2話 人かスライムか

 水がめから落ちて、再びスライム状の体がバラバラになった私は、そこでまたしても気を失ってしまったらしい。

 再び気が付いた時は、マリナさんとクルスさんに体を集めてもらっている途中だった。

 

 「何度もすみません……」

 「うわっ?……ああいや、うん、いや別に……。そのままでも喋れるんだねキミ……」

 話しかけたら、クルスさんが驚いた。

 

 どうやら今の私は、私の体の輪郭をしたさっきの姿じゃなく、丸いおまんじゅうのような、よく見る普通のスライムの形状らしい。

 

 マリナさんは少し離れた場所にある私の体を集めているようだ。

 たぶん、さっき水がめの中に入っていた下半身?のほうを集めているらしい。あっちも集めてひとつにまとめるのかな。

 

 私は下半身のほうに近づいてみようとした。

「キャッ!?」「わっ!?……動いた……」

 

 体の形が丸いままだったので、這って進む形になった。

 ずりずり這いずって近づき、ほどなくして私と下半身は合流し、ひとつの大きなスライムの塊に戻った。

 

 

 このままだとなんだか本当に魔物になったみたいな気がしたので、さっきみたいな私の人型の輪郭をした姿になってみようと思った。

 

 塊の一部分を突き出して、私の顔を思い浮かべてみた。

 私の顔が出来上がった。良かったちゃんと出来た。

 そのまま体の輪郭を作ろう……と思ったけど、こうなった原因を思い出したので止めた。

 顔の輪郭の形も消して、横倒しになったままの水がめのほうまで這って行って、その中に隠れた。

 

「……ま、まあ、マリナさんもクルスさんも女性ですから、そこまで慌てて隠す必要もなかったかもですね……」

「ま、まあね……アハハ……でも気が付かなくてゴメンね……」

「あー、まあ、うん……」

 水がめの中から顔だけ出してもじもじする私に、マリナさんは謝ってくれた。

 クルスさんは何故か横を向いて、気まずそうな表情をしている。

 

 

「と、とりあえず、服をどうぞ」

 クルスさんに水がめを起こしてくれた後、マリナさんは服を持ってきてくれた。

 服はまだしっとりしていたが仕方がない。その服を水がめの中に入れてもらう。

 

 私は体をどうにかこうにか動かしながら服を着た。というか、服の中で私の体の輪郭を作った、と言ったほうが近いのだろうか。

 とりあえず上だけ着替え終わったので、水がめの外に上半身を出してみる。

 

「うん……なんというか……」

 クルスさんが何か言いかけて、そのまま言葉を飲み込んだ。

 

 そうだよね……。私は液体なので、当然ながら服は濡れてしまう。

 ぴっちり体に張り付いて、体のラインが浮き出てしまい、これはこれで恥ずかしい。

 それに、布に体が吸い取られる感覚が、なんだかひどく不快感だ。

 

 仕方ないけど無いよりはマシだし、このまま……と思った矢先、服は私の体内に食い込んで落下し始める。体の中に私の服が入ってくる。

 その後、服は重力に従う動きで水がめの中に落ちていく。

 

 結局私は、すっぽんぽんの姿に戻ってしまった。

 

 私はちゃぽんと音を立てながら水がめに再び隠れ、

「服の事は、後で考えます……」

 服を取り出しマリナさんに預けた。

 

 

「ま、まあ、服の事は置いといて……とりあえず安心したよ。どうやらメルティはメルティのままみたいだ」

 クルスさんがそう話し始めた。どういう事だろう?

 

「ひょっとしたら、精神もモンスターになってしまうんじゃないかなって思ってさ。

 ジョブによっては思考もそれに引っ張られることもあるから……」

 

 そういえば、この体になる前にクルスさんが言ってた。

「さっき言ってた、危険なら諦めてもらう……ってやつですか?」

「うん、そう。例えば『暗黒魔導士』みたいに悪の思想に染まったり、『アサシン』みたいに感情が消えたり、『バーサーカー』みたいに破壊衝動に駆られたり……。

 精神的に未熟な人がその手のジョブに就くと、そういう風に引っ張られちゃう場合があるらしいんだ。

 でも、さっきみたいに人間みたいに恥ずかしがれるなら、うん、まあ、心配はなさそうだ。多分……」

 

 クルスさんはそのことを心配していたんだ。

 とりあえず、私は私のままでいられているようだ。

 むしろ、最近の人間だった頃より人間っぽく慌ててしまった気がする。

 最近の私は塞ぎ込んでばかりで、心が死んでいたから……。

 


 

「ん。ところでさ、メルティ。ここからが本題なんだけど……」

 クルスさんが改まって聞いてきた。

 

「メルティ、君はこの後、どうしたい?」

 

 ……この後……?

 

「この後ですか……確かに心配ですね。

 メルティちゃん、人間に戻れるんでしょうか……」

 質問の意図を分かりかねていた私の代わりにマリナさんが話す。私の事を心配してくれているようだ。

 

「ん……?あ、ああ、多分戻れると思うよ。

 メルティの今の姿は『ジョブ特性』によるものなんだろ?

 だから多分、ジョブを辞めれば元に戻れる。俺の経験上、多分そのはず」

 

「そうなんですね、良かった!」

 私も一生このままなのか気になったので、クルスさんの言葉でほっとした。……経験上って何の事だろう。

 

「いやまあゴメン、俺が聞きたかったのはむしろ逆で……メルティ、君はこのまま『それ』でやっていくつもりなのかな、って思って」

 

「え……このまま……?」

 私は聞き返してみた後、はっと気が付いた。

 

 そうだ。私はジョブマニュアルを読んでこうなったんだ。スライムというジョブなんだ。

 

 冒険者として頑張るなら、このジョブ、この姿で頑張らなきゃいけない。

 クルスさんの話では人間には戻れるが、人間に戻ったら冒険者としては活動できない。

 

 つまり、私は問われているんだ。

 人間として生きるか、スライムとして生きるかを……。


 

 

 長い静寂が訪れる。私の返事待ちだ。

 

「私は……このまま、やってみたいです……」

 

 私の言葉を、二人は黙って聞いてくれている。

 マリナさんは複雑な表情をしている。ジョブ無しの頃の苦悩を一番理解してくれているのはこの人だ。でも、この体で生きることの困難さも想像がつく。その事も考えてくれている。

 クルスさんは、ただ黙って私のほうを見て、言葉の続きを待っている。

 

「確かに、スライムになっちゃったショックはあります。

 このスライムの体で生きるのは、今はまだ想像もつかないですけど、でもきっと大変だと思います……。

 でも、やっぱり私は、冒険者になりたい。冒険者として頑張ってみたいです……」

 

「メルティちゃん……」

「…………。」

 

「私、やります!スライムとして頑張ります!!」

 水がめの中からざばっと顔と体を出し、私は力強くそう宣言した。

 

 

「…………ん、分かった」

 クルスさんが答えた。

 

「じゃあ、売買成立だね。」

 そうだった、そういう話だった。

 

「金額は約束通り、初任務の報酬の半分。頑張ってくれよ?」

 ……つまり、期待してくれている、という事だろう。

 

「メルティちゃん。……頑張ってね!」

 マリナさんの表情は相変わらず複雑だった。言いたいことはいろいろあっただろうに、それだけ言ってくれた。

 

「はい!私、頑張ります!!」

 精一杯笑顔の輪郭を作って、二人に宣言した。

 

「……あ、でもとりあえず……」

 私は裸に再び気が付いて、水がめの中に引っ込む。

 

「うん、とりあえずいろんな問題を解決してからだね……」

 クルスさんが、さっきのように目を逸らしながら答えた。


 

 

 あれこれしているうちにそろそろ冒険者たちが帰ってきそうな時間になっていた。

 いつまでもジョブ祭壇のある会議室を占領するわけにはいかないので、いったんギルドカウンターのある入り口付近まで移動した。

 

 移動したと言っても、私は相変わらず水がめの中だ。クルスさんに水がめごと担いでもらっている。

 幸い、周囲には今誰もいない。私のこの状況を見られなくて済んだ。

 

「えっとそれで、メルティちゃんは、この後どちらに?」

 

「……どうしましょう……」

 こんな姿で、いつも泊ってる宿屋には戻れないよね。

 おかみさんにこの姿を見られたらびっくりされちゃうんじゃ……。

 すっぽんぽんである以前に、いま私はモンスターそのものなのだ。

 いったん人間に戻るという手もあるが、それでこのスライム化という現状がどうにかなるものでは無い。

 

 

 私が悩んでいると、クルスさんが答えてくれた。

 

「とりあえず、俺が使っている拠点に来るか?」

「えっ……?」

 

「この街に俺が買った一戸建ての家がある。うんまあ、俺がって言うか、仲間とお金出し合って買ったんだけど……。

 その姿で街に出ても怖がられるだろうし、君も恥ずかしいだろ?」

「い、いいんですか……?」

「乗りかかった船だ。任せといてくれ」

 

 私だけではこの現状をどうすることもできないので、今はクルスさんの厚意に甘えることにした。

「じゃあ……よろしくお願いします」

 

 私はクルスさんに頭を下げ、その後マリナさんのほうを向いてお礼を言う。

「マリナさん、今日は本当に……ありがとうございました!」

「うん、メルティちゃん、じゃあね」


 

 

 クルスさんは私を担いだまま歩く。

 

 水がめ含め私の体はそれなり重いはずだが、軽々と肩に担いでいる。

『剛力』の魔法を使ってるんだよと教えてくれた。

 

 水がめの中身がこぼれないように蓋をしているので中は暗く、どこを歩いているのかは分からない。雑踏の音が聞こえる。いつもと変わらないはずの町の喧騒。

 

「あの……今話しても大丈夫ですか?」

「ん。いいよ。どした?」

 

「クルスさんの拠点って、ここから近いんですか?」

「んーまあ町はずれにあるから、ちょっとだけ距離はあるかな。着くのは多分夕方。しばらく我慢してね」

「いえ、運んでもらってるのに我慢だなんて……」

「木に囲まれた静かな場所だし、ご近所さんの家も離れているから、誰かに見られる心配は無いと思うよ。

 あーまあ、いま1人俺の仲間もいるけど」

「お仲間さん、ですか?」

「昔一緒によく冒険してたヤツでね。拠点の代金を出してもらったうちの1人だ。

 ま、そいつなら君の姿を見ても大丈夫だと思うよ」

 

 そういえば、クルスさんはAクラスの冒険者なんだっけ。

 共同とはいえ拠点が買えるなんて、すごいパーティなんだろうな……

 

「そのお仲間さんて、どんな方ですか?」

「うーんと……変な奴」

「へんなやつ、ですか……?」

「変だけど、色々な事を知ってる。それにいろんなアイディアを出してくれる。

 実はそいつに君の事を見て貰おうと思ってね。

 そいつなら、何か分かるかもしれない。たぶん君の役に立ってくれると思うよ」

 

 ……いったいどんな人なんだろう……。

 私は水がめの中で体をちゃぷちゃぷ揺らしながら、その変な人の待つ拠点に近づいていった……。

 

 

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