2-15話 リベンジマッチ

 茂みの間を縫うように、一角ウサギが近づいてくる。

 この森最強モンスターとのリベンジマッチが、今始まる。



 一角ウサギの猛ダッシュと同時に、私は粘着ボールを二発投げつけた!

 一発は、一角ウサギの顔正面に付着する。

 それでも、ウサギは接近を止めない。

 

 もう一発は、放物線を描いた後、地面にまき散らされる。

 しかし大きな体の大きなジャンプは、いとも簡単にその地帯を飛び越える。

 多少は踏んではもらえたようだが、粘液をその脚力で簡単に剝がしてしまう。

 

 ジグザグに飛び跳ねながら近寄っていき、私の胸めがけてジャンプ!

 額の大きな角が迫ってくる!


 私は、横に飛び跳ねてそれを回避する!

 

 私の横を通り過ぎたウサギは、再び私のほうを向きなおす。

 そして前足を器用に使い、毛づくろいするように、顔に付いた粘着液を取り除く。

 私はその隙に、もう一発粘着ボールを撃ってみる。

 ウサギは今度は器用に横に飛び跳ね、それを回避した。



 うーん、流石はこの森最強の一角ウサギだ。

 粘着ボールなんて物ともしない。

 

 多少は粘液が目に入ってくれたと思いたいが、今回はそんなに視力妨害は期待できないかもしれない。

 

 そして、やはりその脚力と額のツノは侮れない。

 高速で、しかも確実に人間の急所を狙ってくる。

 

 

 でも、勝機はおそらくそこにある。


 確かに、急所である胸や腹に向かって突撃してくる。

 しかしそれは、『人間の急所』ならばの話だ。

 人間なら、胸やお腹をツノで突き刺されて、それが致命傷になるのだろう。

 しかし、スライム娘の私は違う。

 『コア』の位置は、別にそこじゃなくていい。


 私は戦闘前から、コアの位置を、下半身の地面スレスレに移動させている。

 ジャンプのたびにちょっと振動が伝わるが、ダメージを受けるほどじゃない。


 

 再び、一角ウサギの突撃。


 うん、やっぱりだ。

 ジャンプして移動というウサギの特性のせいか、人間のお腹より下への攻撃はどうやら苦手のようだ。

 

 大ガラスのように、コアの位置を的確に狙って攻撃はしてこない。

 大ガラスほど賢くはない……いや、違うかも。自分の攻撃に絶対の自信があるから、それ以外の攻撃をしようとしない、があってるかも。



 私は横に動いて位置を変えながら、一角ウサギの次の攻撃を待つ。

 ダッシュ開始の構えと同時に、私はさらにクイックに移動して位置を変える。

 ……うん、ここで待とう。この位置ならきっと上手くいく。


 ウサギは、私の位置を確認しながら、ジグザグに突っ込んでくる。

 そして、ジャンプ!

 大きな角が、私の腹部めがけて近寄って来る!!



 ウサギの角は、私の腹部を貫通した。

 ううん、回避失敗じゃない。狙い通りだ。


 お腹に飛び込んだ一角ウサギは体中を粘着液まみれにし……

 そして、私のすぐ後ろの木に、突き刺さってしまった。

 

 うん、うまく木の真ん前に移動することが出来た。


 その角を木に深く突き刺してしまった一角ウサギは、最早身動きできない。

 さらに全身粘着液まみれなので、毛づくろいでもろくに液体を取り払えない。

 蹴り攻撃も、私の体の表面を揺らすことしかできていない。

 

 後はもう、とどめを刺すだけだ。

 一角ウサギの真下にその下半身を残している私は、あらかじめ仕込んであったナイフを、ウサギの喉元に向ける。

 そのナイフを、ゼロ距離で発射させる!


