3話 錬金技師とスライム娘の晩餐

「さあ、付いたぞ」

 

 クルスさんに声を掛けられた。蓋を押し上げ、水がめの外をちらっと覗いてみる。

 町はずれにほど近い、2階建ての大きな一軒家だった。高いレンガの塀で囲まれた大きな庭もついていて、かなり豪華な家だ。

 

 

 

「おーい、オパール、帰ったぞー」

 水がめの中なので見えないが、奥にいる誰かにクルスさんが声をかける。

 

「お、クルるんお帰りー。……お、なんだその壺?」

「ああ、お前にちょっと見てほしいと思ってな。さ、出てきていいよ」

 

 ドスンという音。水がめを床に置いたようだ。

 私は水がめから顔と体を出す。一応胸は手で隠しながら。

 

「うぉっ!?」

 正面にいる人と目が合った。

 

「す……す……」

 さすがにびっくりしているようだ。怖がられている?

 

「スライム娘だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 急に大声で叫びだした。

 

「え、なになになに、マジモンのスライム娘?

 すっげえ!ホントに動いてる!クルるんどっから見つけてきたんだ!?」

 怖がるどころか、らんらんとした目ですごい勢いで近づいてきた。

 

「ど、どうも……」

 逆にこっちが気圧されながら、私はとりあえず会釈した。

 

 


「じゃあまずは自己紹介から!

 ボクの名前はオパール!本名じゃないけどオパールって呼んでくれ!」

 

 ソファーに座ったばかりなのに立ち上がって、いきなりものすごいテンションで、謎のポーズを取りながらまくし立てられた。

 

「歳は23歳、異世界出身!

 仕事は錬金技師!冒険者じゃないのでジョブではないけど錬金技師で通ってる!天才錬金技師だ!

 趣味はめっずらしいモノ探し!あと挨拶の時に決めポーズ取る事!

 というわけでヨロシク!!」

 

 私は脇に置いた水がめの上に体を出したまま、唖然としながらそれを聞いていた。

 

 確かに、なんというか……変な人だ。

 

 服装はユニセックスな、だぼっとした、いかにも錬金術師という服装。胸には宝石のブローチを付けている。

 髪の色は赤くてまあまあ長く、後ろで縛っている。

 服装は普通なんだけど……なんというか、言動や行動が変わっている。

 

 

「よし、じゃあ君は?名前ある?」

「どうも……メルティって言います。冒険者見習いです。えっと、今日からスライムになりました……」

「へ~今日からかぁ……どゆこと?」

 

「あ、うん、俺から説明するよ……」

 タジタジになっている私に変わって、クルスさんがいきさつを説明してくれた。

 

「ああ、あのジョブマニュアルか~。モンスター職……なるほどなるほど……」

 とりあえず頷きながら落ち着いてくれた。

 

 

「あの……私も質問してもいいですか?

 さっき、異世界出身って言ってましたけど……」

 私のほうからも気になったことを聞いてみる。

 

「ああ、そうだよ。僕は異世界……こことは違う世界から来たんだ」

「えっと、ホントですか……?

 それって子供の絵本とかに出てくる『異世界転生』ってやつですか?」

「いや、時空移動装置を使ってこっちに来たんだ」

 ……答えてくれたけど、よく分からない。

 

 

「えっと……錬金技師れんきんぎしってなんですか?」

 さらにもうひとつ質問する。

 

 オパールさんは詳しく説明してくれる。ものすごい早口で。

「うんうん、錬金術師れんきんじゅつしは知ってるよね。お薬とか作る人。

 錬金技師ってのは、錬金術の器具とか装置とかそういうものをメインに開発してる仕事さ。他にも生活に便利な道具とか、そう言うのをいろいろ作ってる。まあ錬金術師のほうも一通りできるよ。さっき言った時空移動装置もボクが作ったんだよ。まあボク以外は使えないテストタイプのものだけど。向こうの世界の『東京』って街の大学で錬金術を習って、16歳の時に卒業したんだけど、まあなんやかんやあってね。それでいろんな世界を旅してるんだ。この世界も最初は観光で来たけど、今はまあそこそこ定住してるね。

 で、他に聞きたいことは?」

 

 

「ええと……さっき私を見たときに言ってた『スライムむすめ』っていうのは……?」

 一番気になっていたことを質問する。

 

「ああうん、ボクのいた世界にそういう生き物がいてね。と言っても実在はしない、アニメとか物語の中とかの話だけど。

 モンスターの女の子の事をモンスター娘。スライムの女の子だからスライム娘さ」

 

