2-17話 自己紹介バトル

 いつもより少し早めに起きた朝。

 私は、ロランさん、ターシャさん、ミリィさんと一緒に、冒険者ギルドを訪れる。

 ついに、冒険者になって初めて、ソロではない、誰かとパーティーを組んでのクエストに出かける。


 いつもと違い、この時間のギルドは混んでいる。

 以前何度か世間話をした事のある冒険者もいる。珍しく朝早く訪れた私の姿を見つけて、興味深そうにこちらを見ている。

 私は会釈をした後、その視線から逃れるように、ロランさん達の後ろにくっついて歩く。

 

「クエスト、受理しました。皆さん、お気をつけて!」

 パーティーの代表は、最年長のロランさんが引き受ける事となった。いつもそうしているそうだ。

 南南西の森の奥地でのブル・アプサン採取のクエストに、私達は出発した。

 マリナさんがこっそり私に向かって、がんばってねとポーズで応援してくれた。




 私達は森に入った。

 いつもは入ってすぐ通常形態に戻るが、今日はまだ人間の変装のままだ。ローブを着たまま、シリコンの肌のまま、皆と一緒に歩く。


「よし、じゃあ各自の能力の紹介も兼ねて、敵と出会ったら、1人ずつ戦っていこうか」

 ロランさんの提案だった。

 

 森の入口付近は基本的には敵は集団では襲ってこないため、4人で一斉に戦わず、1人ずつ交互に戦っていく事になった。

 経験値とか、どうやっても4人で割り切れない場合が多いので、1人ずつ戦ってその都度各自で経験値を総取りする。

 そのついでに、各自の戦闘スタイルをお披露目しよう、という事だ。


「じゃあ、順番はどうする?やっぱりメルちーから?」

 

「あ、はい!」


 皆にとって一番謎のジョブである『スライム娘』の私が、先鋒を務める事になった。


 

 程なくして、モンスターの気配。物陰に隠れてから探してみると、大耳ネズミ2匹のようだ。

 

「じゃあ、行ってきます。

 えっと、その……皆さん、どうかビックリしないでくださると、助かります……」

 

「え?あ、ああ……」


 3人は物陰に隠れながら、私の戦う様子を見守る。

 

 緊張する。私の『通常形態』の初お披露目だ。

 誰かに見られながら戦うなんて、修行の時以来だ。

 しかも今回は、スライム娘の事なんて知らない人達ばかりだ。

 

 みんなには、『スライムを操る能力』とだけ、やんわり伝わっている。

 どんな能力か、ある程度みんな予想はしているみたいだ。でも、ぜったいそれを上回っちゃうよね、間違いなく……。

 

 どう思われるか、心配だ。

 でも、今は目の前のモンスターに集中だ。



 大耳ネズミが近寄ってくる。

 私はマジックパックからナイフと一角ウサギの角を取り出し、戦いに備える。


 大耳ネズミが、私に気が付いた。

 いよいよ戦闘だ。

 

 私は、シリコン化を解除する。

 それと同時に、体をべちゃっと潰す。

 その場にはローブとウィッグ、腰のマジックパックだけが残り、それらが地面にぽとっと落ちる。

 水溜まりの上に、服だけが残される。そんな見た目になった。


「えっ……?」

 ロランさんの、明らかに戸惑った声。後方の視点から確認する。3人とも、あっけにとられたような、こわばったような表情だ。


 

 私は潰していた体を、ざばっという音を立てながら元に戻す。

 ローブの中から脱出し、通常形態となった私が現れた。

 上半身は人間の輪郭だけど、透明な体。下半身はまん丸の、『いつもの姿』だ。


「なっ……えっ……えっ!?」

 誰の声かは分からないけど、信じられないというような表情で3人とも私を見ている。

 ターシャさんなんか、茂みに隠れているはずなのに、立ち上がってしまっている。


 

「いきます!」

 私は気合の声をかけ、大耳ネズミとのバトルに挑む!


