2-10話 応援する者される者

 森を出て、私は街への帰路に付く。


 街の門へはすぐに着いた。

 今朝と同じ門番さんなので、ギルドの会員証は見せずとも通してくれた。


「君、大丈夫だった?凄い疲れた顔してるけど……」

 門番さんにそう話しかけられた。


「あ、はい。モンスターにひどい目に遭わせられちゃって……でも、大丈夫です」

 偽らず、そう答えた。


「そっか、ゆっくり休んでね」

 

 私はお礼を言って、その場を離れた。

 暗い顔を悟られないように、めいいっぱい笑顔を作ったつもりだったけど、やっぱり無理だったらしい……。

 

「あれ、あの子……ちょっと小さくなった?」

 後ろの方で、もう一人の門番さんの声が聞こえた。



 実際、私は今朝よりも小さくなっている。

 大ガラスに食われ、一角ウサギに粘着ボールを1発投げ、だいぶ体積が減ってしまった。

 だから、その状態でシリコン化した私の体も、相応に小さくなっている。

 両手なんて、小さくなりすぎて袖から出ていない。手のシリコン化、いらなかったかもなと思ってしまった。



「ただいま帰りました……」

 冒険者ギルドの門を開け、中にいるマリナさんに挨拶した。


「あら、おかえり……ずいぶん疲れた顔してるわね」

 

「はい……すみません、クエスト失敗してしまいました……」

 私は、事の経緯をかいつまんでマリナさんに報告した。

 

「ううん、気にしないで。また次頑張ればいいじゃない」

 

「でも、すみません、ブル・アプサンが不足するかもって話だったのに……」

 

「大丈夫よ。そもそも枯渇するかしれないから先に集めておこうって依頼だったんだし」


「そ、そうですか……」


「それにね、こう言ってはなんだけど、任務失敗を計算に入れておくのもギルドの仕事よ。

 失敗も考慮に入れて、あらかじめ余裕をもって依頼期限を決めてからボードに貼り出すの」


「そう、なんですね……」


「メルティちゃん、いい?

 クエスト成功が10回あるとしたら、クエスト失敗も10回はあると思っていてちょうだいね。

 冒険者は、何度も何度もクエスト失敗して強くなるの。失敗したこと無い冒険者なんていないわ。

 もうひとつ言うと、冒険者の最重要任務は、『失敗しても、ちゃんと生きて帰る事』よ。

 そういう意味では、メルティちゃんは合格よ。ちゃんと生きて帰ってきたんだもの」


「は、はい……」


 泣きそうだった。失敗しておめおめと逃げ帰ってきたんだもの。ひょっとしてがっかりされるんじゃないかなって思ってしまった。

 でも、優しい言葉をかけてもらった……。


「……ま、これは先輩の受け売りなんだけどね」


 マリナさんは、隣のカウンターにいるソレーヌさんに目線を向けた。

 ソレーヌさんは接客している。農家の人っぽいので、クエストの受注だろう。

 こっちに一瞬だけ目線を合わせた後、にっこりしながら手を小さく振ってくれた。

 そしてすぐに目線をお客さんのほうに向け直して、応対に戻った。


「ん、とにかく、明日はお休みしたほうがいいわね」

 私との話に戻ったマリナさんは、そう進めてくれた。

 

「今後の反省点とかも見えたんじゃない?

 今日明日でゆっくり考えるために、お休みしておきなさい。ね?」


「は、はい、そうします!」

 カラ元気だったけど、そう答えた。



 

