2-19話 凶刃
森の深部からの帰り道。
数回魔物に襲われたものの、特に問題なく対処し、まずは深部の出口を目指して進む。
「ターシャ、MPはまだ大丈夫か?」
「んー、このペースなら持ちそうかな」
ロランさんの質問にターシャさんが答える。
途中何度か、MP消費の少ない『初級火炎魔法』に切り替えたり、大丈夫そうなときは杖の打撃攻撃で戦っていた。
「いつもより数が少ないし、これならマジポー無しでも持ちそうじゃね?」
マジポー……マジックポーションの事かな。
「そっか……メルティちゃんの癒しの手のほうはどうだい?」
「私はまだまだ大丈夫です。さっきブル・アプサンも採取出来ましたし」
私の能力はとりあえず『癒しの手』と呼ばれることになった。
MP消費式の魔法と違い、癒しの手は、アイテム入手の時点で使用回数が回復できるのが強みだ。その代わり使用回数は自然回復しないけど。
「そっか。ならこのペースなら問題なさそうだな」
ロランさんはほっとしたような表情だ。
「あれ……?」
森の深部の入口付近まで戻った時に、私は気が付いた。
「メルちー、どした?」
「いや、えっと、ここって深部で最初に戦ったところですよね?」
「うん、そだね。まだ魔物の死体がまだ残ってるし」
「でも、あれ……」
私は、地面に倒れている大ガラスのほうを指差した。
「大ガラスって、全部ターシャさんの魔法で倒したんですよね。
でもあの大ガラス、剣で斬られた傷がついてます……」
「……ほんとだ……」
つまり、私達の後で、ここで何者かが戦った……?
森の深部を脱出し、普通の景色になった森の中を進む。
少し雑談する余裕が出来てきた。
「なあ、さっきの……俺達以外の冒険者がここに居るって事か?」
ロランさんがさっきの状況について、みんなに尋ねてきた。
私がその質問に答える。
「いえ、違うと思います。
私、森の中ではこういう体なので、見られたら大変なので、事前にマリナさんにお願いしておいたんです。他に冒険者がいるとき、教えてくださいって。
でも、今朝は何も言ってませんでしたので……」
「つまり、冒険者はいないという事か。
じゃああの傷はいったい……?」
「冒険者ではない、何者かが、付けた、という事か」
ミリィさんがそう答えた。
「確かにそう考えるのが自然か……。でもじゃあ、いったい誰だ?」
私やロランさんではない、そして冒険者でもない、もちろんこの森の魔物でもない、刃物を持った『何者か』が、この森をうろついている……。
そう考えるしかない。
「……まだ、油断はできないな……」
ロランさんがそう言って、警戒をさらに続けながら、私達は森の出口を目指す。
そして、森の出口に差し掛かるころ……。
「もうすぐ出口だね。このまま何にも無いといいんだけど……」
「あ、そうだ。すみませんが、出口のところで少し時間を貰えませんか?
人間の姿に戻らないといけないので……」
「あ、ああ、なるほど。分かっ……」
ロランさんが私に返事をしようとしたところ、何かに気が付いたようだ。
ロランさんが手でサインを送り、その指示に従い木の陰に隠れ、そちらを見る。
「いた……」
あの傷をつけた主が、今、分かった。
そこには、目の前にいる緑の色の肌をした亜人がいた。
「なんで……『ゴブリン』が、こんな所に……?」
ロランさんがそうつぶやく。
ゴブリン……。
私でも名前を知っている、有名な亜人のモンスター。
亜人種の中では一応『最も弱い』と格付けされてはいるが、実際には千差万別だ。
ほとんどのゴブリンはその評判通り弱いが、時折Aクラスの冒険者でも苦戦するものすごく強いゴブリンに遭遇することもある。
そんなゴブリンが、何故かこの森の出口付近にいる。
この森に居ないはずのゴブリンが、どうしてこんな所に……?
「ロラン君、どうする?」
ターシャさんが意見を求める。戦うか、逃げるか。
「探索スキルに引っかかるのは、正面に見える1匹だけだ。他にはいなさそうだ。
だから、戦って勝てないことは無いと思うが……」
「みなさん、戦ったことあるんですか?」
私は聞いてみた。私はもちろん無い。
「前に何度かな。だから、全く無理な相手じゃない。
アイツ等は小柄の『盾持ち』だ。ゴブリンの中でも子供に近い、弱いヤツだ。
あれと戦う適性レベルは5くらいだし、1匹だけなら問題はないが……」
ロランさんはターシャさんのほうを見る。
「ターシャ、MPは?」
「氷の槍1発と、初級火炎魔法1発。それなら撃てる……」
ここまでの帰路で、やはり消耗していたらしい。
私は体内にルージュハーブの成分がある。
しかし、これは自分のMP回復専用で、どうやら他人には使えない。
ブル・アプサンのように、傷に手を当てて癒す、というわけにはいかないからだ。
「わかった。じゃあ、俺とミリィで行こう。
ターシャは茂みに隠れて、隙がありそうなら撃ってくれ」
「りょーかい」
「メルティちゃんも……このまま隠れていてくれ。
君にはまだ、無理だ」
「わかりました……」
頷くしか無かった。適性レベル5の相手に、レベル2の私はまだ、挑めない。
「じゃあ、いくぞ……」
ロランさんとミリィさんは物陰に隠れながら、ゴブリンに近づく。
そして……。
「おら来いよ、このシールド小僧!!」
ロランさんが茂みから飛び出し、大きな声でゴブリンを挑発。
ゴブリンがそちらに振り向いた瞬間、反対側からミリィさんが飛び出す!
