2-12話 スライム娘のお買い物
「あれ……まだ薄暗い……」
その日は、いつもより早く目が覚めた。
考えてみれば、当たり前だよね。昨日はすごく早く寝たんだもん。
今日はお休みにすると決めていたんだし、もうちょっとゆっくり起きても良かったとは思うけど。
目が覚めちゃったので、そのまま起きる事にした。
まずは昨日入らなかったシャワーから。
シャワーの水を、たっぷりゆっくり体に取り入れ、昨日の戦いで失った水分を補充する。
これで体は元の大きさに戻った。
次に、人間の変装を済ませ、部屋から出て、食堂に向かった。
「あ、おねえちゃん、おはよう!」
「メルティさん、おはようございます!」
食堂に入ると、ザジちゃんとネリーちゃんが忙しそうに動き回っていた。
今の時間は、他の宿泊客も朝食を取りに来ているので、ちょっとだけ混んでいた。
私は、持ってきていた昨日の食器をネリーちゃんに返した後、空いている奥の方の席に座った。
この宿の朝食は、基本的にはパンとスープ。パンを買うと、サービスでスープが貰える。
そのほか、昨日の残り物の食材があれば、希望すればそれも貰える。
パンを食べていると、ネリーちゃんとザジちゃんが近づいてきた。
他のお客さんに食べ物が行き渡り、配膳の仕事はひと段落したようだ。
「メルティさん、昨日はあのボール、ありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして。あ、それで、どうだった?」
「うん!とってもたのしかった!!」
昨日あげた私のゼリーボールは、二人にとても喜んでもらえたようだ。
ザジちゃんなんかポケットから取り出して、私に見せてくれた。
「あー、そっか、だいぶ汚れちゃってるね」
ザジちゃんのゼリーボールは、だいぶホコリがくっついていた。
私の本体はこういうホコリは浄化できる能力があるが、私から分離したこのゼリーボールにはその機能が無いようだ。
「あーもうザジ。ここへは持ってこないでって言ったでしょ?」
……確かに、飲食業の場では手に持つのがためらわれる程度に汚れている。
「あ、じゃあ、後で新しいのあげるね」
「ほんとですか!」
「わー、やったー!!」
私がそう言うとザジちゃんは喜んでくれたが、ネリーちゃんも負けないくらい喜んだ。
「お、ザジちゃん、どうしたんだい?」
大声で喜んでいたので、他のお客さんがザジちゃんに声をかけてきた。
男の人と女の人の2人組で、この宿に泊まっている冒険者だ。
「うん!メルティおねえちゃんにスライムもらったの!!」
ザジちゃんは、大声でそう答えてしまった。
「ざ、ザジちゃん!?」
私は慌てて止めようと思ったが、変に止めても怪しまれるかもしれない。
「へぇ~。そいつは良かったねえ」
男の人はザジちゃんにそう話した。
「なるほど……固まったスライムをおもちゃにして遊んでるのね……へぇぇ……
これ、あなたが作ったの?」
女の人はザジちゃんのボールをまじまじと眺めた後、私にそう聞いてきた。
「ふぇっ!?……あ、は、はい、そうです……」
動揺して声がうわずったが、無難に返事できた……と思う。
「メルティおねえちゃんからもらったの!
おねえちゃんがスライムをわけてくれたの!