 ギルドから宿への帰り道。

 私はジョブ無しだった頃に聞いた、マリナさんの過去の話を思い出していた。


 マリナさんは、昔、冒険者だった。


 こことは王都を挟んで反対方向にある、第2地区というところで活躍していた冒険者だったそうだ。


 向こうはこことはかなり風習も雰囲気も違い、西方の国の影響を大きく受けていた場所だそうで、ジョブのラインナップもこことは大きく違っている。

 マリナさんは、こちらには無い『赤魔導士』というジョブで、クラスはDランクだったそうだ。


 ソレーヌさんとは、その頃からの付き合い。

 当時はソレーヌさんはそちらで受付嬢をしていて、色々やり取りするうちに仲良くなったそうだ。



 マリナさんはまだ若手なのに結構やり手っぽい受付嬢なのは、その頃の経験が生きているからだと思う。

 こういう経歴の受付嬢って、結構珍しいらしい。



 そんなマリナさんが冒険者を辞め、受付嬢になった理由。それは聞いていない。

 なんとなく聞きづらいし、マリナさんもそこまで話すことは無かった。

 

 マリナさんのお腹には、大きな傷の跡がある。

 それは事前にそう聞いていたし、この間の温泉の時も、タオルで隠れてはいたが、私もそれをちらっと見ている。


 さっきマリナさんが「冒険者の最重要任務は、失敗しても、ちゃんと生きて帰る事」と語った時、マリナさんは辛そうな、寂しそうな表情だった……。


 マリナさんにも、過去がある。

 その過去から、いろいろアドバイスしてくれている……。


 

 うん、頑張らなきゃな。元気、出さなきゃな。

 マリナさんの言う通り、明日はゆっくり休もう……。

 


 とぼとぼ歩いているうちに、私はオウル亭に到着した。

 扉を開け、カウンターのおかみさんに挨拶する。


「あら、メルティちゃん、お帰り」

 

「あ、おかみさん、ただいま……」

 

 やっぱり私は元気が無かったのか、挨拶のあと、おかみさんにも心配されてしまった。



「それで……今朝言ってた話だけど……後にしようか?」

 

「あ……いや、大丈夫です。今からでもいいですか……?」

 

「あ、ああ、いいよ。じゃあこっちで……」


 カウンター奥の休憩室に通され、そこで話すことになった。


 私は思っていた。

 自分のこの『スライム娘』の体の事を、せめておかみさんだけには打ち明けなきゃって。

 気分がボロボロの状態なのでタイミング的には不味かったかもと思ったが、約束してしまっていたし、こういうのは早いほうがいいはずだ、と思ったからだ。

 いろいろ疑われてしまう前に。嫌われてしまう前に。


 それに……

 すべてを隠したまま、生きる。そんな事なんてもう、出来そうになかった。


 

 しかし、いざその場になると、なかなか切り出す勇気が出ない。

 しばらく、沈黙が続いてしまった。

 

「やっぱり、後のほうがいいかい……?」

 おかみさんがそう聞かれてしまった。


「いえ、大丈夫……です。実は……」

 私は、勇気を出して、自分の体の事を切り出した。

 

 ジョブ特性で、『スライム』の体になった事。

 今もそのままで、人間ではない事を隠して生活している、という事を。


 おかみさんは、最初は何を言っているのか分からないという感じだった。

 でも次第に話の内容を理解してくれたようだ。

 それでも半信半疑だったようなので、私は思い切って、ローブのボタンをはずして、前を開けて胸を見せてみた。


 おかみさんは、とても驚いていた。

 しかし……


「なんだ、そっか。それで色々様子がおかしかったんだ」

 おかみさんは、柔らかい顔でそう言ってくれた。


「心配してたんだよ。ここを出ていく……冒険者を辞めちゃうんじゃないかって」


「えっ……?」


「だってさ、シーツが綺麗だったからさ。寝ていないんじゃないかって思ってね」


 ああ、そっか。

 確かに、シーツにはシワひとつ付けていない。水がめの中で寝ていたから。それでおかみさん、勘違いしちゃったのか。


「でも、いま悩んでいたのは違う事だろ?」

 

「え……あ、はい……」


 今落ち込んでいたのは、モンスターとの戦いで死にかけたからだ。

 成り行き上、その事も話すことになった。


「そっか、それじゃあ……」

 

「あ、い、いえ……出来ればまた、リベンジしたいなって思います。いろいろ準備を整えて、今度は油断しないようにして……だから……」


「……うん?どうしたんだい?」


「だから……今後も、ここに泊らせてほしいんです。

 スライム娘に……モンスターになっちゃたけど、またここに居させてほしいんです。

 駄目……ですか……?」


「い、いや、駄目も何も……」


 おかみさんは、私の手を握って、言葉を続けた。


「モンスターになったとはいえ、メルティちゃんはメルティちゃんなんだろ?

