2-16話 レベル2
ジョブマニュアルの裏表紙の紋章が、光り輝き続けている。
経験値が溜まり、レベルアップできるようになった証だ。
私は再びジョブマニュアルを開く。
今まで暗号化されていて読むことが出来なかった、『序章』の次のページ。
そのページの文字が、読めるようになっている。
私は、その内容を確認した。
『 レベル2
HP +1
MP +2
すばやさ +1
かしこさ +2 』
私はこれで、レベル2になれたようだ。
ページには、ステータスが上昇したという内容が書かれている。
「えっと……」
ページに目を通し、とりあえず現状を確認してみる。
自分の体を確認する。
ステータスが増えたと言っても、特に実感は無い。
その場で唯一確認できそうなのはMPくらいだった。
以前、オパールさんに貰ったMP測定のペンダント。それを確認する。
その表示によると、最大MPが28になっていた。
以前は26だったので、確かに2つ上がっている。
どうやら、本当に強くなっているみたい。やっぱりあんまり実感は無いけど。
森の出口に向かいながら、周囲を警戒しながら考える。
いますぐ確認は出来ないけど、HPも8から9に増えているはず。
増えたと言ってもまだやっぱり低い。
でも、スライム娘の私はあんまりHPの低さは気にしなくてもいい……かもしれない。
私のHPは、実質コアの耐久力だ。
コア以外を狙われてもダメージを受けないので、そんなに気にしなくてもいい。
いやまあ、多いに越したことは無いので、たくさん増えるなら増えてくれた方が良かったけど。
素早さと賢さも増えた。低めだが、普通と言えば普通の増え方だ。
しかし、力、守り、体力は増えなかった。
まあ筋肉そのものが無い私にとって、力の強さと言ってもいまいちピンと来ない。
守りも、とろとろの体がどう守りが強くなるのかは分からない。
体力も、そもそもこの体は疲れを感じないのであまり関係が無い。
あれ、もしかして、この3つって今後もこのまま増えないんじゃあ……。
……いや、まだ分からない。次のレベルまで、とりあえず考えは保留しよう。
考え事をしているうちに、森の出口までやってきた。
人間の変装の準備をして、森から脱出しよう。
「……あ」
木陰から、スライムが3匹出てきた。
いつもの子達だ。
「こんにちは」
私は、3匹のスライムに挨拶をした。やっぱり反応は無い。
しかし、わざわざ私の前に出てきてくれたという事は、何らかの思考はあるのだろう。
「明日は他の人間さんと一緒に来るね。私の仲間だから怖くないよ。戦わなくても大丈夫だよ」
ロランさん達にとって、この子達は普通に敵モンスターだ。
だから、一応そう伝えておいた。
「メルティちゃん、レベルアップおめでとう!」
ギルドへ帰ると、いつも通りマリナさんが出迎えてくれた。
納品を済ませ、レベルアップしたことを伝えると、とても喜んでくれた。
「それで、どう?レベル2になった感想は?」
「うーん、なんだかあんまり実感が無いですね。もっと何か起こるのかなと思っていたんですが……」
「そうね、実際そんな感じよね。
私も最初にレベルアップしたときは、ファンファーレで祝福されるくらい派手なものだと思っていたけど」
マリナさんが冗談交じりで同意してくれる。
「でも、強くはなったんですよね……?」
「そうね。ステータスを確認してみましょうか。……ほら」
マリナさんがカウンター脇の端末を操作して、いろんな数字がプリントされた紙を手渡してくれた。
「あ、確かに上がってますね……」
紙を読んでみたら、どうやらちゃんとMP以外も上がっているようだ。
「でもねメルティちゃん。これは一応皆に忠告しておくことだけど……
レベルアップで数値が上がったからといって、それで本当に強くなるわけじゃないわ。
経験値を集める以外にもちゃんと体を鍛えて、戦闘経験を積んで行って、それで初めて数字通りの強さになるの。その事を忘れないでね」
「はい!」
マリナさんの激励に、力強く返事をした。
宿への帰り道も、結局レベルアップの事を考えていた。
修行中の食事の雑談の時、クルスさんとオパールさんに聞いてみたことを思い出していた。
「でも、経験値オーブを貯めて強くなるのって、なんだか不思議ですよね」
私がそう聞いてみると、クルスさんが答えてくれた。
「そうだね。レベルアップの時、ジョブマニュアルにステータス上昇量が記載される。
それを読んだ瞬間、なんだかその数字の通りに強くなった気がする。
実際、その通りに強くなっているんだよ。
俺たちはその事を『レベルアップの祝福』と呼んでいる。
例えばレベルアップで『ちから』が上がると、その祝福の不思議な力で、実際に力が強くなる。経験値オーブの魔力が祝福を授けてくれると言われているね。
でも、その祝福はいずれ消える。
でも、祝福が消えても、その時までちゃんと鍛錬していれば、その能力値は残っている。
ちゃんと筋トレしたりして『実際の力』が上がれば、祝福が消えても体に残る。
鍛錬で本当の力が身に付いた時、見せかけだけの祝福の効果が剥がれ、本当の実力になるって感じ……かな?」
「クルるんの説明でたぶん合ってると思うよ。
ボクは冒険者じゃないから聞いた話になるんだけど……
祝福で授かる能力値は、実際に鍛錬で上がりやすくなるらしい。
さっきの『ちから』の例で言うと、祝福無しでただ普通に鍛錬するより、祝福ありで鍛錬したほうが力が伸びやすいらしい。
ボクの世界に『プロテイン』っていうのがあるけど、だいたいそれに近いらしいよ。
もちろん、『ちから』以外のステータスも同様さ」
「は、はあ……」
プロテインが何なのかはいつも通り分からなかったけど、なんとなくは理解できた。
「ちなみに、オレは『女勇者』以外にジョブが無いから試してはいないんだけど……
複数のジョブを鍛えて、弱点を補う冒険者もいるらしいね。
例えば、『戦士』はどうしても『すばやさ』を鍛えにくいんだけど、サブ職で『シーフ』とか、すばやさが増えやすいジョブであらかじめ鍛えておく。
そうすると『戦士』に戻った後でも、シーフの時ほどじゃないけど、ある程度は素早さが残っているらしい。
それも『祝福』に頼らず、ちゃんとその道で素早さの鍛錬をしてあるから、らしいよ」
「なるほど……」
私達が普段何気なく利用しているジョブやステータスの制度も、いろいろ奥が深いんだなーと思った。
「おや、メルティちゃん、おかえり!」
「おねえちゃん、おかえり!」
宿屋へ帰ると、おかみさんに加え、ザジちゃんも出迎えてくれた。公園で遊んでいて、ちょうど帰ってきたところらしい。
いつもはお昼前後に帰ってきていたけど、今日はいろいろ時間がかかったので、もう夕方だった。
「あれ、おねえちゃん、おなかいたいの?」
突然、ザジちゃんにそう聞かれた。
「えっ?……ううん、大丈夫だけど……」
お腹は無いので当然痛まないけど、ザジちゃんはそう感じたらしい。
「そう?なんだかちょっとだけつらそう……」
「そんな事……無いんだけど……」
むしろレベルが上がったし、モンスターとも上手く戦えた。調子はいいと思うんだけど……。
宿屋のロビーの壁に、鏡があったのでそちらを覗いてみた。
そういえばちょっと……いつもより、顔が固い感じがする。シリコン化に失敗しちゃった……?
「あ、そうか……」
自分の顔を見て、気が付いた。なんだかいつもよりちょっと怖い顔をしていた。
確かに私は、今日たくさんのモンスターを倒せた。
でもそれは言い換えれば、たくさんの生き物を殺めてしまった、という事になる。
モンスターをたくさん殺して……それに、一角ウサギの角の解体までやっている。
そっか、それが表情に現れていたのか……。
「……うん、ザジちゃん、ありがと。ちょっと怖い顔だったかも」
「うん……?」
ザジちゃんにお礼を言った。本人は良く分からないという顔だったけど。
「ねえザジちゃん、一緒に遊ぼっか?」
「ほんと!?」
「メルティちゃん、いいのかい?疲れてるんじゃないのかい?」
「いえ、大丈夫です。なんだかちょっと……一緒に遊びたい気分になったので……」
これから、どんどんレベルアップして、もっとたくさんのモンスターを殺めていくんだろう。
でも、それでも、いつもの自分らしさは失わないでいたい。
だから……上手く言えないけど、いつも通り、ザジちゃんと一緒に遊ぼう。それがいいような気がした。
その後しばらく、自分の部屋でザジちゃんと遊んだ。
レベルアップとルージュハーブのおかげでMPに余裕が出来たので、通常形態になって一緒にスライム遊びする。
