9話 修行2日目・午前 カラフルスライム娘

 朝になった。

 私は水がめのなかから這い出し、いつものように上半身人間の形になった。


 

 ドアを開けると、クルスさんと廊下ですれ違った。

 

「おはようございます、クルスさん」

 

「あ、メルティおはよう」

 

「これから朝練ですか?」

 

「そうだよ」

 

 私は昨日の朝の事件もあったので、今日は遠慮することにした。

 


「あれ、でも剣は……?」


 昨日クルスさんは大きな剣で素振りをしていたけど、今日は手ぶらだ。

 

「ああ、この中さ。マジックパック」


 クルスさんは腰に巻いた、小さなポーチをぽんぽんと叩いた。

 マジックパック……見た目は凄く小さいのに、中にたくさんのものが入る魔法のアイテムだ。

 

「あ、なるほど……」


 これって結構高価なものだったはず。何度も思ったことだけど、クルスさんってすごく稼いでるんだ。

 

 

「あ、そういえば昨日はありがとね」

 

「えっ、何の事ですか?」

 

「あれ、お風呂掃除してくれたんじゃないの?別に良かったのに」

 

「掃除……いえ、掃除はせずに上がりましたけど。ごめんなさい掃除したほうが良かったですか?」

 

「え?い、いや、大丈夫。掃除は全員上がってから後でオパールがやるから。

 メルティ掃除してないの?上がった後すごく綺麗だったけど……あ、そっか、なるほど……」

 

「あ、もしかしたらそういう事なのか……」


 昨日の修行の事を思い出して納得できた。クルスさんも同じみたいだった。


 


「やあ、おはよう」

 

「オパールさん、おはようございます」

 

 オパールさんは朝食の支度をしている。

 

「ご飯って、オパールさんがいつも作ってるんですか?」

 

「ん、ああ、まあ本当は当番制なんだけどね。クルるんは料理も家事も壊滅的な腕前だから」


 なるほど、それでずっとクルスさんは何もしてない……何もさせてもらえないのか。

 


「お掃除もですか?」

 

「うん。そうなんだよね……」

 

「じゃあ私、お手伝いしてもいいですか?」


 一応修行で間借りしている身なのだ。何もしないのは気が引けていた。

 

「あ、お願いできる?じゃあ2階の廊下をお願いできるかな。掃除用具は……」


 場所を教えてくれた。でも……

 

「あ、はい。でもちょっと試してみたいことがあって……」



 

 この家の2階は3部屋ある。

 この家の共同出資者は5人で、今はいない3人が普段使っている部屋だそうだ。

 

 部屋にはすべてカギがかかっているので入れない。

 緊急時用のマスターキーはあるが、留守の際はよほどの事が無い限り手を出さないルールだそうだ。

 対して2階の廊下は誰でも入れるが、3人ともいない最近はさすがに毎日掃除はしていないらしい。

 

 


 私は階段をぽよんぽよん飛び跳ねて階段を登る。

 

 初めて見る2階の廊下へとやってきた。3部屋とも廊下の南側にある。反対側は窓になっている。

 廊下の幅はそんなに広くないが、私の泊まってる安宿のものよりは少しだけ広い。

 

「よし、っと」

 

 私は掃除を始めることにした。

 

 まずいつものまん丸の下半身を、ちょっと潰した感じにする。そうすると廊下の両側にぴったり付くくらいに広がった。

 

 私はその状態のまま這いずり始めた。廊下の端から端まで這いずる。

 

 すると、廊下の床はぴかぴかに綺麗になった。

 

「お~」


 私は一人で感動してしまった。


 

 

「へ~。なるほどね」

 

 食事の時に二人にその事を話した。

 私の体を使ったモップ掛け。

 体の大きさを生かして一気に掃除できるし、粘着成分のおかげかどうやら汚れも落としやすい。

 

「朝練終わって廊下に入ったら輝いてたもん。ビックリしたなあ」


 2階の廊下が片道進むだけで終わってしまったので、1階もついでにやってしまったのだ。

 

「確かに、僕の世界のスライムの玩具、子供が遊ぶ以外に掃除目的で使うこともあるよ。

 キーボードとかにくっつけてホコリを取るのに。

 しかもメルっちょは自分の体に入った汚れを浄化できる。すごい。万能掃除機能だよ」

 

 キーボードとかの固有名詞は相変わらず分からなかったが、オパールさんは驚嘆していた。

 


「メルティはもう、この特技があれば掃除屋さんとして食いっぱぐれないね」

 

「そうですね……っていやいやいやいや、ちゃんと冒険者になりたいですよ!」

 

 こういう冗談を言い合うようになれた。やっと自分も二人の役に立つことが出来たのが嬉しかった。

 

 

 

 今日の修行は昨日とは逆で、オパールさんのほうから。結局今日もクルスさんも同席しているけど。

 昨日中途半端に終わってしまったのでその続きから、という事になった。

 

「さて、とりあえずじゃあ昨日みたいに、体を赤くしてみてくれる?」

 

「はい。……あれ?……出なくなってます」


 昨日は出来た赤い着色。それが出来なくなってる。一応泥水のほうも試してみた。そちらも出来ない。

 

「なるほど……?ひょっとして有効期限があるのか」

 

「あ、そうかもです」

 

「じゃあもう一度絵の具を入れてみようか」

 

 オパールさんは緑の絵の具を入れる。すると私の体は緑色の液体になる。

 

 その後オパールさんにうながされて、私は意識して、自分の体を透明色にしてみる。

 昨日自然に透明になった時に比べ、明らかに早く透明になる。

 

 今度は再び緑の絵の具をイメージし、体を緑色にしてみる。するとやっぱり緑色になる。

 

 何度か透明と緑を繰り返してみたが、ちゃんと出来た。

 

「なるほど……時間制限があるのか……一晩とかかな?