 何も変わってないじゃないの。

 いいよ。アンタさえよければ、いつまでだって居ていいんだよ。

 だから、そんな顔しないで」


「お、おかみさん……いいんですか?」

 私は顔を上げ、おかみさんのほうを見る。

 

「もちろんさ!

 あ、でも、立派な冒険者になるまでだよ。

 ここは未熟な冒険者に格安で貸してる安宿なんだ。

 だから、早くもっと稼げるようになって、ここじゃない、もっといいところに泊まれるようになって、次の後輩のために早く部屋を開けてあげるんだよ。

 それが、この宿に泊まる者の義務さ。

 途中で『いなくなったり』しないでね。お願いだよ」


 

 私は、涙が出てきてしまった。

 そんな私をおかみさんは優しく抱きかかえてくれた。


 私は、おかみさんの胸の中で、わんわんと泣いてしまった。




 私は泣きながら思っていた。

 ああ、私って、こんなに辛かったんだな、って。


 修行の時は楽しかった。

 クルスさんもオパールさんも、ビビアンさんも優しかった。


 でも、修行が終わってからは、一人だった。

 マリナさんもソレーヌさんも優しかったが、ギルドからは出られないお仕事だ。

 それ以外の場では、いつも一人だった。


 街中も、この宿屋も、スライム娘になった私にとっては安らげる場所では無かった。

 いつも、バレないように緊張していた。

 通常形態に戻れるのは森の中。でもそこは、命の危機の世界だった。

 

 

 私は、孤独だった。

 

 

 本格的にスライム娘を始めて、まだたった2日間だけなのに……私は、私の心は、こんなに弱ってしまっていたんだ。


 だから、おかみさんの胸の中は、とても暖かかった。


 もちろん、知ってもらったのは今はまだおかみさんだけだ。

 宿には他のお客さんもいるので、自由になれる範囲としては、全く変わらないだろう。

 でも、ほんのちょっとだけかもしれないけど、それでもだいぶ気が楽になった気がした……。



 


「なんだ、ちっとも怖くないじゃないの」


 ひとしきり泣いてしまった後、私はおかみさんに頼まれ、私の『通常形態』を見せる事になった。


「そ、そうですか……?」


 シリコンの皮膚じゃない、とろとろの透明な体。

 思えば、この姿を誰かに見て貰うのも、あの修行の日々以来な気がする。


「うんうん。むしろすごくかわいいじゃない。

 やっぱりメルティちゃんはメルティちゃんそのままねえ」

 

「そ、そんな……」

 私は、照れてしまった。


 


「ま、そんなに気にすること無いさ」

 

 後ろに、おかみさんの旦那さんが立っていた。

 どうやら話を聞いていたようだ。

 まあ、あんなにわんわん泣いてしまったのだし、聞こえてたよね。

 

「職業柄、いろんな冒険者はたくさん見ているんだ。

 変わった子が一人増えたくらいで、どうってこと無いよ。

 まあ、頑張りな」

 

 普段は無口な旦那さんがこんなに喋るのを聞いたのは初めてだった。

 不器用そうな言い方だったが、今の私を見ても怖がらず、励ましてくれている。


「はい、頑張ります!」

 私は二人に向かって、そう宣言した。

 


 

「あ、ところで……ウチの娘たちにこの事は話しておいた方がいいかい?」

 おかみさんに、改まってそう聞かれた。


「あ、その事なんですが……」

 私が言いかけた時。

 突然どたどたどたという足音が近づいてきて、ドアが、ばーんと大きな音で開いた。



「おかーさんおとーさん!ただい……」

 ただいまの挨拶を言いかけたザジちゃんが、とろとろの透明な姿の私を見て、そのまま動かなくなってしまった……。





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