ネリーちゃんも誘おうと思ったけど、ロランさん達が帰ってきて仕事が忙しくなったらしい。
恨めしそうな顔をしていたけど、また今度遊ぶ約束をした。
「ね、おねえちゃん、いろをかえられるの?」
私の部屋で、本来の姿の私を触りながら遊ぶザジちゃんにそう聞かれた。渡しておいたゼリーボールが着色されていたので、気になったらしい。
「うん、今は赤と青のほかにも、絵の具とか使えば、いろんな色を付けられるよ」
「えのぐって?」
「えっと、お絵描きをする道具だよ」
「わたしもほしい!」
「ううん、ザジちゃんにはまだ早いかな……」
絵の具って高価だったし、4歳のザジちゃんじゃお洋服を汚しちゃうよね……。
「えーっ!やだ!おえかきしたい!」
ザジちゃんが、駄々をこね始めてしまった。
うーん、どうしよう。
「えっと、じゃあ代わりに、私の色付きボールで遊んでいいよ」
「ほんと!?」
おとといも昨日も喜んでくれたみたいだし、そうしよう。
ブル・アプサンとルージュハーブの他、私は体内マジックパックに絵の具を何色か入れている。
自分の皮膚とか、ストッキングの色とかは、これを使って着色している。
私は、青、赤のほか、白、オレンジ、こげ茶色のボールを作って、それをザジちゃんに渡した。
これなら、ザジちゃんの服に付いちゃっても、私の体の一部扱いで回収できるかもと思う。
うんまあ、その時は服に触らなきゃいけなくなるけど……。
「うわーい!やったー!」
ザジちゃんはそのボールを触って遊ぶ……と思いきや、そのボールを壁にくっつけ、ぐりぐり押し付けながら伸ばして、それで絵を描き始めてしまった。
「ざ、ザジちゃん……じょうずだね……」
「ほんと!?」
白い壁を横いっぱいに使って、似顔絵やらお花やら渦巻きやら不思議な図形やら、いろいろ描かれていく。
褒められて、まんざらでもない様子だ。
うん、後で掃除しておこう。掃除は……出来るはず、うん……。
その後もザジちゃんといっぱい遊んだ後、流れで一緒に食堂で夕食を取ることになった。
「メルティ君、お客様なのに、ほんとすまない……」
「あ、いえいえ……」
だんなさんに謝られてしまった。
おしゃべりしたり遊び始めたりでなかなか食が進まないザジちゃんに、あーんして食べさせてあげたりする。ザジちゃんは嬉しそうに甘えてくる。
うん、子供の面倒って大変だな……。
でも、なんだか……私も元気になった気がする。ザジちゃんからしか得られない元気を分けてもらった気分だ。
ザジちゃんが食事を終え、おかみさんに呼ばれて居住スペースに帰った後、やっと私は自分のご飯。
申し訳ない、今日のお代はいらないよと言われてしまった。
逆に元気をもらってしまったのに申し訳なかったけど……。
「メルちー、おっす!」
「やあ、メルティちゃん」
食事も半ばの頃、ターシャさんとロランさんが食堂に入ってきた。
一緒のテーブルに座って話をすることになった。
ミリィさんはいない。酒場に行っているらしい。
「メルティちゃん、今日はどうだった?」
私が今日も南南西の森に行くことは伝えてあったので、その話題になった。
「あ、はい!私、レベル2になりました!」
「へぇ、そうか!おめでとう!」
「そっかー。それでメルちー、嬉しそうだったんだねー」
私は嬉しそうな表情になっていたようだ。ザジちゃんと遊んだからだと思うけど、実際レベルが上がったことはめでたい事なので、否定はしないでおいた。
「レベルアップしたって事は、一人でもそれなり戦えるんだね。
じゃあ、森の深部まで行っても大丈夫かな?」
ロランさんがそう聞いてきた。明日の確認のようだ。
「はい、大丈夫だと……思います」
「そっか、じゃあ明日、頑張ろうね」
「はい!」
私が今まで探索していたのは、森のあまり深くない場所ばかりだった。
深部に入ると、敵はもっと手ごわくなる。敵の種類こそ変わらないものの、集団で現れるようになり、戦い方も上手くなるらしい。
だから、ひとりで深部まで行くのは推奨されていない。3~4人のパーティーを組んで入る事になる。
また、『最低でもレベル2以上』と、ギルドでも条件が付けられる。
私はレベル2になった。
それは喜ばしい事ばかりじゃなく、苦難も増えるという事なのだ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます