10話 修行2日目・午後 間接攻撃を会得しよう
昼食の後はクルスさんの修行。
午前中はすっかりわいわいお遊びムードになってしまったので、午後の修行は気を引き締める。
「じゃあまずは昨日のおさらい。体当たりから」
クルスさんがキリっとした表情で言う。
服装もラフな格好から、冒険用の衣装に着替えまでしてきている。最初に会ったときのあの格好に近い。
私も真剣に、昨日のように木に体当たりする。
全身を半球状にし、硬化。ゼリーのように固めて、そして体当たり。
この流れを繰り返す。昨日の通りに一通りできている。
「オッケー。さて今日の課題だが、昨日も話した通り、メルティの全身が硬化するまでにかかる時間だ。
メルティが全身を硬化させるのにかかる時間は、現時点でおよそ30秒。時間がかかりすぎる。
敵を見つけても、その間に敵に近づかれて攻撃される可能性は高い。この問題を何とかしたい」
「はいっ」
「で、考えたんだ。硬化に時間がかかるなら、それまで別の方法で時間を稼ぐんだ。
その方法だけど、2つの案を考えてみた。
案1、別の攻撃をする。案2、敵の動きを止める。
詳しく解説していくよ。
まずは案1、別の攻撃をする。硬化に時間がかかるなら、間接攻撃などで時間を稼げばいい。
人間の武器で言うと、弓とか、投げナイフとかだな。それで相手の接近を牽制する」
頭の中で想像してみる。
私が森の中で、敵と遭遇する。私は体当たりのために体を硬化し始める。その間は隙だらけだ。敵が突進してくる。そのままやられる。
でも硬化中に、ナイフか何か投げられたら……?
敵と遭遇、体を硬化、敵が突進。でも私はナイフを投げる。
敵は突進を止め、後ろに飛ぶ。その合間に硬化を完了。敵を攻撃。倒す。
「なるほど……いいかもです」
「ちゃんとイメージできてるみたいだね。
では案2、敵の動きを止める。こっちはまあそのままだな。何らかの方法で敵の動きを止め、その間に硬化を完了させる」
「うん……でも、どうやって敵を止めたら……?」
「それに関しては、俺の過去のスライムとの戦いの記憶が役に立つと思う。
俺は冒険者始めたての頃、多数のスライムと戦ったことがある。8匹のスライムに周囲を囲まれた。
当時は既にレベルもそれなりだったので、8匹といえどもこちらがダメージを受ける危険は無かった。だが、思いのほか苦戦してしまった。
最初は簡単だった。1匹、2匹、3匹とスライムを倒していった。だが、次第に戦うのが難しくなっていったんだ。
足元には倒したスライムの粘着質の液体。それが辺り一面に散らばり、足の踏み場が無くなってくる。うっかり踏んでしまうと足を取られて転びそうになる。
そして、剣にもネバネバの液体が付着する。それが手元に垂れてきて、だんだんまともに剣を振れなくなる。
次第に腕や体、足元にもくっついてくる。粘着質の液体がまとわりつてくる。
4匹、5匹、6匹と、倒せば倒すほどネバネバは増えてくる。
最後の1匹と戦う時は、ほとんどまともに動けなかったよ」
「ああ、僕が薬草採取の時にクルるんに護衛頼んだ時の事だな。あの時のクルるん、謎のエロさがあった……」
「………………」
「……………………」
「ご、ゴメン、続けて……」
変な空気になりかけたが、クルスさんも私も集中力を保てた。
「……まあそんなわけで、君のその粘着質の体は、それそのものが足止めのための有効な武器になると思ってる。どうだろう」
「確かに、クルスさんがそこまで苦戦したのなら……」
「というわけで、この2つの案を試してみようと思う」
「わかりました」
「じゃあまずは、案1の間接攻撃のほうから試してみようか」
クルスさんはマジックパックから、オパールさんは物置から、それぞれ使えそうなものを一通り並べる。
弓と矢、ナイフといった定番のものから、片手サイズの大きな針、木製のくの字に曲がった投てき武器らしきもの、遊びで使いそうなボールまで、様々だった。
「えっと、まずは関節攻撃と言えば弓ですけど……」
私は弓を持ってみた。構えて、つるを持って引いてみる。だがうまくいかない。
「けっこう力が必要みたいですね。私の腕じゃあ……」
「となると、簡単なのはやっぱり投げナイフかな」
ナイフと言っても練習用のレプリカらしいが、それを持ち、コントロールはともかく思いっきり投げてみる。
「あ、投げられました!」
「……手も千切れて一緒に飛んでったけど。まあそれはいいか……」
「う~ん、でもさ、メルっちょが体当たりするときは完全スライム形態ででしょ?
