶ小さくなっちゃったね」
体の水分から分け与えたので、その分私の本体が小さくなる。結局4個の粘着ボールを作ったあたりでストップになった。
「大丈夫です。お風呂とかで水をもらえれば戻るはずなので」
「そっか、じゃあメルっちょ、先にお風呂入っちゃって」
「オパールさんは、お風呂入るんですか?」
「ああ。でもいつも一番最後に入るよ。最後まで起きてるのは僕だしね。
クルるんはいないし、先に入っといたほうがいいよ」
お言葉に甘えて先に入る。
昨日と同じように、湯舟にお湯を入れて、そこにちゃぽんと入ってお湯をいただく。
たっぷり美味しいお湯を堪能したら、ちょうどクルスさんが帰宅したところだった。
「あ、お帰りなさい」
「ああメルティ、ただいま。お風呂上り?」
「あ、はい」
「じゃあ、交代で入らせてもらおうかな。ちょっと冷えたし」
クルスさんは部屋に着替えを取りに行ったようだ。
クルスさん、優しいんだな。女の人を送ってあげるなんて。女の一人歩きは危ないそうだからね。
……あれ、クルスさんも女じゃあ……あ、そっか中身は男か。あれ、でも見た目は女の人なんだし結局危ないんじゃあ……。
「……あ、一応俺、冒険者だから。見た目女でも、ちゃんと武装してるし大丈夫だから……」
部屋から出てお風呂に向かうクルスさんとすれ違った時にそう答えられた。
あれ、考える事分かられちゃった?私考えが顔に出ちゃってた?
寝るまでの間、部屋でぼーっとしながらくつろぐ。結局水がめの中が一番落ち着くなあ。……これギルドのだっけ。後で返さないと。
しばらくぼーっと過ごしていたが、今日もそんなにすぐには眠れそうにないので、外を散歩することにした。
私は廊下に出る。クルスさんはお風呂から上がったようだ。今日はリビングにもいない。部屋にいるようだ。
オパールさんはいつものように自室兼研究室にいる。なんだか楽しそうな声が聞こえる。
……うん、声はかけないでおこう。
裏口から庭に出て、今日もぐるっと這いずり回る。
今日も夜風が心地いい。
空には雲がかかっている。空気がなんとなく水分を含んでいるのを感じる。明日は雨が降るかもしれない。
しばらく歩き回った時、庭の隅のほうから、がさっという音がした。昨日の動物かな、と思っていると……
「うわぁっ!?」
突然、どこからか悲鳴のような声がした。そしてその後、ドスン、という音。
音のほうに近づく。
「イテテテテ……ひ、ひいっ!?」
男の子だった。どうやら木から落ちたらしい。
私のほうを見て怯えている。私を怖がってるんだ。
「な、なんだお前っ……!?」
……見られた。なんで、こんなところに子供が……?
どうしよう。退治されちゃう……?でも相手は子供だし、こっちが攻撃されることは……でももし逃げられたら。憲兵を呼ばれたら……。
私を怯えた目で見続けて、腰が抜けたまま後ずさりする男の子。どうしよう、どうしよう、どうしよう……。
……急に、頭に浮かんできた。昨日オパールさんが言ってたあのフレーズが。それを咄嗟に口に出していた。
「ぷ、ぷるぷる。わたし悪いスライムじゃないよ!」
……ぷるぷる、って、口に出して言わなきゃいけなかったのかな……なんだろうこの恥ずかしさは……。
「………………」
怯えていた男の子が、ぽかんとした顔になり、
「しゃ、しゃべった……」
そうつぶやいた。
少し変な間が空いたのち聞こえる、こちらに走って近づいてくる足音。
「どうした!?」
クルスさんだった。身の丈程もある大きな剣を構えながら近づいてくる。
私と男の子を見て、つぶやいた。
「な、なにがあった……?」
「……こいつ、近所の孤児院の小僧だよ」
「孤児、院……?」
粗末な服を着た、痩せた8~9歳くらいの男の子。孤児院の子と言うよりは、スラム街のストリートチルドレンに近い、そんな印象。
「前に、パンをくすねにここに忍び込んだことがあったんだ」
「…………」
男の子は何も言わず、憮然とした表情で目を逸らしている。
「そっか、コイツがいたんだ……クソッ、すっかり忘れてた……」
「…………」
「……お前、またパンをくすねに来たのか?」
「…………」
「答えろ」
クルスさんの圧に耐えかねたのか、男の子は黙って頷いた。
「……そうか…………」
クルスさんはしばらく黙った後、手に持っていたマジックパックのポーチを開け……
「ほら、持ってけ」
男の子に投げ渡した。パンだった。
男の子は慌ててそれを受け取った。
「……いいの……?」
「その代わり、コイツの事は誰にも言うな」
私を指さしてそう言った。口止め料、という意味か。
「………………」
男の子は黙って頷いた。
「……ほら、もう行け。二度と来るんじゃねえぞ」
男の子はパンを持ちながら、木に登り、塀の上に登った。
そしてしばらくこちらをじっと見る。表情は読み取れない。
「行け」
クルスさんの声。男の子はフェンスを飛び降り、去っていった。
「メルティ、ごめん」
庭から家に戻りながら、クルスさんは私に謝った。
「近所のガキが忍び込んだ事をすっかり忘れてた。もう来ないと思って油断してた。怖がらせちゃったよな」
「い、いえ……」
正直、怖くなかったと言えばウソになる。
でも私よりあの子のほうが怖かっただろうなと思うと、むしろ申し訳ないなという感情のほうが強くなり、そんなに気には止めなくなった。
それより、クルスさんが来てくれた嬉しさが強かった。なんだかちょっと照れてしまう。
「クルスさん、来てくれてありがとうございました」
「いや、うん……どういたしまして」
お互いそれだけ言って無言になり……
「今日は……もう、寝よっか」
「そう、ですね……」
もう一言それだけ言って終わった。
クルスさんは物音を聞いて、寝室から飛び出してきてくれたんだ。やっぱりクルスさん、男らしいな。
私はクルスさんを見て、
「あの……かわいいネグリジェですね」
……何故か、ある意味正反対の言葉を口にしてしまった。ふわふわのネグリジェはインパクトがありすぎた。
「そ、そう……?ありがと」
クルスさんは嬉しそうにはにかんだ。クルスさん、かわいいって褒めると喜んでくれるんだ……。
「何かあったの?」
家に入ると、オパールさんが研究室から顔を出して待っていた。
「ああ、前にも来たこぞ……野良猫だよ」
「そっか。あんま餌付けし過ぎんなよ」
「お、おう……」
それだけ言って、クルスさんは部屋に向かった。私もぺこりとお辞儀して自分の部屋に戻る。オパールさんは手を振ってくれた。
私たちの後姿を見て、オパールさんがぼそっとつぶやいたのが聞こえた。
「あのショタ……性癖ヤバならない……?」
……うん、いつもの良くわからない言葉だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます