2-21話 同化
ここはどこだろう?
水がめの中だろうか?
ターシャさんとおかみさんにに部屋まで運ばれて、今、水がめの中にいるようだ。
何も見えない。
何も聞こえない。
水がめの中で眠るように気を失い、暗闇の中でまどろんでいる私。
なのに。
どこからか、声が聞こえる。
だいじょうぶだよ、かなしまないで……
これからは、いっしょにいるよ……
あの子たちの、声が聞こえる。
私は、今は安らかな気持ちで、その声のような、心のようなものを感じている。
**************************
『ワタシ』が『かんがえるちから』を得たのは、生まれてからしばらく後になる。
だから、これはまず、それまでの回想だ。
ワタシは、森の中で生まれた。
どうやって生まれたのかは、わからない。
気が付くと、森の中にいた。
生まれてすぐは何もわからず、わけもわからず、森の中をさまよっていた。
動いたり、食べ物を食べたり、眠ったり。そういう事は本能ですることが出来た。
だが、何のために生まれたのか。何のために生きるのか、それは分からなかった。
生まれてから少し経ち、まわりが暗くなったり明るくなったりを何度か繰り返した後、自分と同じ姿の生物に出会えた。
その頃は呼び方は分からなかったが、自分は『スライム』という生き物なんだと分かった。
しばらくは、仲間たちと一緒に行動していた。
何故かはわからないけど、そういうものらしい。
仲間は、たくさんいたはずだけど、だんだん少なくなっていった。
どこかへ行ったのか、消えたのかは分からない。
時々、自分たちを襲う、何かがやってくる。
上を飛ぶ何かに仲間が突っつかれたりする。突っつかれると、仲間はうごかなくなる。
その何かから逃げるように、隠れたり、逃げたりする。
そうやって、生きていた。
ある日、いつもの何かが、突っついてきた。
がんばって抵抗しようとしたが、全然だめだった。
今度は自分の番だと分かった。自分ももうすぐ、うごかなくなる。
そう感じた時、どこからか、何かに向かって、別の物体が飛んできた。
突っついていた何かは、離れていく。
「え、えっと……みんな、大丈夫だった?」
何かが、不思議な音を出す。
自分たちに似ていたけど、大きくて、不思議な形をしていた。
「もう大丈夫だよ。じゃあ……気を付けてね」
その音がどういう意味だったのか、この時は分からなかった。
そして、不思議な形はいなくなった。
その場所には、不思議な形が飛ばしたものが残っていた。
自分たちの体に似ていたけど、動いていない。
それに、なんとなく触れてみた。
すると、自分の中に、何かが入り込んできた。
『スライム』
『大ガラス』
『スライム娘』
知識、というものだった。
『ワタシ』はこの時、『知識』を得た。
ワタシはスライムで、ワタシを襲っていた何かは大ガラス。
そして、ワタシを助けて、『言葉』をかけてくれたのは、スライム娘。
ワタシと一緒にいた2匹も、この時一緒に知識を得たようだ。
ワタシは、『かんがえる』ことができるようになった。
知識を得たからといって、何かが変わるわけでは無かった。
いつも通り食べて、いつも通り寝て、いつも通り生きる。
あの『スライム娘』みたいに、声を出したり、形を変えたり、何かを飛ばしたり出来るわけじゃない。
いつも通りだった。
でも、何かが、何かが変わった気がした。
少し後。
また、あの『スライム娘』に出会った。
『一角ウサギ』に、襲われていた。
その魔物には初めて会ったのに、その名前が分かった。知識、というものが教えてくれた。
スライム娘は、木の上に登っていた。
そして、何か不思議な動きをしたら、一角ウサギはいなくなった。
その後、スライム娘は何かをして、違う形になって、木の無い場所へ行ってしまった。
ワタシには、よく分からなかった。
でも、別のスライムがワタシに触れて、教えてくれた。
あれは人間。スライム娘は、人間になって、街に帰っていった。
『ぼく』のスライムがそう教えてくれた。
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私の中に、『記憶』が流れ込んでくる。
会話として語り掛けてくるような、それでいて一瞬でそれを思うだけで伝えるかのような、不思議な感覚で。
『ワタシ』は森で生まれ、こうやって生きていた。