 どくどくと流れるウサギの血が落ちてきて、私の体にどんどん混じっていく。

 私はそれを避けるため、木の下を離れる。



 

「ふぅ……」

 わたしはとりあえず、一息入れた。


 

 終わってみれば、実にあっさりとした勝利だった。

 死を覚悟したおとといの戦いが嘘のよう。


 まず、HPの欠けの無い状態で遭遇することが出来た。

 まあこれは今日の初戦だったからだけど。

 

 体の水分が減っても冷静でいられたし、逆にそれを利用して戦うことが出来た。

 水筒のおかげで、減っても問題ないという安心感があった。


 冷静に、敵の行動や弱点を分析することが出来た。

 精神的に安定した状況だと、やっぱり視野も広くなる。


 一番大きかったのは、前回と違い、『後ろにも視点がある』という事だったかも。

 後ろを振り向かずとも、自分の立ち位置を木のすぐ前に移動させることが出来た。

 

 

 そうそう、戦闘後もちゃんと処理しなきゃね。

 コアは傷ついていないので、HPは回復する必要は無い。

 まずは周囲の警戒。うん、どうやら他に敵はいない。

 

 次に、体の体積を戻すため、粘着ボールの回収。

 地面に落ちた2発ぶんの粘液を、体に取り込んで増やす。

 地面にばら撒かれたほうも出来るだけ回収するが、あまり時間はかけず、細かいのものは無理せず諦める。

 一角ウサギにくっついた粘着液はだいぶ血液が混じってるので躊躇はあるけど、たぶん浄化能力で大丈夫なので、それも体に合流させた。

 体内マジックパックにウサギの血液を仕舞い、元の透明な体に戻す。


 散らばりすぎて諦めざるを得ない多少の減少ぶんは、水筒を取り出して補充する。

 水入り水筒は重量があるので取り出すのは大変かもと思ったけど、口の部分だけを外に出してそこから水を出せば、重さを感じずとも給水できると気が付いた。


 その後やっと、一角ウサギの経験値を入手した。

 オーブは3個出てきた。ジョブマニュアルに吸収させる。


 

 

「よし、これで全部完了だね」

 滞りなく全ての作業を終えられたが……もう一度あたりを見回してみる。


「……あ、これもしかして……」

 私は、気が付いた事があった。

 昨日解決できなかった『追加の投げナイフ』の件だけど、もしかしたらこれが代わりに使えるじゃないかなって。

 ヒントになったのは、昨日公園で肉屋のお兄さんに奢ってもらったお肉の木串だ。

 いやまあ、さすがに木串そのままは使えないけど……。


 私はまず、木に突き刺さったままの一角ウサギを、何とか引っこ抜いてみようと思った。

 ウサギはさすがに大きくて大変だったけど、私の下半身を木にくっつけて、それから思いっきり伸ばしてみたら、なんとか外れた。

 

 ウサギの額には、相変わらず角がくっついている。真っすぐて固そうな角だ。

 この角、使えるんじゃないかなと思った。

 体当たりを食らえば人間のお腹を貫通するくらい固い角なんだもの。ナイフの代わりに投げて使えるんじゃないかなって。

 お肉屋さんの木串はお肉を突き刺している。一角ウサギの角もお腹を突き刺す……という感じで、閃いた。


 うんまあ、角を取り外す作業は大変だったけど。

 ナイフで周りを削って……とにかく、頑張った。

 

 魔物の角なんかは錬金素材になるらしく、『初級錬金術』の本にその取り外し方が書いてあった。それを思い出しながらやってみた。

 でも、亡骸の顔を見ながらの作業は、精神的にきつい。

 今後冒険者をやっていくなら、こういう魔物からの採取は何度もやる事にはなるだろう。慣れておかなくちゃいけない。

 でも、なかなか辛い。できるだけ顔を見ないようにしながら作業する。

 

 初めてやる作業は大変だった。でも、なんとか回収する事が出来た。

 まあ、素材屋さんには出せないくらい根元がボロボロになってしまったけど。


 

 作業中も気を抜かず、後ろの視界で警戒しながら作業できた。

 でも、他の敵は現れなかった。


 私は入手した一角ウサギの角を手に取り眺める。

 うん、なんとなく使えそうな気がする。

 私はウサギに手を合わせてごめんなさいと念じた後、その場を離れ、次の場所を目指した。

 


 

 

 その後しばらく探索。

 辺りを探索しているうちに、クエスト目的の、ブル・アプサンが生えている場所を見つけることが出来た。

 初日とは別の場所だ。


 ブル・アプサンは、やっぱりそこを縄張りとするモンスターに護られていた。

 今度のモンスターは、大ガラスが3匹。

 

 一度戦って勝った相手なので、今度はこちらから仕掛ける。

 木の裏に隠れ戦闘の準備をし、大ガラス達が向こうを向く瞬間を待って、飛び出すと同時に粘着ボールを射出!