ミリィさんの横蹴り!
ゴブリンは不意打ち虚しくそれに気づき、手に持つ大きな盾でカードする!
その隙に、ロランさんが弓矢で攻撃!
矢はゴブリンに当たり、ゴブリンは悲鳴を上げる!
しかし、そのくらいのダメージではゴブリンは倒れない。
やっぱり、一撃で倒せたこの森の魔物とは格が違う。
その後は、接近して戦うミリィさんとゴブリンの戦いが、しばらく続く。
ミリィさんは格闘攻撃を何度も仕掛けるが、盾に邪魔されて有効打はなかなか与えられない。
ゴブリンはその攻撃の合間を狙い、ショートソードでミリィさんを狙う。
しかし、ミリィさんも手首に巻いている鉄のプロテクターでうまく捌く。
ロランさんはやや距離を取り、弓矢で応戦する。
そのまま撃てばミリィさんに当たるのでなかなか攻撃できないが、敵ゴブリンのパターンを崩すかのように、合間を見て矢を放つ。
ターシャさんは、ゴブリンを直接狙える方角の草陰に移動し、魔法の詠唱を進め、手のひらに氷の冷気を保ったまま、チャンスを待つ。
私は、それを見守る事しかできない。
その状況が、しばらく続く。
私達Eクラスの冒険者は、まだまだ新人。
ミリィさんとロランさんの連携は、あのゴブリンに通用するほどではないらしい。ターシャさんも、なかなか魔法を撃てずにいる。
しかし、それでも、ロランさんの妨害の弓は、徐々にではあるが、ゴブリンの攻撃リズムを削いでいく。ミリィさんの攻撃をさばく盾の動きが、次第に悪くなる。
「今!」
ミリィさんの合図とともに、ターシャさんが魔法の構えを取る。
ミリィさんはゴブリンの盾を、上に蹴り上げる。
ゴブリンの体は盾に持っていかれ、上顎をさらした状態になる。
ミリィさんの体はそのままバック転で宙を舞い、上空で1回転し始める。
そして、そのミリィさんの下に出来た隙間を縫うように、氷の槍が飛んでいく!
「グ……ガ……」
喉元を氷の刃に貫かれたゴブリンが、苦しむように声をあげる。
そして、1回転を終え着地したミリィさんが、さらにそのゴブリンに向かってとどめの蹴り攻撃!
ゴブリンは、それでやっと動かなくなった。
「やったあ!」
ターシャさんが立ち上がって喜ぶ。
ロランさんもほっとしたような表情。ミリィさんは、興奮を抑えるように大きく息をつく。
みんなすごい……ゴブリンを、本当に倒しちゃった……。
私も、皆のほうに近寄ろうとした。
しかしその時、気が付いた。
首の後ろの視界でそれを捉えた。
物音も立てずに、草陰がほんの少し揺れるのを。
「ターシャさん、危ない!!」
思わず私は、飛び出してしまっていた。
ターシャさんは振り返って、驚いた表情で見ている。
後ろから迫ってきた、もう1匹のゴブリンを。
そして、その間に割って入った、私の姿を。
さっきの盾持ちのゴブリンよりひと回り大きいソイツは、さっきのショートソードより長い剣を持っていた。
その剣が、私の体に刺さっている。
私は自分の腹部に視界を落とす。
剣は、私のコアを貫いていた。
コアの深い部分、暗い紫色の部分を。
「メルちー!?」
ターシャさんの、大きな声。
ゴブリンは私から剣を引き抜き、へたり込んでしまったターシャさんに目を向ける。
そのゴブリンの横を、矢が通り過ぎる。
ミリィさんがこちらに迫ってくる。
ああ、失敗したな……。
ちゃんとうまくやれば、コアの位置をずらしておけば、こうはならなかったはずなのに。
そういえば、まだ伝えていなかったな。
私は体がバラバラになっても、コアさえくっつければ復活できるんだよって。
だから、大丈夫ですって。
あれ、でもなんだか……いつもと違うな……
バラバラになる時は、一瞬で気を失っていたんだけど……
それに、コアを攻撃されたら、痛いはずなんだけど……。
「メルちー……メルちー……メルちー……!!」
何度も私に声をかけるターシャさんの声が、だんだん遠くなる。
体の形が保てなくなり、ドロドロに溶けていく。
涙を流すターシャさんの顔が、だんだんボヤけてきて、そして暗くなって見えにくくなる。
思考がだんだん、途切れてくる……。
変なの……これじゃまるで……
死ぬとき……みたい……じゃない…………
暗闇の中で、どこからか、声のようなものが聞こえた。
『こんどは、ぼくたちが、たすけるよ』って…………。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます