幕間8 世界を救う7人(後編)

 『女勇者チーム』のクルスと、『三鬼神』のグリフ。

 この2人もまた、お互い冒険者になる以前から交流のある友人……いや、悪友だった。


 歴代多くの勇者を輩出してきた貴族の三男坊のクルス。

 騎士の家系の次男だったグリフ。


 この2人は、スクール時代の同級生で、顔を合わせればお互い何かと対立しあう、悪友同士の関係だった。


 そんな2人は卒業後、お互い別の理由で冒険者の道を目指すこととなった。

 実家から追放される形で出奔し、冒険者になったクルス。

 騎士の修行の一環として、冒険者となったグリフ。

 グリフのほうが3か月ほど先だったが、お互いほぼ同期同士の関係だった。


 しかし、その間柄は良かったかというとそうではない。


 そもそもクルスが出奔し冒険者となった理由は、彼のジョブのせいだった。

 世にも珍しい『女勇者』というジョブのせいで、男性から女性になってしまったクルス。

 グリフから見たら、クルスは、初対面の『悪友と同名の美しい女性』に見えた。

 自分の正体を知らないグリフに、クルスは、それはそれは揶揄からかった。

 自分の正体を隠したまま、その美貌を使い、揶揄って揶揄って揶揄いまくった。


 しかし、いずれ正体はバレてしまう。

 バレた後グリフがどういう反応をしたのか。それは、この場では語らないでおこう。




 とまあ、そういう経緯のあったクルスとグリフ。

 顔を合わせれば当然毎回ケンカになる。

 

 そんなグリフだったが、彼もまた、クルスの今の姿を見て、何も言えなくなっている……。

 

 

 

 王都冒険者ギルドのバルダーより受けた、両パーティー合同による指名依頼……邪教集団『常世の闇』の掃討作戦。


 作戦はその日のうちに完了した。

 邪教の拠点の裏口から突入する事となったグリフ達『三鬼神』のメンバーは、全員無事に帰還。

 同じく正面から突入した『女勇者チーム』も、なんて事無く帰還する……そう信じていた。

 

 しかし、帰還したグリフを待っていたのは、酒場でうなだれて泥酔するクルスの姿だった。

 長年の付き合いであるグリフも見たことが無いほど、落ち込んだ姿だった。


 側には、ギルダーの他、クルスと同じパーティーのエリーゼがいた。

 同じパーティーにいるはずの、ジョルジュとビビアンの姿は無い。



「い、いったい、何があったんだ……?」

 バルダーはエリーゼに問う。グリフも、それに聞き耳を立てる。


「実は……」

 そして彼女は語り出した。




 


 邪教集団『常世の闇』。

 かつての大魔王『デスレイス』の復活を目論む危険集団。


 クルスたち『女勇者チーム』は、真正面から堂々と突入した。

 

 まず襲い掛かってきたのは、邪教集団が手懐けていたおよそ100体のモンスター軍団。

 これをまずビビアンが、その高火力で広範囲な魔法で、一気に掃討した。

 続いて襲い掛かってきたのは、教団のネクロマンサーが操る600体のスケルトン軍団。

 これをエリーゼが、『退散魔法』で、全てを光の彼方へ消し去ってしまった。

 合計700体の軍団を、僅か2名で簡単に消滅させてしまった。


 ジョルジュは捉えられていた生贄の少女達を見つけ、彼女達を護衛するため戦線を離れた。

 逃がすまいとする教団の残党兵から、彼女達を完璧に守り切ることに成功した。



 一方、裏口から潜入した『三鬼神』の3名。

 表でド派手に立ち回りをしていたおかげで、あっさりと潜入に成功。

 そして、これまたあっさり、教団のトップ、大司教と遭遇する。

 ここまでは良かった。しかし大司教は、生贄の少女が既に逃げた事を悟ると、それならばやむを得ぬと、少女たちの代わりに自身の命を代償にし、大魔王デスレイスを復活させようとした。


 かくして、大魔王デスレイスは、大司教とそれに無理やり殉じられてしまったほかの幹部の命と引き換えに、復活してしまうのだった。

 かつて、世界を支配しようとし、この世の人間達を苦しめた魔王。その魔王を陰から操っていた大魔王。

 復活すれば、この世界は終わる。邪教集団からはそう信じられていた大魔王。


 がしかし。


 『三鬼神』の3人は、この復活した大魔王と戦い、そして倒してしまった。

 


 被害らしい被害と言えば、魔法剣士のブライアンが骨折し、賢者のアリエルがMP枯渇でフラフラになって倒れた。そのくらいしか無かった。

 