 まずは、粘着ボール。

 下半身のまん丸から斜め上に発射し、地面にまき散らす。

 大耳ネズミの進行方向少し手前に落下し、散らばった粘着質の液体を、ネズミ達は踏んでしまう。

 足を取られ、2匹とも転んでしまう。


 私はその隙に、少し距離を取るため、斜め後ろにジャンプする。

 そして、ナイフを装填。左側のネズミに向かって発射する。


 ナイフは、大耳ネズミにヒットする。

 しかし、急所は外したらしく、一撃では倒しきれなかった。

 もう1発、今度は着地地点にあった小石を発射。

 これも敵に当たり、これがとどめの一撃となった。


 もう1匹のネズミは、足に付いた粘着液を邪魔そうにしながらも、それなり動けるようになり、その一帯を突破したようだった。

 こちらに向かって突進してくる。

 私はその動きに合わせ、粘着ボールを発射させる。今度はネズミの体めがけて。

 さっきよりも多くの粘着液が直撃してしまったネズミは、もう身動き出来ない。


 私は『ゴム化体当たり』の準備をする。

 体を硬化させ始め、下部を地面に強く粘着させ、後ろに体を伸ばし……

 硬化が終わった後、体を敵に思いっきりぶつける!


 大耳ネズミは吹っ飛び、後ろの低木の木の枝に体を突き刺され、動かなくなった。


「よし!」

 2匹の大耳ネズミを無事倒せた私は、掛け声をあげた。

 そして3人のほうを振り返り……


「これが私の……『スライム娘』の戦い方です。

 えっと、どうですか?」


 3人は、何とも言えない表情で固まっている。

 凄いものを見たような、怖いものを見たような……。

 そのまま、何も言葉を発せずにいた。



 

「そ、その……メルティ……ちゃん、凄かったよ、うん……」

 やっと動いてくれロランさんが、私に声をかけてくれる。


「ええと、つまり、スライムに変身して……戦うんだね……?」


「あ、はい。そんな感じです」


 実際には、スライムに変身じゃなくて、本来の姿がこうで、普段は人間に変装しているんだけど。



「メルちー、すごい、ヤバい……」

 ターシャさんは……多分、褒めてくれているのかな?


「メルティ、強いね」

 ミリィさんはストレートに褒めてくれた。


「えへへ……」

 まだどこか戸惑いが残る3人だったが、私の戦い方はおおむね好評のようだ。



 

 経験値を回収した私は、再び森の奥を目指す。


「あ、あの、メルティちゃん……その姿のままなのかい?」

 戦闘前とはまるで見た目の変わった私を見て、ロランさんがおずおずと尋ねる。

 

「あ、はい。人間に戻る時、MPをたくさん使うので……

 森の中とか、他の誰かに見られない場所では、基本この姿で行動してます」


「そ、そうなんだ……」

 ロランさんは気まずそうに生返事した。

 やっぱり、モンスターのこの姿は恐ろしいのだろうか。


「ロランくぅーん?ひょっとして、照れてんのー?」

 ターシャさんがからかう様にロランさんに声をかける。


「ばっ……!?

 い、いやまあ、その、メルティちゃん……その、ローブは着ないの……?」


「あ、はい。

 スライムが服を着るのって、なんかおかしいですよね?」


「そ、そうなのか……そうなのかな?

 あ、あの、目のやり場に困るんだけど……」

 

「え、そうですか?」


「そうですかって……いや、俺がおかしいのか……?」


 ロランさんが自問自答している。

 うーん、どうしたんだろう。私どこか変なんだろうか?


「あの、着るものないなら、この布でも巻いて……」


「あ、その、言いにくいんですけど、この体って、布製品が基本的に駄目なんです。

 体の水分が吸われちゃって……だからお気持ちだけ、受け取っておきます……」


「そ、そっか……?」

 なるほど、防具が無い事を心配してくれてたのか。

 私はスライム娘だから防具無しでも大丈夫なんだけど……。


「……分かった。そこまで言うんなら、我慢するよ、うん……」

 うーん、何か心配事があるのかな。あるいは、私が何かを忘れているような……。


 

「ところでメルちーの戦いかたって、おっもしろいねー!

 スライムってあんな風に戦うんだー」

 まだもにょもにょしているロランさんに代わって、ターシャさんが別の話題に切り替えた。私の戦い方についてだ。


「あ、いえ、多分普通の野生のスライムは、体当たりだけだと思うんです。

 他の方法は、私が考えたり、師匠に考えて貰ったりした戦いかたなんです」


「へーそうなんだー。師匠もスライムなの?」

 

「いえ、普通の人間です。

 『スライム娘』ってジョブはたぶん私だけだと思うし……

 普通の人間だけど、私に修行を付けてくださったんです。体当たりだけでは弱いだろうって。

 それで、ナイフを発射したり、粘着ボールで動きを止めたりする方法を考えてくださって……」

 

「なるほろー」

 

 

「……師匠って、誰なの?」

 ミリィさんも会話に参加してきた。


「えっと、王都の冒険者で、クルスさんという方です」


「クルス……?

 もしかして、『黒髪の戦乙女』の勇者クルス?」


「はい、その人です!ご存じなんですか?」


「うん……有名だから……」


 そっか……やっぱりクルスさんて凄い人なんだ……。


「じゃあメルティちゃんって、そんな凄い人の弟子なのか……

 レベル2なのに凄くいい動きするなって思ったよ」

 ロランさんも復活したようだ。


「弟子といっても、稽古をつけてくれたのは1週間だけなんですけどね。

 でも、すごく感謝しています……」


「そっか……」



 雑談しながら進んでいるうちに、再びモンスターの気配を感じだ。

 カラスが鳴き声を上げている。


「お、この感じは……大ガラスかなー?」

 ターシャさんも気が付いたようだ。


「じゃあ次はターシャ、お前行くか?」


「おっけー」


 敵はどうやら、大ガラスが4匹。

 私は今度は、隠れて彼女の戦い方を見る番だ。



 

「ま、さくっと終わらせちゃうよ」


 ターシャさんは、右手に木の杖、左手は手ぶらでカラスを待ち構えている。

 大ガラスはいつものように、2匹1組で攻撃してくるようだ。

 

 木の枝から2匹一緒に滑空してくる。


 するとターシャさんは、短い呪文を唱え始めた。

 ターシャさんの左手が火に包まれる。

 それを大ガラスに向かって振りかざすと、2匹一緒に炎に包まれた。

 大ガラス達は、ターシャさんに届く前に、ギラギラと燃える炎によって力尽きてしまった。


「これが『範囲火炎魔法』よ」


 残るは2匹。まだ木の上にいる。


 ターシャさんは続けて、違う呪文を唱えた。

 これは知ってる。『初級火炎魔法』だ。


「うりゃ!」

 小さな火の玉が、木に止まっているカラスめがけて飛んでいく。

 うち1匹に当たり、やはり焼かれ死ぬ。


「残り1匹もこの魔法でじゅーぶんだけど……メルちーにいいとこ見せないとだしねー」


 また別の呪文を唱えながら大ガラスの攻撃を回避し、後ろ向きになった大ガラスに魔法を放つ。

 今度は火ではなく、氷だった。

 つらら状に尖った氷の槍が、相手を貫いた!

