4話 スライム娘と女勇者の夜
「メルっちょ、しばらくここに泊っていきなよ」
食事の後片付けをしながら、オパールさんがそう言ってくれた。
「えっ、でも……」
こんなに高級なお宅に泊るのは、安宿暮らしの私には釣り合わないくらい贅沢なことだ。
いくらなんでも、そこまで甘えるわけにはいかない。
「いいじゃんいいじゃん。メルっちょの体、興味あるし。いろいろ調べさせてほしいんだ。ね、泊まってきなよ」
「えっ、ええと……」
確かに、椅子の座り方も食べ物の食べ方も何も分からなかった現状、いろいろアドバイスしてもらえるのは助かるけど……
あれ、体を調べるって、変な意味じゃないよね?
「うん、オパールの言う通り、ここにいたらいいんじゃない?
せめてその体に慣れるまでさ。
俺は普段王都のほうに住んでるんだけど、そっちの基本職に『剣士』って職業がある。
剣士は普通、見習いのうちは道場に住み込みで修行するんだ。それと同じようなもんだと思ってくれていい」
クルスさんも、私がここに長期滞在することに賛成のようだ。
「と言っても、俺はここにそんなに長く居られるわけじゃないけどな」
「クルるんはどのくらい居られるんだ?」
「あっちで指名依頼を貰ってるから、1週間後にここを出発ってところだな」
「そうか、ボクも一旦元の世界に戻らないといけない。
そうだな……うん、今から1週間。メルっちょはここで住み込みで修行って事にすればいい」
「修行、ですか……」
「そう。その体に慣れる修行」
正直、このままだと冒険者として活動どころか、日常生活すらままならない。
甘えっぱなしで心苦しいけど……。
「そうですね……よろしくお願いします」
私は深々と頭を下げた。
「ん。俺達も出来る事はするよ」
「よし、まあそういうのは明日からって事で。今日はもう遅いし、ゆっくり休もう。
メルっちょ、シャワー浴びてきていいよ?」
また変な意味に聞こえてしまう。そういう意味は無い……とは思うけど。悪意がある感じではない。
「シャワー……浴びたらどうなるんでしょうか。私って水そのものですけど」
「あー確かに。最悪、排水溝から流れちゃうか」
「体の洗い方も……分からないですし……」
「……そもそもメルティの体って、そんなに汚いか?綺麗な体してるけどな」
「へっ……き、綺麗!?」
「うん、かなり透き通った奇麗な水してる。野良や路地裏のスライムと比べて、かなり綺麗だよ」
あ……そういう意味か。まあそうだよね。
……いや、クルスさんに綺麗って言われると動揺してしまうのは何故なんだろう。
「う、う~ん……とりあえず、今日はシャワー止めておきます」
「そっか。じゃあメルティ、客間に案内するよ」
クルスさんに客間に案内してもらう。
「客間は1階にある。俺もオパールも、部屋は1階にあるから何かあったら呼んで。
2階は3部屋あるけど、全部今はいない仲間の部屋だから誰もいない。
あ、トイレはそこね」
トイレ……そういえばどうするんだろう。さっき全身を作った時、そこだけ再現できなかったんだけど……。
うんまあ、行きたくなってから考えてみるしかない。
まさかトイレ行かなくていいってわけでもないだろうし。まさかね。
「ここが客間だよ」
白いシーツのふかふかのベッド。かなりいい部屋だ。
「あ、ありがとうございます。何から何まで……」
ベッドにジャンプで飛び乗って腰掛ける。……あれ?
