2-18話 深部の異変

 森の深部に踏み込むと、雰囲気が一気に変わる。


 まず、植物が違う。

 草花は明らかに大きいサイズになり、そのせいでより鬱蒼とした雰囲気になる。

 木々から差し込む光も弱くなり、その弱い光を求めるかのように、低木はぐにゃぐにゃ不気味な形に枝を付ける。

 そして、動物のさえずりも聞こえなくなる。

 深部は基本的に、普通の動物より大きい、モンスター達がたくさん住む住処となっている。普通の動物はほとんど生き残れないらしく、数はものすごく少ない。

 モンスターも、この先はスライムがほとんどいなくなるそうだ。やはり生き残れないからなのだろうか。

 その代わり、残りの3種がひしめくように生息している。


 私達は獣道を進む。

 先頭は、索敵のスキルがあるロランさん。今のレベルではあまり強い敵や隠れるのが上手い敵はサーチできないが、それでもこの森の相手なら全てサーチできるそうだ。

 最後尾は、ミリィさんが殿を務める。

 私とターシャさんは、2人の間に守られるように間に入って進む。



「……なんだかいつもより、敵が少ないな……」

 ロランさんがそうつぶやく。

 初めて入った私からすれば、ロランさんのように索敵スキルが無くとも、あたりを見回すだけでそれなりの数の魔物の気配を感じられる。だが、それでも少ないほうらしい。


「なんだか……森がピリピリしている……」

 ミリィさんもそうつぶやく。


「それって、メルちーがいるから?」

 ターシャさんが比較的のんきに質問する。

 確かに、未知の生物『スライム娘』が人間と一緒に入ってきたんだ。モンスター達にとっては大異変だろう。

 

「いや……上手く言えないけど、なんかこう……」

 ロランさんは途中まで言葉にしてみたが、まとまらなかったのだろう。その続きは言わなかった。



 

「ロラン、仕掛けてくる……後ろから3体……」


「前方からも3体だ。同時に来るっぽいな……準備はいいか?」


「はい……」

 私は身構える。深部での初めての戦闘が始まる。



 がさっ。

 物音と同時に、後ろから3匹の一角ウサギが飛び出してきた!


 ミリィさんは後ろを振り向き、最初に近寄った、高く飛びあがるウサギに向かってハイキック!

 ウサギは真上に弾かれる。

 ミリィさんはそのままバック転のように1回転した後、片手を地面に付け、それを軸に体を回し、落下してきたウサギに横回転の蹴り攻撃!

 食らったウサギはそのまま遠くへ飛んでいく。恐らくもう命は無い。

 2匹目のウサギもその横回転に巻き込まれ、やはり遠くに弾かれる。

 一番後ろだった3匹目のウサギは突進を止め、手前で立ち止まる。ミリィさんと睨み合う形になる。そのまま状況は一時停滞。


 正面からは、大耳ネズミが3匹だった。

 1匹はロランさんの弓で、もう1匹はターシャさんの火球で、それぞれ撃破する。

 残り1匹はそれを迂回してこちらに近づき……

 わたわたと慌ててしまって何もできない私めがけて突進してくる!


「きゃあっ!?」

 大耳ネズミの牙は、私の右手に噛みついた。

 その後大耳ネズミはこちらに振り向き、一角ウサギと同様、立ち止まってこちらの様子をうかがっている。


「メルちー、大丈……」

 言いかけたターシャさんの言葉が途中で止まる。


 噛みつかれた私は、右手の指を2本失っていた。


「だ、大丈夫です!」

 私は不安にさせないよう、その場で失った指を復元した。

 右手が元に戻る。


「ごめんなさい……何もできませんでした」

 

「う、うん、最初だしそんなもんっしょ……」

 ターシャさんは驚きを隠せなかったが、とりあえず安心してくれたようだ。


 敵は残り3匹。

 うち2匹は後ろの一角ウサギ。1匹はノーダメージで、もう1匹は横蹴りでダメージを負っている状態。

 真横に、口元に粘着液を付けた大耳ネズミが1匹。


 残り3匹なら、この人数なら……

 そう思っていたら、周囲の上空の木の枝に、大ガラスが5匹増えていた。

 そして、前方斜め前から、新たに一角ウサギが4匹。

 いつの間にか、凄い数の魔物達に囲まれてしまっていた。


 普段は協力関係にはないはずの魔物達だが、共通の敵である『人間』が入ってくると、一時的に手を組んでグループを結成するらしい。

 これが、深部の魔物達……。


「メルティちゃん、いけるかい?」

 ロランさんが確認してくる。


「はい……もう大丈夫です。いけます」

 私は返事する。


「メルティちゃんはそのまま大耳ネズミを頼む。

 ミリィは後ろの2匹を。

 ターシャは上のカラス達を。

 正面は、それまで俺が持ちこたえる」

 

「はい!」

「了解」

「まっかせてー」



 私達は背中を預け合い、それぞれの敵に向きなおす。

 私の相手は、さっき攻撃してきた大耳ネズミだ。

 さっきは慌ててしまったけど、もう大丈夫。1匹なら負ける相手じゃない。


「いくぞ!」

 ロランさんの合図とともに、3人は分散する。

 私も一呼吸遅れてだが、大耳ネズミのほうへ向かう。


 下半身をゼリー化してぽよぽよ飛び跳ねながら、大耳ネズミに向かう。

 ネズミの呼吸に合わせ、粘着ボールを発射!

