2-11話 スライム遊びをしよう

 私は今、自分の部屋にいる。


 ぺたぺたぺたぺた、ぐにぐにぐに……。


 とろとろの私の体を触って遊ぶ、ザジちゃん、ネリーちゃんと一緒に。

 うーん、どうしてこうなった?




 宿屋のおかみさんと旦那さんに『スライム娘』を打ち明けた直後、突然部屋に入ってきたザジちゃんに、私の本当の姿を見られてしまった。


 私を見て、目を見開いたまま、身動きひとつしなくなってしまったザジちゃん。

 

 私は、そんなザジちゃんに声をかけた。

 

「あ、えっと、ザジちゃん、ただいま……」


 目の前の得体の知れない物体から私の声が出てきたのを聞いた後、ザジちゃんは……

 やっぱり身動きひとつしなかった。



「や、やあザジ、帰ったのかい」

 おかみさんがザジちゃんに声をかけた。

 ザジちゃんはその言葉でやっと動き……


「これ、なあに?」

 そうおかみさんに聞いてきた。



 ザジちゃんには話すつもりは無かったけど、こうなってしまったからには仕方ない。

 私はザジちゃんに、イチから説明しなおすことにした。

 


「……というわけで、私、スライム娘になったの……」

 一通り話し終わったあと、


「スライムむすめって、なあに?」

 そう聞かれた。


「あ、えっと、スライムの女の子の事だよ」

 そう答えると、


「スライムって、なあに?」

 と、再び聞かれた。

 あ、そっか、まずそこからなのか……。


「ええと、スライムは、モンスターで……」


「モンスターって、なあに?」


「えっ、ええと……」

 ううん、どう説明しよう……。


 

 おかみさんが、説明を代わってくれた。

 おかみさんはザジちゃんに、スライムとはモンスターだよ、モンスターは街の外にいる怖い生き物だけど、メルティお姉ちゃんは怖くないよ、お姉ちゃんはスライムに変身できるんだよと、ひとつひとつ丁寧に教えくれた。

 正確にはスライムに変身できるのではなく、通常がスライムで、そこから人間に変身しているような状態なんだけど……とりあえず、そういう風に説明してもらえた。


「そっか!うん、わかった!!」

 と、ザジちゃんは分かってくれたようだ。……たぶん。



「じゃあメルティおねえちゃん、あそぼっ!」

 ザジちゃんは、そう言ってきた。


「えっ……?いいの?いま私スライムだよ?モンスターだよ?」

 確かに、遊ぶ約束はしていた。でも今私はこの状態なのだ。ザジちゃん、怖がっちゃうんじゃ……。


「モンスターって、なあに?」

 質問が一周してしまった……。




 おかみさんが「後は任せな」と言ってくれたので、私はひとまず部屋に戻ることになった。

 MPの問題もあってシリコン化は出来なかったが、今の時間はお客さんは誰もいないと教えてもらえたので、無事部屋に戻ることが出来た。

 


 本当に大丈夫なのか、そわそわして待っていたら、部屋がノックされ、ザジちゃんとネリーちゃんが部屋の前に来てくれた。

 私は、2人を招き入れた。


 


「すごい、本当にスライムなんだ……」

 ネリーちゃんは、ちゃんと私の状況を理解してくれていたらしかった。

 さっきはお買い物に出かけていて不在だったが、帰って来ておかみさんに説明をしてもらったらしい。

 でも、一目見たいという事で、部屋に来てくれた。


「ネリーちゃん、怖くないの?」


「ううん。メルティさんはメルティさんですし。

 それに私、スライムって実は嫌いじゃないんです。なんかこう、ぷにぷにしてて。

 路地裏でたまにスライムに会った時、餌をあげたりしてるんです」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「あ、お父さんとお母さんには内緒にしてくださいね……」


 街の物陰に居るスライムの事を嫌う人は少なくない。基本的に汚れた場所に住んでいることが多いというイメージだからだ。

 でも、実際はそうじゃないことを知っている人も多い。

 こちらから仕掛けない限り襲ってもこないので、そこまで脅威とはみなされていない。

 とはいえ、餌まであげるのは珍しいほうだと思うけど……。


 ちなみに、普通の人は追っ払ったり潰したりする。基本モンスターはそういう扱いなのでそれは仕方ない。

 なお、その時経験値オーブは出ないらしい。

 森のスライムはちゃんと経験値が出るらしいけど……。

 なんというか、街中のスライムと森のモンスターのスライムとは、カラスと大ガラスの違いに似ているのかもしれない。



「あ、あの、それで、お願いが……触っても、いいですか?」

 ネリーちゃんがもじもじして聞いてきた。

 

「え?あ、私を?えっと、うん、いいよ……?」

 私はそう答えた。


 


 というわけで、こうなった。

 ネリーちゃんが楽しそうに触り始め、ザジちゃんも「ずるいわたしも!」と言って真似し始め、

 もうずっとこうやって私の事を触っている。


 そういえばと、私は思い出していた。

 修行中もこうやってオパールさんとクルスさんが私に触って遊んでしまった事があったっけ。

 