 ボールは1匹に当たり、無力化に成功。残り2匹が戦闘態勢。


 前回同様、私はコアの位置をカモフラージュするため、体に色を付ける。

 今回は泥ではなく、さっき混じった一角ウサギの血を使ってみる。

 体内マジックパックから取り出し、体が血の色に染まる。

 同じ赤のコアは、まるで見えなくなる。


 大ガラス達は、やっぱり前回と同様、2匹が前後で連携して攻撃してくる。

 私はさっき手に入れた一角ウサギの角を試してみる。

 角を射出して、大ガラスに攻撃!

 角がカラスに突き刺さる!

 うん、やっぱりナイフと同じ感じで使える。威力も申し分ない。

 

 そして次の攻撃を仕掛けてくるもう1匹は、ナイフで攻撃!


 大ガラスとの2度目の戦いも、何なく終わらせることが出来た。

 攻撃可能回数が1回増えるだけで、こうも違うなんて。

 まあ、前回とは1匹少ない3匹なので、武器2個でも何とかなったんだとは思うけど。


 その後戦闘後処理を終え、無事ブル・アプサンも採取完了。

 前回同様、自分の分のためにちょっと多めに採取した。

 

 

 

 帰り道。

 私は魔物の気配を感じ取った。


 また、一角ウサギだ。

 しかも、なんだか見たことある気がする。

 アイツだ。

 おととい、私と戦ったアイツ。眼の下の毛に泥がついている。きっとそうだ。



 向こうも私の事を覚えていたのだろう。

 戸惑いがあったさっきのウサギと違い、既に敵意満々の様子だ。

 あんなに逃げ回っていた相手だ、確実に倒せると思っているだろう。


 でも、私も、おとといとは違う。

 今度は、逃げない。

 油断もしない。

 さっきも別のウサギを倒せたんだ。

 今度も、倒す!!




 展開は、さっきのウサギとほぼ同じ展開になった。

 

 一角ウサギは突っ込んでくるが、地表近くの私のコアには掠めもしない。

 いくら脚力があるとはいえ、何度も私の体に無駄に飛び込んでいれば、どんどん粘着液まみれになる。

 前のウサギと違い興奮していた今回のウサギは、毛づくろいすら忘れていた。気が付いた時には、もう取り切れないほど蓄積されていた。


 さっきのウサギみたいに木への突撃を誘うまでもなく、べとべとの足元が、さすがにおぼつかなくなってくる。

 私はゴム化体当たりの準備をする。

 発動まで時間がかかる技だが、最早それすら、外す心配がないほどに……。



「ごめんね……」

 動かなくなった一角ウサギに、私は謝る。

 一昨日とは、もう完全に力関係が逆転してしまっていた。

 死の恐怖を与えていたはずの相手に、今日は自分が死の恐怖を受け、そして現実のものとなる。

 その事を思うと、敵でありながら、なんともいたたまれない気持ちになった。



 とにもかくにも、これで2本目の角を手に入れられる事になった。

 さっきと同じ要領で、角を取り外す。

 その死に顔を真正面から見るのは、まだしばらくは慣れそうに無かったけど。


 回収作業中、後ろのほうの視覚に、1匹のモンスターを捉えた。

 大耳ネズミだった。

 私は振り向かず、気づかれないように、作業に使っていたナイフを体に仕込む。

 不意打ちで背後から襲うつもりだっただろうに、不意を突かれたのは相手のほうだった。

 私の背中から飛び出してきたナイフに突き刺され、何が起こったのか分からないというような感じで、その場に倒れた。



 2本目の角を入手後、ウサギとネズミの経験値オーブを回収する。


 ジョブマニュアルには、最後のページに、今までの累計経験値が表示されるようになっている。この数値は、入手するたびに書き替わる。

 私の累計経験値は、おとといまでの時点で10だった。

 今日倒したモンスターは、全部で6匹。

 一角ウサギは1匹あたり3で、2匹で計6。

 大ガラスは1かける3匹で3の経験値。

 そして、大耳ネズミ1匹が2の経験値。

 合計で11の経験値を入手した。

 

 私が次のレベルになるためには、累計20の経験値が必要だった。

 そして、累計が21になった。


 ジョブマニュアルを閉じ、裏表紙を確認する。

 経験値を回収した後はすぐに消える紋章の光が、今はずっと光り続けている。



 やっと。

 やっとこの時が来た。


 冒険者ギルドの扉を叩いて、ほぼ1か月半。

 いま私は、レベル2になる。

 その瞬間が来た。

 

 

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