「え、え、え!?」
「え、どしたの!?」
「ベッドに……シーツに体が吸われます!」
「ええっ!?うわ、ホントだ!?」
丸い下半身のかさがどんどん減っていく。離れようとするが、シーツが引っ付いて離れない。
もがいているうちに、ぱたんと背中からベッドに倒れてしまった。
「ふぁ……あ……あ……」
背中の水分がシーツにどんどん吸い取られていくのを感じる。
「やだ、怖い……怖い!なにこれ、なにこれっ!?」
体がどんどん縮んでいく感覚が恐ろしく、つい情けなく叫んでしまった。
「うわああっ!わっわっ!わっ!!」
クルスさんが慌てて、シーツごとベットから引っぺがしてくれた。
「ううう……すみません……」
体全体まん丸のまま落ち込む私。クルスさんは、シーツを絞って吸われた水分を私に戻してくれている。
「そういえばギルドでマリナが、布でふき取って体を集めてくれてたっけ……。
ごめん、気が付くべきだった」
「いえ、私もついいつもと同じ感覚で……今はこんな体だって事、うっかり忘れてました……」
「……どうやって寝ようか……」
「どうしましょう……あ。
あの……水がめを持ってきてもらってもいいですか?私が入ってたやつ……。
そこなら落ち着ける気がします……」
「あ、ああ……」
ギルドの水がめを持ってきてもらった。その中に入る。
「……うん、なんだか落ち着きます……」
「じゃあ今日はその中で寝る……?」
「そうします……」
水がめの中は、体の形状を作らなくてもいい。どうやらこの中が一番落ち着くようだ。
ベッドじゃなくてここが一番ほっとするだなんて、ああ、私ってホントにモンスターになったんだな……。
心地いいはずなのに、なんだかすごく不安になる。
「どうしよう……一人で寝られるかな……」
「え、それって……俺と一緒の部屋で、ね、寝たいって事?」
「……ふぇっ!?」
口走ってしまったセリフがとんでもない意味だった事に気が付く。
確かに不安だったけど、いくらなんでも今日会った人にそんなことをお願いするだなんて。いくら女同士とはいえ……。
「あーうん……ゴメン、不安だろうしそうしてあげたいのはやまやまなんだけど……
いやほら、男と女が同じ部屋で一晩過ごすなんてさすがにちょっと、ね……」
「えっ……?男と女……?」
「……あ~、うん、そうだった、ちゃんと言ってておかないとね……。
えっとね、俺、男、なんだ……」
「…………えっ!?」
え……いやだって、そんなに立派な胸があるのに、そんなにスタイルがいいのに……
「クルスさん、お……とこ……?」
「ああ、うん……」
「でっでも、だって、だって、そんなに……おっきいの……に……」
「いやまあ、確かに今は、女の体だよ……胸は本物だし、下も……無いけど……」
「えっ……えっと……どういう事……?」
「いやほら、俺のジョブって『女勇者』なんだ。ただの勇者じゃなくて『女』勇者。
ジョブ特性のせいで、女勇者のジョブでいる間は、こういう……体に……」
「……………………」
さすがに呆然としてしまった。
「そ、そういうわけなんだ。騙してたつもりじゃないんだけどさ。
そ、その……ゴメン、ほんとゴメンね……」
「……あ、はい……」
やっとそれだけ声が出た。
「え、えっと、その……とにかく俺の部屋は隣だから、何かあったら呼んで……
俺がイヤならオパールのほうでもいいから……」
「は、はい……いやそんな事は……」
「それじゃあ、お休み……」
「あ、はい、おやすみなさい……」
呆けているうちに、クルスさんはそそくさと出ていってドアを閉めてしまった。
「……………………」
クルスさんが出ていった後も、しばらくそのまま呆けてしまった。
水がめの中に体を全部入れる。
思えば激動の一日だった。
もう冒険者を本当に辞めようと思っていた矢先、私にもなれるジョブが見つかった。
クルスさんに出会った。
そのジョブになったら、私は人間を辞めてしまった。スライムになった。
クルスさんの拠点の家に招かれてオパールさんに怒涛のあいさつをされた。
スライム娘を自称することになった。
みんなで仲良くご飯を食べた。
寝ることになったら、クルスさんの衝撃の事実を教えてもらった。
ある意味自分のスライムの姿を見たときよりも衝撃だった。いや、どっちだろ……ついさっきの事なので印象に残ってるだけかもしれないが。
クルスさんの顔が脳裏に浮かんでくる。すっぴん美人のような、美少年のような綺麗な顔。
……そっか、クルスさん、男の人だったんだな。
それならいろんなリアクションに納得がいく気がした。あの時とか、あの時とか……。
ジョブ特性で女の体に……そっか、私の【スライムボディ】の特性とある意味一緒なんだ。
共通点があったから、私にこんなに親身にしてくれるのかも。そっか……。
いろんな事をぐるぐると考える。体は疲れていない……というか、そもそも疲れるのかどうかすら分からないけど、少なくとも精神的にはいろいろありすぎてとても疲れていた。このまま眠れそうな……。
あれ、そういえばそもそも『寝る』のってどうするんだろう。
人間だった頃のようにまぶたを閉じてみたが、今はまぶたも透明な液体だ。閉じても景色に変化が無い。
そういえば……と、最初にスライムとして目覚めたばかりの時を思い出す。
最初は何も見えなかったけど、私が〈見よう〉と意識をしたら見えるようなった。
じゃあその時とは逆に〈見えない〉ように意識をすればいいのかな……?
ふっ、と、周囲が暗くなる。あ、これで正解みたいだ。
そのまま、私の意識はゆっくりと、眠りに落ちていった……。
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