 かつて、世界を救った勇者。しかしその勇者の強さを現代の冒険者に換算すると、Bクラス上位か、Aクラス下位。

 長年の技術革新というものは残酷だった。

 3人の実力は、かつての勇者を上回っていた。

 対して大魔王は、長年の封印により、すっかり衰えていた。衰えた体で目覚めたばかり、本調子ではないまま3人と相対する事となり、実力を出し切る間もなく敗れた。


 勇者がその命を賭して封印しようとした大魔王は、ものの10ターンもかからず、ごくごく簡単に三鬼神によって、再封印どころか、完全にメッタメタに倒されてしまった…………。



 

「…………なるほど、分かった」

 エリーゼと、途中から加わったグリフの説明を聞いて、バルダーは苦い顔になった。

 

「それじゃあクルスはつまり……出番が全くなくて不貞腐れている、という訳か」


「全く、お恥ずかしい限りで……」


 バルダーが出した正解に、エリーゼが恥ずかしそうに謝罪する。


 

 

「うっうっうっ……。

 なんにも……なんにも活躍できなかった……」


 テーブルに突っ伏しながら、クルスはさめざめと泣いている。


 

 最初のモンスター戦ではビビアンの、次のスケルトン軍団戦ではエリーゼの魔法で一掃された。クルスは出番は無かった。

 生贄救出は、ジョルジュの完璧な護衛により、クルスは出番は無かった。

 教団の雑魚信者は既に逃げだし、やっと見つけた幹部達は、既に生贄となり命を落としていた。クルスは出番は無かった。

 そして、復活した大魔王は、『三鬼神』たちによって瞬く間に瞬殺された。クルスは出番は無かった。


 そう、クルスは一切、出番が無かった。

 全く、なーんにも。

 ただ、後ろから付いてきただけだった。

 

 

 その結果、このザマである。

 

 

 バルダーは困惑していた。

 これが王都では事実上最強の冒険者、女勇者クルスの姿なのかと。


 

 周りのテーブルを見渡す。

 カウンターではビビアンが、大酒をかっ食らって暴れている。

 酒が入ると、隠し切れない普段の気弱な性格は全く見られなくなる。

 

 奥のテーブルではジョルジュが、両脇にいる生贄の女性達からお酌をされ、デレデレとした顔で飲んでいる。

 バルダーの隣でそれを見つけたエリーゼは、いつの間にかジョルジュに近い位置に移動し見ている。柔らかに笑っているが、明らかにブチ切れている。修羅場5秒前を感じ取った周りのテーブルから人気が無くなる。

 

 同パーティーの仲間であるはずの3人だったが、酔っぱらったクルスの介抱をする者はいない。

 皆それぞれ好き勝手に酒の席を楽しんでいる。



 治癒魔法で骨折の治ったブライアンはとっとと宿の部屋に戻って寝ているらしい。

 アリエルは次の仕事のため既に王都を離れてしまった。


 クルスと同じテーブルにはグリフしかいない。

 いつもは顔を合わせればケンカ、一緒に飲めばケンカをしてばかりだが、今日はさすがにグリフも大人しい。同情……というより、コイツホントどうしようも無ぇなという表情で、突っ伏しているクルスを放っておいて手酌で飲んでいる。

 慰めるそぶりは一切無い。まあ今までの事を思えば、クルスの自業自得である。


 

 

「メルティにいい所見せたかったのに……いい土産話聞かせたかったのに……」

 

 つい先週まで面倒を見ていた、後輩で弟子のメルティから、『ジョブマニュアル購入料』という名目で入金があった。

 彼女は無事、初任務を完了出来た。その報告となった。

 なので、クルスも張り切って今回のクエストに参加したのだが……。


「メルティはがんばってるのに……俺ははなんにも出来なくて……。

 俺は、俺はなにやってんだろ……」


 バルダーは心の中で、ほんとその通りだよとツッコむ。



 

 実際、彼の見立ては正しかったと言える。

 王都の、いや世界の危機を救う7人を招集し、無事に守り切った。

 それも、最強のカードであるクルスを温存したまま。

 

 世界を救った7人……いや6人か。ともかく、それを招集し、調査を完璧に勤め上げたバルダーは、裏方としては最も平和に貢献した人物と言えなくもない。


 しかし、その実感は全くない。

 この突っ伏して飲んだくれている女、いや男を見ていると、ぜんぜんそんな気分にはなれない。

 


「帰るか……」

 明日も仕事がある。とっとと帰って明日に備えよう。そう思うバルダーだった……。





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作者です。ここまでお読みいただきまして、誠にありがとうございました。

今後もよろしくお願いいたします。






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