『あたし』も同じく、森で生まれて生きていた。
『ぼく』はどうやら森ではなく、街の中で生まれたらしいが、自分でも分からないうちに森に移動し、そこで生きていた。
そして、あの日。
私が回収していなかった粘着ボールに触れ、そのおかげで、私が持っていた『知識』を得た。
スライム達は、スライムという生き物は、こうやって同種の仲間に触れる事によって、何かを共有することが出来る。
それは知識だったり、記憶だったり、それ以外の何かだったり。
人間が言葉を交わして知識を伝えるのと同様に、スライムは接触によってそれらを伝える。
これはいま逆に、私がこの子達から得た、スライムの生態という『知識』だ。
『ぼく』は街で生まれたので、人間の知識が少しだけあった。
本当の人間とスライム娘の人間変装体の区別はこの時はまだ無かったらしいが、知り得る限りを『ワタシ』と『あたし』に伝えた。
『ワタシ』『あたし』『ぼく』という一人称も、 私の知識の中にあった一人称を参考にして、それぞれ自分たちで選んで決めていたものだ。
それまでは個体差というものすら知らなかったが、知識によって、個体差という区別をこの子達は得ていた。
そして、記憶と知識の流入は、あの時の事を教えてくれる。
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『ぼく』はその日また、『スライム娘』と出会った。
他の3人の人間と一緒に、その場所にいた。
人間たちはゴブリンと戦っていた。
小さいほうのゴブリンを倒したが、後ろにいた大きいほうのゴブリンが、人間を狙っていた。
スライム娘は、その間に入っていき、人間を助けていた。
スライム娘は剣で『コア』を刺されて、動かなくなってしまった。
ぼくたちは、スライム娘に近寄った。
まだ戦い続けるゴブリンと人間に見つからないように、スライム娘に近づく。
仲間のスライムを見つけたら、触りたくなる。触れて、共有できるものを共有する。
たぶんこれはスライムの本能のような行動だ。
死んでいくスライムが『残したかったもの』を、生きているスライムが残していくために。
どろどろになり、もうほとんど動かなくなってしまったスライム娘に触れる。
また新たな『知識』が、流れ込んでくる。
それと一緒に入ってきた、もうひとつの何か。
『みんなを助けなきゃ』という、心。
ぼくたちは『感情』を理解した。
『たすける』という、心。
感情を得て、なぜあの時、大ガラスからぼくたちを助けてくれたのか、ようやく分かった。
『みんなを助けたい』という、スライム娘の心を、守らなくちゃと思った。
あの時助けてくれた代わりに、ぼくたちが、助けなきゃと思った。
『おんがえし』という感情を、ぼくたちは理解し、それをしたいと思った。
『スライムを助ける』ということを『かんがえた』けど、どうしたらいいか分からなかった。
スライム娘の知識によれば、バラバラになったコアをくっつければ、復活できる。
でも、今のスライム娘は、なんだか違う。
『コアの内側』を傷つけられたせいなのか、それとも別の理由なのか……。
コアはその切れ目から、だんだんぐちゃぐちゃになってきている。
スライム娘の知識が間違っているのか、スライム娘の知らない何かが起こっているのか、ぼくには分からない。
でも、このままでは、スライム娘は死んでしまうと思った。
早くコアを直さなきゃいけない。このままじゃ、完全には元には戻らない。
だから、ぼくは、知識をくっつけてみる。
いくつかの知識をくっつけて合わせれば、新しい知識が生まれる。
これも今手に入れた『かんがえる』というものだ。
『ぐちゃぐちゃになる前に、コアをくっつければ、治せる』
ぼくは、そうするべきだと思った。
ぼくの体をどんどん、スライム娘の『コア』に近づける。
どんどん知識が流れ込んでくる。冒険者、ジョブ、クルスさん、オパールさん、ギルドのみんな、宿のみんな。
やさしい、知識。
そして、『コア』に触れる。
さらにどんどん流れ込んでくる。おかあさん、おとうさん、昔住んでた家、滅ぼされた私の村。
かなしい、知識。
スライム娘の『コア』と、ぼくの『コア』を、くっつける。
流れ込んでくる全ては、もう、ぼくのものなのか、スライム娘のものなのか、分からなくなってくる。
でも、それでもいいと思った。
ぼくと『メルティ』は、ひとつになってしまう。
でも、それでいいんだ。
ぼくのコアだけでは足りなかった。治しきれない。
でも、『ワタシ』と『あたし』も、ぼくと同じ考えのようだった。
『ワタシ』と『あたし』もコアに触れ、コアを治す。
『ぼく』と『ワタシ』と『あたし』と『私』が、混ざり合っていく。
コアは、どんどん治っていく。
こんどは、ぼくたちが、たすけるばんだよ。
だから、もうこれで、心配ないよ。
そして、『ぼく』は、私になった。ワタシになった。あたしになった。そして、ぼくになった。
みんな同じコアになり、みんな同じになった。
ふしぎなきぶん。
でも、これならきっと、生きていける。これからも生きていける。
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ここから先は、個別の記憶じゃない。
『ぼく』、『ワタシ』、『あたし』、そして『私』の、同一の記憶。
3匹のスライムとスライム娘は、そのすべての記憶を共有し、今後もそれを共有する事になる。
ひとつになった時、『死』のイメージがあった。
みんなにとっても、私とひとつになるのは、個々の『死』だった。
でも、それでも、私を助けるために、ひとつになった。
『人間』の知識を持つ私にとって、死は、とても恐ろしいものだ。
スライムにとってもそれは同じではあるが、今回みたいな場合はちょっと違う。
皆に教えられたスライムの『知識』と『感情』によると、それは、悲しむだけのものでは無いらしい。
上手く『人間の言葉』に出来ないけど、それは、ある意味では喜ぶべきみたいなものもある。
これからも、ともに一緒に生きられる喜び。そんな感じが近い。
姿かたちだけがスライムだった私が、皆と混ざり合った事で、今、本当の意味で『スライム娘』になれた気がする。
人間が、自分の子孫や仲間に、自分が生きた証を伝えて死んでいくように。
スライムもまた、触れる事により共有し、混ざり合い、伝えていく。
スライムはとても弱い生き物。だから、助け合って生きる。
戸惑いはある。
でも、一緒になれて嬉しいという思いが伝わる。
それは、私も同じだった。
無理やりそんな風に思わされているのではなく、私自身が心からそう思っている。それが分かる。
『私』を助けてくれて、ありがとう、みんな。
私は、永いような、短いような、そんなまどろみの中から目を覚ました。
水がめから、外に出る。
私の部屋の中だった。
私の部屋の机に、ターシャさんが突っ伏して寝ている。
ザジちゃんが、水がめにもたれかかって寝ている。
私が動いたことに気が付いたのか、ターシャさんが目を覚まし、こちらを見た。
「……メル、ちー…………メルちー!!」
私はターシャさんに声をかける。
「ターシャさん、ご迷惑をおかけしました……」
「メルちー、大丈夫なの?」
「はい、もうすっかり!」
私は、ターシャさんに笑顔を作って見せる。
「メルちー!!良かった、本当に良かった……」
無事に『笑顔を作れた』事を、ターシャさんは喜んでくれた。
「メルティ……おねえ……ちゃん……?」
ザジちゃんも、その声で目を覚ます。
「ザジちゃん……心配かけちゃってごめんね」
ザジちゃんに謝る。
「…………!
いつものおねえちゃんだ!!」
ザジちゃんが、飛び上がって喜んでくれた。
ネリーちゃんが、おかみさんが、そしてだんなさんも私の部屋に飛び込んでくる。
みんな、良かったと泣いている。
ロランさんも戻ってきていたようだ。
ほっとしたような表情で喜んでいる。
混ざり合ってしまった私達だったが、どうやら私は『メルティ』のままらしい。
何かが変わったという感覚は無い。
でも、あの子達……ううん、わたし達の感覚もある。消えてはいないし、一緒にいる。
これが、今の、これからの『私』だ。
もしあの時、大ガラスに襲われていたみんなを助けていなかったら、こうはならなかっただろう。
みんなはあの時そのまま死んでいて、後にゴブリンに襲われた私もそのまま助からなかった。
あの時の選択が、今、こういう状況を作り出してくれた。
とっても不思議な状況になっちゃったけど、嫌ではない。
むしろ、仲間が出来て嬉しい気分。
これからもよろしくね、私。みんな。
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