 目をやられたネズミは怯み、私を見失う。

 体に仕込んだウサギの角を発射させ、大耳ネズミを倒した!


 みんなのほうを振り向いて確認する。

 丁度ミリィさんの膝での攻撃が、一角ウサギを仕留めていたところだった。

 もう1匹はすでに倒れている。

 これで後方のウサギは全滅した。

 

 ターシャさんのほうは、既に4匹の大ガラスを範囲火炎魔法で焼いてしまっていた。

 しかし、範囲外だったらしい残りの1体のくちばし攻撃を食らってしまった。

 肩を掠め、横に一筋の血が吹き出る。


 ロランさんは、4匹のうち1匹を弓矢で倒し、1匹にナイフである程度のダメージを与えていた。

 しかし、何度も突進でダメージを受けている。

 皮の鎧が角の直撃を防いでくれてはいる。しかし、多勢に無勢のようだ。


「こっちは終わりました!加勢します!」

 私は、ロランさんのほうに向かった。動きながら、粘着ボールを放つ。


 粘着ボールが飛んでくるのを見たウサギは、みな一度距離を取る。粘着ボールは地面に落ち、ロランさんの付近の地面にまき散らされた。

 進行方向を塞がれた一角ウサギのうちの1匹が、ジャンプでロランさんに迫る!


「メルティちゃん、ナイス!」

 ロランさんは弓矢を構え、一角ウサギの急所に向かって放つ!

 空中の一角ウサギはそれを避けられない!


 残り2匹は、粘着液を迂回するために左右にばらけた。

 うち1体は、ターシャさんの正面方向だ。

 ターシャさんは氷の槍を放ち、ウサギに直撃させる!


 最後の1体は、ロランさんから私に攻撃対象を切り替えてきた!

 どんどん迫ってくる……が、私の横から飛び出してきたミリィさんの足に吹っ飛ばされた!



「よし、ひとまず勝利だね」


 敵の猛攻が止まり、私は戦闘に勝利したことを理解した。



「ミリィさん、ありがとうございます!」


「ん」

 私がお礼を言うと、ミリィさんが短く返事してくれた。



 被害状況を確認する。

 ミリィさんは無傷。

 ターシャさんは大ガラスに一撃もらったが、たいした傷ではないようだ。

 ロランさんは、正面からのウサギたちの猛攻を引き受け、複数の傷を負っている。

 致命傷は無いが、無視も出来ない傷だ。


「こりゃ治療するしかないか。えっと、薬草で……」


「あ、待ってください。私が治します!」

 アイテム袋から薬草を取り出そうとしたロランさんを制止し、私が近づく。


 私は体の色を青色に変え、ロランさんの傷口に手を当てる。

 すると、ロランさんの傷が消えていく。


「あ、ありがと……メルティちゃん、回復魔法も使えるんだね……」

 違う色になった私に驚きながら、お礼を言ってくれた。


「あ、いや、これは回復魔法じゃなくて……」

 私は、自分の今の能力を説明した。

 ブル・アプサンの成分を体に取り入れ、要所でそれを取り出して使うことが出来る、と。


「だから、何回かに小分けにして使えるし、回復力も普段より効果を増やして使えるんです」


「へええ……そりゃすごいや……」


「よし、これで大丈夫ですね。じゃあ、ターシャさんも」


「あ、いやアタシは全然だいじょーぶだよ」


「いえ、そうは言っても、痛そうですし……」


「でも、使ったら無くなるんじゃない?」


「確かに魔法と違って使用回数がありますけど、必要分だけ分けて使えますので、そんなに消耗はしないです。だから……」

 ターシャさんの傷に手を当てて直す。


「それに、使うのはブル・アプサンなので、補充すればまた使えますから」


「へええ……便利ぃ……」



「メルティ、ヒーラーもできるんだ……」


「あ、ヒーラーって程の能力じゃないですけど……」


「それでもメルティちゃんのその力、凄く役に立つよ。

 ウチのパーティーはほら、回復役がいないから……」



 回復魔法を使える僧侶は、貴重な存在だ。

 必要不可欠な技能なので『僧侶』はギルドの初期8種基本職に含まれてはいるが、その素質を持つ人は少ない。

 私の同期8人では、確かイサクさんだけだったはず。


「その、お役に立てて、嬉しいです……」

 私は照れながら返事した。



 戦いのあと、戦闘で使った私の粘着ボールやロランさんの矢を回収。

 そして経験値を手に入れる。

 今回は4人で戦ったので、4等分する。


「あの、私も貰ってもいいんでしょうか。あんまり役に立たなかったのに……」


「え、十分役に立ってくれたよ。足止めもしてくれたし、回復だってしてくれたんだもの」

 私の疑問に、ロランさんが答えてくれた。


「それに、もし本当に役に立たなかったとしても気にすることは無い。

 みんなで経験値を分けて、みんな一緒に強くなる。それがパーティーってものだよ」

 