なのに投げナイフの時は人間形態って、ちぐはぐじゃない?」
「ああ確かに……そもそも、こうやって丸くなって固まるための時間稼ぎのためにやるんですもんね……」
「う~んとさ、何も人間の姿で投げる必要は無くない?完全スライムのまま投げられない?」
「このまま……ですか……?」
全身丸いまま……えっと、例えば腕だけ出して……?
「あれ……う~んと……」
クルスさんが何か思い出そうとしている。
「午前中にさ、メルティがお腹にペンを入れた後、外に出してたよね?」
え、そんな事あったかな……?
「……あ、体がマジックパックじゃないかって話の時に……」
「うん。メルティ、体の中に入れたペンを、ぺっ、って」
「そういえば、確かこうやって……」
ペンは無いのでナイフで再現してみる。この動作、無意識でやってた気がする。
体内に入れたナイフを、ぺっと外に吐き出す。
吐き出されたナイフはころんと落ちる。
「それ、応用できないかな……」
「う~ん、えっと……」
ナイフを入れて全身を丸くし、ぺっと吐き出す。威力は特に変わらない。
「メルっちょ、パチンコみたいにしてみたらどう?」
「パチンコ……?」
「あれ、分からないか。えっとパチンコって言うのは、ゴムで引っ張って小石とかを……いや、説明するより作ったほうが速いか。ちょっと待ってて」
オパールさんがダッシュで家に戻り、あっという間にすぐ出てきた。手には何か持っている。
「急ごしらえだけど、パチンコってこんな感じの武器。
小石とかをここにセットして、こうやってゴムを伸ばして……離す!」
小石がひゅーんと飛んでいく。
「どう?これをメルっちょの体で再現できない?」
パチンコに触ってみる。
「なるほど……う~ん、でもどうやって再現したら……この持つところとか……」
「そこは重要じゃないよ。肝心なのはこっちのゴムの部分。ここが伸びれば伸びるほど遠くに飛ばせる」
「ここの伸びる部分……う~ん……あれ、なんとなく……」
体をゼリー化させてみる。
「私のこの時の感触にちょっと近い……ような……」
オパールさんが私に触ってみる。クルスさんもついでに触る。
「確かに、似てるっちゃあ似てるね」
「うん。メルティのほうが柔らかいけど似てる」
ぺたぺたぺたぺた。そういえばここまで長く触られるのって初めてかも。またしても童心の頃の目の二人。
「あ、けっこう伸びる」
「離すとすぐ戻る」
「あ、あの~……」
「……あ、ゴメン」
二人が手を放してようやく解放された。
「それで、どうなんでしょう……」
「うん、こうやってナイフの柄のほうをメルティのゼリーの体に押し込んで……離すと……わっ!」
結構勢いよく飛び出た。
「あ、いいかも」
「ホントだ。……じゃあ、自分でやってみますね」
まずは手が使える上半身人間に戻り、ナイフを拾う。体内にナイフを入れる。体を丸くする。
「この後は……ナイフ廻りだけ硬化させる感じかな……それをこう、さっきのゴムみたいに伸びる感じで……えいっ!」
しゅっ。
私の体内の真ん中あたりに埋まっていたナイフが、風切り音とともに、すごい速さ飛び出していった。
「あ、すごい!これならできます!!」
「うおお凄い。シーフの投げナイフくらいの速度はあるんじゃない?」
「だな、この技は採用で行こう」
「よし決まった。名づけて、必殺メルっちょナイフ出し!」
……前から思ってたけど、オパールさんのネーミングセンスって、なんていうか……。
「じゃあ続けて案2、足止め戦法のほうだね」