「スライム、娘……」

 あにめ、というのは何なのか分からなかったけど……なるほど、それでさっき私を見ていきなりスライム娘って言ったのか。

 

「なるほど、スライム娘か……」

 クルスさんが頷いた。

「スライム娘、いい呼び方かもしれないな。モンスターのスライムと区別がつくし、それに響きが可愛い。メルティに似合いそうだ。

 うん、今日からメルティはスライム娘だ」

 

 クルスさんに勝手に認定されてしまった。

 でも、まあうん、悪くないかも。ただのスライムって呼ばれるよりも人間っぽい雰囲気がある。

 

「う~ん、まあ良いっちゃあいいんだけど……自分で言っといてなんだけど、スライム娘って言葉はニュアンス的にエッッなイメージが……いやまあこの世界で気にするのは僕くらいだからまあ別にいいんだけど……」

 オパールさんの言葉にはちょくちょく謎の言葉が混じる。エッッって何だろう。異世界の言葉はまるで分からない。

 

 

「よし、次はボクが聞く番。さっきスライム娘になったって言ってたけど、どんなことが出来るの?とりあえず、水がめから出られる?」

 確かにずっと水がめの中にいるのもどうかと思う。私は水がめの外に出る事にした。

 さすがに転んでまた四散するわけにはいかないので、注意しながら。

 

 ぽよん、という音を出しながら床に着地する。うまくいった。

 

 顔と上半身は人間の輪郭だけど、腰から下はまん丸いスライムのまま。地面に接する部分はくっついていて、おまんじゅうみたいな形。よくいるスライムの形だ。そしてその上に人間の胴体が生えている。そんな姿だ。

 

「おおお、それが全身か~。普通のスライムと違って結構大きいね」

 

 確かに、私は街でよく見る普通のスライムと比べてだいぶ大きい。

「元々人間なんだ。人間サイズはあるだろ」

 クルスさんがオパールさんに言う。

 

「確かに。それで、足は生やせるの?完全に人間形態になれる?」

「う~ん、どうなんでしょう……」

 

 正直、忘れていたわけでは無いのだが、足を作るのはちょっと躊躇していた。

 足を……というか、股とお尻を作るのが恥ずかしかった。

 まあでも、クルスさんもオパールさんも女性だし……ん?オパールさん女性だよね?見た感じそのはず……いや、中性的でよく分からないな。でも服を着ていない私を見ても特にリアクションは無いし……まあ、うん……。

 

 初めてやる事だったが、何とかなりそうな気がする。

 

 えっとどうしよう。とりあえず丸いおまんじゅうの部分を、体の前側に突き出す。

 その部分を人間の足に変える感じでやってみよう。まずは股とお尻の形を作る。さすがに恥ずかしい部分は手で隠しながら……。

 そして座っている形でそのまま、太もも、膝、足首、足、足の指を……形をイメージしながら……。

 

 

「あ、できました……」

「おー凄い。ほんとに全部人間の姿だ」

 恥ずかしがる私にお構いなしにオパールさんが驚く。

 

 いやまあ、正確には全部ではないんだけど。一部再現していない場所がある。

 いま手で隠している部分だ。手も透明なので隠せて無いことに今更気が付いたけど……。

 人間の頃は下着で隠れていたこの部分。普段あまりまじまじと見ていた部分ではないせいか、正確な形をイメージできなかった。

 そのせい……だと思う。胸の先端と同じく、あるべきものが無い、つるんとした形状になっている。

 

「あ、足も作れるんだね……すごいね……」

 クルスさんはそう言いながら、私から目線を逸らしている。そういえば、けっこうセクシーなポーズになっちゃってる。

 

「じゃあ、そのまま立てる?」

「あ、はい」

 

 オパールさんは全く気にしてないし、恥ずかしがっても仕方ない。まあそもそも恥ずかしいもの付いてないし……。

 隠すのは逆に気まずい気さえしてきた。隠すのを止めて立ち上がってみる。

 

「あ、立てまし……ひゃっ!?」

 言い切る前に、ぐしゃっという音で目線が一気に下がる。驚いて悲鳴を上げてしまった。

 

「あ~。そのスライムの足じゃあ柔らかすぎて体を支えきれないのか~」

 オパールさんが軽く言った。

 とりあえず、下半身をまんまるスライムの形に戻しておいた。

 

「……ん。まだ聞きたいことはあるけど……まあもういい時間だよね。

 晩御飯にしようよ。メルっちょもど~ぞ」

 

 実験を楽しむ子供のような雰囲気がいきなり変わって、優しそうなお母さんみたいな雰囲気で晩御飯を誘ってくれた。

 ん?私いまメルっちょって呼ばれた??

 


 

 料理はオパールさんが作ってくれていた。急遽1人前増えてしまったが、オパールさんはちゃっちゃと作ってくれた。

「料理は錬金術に通づるってね。まあ今日のは焼くだけだけど。さ、イスにどうぞ」

 

 対面キッチンというらしい独特な形状のキッチンの向こう側から、オパールさんは語り掛ける。

 ダイニングテーブルに料理が並ぶ。

 私はテーブルのほうに向かう。足で歩けないと分かったので、やむを得ず、まん丸下半身のまま這いずって移動する。

 クルスさんが椅子を引いてくれた。

 

「えっと、どうやって椅子の上に座ったら……」

 私が思案していると、クルスさんが言ってくれた。

 

「あー、そっか。どうしよう……あ、そうだ。

 野良のスライムって時々ジャンプして移動するよね。その体ってジャンプできるの?」

 

 野良のスライム……街中にいるスライムがジャンプするのを前に見たことを思い出した。

 確か、体を潰して、弾みをつけてジャンプする……みたいな感じだったかな。

 その事を思い出しながら、見真似でやってみる。下半身を潰して……真上に弾く感じ?

 

「えいっ!」

 ぽよんという音とともにジャンプ!……しかし、高さが足りなかった。椅子に体をぶつけてしまう。

 

「だ、大丈夫?痛くない?」

「大丈夫です。痛くは……あれ、痛みは感じないや……」

 

 言いながら私は自分の体を見てみた。ぶつけたところがひしゃげて変な形になっていた。見た目だけならどう見ても大丈夫じゃない。

 

 体の形を元に戻し、再挑戦。

「んっ!!」

 ぽよん。今度は椅子の上に着地できた。

 

「おお~~」

 それを見ていた二人から驚嘆の声が上がる。

 椅子に座るだけという、人間だった頃に普通に出来ていたことも、この体では新鮮だ。

 


 

「じゃあ、食べようか」

 オパールさんの言葉で、夕飯は始まった。

 食卓の上はステーキとサラダ。そしてパンと塩スープ。ステーキは牛肉のようだ。けっこうな厚み。高そう。

 この建物といい、この料理の豪華さといい、こんな暮らしができるだなんて、やっぱりクルスさんってAクラスの冒険者なんだな。

 

「……いただきます」

 あいさつをした後、私も食事を開始する。ナイフとフォークを手に持った。

 

「それどうやったの?」

 正面に座っているオパールさんが私に聞いてきた。私の手の事を聞いているようだ。

 

「えっと、指をゼリーくらいの固さに変えられるみたいなんです。そうすると、モノが持てるんです」

 本を持った時のように、無意識に自然とゼリー状にできていた。

 

「へぇ~」

 全てが珍しいらしく、まじまじと私のほうを見ながら肉にかぶりついている。まあ無理もないか。

 

 フォークで肉を抑えてナイフを肉に当てる。が、切れない。

「どしたの?」

 クルスさんが聞いてくる。

 

「肉が、切れなくて……この指だと力が……」

「そっか。切ってあげる」

 

 クルスさんが斜め向かいから私の隣に座り直し、ナイフとフォークを受け取って肉を切ってくれた。

 

「ううう……情けないです……」

「まあ、何から何まで初めてなんだもんな。仕方ないって。

 俺もジョブに就きたての頃はいろいろ大変だったんだ。こういうのは持ちつ持たれつさ」

 私は顔を赤面させながら……ほんとに赤くなってるのかどうか分からないけど、とにかくクルスさんに甘えさせてもらった。


「はい、できた」

「ありがとう……ございます……」

 ひとくち大に切り分けてもらった肉の切れ端にフォークをさし、口元に運ぶ。

 そして口に入れようとして……私はそこで止まった。

 

「あの……私って、食べ物ってどうやって食べたらいいんでしょう?」

「あ~……うん、なるほど……そういわれれば確かに……」

 

 人間なら、このまま肉を口に入れ、しばらく嚙んで、その後飲み込む。

 でも私には多分それは出来ない。この口だって本当の口じゃなく、口っぽい形に輪郭を作っただけだ。

 

「そもそもですけど、スライムって、モノを食べるんでしょうか……何も食べられないんじゃ……」

 

 向かいの席のオパールさんが私の質問に答えてくれた。

「そんなはずはないよ。すべての生き物は皆、何かしらの方法で栄養を得ている。

 何も栄養を取らないで生きていられる生物などいないんだよ」

 今度は急に学者の先生みたいなキリっとした雰囲気で話し始めた。本当にこの人は雰囲気がころころ変わる。

 

