幕間7 世界を救う7人(前編)
グレンディル共和国は、主に11の地域に分割されている。
まず、王都周辺。地図上でも国の中心部に位置し、政治経済の中心部でもある。
ここは王都地区、もしくは他の地区に倣って第0地区と呼ばれている。
王都周辺には、それを取り囲むように10の地区が存在する。
真北を第1地区、真南を第6地区とし、第1地区の西隣が第2地区。以下、反時計回りに番号が増えていき、第10地区の次が第1地区に戻る。
『黒髪の戦乙女』こと女勇者クルスは、南東部にある第7地区から王都地区まで戻っていた。
「ジョルジュ、エリーゼ!!」
王都冒険者ギルド1階のロビーにて仲間たちと落ち合う事になっていたクルスは、先に中にいた2人に声をかける。
「おうクルス!久しぶりだな!」
「クルス君、元気だった?」
男性の名はジョルジュ。
短い茶髪の男性で、白い重鎧で身を包んでいる。
現在のジョブは、戦士系の上級職である『パラディン』。ランクはAクラス。
女性の名はエリーゼ。
長い金髪の細身の女性で、やや小柄。やや水色混じりの白い法衣を纏っている。
ジョブは僧侶系の上級職『導師』。ランクは同じくAクラス。
クルス、ジョルジュ、エリーゼの3人は幼馴染だった。
「で、新婚生活はどうなんだ?」
「し、新婚って、まだ結婚してねえよ……」
クルスが茶化すと、ジョルジュが照れたように答え、エリーゼも照れたように目を逸らす。
同パーティーで活動するうち2人は恋人同士の関係になり、ほぼ夫婦同然の間柄になっている。
いい加減早く結婚しろと皆にせっつかれている。
「そういうクルス君はどうなの?ビビちゃんから聞いてるわよ。新しい弟子が出来たって。
で、その後輩ちゃんとはどんな感じなの?」
「いや、メルティとはそういう関係じゃないって……」
さっきまで照れていたエリーゼが、クルスに近づきにんまりとした表情でそう聞く。
今度はクルスが逆に慌てている。
端から見ると、仲の良い2人の女友達がお互いをからかっているようだったが、実際はそうではない。
『女勇者』クルスには、ある大きな秘密があった。
「お、皆の衆、揃っておるな!」
やや遅れて、もう1人の女性が合流する。
名はビビアン。紫色のもさもさの髪をした、ジョルジュとほぼ同じくらいの背の高い女性。
ジョブは『ウォーロック』。同じくAクラスだ。
「久しぶりに全員揃ったね」
「これで『女勇者チーム』勢ぞろいじゃな!!」
女勇者クルスと他3人は、新人時代から共に戦ってきたパーティーメンバーだった。
今では全員Aクラスとなり、個々で様々な指名依頼を受ける事が多くなり、4人全員揃うのは半年ぶりだった。
『女勇者チーム』は、4人のパーティー名。
4人とも自分たちの呼ばれ方に特に拘りが無かったせいか、いつの間にかそう呼ばれるようになっていた。
「全く、いつ会っても馬鹿話してるよな、貴様等……」
そんな4人に向かって、子馬鹿にしたように声をかける男性がいた。その後ろには、他に2人の人物もいる。
「なんだ、グリフか。お前もいたのか」
「いて悪かったな、この男女が」
クルスにそう悪態をついた男の名はグリフ。ジョブはバトルマスター。
後ろに居る男性が手をあげて挨拶する。名はブライアン、ジョブは魔法剣士。
その隣の女性もぺこりとお辞儀する。名はアリエル、ジョブは賢者。
この3人は『三鬼神』という名でパーティーを組んでいる、いずれもAクラスの冒険者だった。
クルスたちと違って、だいぶ格好の言い名前が付いている。
その集まりに、ギルド内部の人間の注目をにわかに集め始めている。
『女勇者チーム』と『三鬼神』。
王都ギルドでも有名なAクラス冒険者7人がいる。
そして、各パーティーの各リーダー同士が、何やら揉め始めている。
注目を集めないはずはない。
そんな注目の的となっている7人に向かって、近寄ってくる男が一人。
「おう、全員集まったな」
2人のケンカの腰を折るかのように声をかけた。
王都冒険者ギルドの受付の男、バルダー。
今回、この7人に指名依頼を出した張本人だった。
王都冒険者ギルドはその名に恥じぬ程の規模の大きなギルドで、受付の人間だけでも7人いる。
うち6人は女性で、男性はこのバルダー1人だけ。
ギルドと言えば女性の受付嬢が多数を占める中、男性の受付担当者は業界全体でもかなり珍しかった。
「じゃ、とっとと今回の依頼を説明しちまうぞ」
ロビーの一角のソファーのほうに移動した7人は、挨拶もそこそこに、早速今回の指名依頼の説明を受ける事となった。
「雇い主はいつもの爺連中。
内容は、王都地下で最近暗躍している邪教団の壊滅だ。
この邪教団、大魔王『デスレイス』を復活させようと目論んでいるらしい」
「だ、大魔王……っすか……」
クルスがそう答える。
大魔王デスレイス。
今ではおとぎ話となるくらいに昔の『勇者と魔王の時代』の時代。