「そ。そもそもメルちーの練習のためにここに来てるんだから。

 はやくいっぱい経験値貯めて、強くなろーね」

 

「は、はい!」

 

 厚意に甘えて、私も経験値を貰う。

 皆でジョブマニュアルを一斉に掲げると、経験値オーブはばらばらに吸収された。

 こうやると人数で均等分配できるらしい。


 うん、早く皆に追い付けるように強くならなきゃね。

 


 

 移動中、ミリィさんと話をした。


「ミリィさん、さっきの戦い方、かっこよかったです」


「ありがと……」

 ミリィさんは相変わらずそっけなかったが、照れているようだ。


「私の国の武術で、カポエラ、っていうの」


 ミリィさんはいろいろ教えてくれた。

 ミリィさんはレベル5の武道家だが、冒険者になる以前から国で武術を習っていたそうだ。確かに、レベルの数字以上にかなり強かったと思う。

 カポエラは足技を中心とした戦い方だそうだ。

 ルーツは諸説あって、ダンスの中で生まれたとか、異世界から来た人が持ち込んだらしいとか、いろいろあるらしい。確かに、見ていてまるで踊っているようだった。

 加えて、実際ミリィさんは『踊り子』のジョブの素質もあるらしい。そっちは鍛えていないが、一応レベル2まで上げてはいるとの事だ。


 無口な人だと思っていたけど、実際に話してみると、言葉は少なめだが、話していて楽しい人だと思った。



「二人とも、お喋りは一旦終えて」

 ロランさんが警戒モード。また次の敵たちが来るようだ。

 さすがは深部。襲い掛かってくる敵の回数も多い。


 私は警戒しながら、敵を待つ。




 その後も何度も、敵に襲われては倒しを繰り返した。


 ロランさん達曰く、まだ自分たちの連携は大したことないらしい。

 複数人で戦うと言っても、個別にモンスターを数匹引き受けて、実質1対1~2匹に分散させて戦っている。Eクラスだし、まだまだそんなもの、と言っている。

 

 でも、初めて参加する私から見たら、それでも大したものだ。ついていくだけでやっとだった。

 私はまだ足手まといな事を自覚しながらも、それでも自分に出来る事を精一杯やって頑張った。

 

 段々動きの良くなってきた私を、みんな褒めてくれる。

 私はその度に照れてしまう。




 いよいよ目的地、ブル・アプサンの群生地にたどり着いた。

 

 ここを縄張りとする魔物達はいなかった。

 森の浅いほうと比べ、ここは激戦になりがち。なので魔物達も、ここ1か所に留まっても集中砲火を食らうだけ。その都度取りに来て、回復したらすぐに引っ込む……という行動をとるらしい。ロランさんが解説してくれた。

 もっと強い敵がいるダンジョンとかなら、いわゆる『ボスキャラ』が陣取っているんだけど、飛び出て強い魔物のいないこの森にはボスもいない、との事らしい。


「すごい、大きな葉っぱですね……」

 私は感嘆の声を上げた。

 

 他の植物と同様、プル・アプサンの葉も大きい。いつも私が採取している物とは全然違う。

 品質もいいので、普通に使うよりもポーションなどの材料にすることが多いらしい。


「じゃあ俺が見張りしておくから、3人で採取お願い。

 あ、メルティちゃん、マジックパックを使わせてもらっていいかい?」


「あ、はい、もちろんです!」


 私のマジックパックはクルスさんに貰ったものだけど、新人のうちからこのくらいのマジックパックを持つ冒険者はやっぱり少ないらしい。他の皆は普通のアイテム袋だ。


 

 

「よっし、これだけあればじゅーぶんね!」

 ターシャさんの声で、採取作業は終わった。

 私はいつもの通り、クエスト分のほか、自分の分だけ多めに採取しておいた。

 これは他の2人もそうだ。

 見張りを引き受けてくれたロランさんの分は、皆が少しずつそれぞれ分けて渡した。



 

「じゃあ、後は帰るだけだな」

 ロランさんはそう言ったが、もちろん気を緩めてはいない。

 帰り道ももちろん危険なのだから。



「あれ……?」

 帰り道。

 行きの時は気が付かなかった、木の幹に付けられた傷を見つけた。


 それは、剣の傷のようだった。まだ新しい傷だ。


「誰か、ここで戦ったのか……?」


 私とロランさんは、ナイフで戦う。ターシャさんもミリィさんも刃物は使わない。

 こういう傷が出来る片手剣のような武器は、私達は持っていない。

 

 だから、私達が付けた傷ではないことは明らかだった。


 私たち以外に、ここで戦った何者かがいる。



 いつもより、魔物が少ないという森の深部。

 その剣の傷は、いつもと違う不穏な空気を物語っているかのようだった……。




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