 

「とまあ、これが『初級氷槍魔法』。一応これが今のアタシの一番強い魔法ね」



 

「すごい……すごいです!ターシャさん!」


「にひひ、ありがとー」


 ターシャさんは、レベル6の『魔法使い』。私たち4人の中では一番レベルが高いそうだ。

 さすがに魔法使いだけあって、いろんな魔法を使いこなせる。



「まあいいトコ見せたいのは分かるけどさ、深部に入る前に魔法3発って、さすがにMP無駄使いしすぎじゃないか?」


「まーいいっしょ。MP無くなったらそんときだし」


「そん時って、お前なぁ……」


 ロランさんの小言に軽く返事する。

 まあ実際のところ、彼女のMPは結構高いらしい。

 このパーティーのメイン火力だそうだ。




 続いては、ロランさんの番という事になった。


 ロランさんは、レベル4の『弓使い』。

 私を除いた同期7人の中では最もレベルが低いらしい。

 ただそれ以外に、『シーフ』をレベル3まで上げている。総合ステータスでは引けを取らない。

 

 ロランさんは確か、初回の講習会の時、前衛職を希望していた。

 ただ、『戦士』も『武道家』も適性が無かったので、今はこの2つをバランスよく鍛える方針だそうだ。

 将来、希望通りの前衛職になった時のために、索敵に秀でた弓使いと、すばやさを鍛えられるシーフを、それぞれ修行中との事だ。


 ロランさんは、弓と矢を構える。

 その狙いは、まだ遠くにいる一角ウサギだ。

 2匹いるが、この距離では敵は全然気が付いていない。


 ロランさんが矢を放つ!

 すると矢はものすごい勢いで飛んでいき、一角ウサギの胴体を貫いた!

 その場に倒れこむ1匹のウサギ。


 仲間の死に気が付いたもう1匹は、こちらに向かってくる。

 ロランさんは今度はナイフに持ち替え、迎え撃つ。

 一角ウサギの鋭利な角の突進をひらりと躱す。

 それと同時に、ウサギから血が噴き出す。ナイフで喉を切り裂いていた。

 ウサギの首からごぼごぼと血が漏れ、ウサギはフラフラになりながら逃げようとする。

 ロランさんは持っていたナイフを投げ、ウサギにとどめを刺した!


 

「ロランさんも凄いです!」


「まあ、こんなもんかな」

 

 ロランさんは得意げに照れていた。



 

 

 順番から言えば最後はミリィさんの番なのだが、めぼしい敵に会う前に、森の深部の入口に到着してしまった。


「そういえば、スライムには全然遭わなかったな。いつもは2回に1回は出てくるのに……」

 ロランさんがそうつぶやく。


「そんなに遭うんですか?

 私、1回だけしか会ったこと無いんですけど……」


「メルちーは同種族扱いなんじゃね?

 だから襲ってこないんでしょ、きっと」


「確かに、メルティは、似ている」


 3人とも、私の姿にそれなり慣れてくれたようだ。

 もし嫌われたらどうしようと悩んでいたので、ほっとする。


「メルティは、スライムと、戦うの?」

 ミリィさんが聞いてきた。


「あ……いえ、その、戦った事は……無いです……」


「そう、なんだ……」

 

 森の入口の3匹の事を思い出していた。

 確かにあの子たちと戦う事は、今はもう考え辛い。

 他のスライムはどうなんだろう……やっぱり、戦いにくくなるのかな?



「ま、戦わないで済むならそれに越したことは無いよね。

 でもメルティちゃんには悪いけど、もし襲い掛かられたときは、その時は容赦しないよ?」


「あ、はい……」


 ロランさんにはちょっと勘違いされているみたいだ。別にスライム全部と友達というわけでは無いんだけど……。

 でも、もしその時は私もちゃんと戦わないといけないよね。覚悟だけはしておこう。




「さーて、ミリィたんには悪いけど、武道家のお披露目はこの先実戦でって事でオッケ?」


「うん、問題ない」


「よーし、じゃあ、行こうか」


「……はい!」



 この先は、いつもとは違う冒険が始まる。

 敵の戦い方も今までとは違うらしい。

 こちらも、今までみたいに1人ずつじゃなく、パーティで連携しての戦いになる。

 私、上手くできるかな……。

 

 


 

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