その時、勇者は魔王を倒した。
しかしその魔王を倒しても真の平和は訪れず、魔王の陰に大魔王と呼ばれる存在が浮上した。
その後、その大魔王と勇者は戦い、辛くも勝利し、勇者はその後表舞台から消えた……と、そう伝えられている。
「ま、そうだな。要するに裏ボス様ってやつだ」
「は、はあ……」
バルダーはさらっとそう話すが、もしこれが本当なら大変なことになる。
かつて、世界を滅ぼそうとした魔王、その陰に居た大魔王……それを復活させようとする者が現れるなんて。
「ま、お前らに来てもらったのはそういう訳だ。
詳細はこの紙に書いてある。
やり方はお前らに任せるから、早急に解決してくれ。そんじゃ」
それだけ伝えると、バルダーは行ってしまった。
「相変わらず、内容は深刻なのに、言い方はすっげえ軽いな……」
ジョルジュが悪態をつく。
「ま、私達を信用してくれているって事でしょ?」
そう話すのはエリーゼだった。
バルダーのあの態度は、今に始まった話じゃない。
7人とも、もうすっかり慣れていた。
全員、クエスト依頼書の内容に目を通す。
今回の敵の邪教の名前は『常世の闇』。まあまあそれっぽい名前だった。
教団の拠点の場所は王都の地下、下水道の奥深く。位置も詳しく記載されている。
教団員の数は推定300人。邪教としてはかなりの数だが、そのほとんどは非戦闘員。今回の壊滅作戦の障害にはならないだろう。
しかし問題は、教団が抱える魔物の数だ。
旧魔王軍を信奉する教団らしく、多数のモンスターを従順させているらしい。
いずれも、1体だけでも、Bクラス以下では討伐が困難な魔物達だ。それが推定100体。
そのほか、不死軍団が最低でも500体。教団の幹部達に、死霊を操る『ネクロマンサー』が十数名いるらしく、それらが操る不死のスケルトン軍団が教団の守りを固めている。
これらを壊滅させなければならない。
モンスター軍団の討伐の他、クエスト依頼には別のミッションも課せられている。
それは『生贄の少女たちの救出』だった。
大魔王デスレイスの復活のために、生贄の少女が囚われているらしく、彼女たちを救出しなければならない。
生贄の少女の救出失敗は、それ即ち、大魔王の復活を意味する。
大魔王が復活する前に、少女たちの命が失われる前に、救出しなければならない……。
「で、その大魔王サマとやらの復活の儀式って、いつ頃の予定なんだ?」
7人の中で唯一、識字が十分ではないブライアンが、そう問いかける。
その問いを受けて、アリエルが答える。
「資料によると『新月の夜』だから、えっと……今夜ですね」
「今夜かよ!!」
クルスとグリフが、同時にツッコんだ。
「期限が今日なら、もっと早くに呼んでくれよ……」
ジョルジュがぶつぶつ言っていると、
「ま、まあまあ……」
エリーゼがなだめる。
「まあ、場所も敵の規模も分かっておるんじゃ。バルダー殿の依頼にしてはまあまあじゃな」
ビビアンがそう答える。
実際、ここまではっきりとした情報が公表されているのは、バルダーが骨を折ってくれたからである。
今回の依頼主は『六老聖』、だいたいいつも適当な無茶振りをしてくる老人たちである。
バルダーはああいう態度だが、一番苦心してくれたのはバルダーだ。
クルスも一応それは分かっている。
「……んで、どうしようかこれ」
「まあ2チーム居るんだ。正面と裏面から、2方向進軍でいいだろ」
「ま、それでいっか」
クルスの問いにグリフが答え、クルスもそれに同意した。
ごく簡単な打ち合わせの結果、教団本拠地の正面からは『女勇者チーム』4名が、裏口から『三鬼神』3名が突入する事となった。
激戦が予想される正面から、高火力の魔法が使えるビビアンと、不死軍団に有効な魔法が使えるエリーゼを擁する女勇者チームが陽動を兼ねて突撃し、小回りの利く三鬼神が裏から潜入。
後は各個撃破しながら、生贄の少女たちを探して救出……。
やや雑な打ち合わせながら、時間も無いので、そういう事となった。
そして、7人は出発した。
王都ギルドが誇る、最強クラスの7人による邪教団殲滅作成。
邪教の規模はすさまじいものがあったが、最強の7人なら、クエスト遂行は可能なはずだ。
バルダーは、安心して彼らを見送った。
しかし、その日の深夜。
彼が見たものは、意外な光景だった。
信頼して送り出した7人のうち、最も個人的能力の高い人物は『黒髪の女勇者』クルスだった。
しかし、いま彼の目の前に居るその女勇者の姿は、信じられないほど酷い有様となっていた。
「い、いったい、何があったんだ……?」
バルダーは、クルスの傍にいたエリーゼに問う。
「実は……」
彼女は語り出した。
クルスに何が起こったのかを……。
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