「なあクルるん、野良のスライムの食事とか見たこと無いか?」

「う~ん……そういえば前に、森の中で野良のスライムがどんぐりみたいなものを体内に入れているのを見たことがある。

 多分あれは食べていたんじゃないかな。

 うん、スライムは多分、そうやって食べ物を食べてるんだと思うよ」

 

「そっか……じゃあ、とりあえずやってみます……」

 

 人間の時にそうしていたように、肉を口……の形の場所に入れてみた。

 歯があるつもりでもぐもぐして、口の周りの粘液を動かした。

 肉は嚙み切れることなくぐにゅぐにゅうごめいているだけだった。予想通りだったけど。

 

 ごくん、と、飲み込むつもりで肉を体内の奥のほうに動かしてみた。

 自分でもどうやったかは分からなかったが、なんとなくやってみたらそう動いた。

 肉は私の体内の中央、人間の胃袋のあたりに移動し、そこで止まった。

 

「食べてみました……けど……」

 この後どうしよう。

 

 クルスさんがまた思い出しながら、

「えっと……あの時のスライムは……あ、そういえば、中のどんぐりの周りからしゅわしゅわした泡が出て来てたような気がする。それでえっと、どんぐりが溶け出して……」

「なるほど、な。消化液で溶かして消化していたんだな」

 

「消化液、ですか……」

 体の中に入れた食べ物を、溶かす……なんだか怖い……。

「なに、人間だって消化の際には物を溶かして食べてるんだ。口内で唾液、胃袋内で胃液によって……。

 溶解は、皆が持つ普遍的な特技だよ」

 

「う、う~ん……とりあえず、やってみます……?」

 体の中に入れた肉を、溶かす……イメージで……。

 

「泡が……」

 体内の肉片の周りに泡が立ってきた。よく聞くとしゅわしゅわと小さな音が聞こえるような気がする。

 

「……えっ!?」

「ど、どうした!?」

「お……美味しい!!」

 お肉の味を感じる。

 

「え、どゆこと!?」

「肉の廻りの泡の部分から……なんか、おいしいって感じます!何でかは分からないですけど!」

 口ではなくお腹で味を感じるのは不思議な感じだ。味はお腹だけじゃなく、全身に回り巡ってきた。

「こんなおいしい肉は初めてです……」

 

「そっか。それだけ嬉しい表情をして貰えたなら、作った甲斐があったよ」

 オパールさんが照れくさそうに笑った。



 物が食べられると分かったので、私は料理を食べ続けた。

 口の部分に押し込み、もぐもぐするフリをちょっとだけしてから体の中央に送る。そこで消化する。もぐもぐは多分今の私には不要な動作なんだろうけど、人間の頃の習慣なのか何となくそうしてしまう。

 

 体内の食べ物を泡で溶かして味わう。

 入れた食べ物は少し経つと溶け切る。溶け切るまでの時間はばらばらのようだ。肉は時間がかかって5分くらいで溶け切るが、柔らかいパンは30秒くらいで溶け切る。

 

 味覚は人間の時とまるで変わらない。ただ、それが体全体に広がる。そのせいか幸せな気分も体全体に広がる気がした。

 

 体内の食べ物が動いたり消化したり、ひょっとして他人から見たら見た目がよろしくないかと思って二人に聞いてみたが、そんなに気にはならないらしい。しゅわしゅわが上手く邪魔をして見えにくくなるらしい。

 

 スープは、スプーンを口の場所に運ぶ。そのまま口の中に押し込む。人間の口のように口内が空洞になっているわけではないので、スプーンを口の輪郭の部分に差し込む。

 

 スープのような液体は液状の体にすぐ馴染むらしく、その場で消えていった。味はすぐ口の部分から感じた。

 

 私はもう一度、スプーンにすくったスープを体に混ぜ込ませる。体内にスプーンを突き刺し、スープが体に染み込んだら引き抜く。引き抜いたスプーンは私の粘着液などはくっつかず、洗いたてみたいな綺麗さのまま引き抜ける。

 

 さらに何度も、スープを口に運ぶ。シンプルな味付けだったがとても美味しい。


 

 その後、デザートのアップルパイまで戴いてしまって、私は食事を満喫してしまった。

 

 スライムになって初めての食卓だったが、とても楽しかった。

 

 クルスさんは冒険の話を、オパールさんは錬金術や異世界の事を話題に出してくれた。オパールさんの話のほうはほとんどちんぷんかんぷんだったけど、楽しい話だった。

 

「ふぅ……お腹いっぱいです」

 言うまでもなく胃袋なんてない私だが、とっても満たされたのでそう言葉にしてみた。

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