 しかしううむ、まるでマジックパックだ」

 

 

「え、これか?」

 クルスさんが腰のポーチを見る。

 

「でもこれ、時間が経つと中のものが消えるとかは無いぞ」

 

「お前のは高級品だろ?普通のマジックパックはそうなんだ。3日間一度も出さなかったものは消えるか壊れる。

 昔はそういうの使ってただろ」

 

「ああ、そう言えばそうだった……。じゃあ収納魔法だっけ?エリーゼが使ってたみたいな」

 

「エリエリの使ってたのは魔法だよ。でもメルっちょは魔法の詠唱なんてしてない」

 

 エリーゼ……多分、2階の3人のうちの誰かかな。

 

「じゃあ、私の体がマジックパックって事ですか?」

 

 近くにあったペンを手に取って、お腹の中に押し込んでみた。さっきの絵の具みたいに、消えてと念じてみる。

 

「……消えないですね」

 

 ペンをお腹から動かし、ぺっ、と外に出した。

 

「ふうむ……?」

 オパールさんがまたウロウロし始める。1分くらいで復活した。

 

「恐らくだが、液体か、液体に溶けるたものなら収納できるんじゃないかな。

 絵の具、泥、水、スープなどなど。液体限定のマジックパックって事なのかもしれない」

 

「なるほど……」

 


 

 その後いろいろ実験してみる。

 

 他の色の絵の具、畑の土から作った泥水、冷蔵庫にあったオレンジジュースなどなど。

 どれも自在に出し入れできた。どうやらオパールさんの仮説は正しいようだ。

 

「あれ、この理屈で言うと、メルティが今朝飲んだスープはどうなんだ?」

 

「えっと、出せないみたいです。食べ物として消化したものは別って事でしょうか」

 

「フム、なるほどなるほど……

 よし、じゃあメルっちょ、さっきは別々に赤と黄色の色を出してたけど、同時に出せる?」

 

 最初は赤、次に黄色……と念じてみると、橙色の体になった。

 

「おお。じゃあ逆は?それも何度も出来る?」

 

 ええと……黄色だけ消して……次は赤を消して……黄色を出して……また赤を出して……

 

「混色も出来るし、純色に戻す事も出来るみたいだね。へぇ~」

 

 オパールさんの目は子供のように輝きっぱなしだ。

 クルスさんも楽しそう。私も正直かなり楽しい。そっか、玩具のほうのスライムで遊ぶってこういう感じなのか。


 

 

 その後もオパールさんの指示通り、私は体の色を変える。

 

 体の一部分だけ色を変えられるかどうかもやってみた。大部分は半透明で一部分だけ黄色とか、顔だけ赤で体は緑色とか。

 上手に色を分けられたわけではないが、まあまあできた。練習すればもっとうまくできるのかな。

 

「じゃあ最後にこれとこれを……いや、これは最初に混ぜとこうか……こんな感じかな。よしこれを入れれば……」

 

 白と橙色の混色絵の具、それにちょっとだけ他の色。それを入れると……

 

「おおお、すっごく人間っぽい。どうメルっちょ?」

 

「確かに、人間の時の色に近いです!」

 

 スライムの体の自分を受け入れていたとはいえ、体が元の体にだいぶ近い色になったのはけっこう嬉しくなってしまった。

 

「おおお、良かった良かった。僕の世界じゃあ昔はうすだいだいの事を肌色って呼んでたんだ。

 こっちの世界じゃ青肌も赤肌もあるから一概には言えないけど、まあ肌色とはよく言ったもんだ」

 

 オパールさんは達成感で満ち溢れているようだ。

 

 クルスさんも嬉しそう。……が、急に冷静になり、

「確かに色はそうだけどさ、あんまり、人間の肌には見えない……」

 

 まあ、水に肌の色を混ぜただけだもんね。人肌じゃなくて人肌色の水だよね。

 

「まあそりゃそうだけどさ、まあ一応予想通りのところまでは来たよ。一歩前進だ。

 ここからどうやって人間に近づけていくか……今後の課題だね。

 後はまあ、燃費かな。一晩で消えるんじゃあ、毎日絵の具を補充しないといけない。まあこれも次の課題だな」

 

 昨日とは打って変わって嬉しそうなオパールさんの言葉だった。

 


 

 その後も色の出し入れや色分けの練習などを続けているうちに、午前の修行は終わりとなった。

 この修行を今後どう生かせるのかは分からなかったが、とりあえず満足のいく修行ができたと思う。



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