さっきの必殺メルっちょ……もとい、ナイフ射出は、ナイフか何か道具が手元にある時だけ使える技。毎回使えるわけでは無い。なのでたぶん本命はこっちのほうだ。
「粘着液で足止めだろ?でもあの時は、言わばスライムの死体だったじゃん。メルっちょの場合はどうしよう」
「うん、別にメルティが死ななくてもいいはずなんだ。ただなんていうかこう……分離できればいい」
「分離……ですか」
確かにそれが出来れば簡単だ。やってみたことは無いけど。
「とりあえずやってみますね……どうやればいいんでしょう」
「投げナイフの時、一緒に吹っ飛んだ手みたいに千切れない?」
「自分からわざと千切るんですね。ん~と……」
ナイフを手で持った時みたいに手を振り下ろした。
ちょっと水しぶきが飛んだくらいで、私の腕はくっついたままだった。
「う~ん……ナイフがあれば、その重みでメルっちょの手が取れるみたいだけど、
毎回ナイフを飛ばすわけにもいかないしなあ……」
「分離の方法か……自分で提案したこととはいえ、こればっかりは俺にはアドバイスできないな……
何かこう、できそうな方法は思いつかないか?」
「えっと、ちょっと考えてみます……」
瞑想するみたいな感じで、自分の体の事をよく考えてみる。
……私はスライム。スライムの体。
全て液体。ネバネバドロドロの液体。粘着質の液体。
全ての液体がひとつの体。全ての粘液が私のひとつ。
体の形を変えられる。人の形になれるし、丸い形にもなれる。全部水だから変えられる。
私は体を硬化出来る。ネバネバから変えられる。ゼリーみたいに変えられる。
私は蒸発する。熱くなると蒸発する。体から水分が失われて、私の水は私じゃない水になる。
私の体から離れた水は私じゃなくなる。
もう一度考える。全ての液体が私の体。全ての粘液が私のひとつ。でも、私から離れた水は私じゃない。
腕を見る。ネバネバの腕。腕の形に作っているだけの、粘着質の液体の腕。指先も同じ。
腕を硬化させる。腕はゼリー状にできる。これが硬化。
ゼリー状から元に戻す。粘着質の腕に戻る。
……そうだ。ゼリー状に『硬化』できるのなら、その『逆』はどうだろう。
そう、ネバネバドロドロの腕を、逆に、そうじゃない物質に変える……
『硬化』の逆だから『軟化』。
例えば、粘度を減らす……普通の純粋な水くらいに、ドロドロしていないサラサラの液体に……
手を見る。粘着物がドロドロしている。これのドロドロを、サラサラに……
次第に腕の質感が変わっていく気がする。ドロドロが消えていく。
そして完全な水になる。重力に逆らって、自分の意志で動かせる水。
水から意思を切り離すイメージを作る。すると手の水は地面に落ちる。私から離れて私じゃない水になる。
今のはイメージだが、この通りにできれば……。
「……ティ?メルティ?」
誰かに呼ばれた気がして、はっと目を覚ます。
「あ、良かった動いた!」
「……すみません、瞑想……の時に、スイッチを切っていたみたいです」
「ずっと動かなかったからさすがに心配したよ」
「ずっと……?」
あたりを見回す。日が傾きかけていた。自分の想像以上に長い時間瞑想していたようだ。
「それで、どう……?」
「はい、多分ですけど、できそうな気がします」
二人が見守る中、私は手を組む形で両手を合わせる。そして意識的に、腕の輪郭を解き、両手をひとつの球体にしてみた。
そして、その球体を……いや、球体の廻り、手首の部分かな。そこを『軟化』させてみる。
手首の粘度は無くなり、そこだけ純粋な水になった。
そしてその水の部分だけ『自分じゃなくする』、意識のリンクを解くと……。