 オパールさんの世界では、スライムはおもちゃになっているって言ってた。

 つまりこれは、私で遊んでいるのだ。


 うんまあ確かに、ザジちゃんと遊ぶ約束はしていた。

 でもこれはなんというか、私で遊んでいる、かな。私をおもちゃにして遊んでいる。


「えっと、楽しい?」

 私がそう聞いたら、


「うん!」「はい、とっても!」

 二人とも、満面の笑みでそう答えてくれた。


 二人が楽しいんなら、まあ、いっか……。


 

 

 そのままどうやら、結構な時間が経ったらしい。


「おや、二人ともここにいたのかい?」

 多分、楽しそうな声が聞こえていたのだろう。私の部屋におかみさんが訪ねてきた。

 

「ごめんなさいね、遊んでくれていたのかい?

 ほらほら二人とも、そろそろメルティちゃんにご迷惑でしょ。

 さ、行きましょ」


 おかみさんは二人にそう声をかけた。

 初めて見る異様な光景だったはずだが、私で遊んで……じゃない、私と遊んでいたのを、一応理解してもらえているようだった。


「えええええ~~~~~~~~っ!?」


 二人とも不満そうだったが、しぶしぶ帰る事になった。


「あ、そうだ、あの、私がスライム娘だって事は秘密にしてね」

 私は改めて、二人に念押しした。


 ネリーちゃんはばっちり分かってくれているようだ。この秘密は、私の命に係わるかもしれないという事も含めて。

 ザジちゃんも元気よく返事してくれたが、なんだかいまいち不安だった。

 でも、ネリーちゃんがちゃんと教えると約束してくれた。


 二人は、お手伝いに戻っていった。



「つ、つかれた……」


 私は夕食までの間、水がめで休むことにした。

 


 少し水がめの中でうとうとしていると、部屋をノックする音がした。


「メルティさん、お夕飯、持ってきました」


「あ、ネリーちゃん、ありがとう」


 私はドアを開け、人が居ないことを確認してからネリーちゃんを部屋に招いた。今度は一人だった。

 MP不足で今夜は食堂に行けない事を話したら、じゃあ部屋に持って行ってあげますと、ネリーちゃんがそう言ってくれた。

 特別待遇みたいできまずかったが、今夜だけ特別にって事で押し切られたので、厚意に甘える事になった。


「日替わりですけど、良かったですよね。

 あ、食器は明日返してくれればいいので、今夜はもう、このまま鍵をかけてくださいね」


「ネリーちゃん、本当にありがと……」


「いえ……。

 それで、えっとその、今日は……御免なさい。

 メルティさんだって疲れているはずなのに、年甲斐もなく遊んでしまって……」

 ネリーちゃんがそう謝ってきた。

 

 15歳で成人とされるこの国。ネリーちゃんはもう12歳。本来なら遊ぶような年齢じゃない。

 でも本当はまだまだ遊びたい年頃のはず。私もそうだったし。

 それに、ずっと宿屋のお手伝いをしてきたんだもの。我慢してるんだよねと思う。

 

「ううん。また遊びに来てもいいよ」

 だから、私はそう答えた。


「ホントですか!ありがとうございます!」

 ネリーちゃん、すごくうれしそうだった。


「あ、そうだ、ちょっと待って……」

 私は体の一部を2個、ゼリー化して分離させた。子供の手のひらサイズのそれを渡す。


「えっと、これは……?」


「えっとね、私のお師匠さんの国では、スライムのおもちゃを作って遊ぶんだって。

 だから、あげる。もう1個はザジちゃんの分ね」


 オパールさんの世界では、洗濯のりと……何だっけ?からスライムを作って遊んでいる、という話を思い出した。

 多分私の体のものとは別物だと思うけど、ゼリー化したボールなら、多分遊んでもらえるんじゃないかなと思う。

 


「うわぁ……ありがとうございます!」

 ネリーちゃんは目をキラキラさせて喜んでくれた。



「おとーさんおかーさんザジー!

 メルティさんからもらっちゃったー!!」

 

 まるで子供のように、どたどたと階段を降りて、大きな声で皆に伝えている声が聞こえる。

 うん、とっても喜んでくれているようだ。

 

 

 

 今日、二人と遊んで、とっても楽しかった。

 

 さっきまで、孤独で押しつぶされそうになっていた私だった。

 でもこうして、ありのままの姿で、一緒に過ごすことが出来たのだ。

 なんだかすごく安らいだ。とても元気が出た。

 

 私の正体を明かして、本当に良かった。

 一緒に遊ぶ約束をしていて、本当に良かった……そう思う。

 


 ご飯を食べると、眠気が一気に襲ってきた。

 さっき仮眠を取ったけど、全然足りてない。

 今夜はこのまま寝てしまおう。

 シャワーを浴びていないので体の水分が減ったままだし、昨日しようと心に決めていた自主練もいきなりサボっちゃうけど、明日はお休みだし、まあ、いっか……。


 

 水がめに戻るなり、私はすとんと、眠りに落ちてしまった。

 今日は午前中あんな事があったのに、今はとても幸せな気持ちで、眠りにつくことが出来た……。




 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る