ぼとっ。
両手だった部分が地面に落ちた。
「……できたみたいです」
「…………」
二人は固まっている。私はなんとなく慣れたが、手が落ちる光景は他の人にはあまり慣れるものでは無いだろう。
「……うん、ホントだ」
「えっと、どうやった感じ?」
「『硬化』の逆……『軟化』できないかなって思ったんです。ドロドロをゼリーとは逆に純粋な水に。そうしたらできたんです。
それで手首を軟化して、そこだけ『私の体じゃない』って感じで切り離してみたんです」
「……なるほど……」
私もなんとなくそんな感じとしか感じないのだから、二人にどこまで理解してもらえるかは分からない。でも、思ったままを伝えてみた。
「えっと、じゃあそれを……遠くに飛ばすのは?」
「ううん……あ、さっきの投げナイフの応用で行けるかもです」
手を軟化させるのは見た目的によろしくないので、人間の姿を止め、完全スライム化して軟化してみた。
半球状の完全スライム型。その体中で、一部だけボール状に作って、廻りを軟化させる。そうするとボール状に私の体が切り離される。
その後、今度はボール状の廻りを硬化させ、投げナイフみたいに……射出!!
粘着質のボールがそこそこ遠くに飛んでいった。
「よしっ!」
「おお!」
「やったぁ!必殺メルっちょねばねばボール!!」
「これをやると、メルティだいぶ小さくなるみたいだね」
確かに、あれだけの量を2回分も失ったのだ。私の人間体の時の大きさもだいぶ小さくなっている。
「あ、でも回収できますよ。……ほら」
足元に落としたほうの自分の体だった液体を再び自分に取り込む。すると1段階大きさが戻った。
「うん、まあそれならいいか……」
「ところでそもそもなんですけど、これってどのくらい敵を足止めできるんでしょう。
どのくらい粘着度があるのか、自分じゃよく分からなくて……」
「まあメルっちょはネバネバそのものだもんな。じゃあクルるん、最後にちょっと食らってみたらどうだ?」
「……は?」
「いやだって、野生のスライムのネバネバ攻撃を食らったことあるの、この中でクルるんだけだろ?」
「いや、さすがにそれは……別にオパールでもいいだろ!?言い出しっぺがやれよ!」
「やだ。服が汚れる。ベタベタになる」
「俺だって汚れるよ!」
「じゃあ僕の服が汚れたらお前洗濯しろよな!!」
「う……ぐっ……」
どうやら決着がついたようだ。家事スキルって強いんだな……。
「じゃあ……行きますよ……」
「お、おう……いや……」
「メルっちょのためだ。我慢しろ」
「う……くっそぉ……」
「えっと……じゃあ、打ちます!」
粘着弾をクルスさんめがけて放つ。
ばしゃっ!
クルスさんに粘着質の液体が張り付く!
「うわっ!?……な、なんだこれ……くっ……ん……取れな……うわっ!?」
クルスさんがもがき出す。絡みついた液体は剥がれない。しばらくもがいて仰向けに転倒してしまう。
「ちょ……なにこれぇ……マジで……あの時と……全然違っ……んっ!!
やっ……ああっ……もうっ……取れろっ……んんっ!!」
転んだまま身動き取れず、両足をこちらに広げたまま身もだえるクルスさん。
「すごい……オパールさん、これ凄いですよ!」
「そう、だね……これは凄い、うん…………」
どうやら、私の粘着弾は凄いらしい。
オパールさんも凄いって言ってくれた。でも、『凄い』が別の意味に聞こえるのはなんでなんだろうな……。
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