ぷにぷにしてたのしいんだよ!」
「ざざざざざ、ザジちゃん!?」
「へぇぇ。そうなの。良かったわね」
二人は、そのままザジちゃんに挨拶して、食堂から出ていった。
「ちょ、ちょっとザジちゃん!?」
私はザジちゃんを捕まえて、私の近くに近づけた後……
「あ、あの、私がスライム娘だって事は内緒にしていてってお願いしたよね……?」
「う、うん……」
私がそう言ったら、ザジちゃんはしゅんとなってしまった。
多分、すごく怖い表情だったかもしれない。
「……たぶん、大丈夫だと思います」
ネリーちゃんが私に耳打ちしてきた。
「あの後、お父さんとお母さんと話し合ったんです。
メルティさんの事なんですけど、『スライムを操る能力』って事にしよう、って。
ザジはまだ小さいので、全部秘密にしておくことは無理だと思うんです。だから、そういう風にしようって。
『本当はスライムで、人間に変身してる』って教えちゃうとバレたとき大事になっちゃうけど、『人間がスライムの力を使えるんだよ』って教えておけば、バレちゃってもそこまで問題ないんじゃないかな、って」
「な、なるほど……」
ネリーちゃんの説明を聞いて、納得した。上手いこと考えてくれたんだなって思った。
なるほど……秘密は隠し通せないけど、秘密の内容を誤魔化して、大きな秘密を小さな事実にすり替えてしまえば、バレたときのダメージは少ない、という事か……。
「今までもこの宿に、『魔物使い』とか『青魔導士』とか、魔物の能力を使えるジョブの冒険者が来たことあるんです。
だから、メルティさんもそれと一緒だって事にしようと思うんです。
あ、えっと……この作戦、どう、でしょうか……」
「うん……いい考えだと思う。その、私もその嘘、使ってもいいかな?」
「も、もちろんです!」
オウル亭の皆が考えてくれた『嘘』に、私も乗っかることにした。
確かに、『私はスライムです』より、『私はスライムの能力が使えます』と説明したほうが、通りはいいだろうなと思った。
実際、さっきの二人も、そう言う風に理解してた気がする。
仮に間違ってザジちゃんが本当の事を説明してしまったとしても、そういう風に軌道修正は出来るかもしれない。
「ザジちゃん……ごめんね」
私はザジちゃんに向き直って、謝った。
「私の秘密、守ってくれてありがとね。
また一緒に遊ぼうね」
「うん!」
暗い顔でぐずりかけていたが、私がにっこりすると元気を取り戻してくれた。
朝ごはんが終わり、二人と別れた後、私は今日は何をしようかと考えていた。
今日はマリナさんの勧めで、休日にすることにしていた。
ギルドへも顔を出さないと言ってあるので、私は人間には戻らず、スライム娘のままで休日を楽しむことになる。
「ううん、まずは……買い物かな……?」
私は街に出た。
昨日の戦闘で、いくつか反省点があった。
私の油断はともかく、他に戦闘の改善点があったので、街をうろつきながら考えてみる事にした。
私がまず向かったのは、武器屋だった。
冒険者ギルドと同じ大通りに面するその武器屋は、その立地の良さから、多くの冒険者が訪れる。
初心者向けの安い武器から、中級者向けのそれなりの武器まで、いろんなラインナップがある。
私もここへは何度か来たことがある。ジョブ無しの頃、諦めきれなかった私が何度か自分でも使える武器が無いかと覗いてみたりしていた。
「いらっしゃい。ゆっくり見ていってね」
ひげ面の店員のおじさんが挨拶してくれた後、私は店内を見て回った。
私の目当ては、ナイフ売り場だった。
私の『ナイフ射出』は、貴重な攻撃方法のひとつだ。
『ゴム化体当たり』を除けば一番威力がある技で、ゴム化体当たり程時間もかからないので使い勝手がいい。
しかし弱点もある。
私がナイフを1本しかもっていないせいで、1回しか使えないのだ。
なので、もう数本あったほうがいいかなと思った。
ショーケースの中に陳列されたナイフを見てみる。
良さそうナイフが並んでいる。でも、ううん……どれも結構な値段だ。
「お嬢ちゃん、ナイフをお探しかい?」
店員のおじさんが話しかけてきてくれた。
「あ、はい……その、これよりもっと安いナイフはありますか?」
私はそう聞いてみた。
「安いナイフかい?そうなると、出来の良くないやつになっちまうけど……」
おじさんは、樽に入っているナイフを持ってきてくれた。
「安いやつってなると、こんな感じになっちまうよ。あんまりお勧めはしないよ」
樽の中のナイフは、みんなボロボロだった。
持ち手の部分にひびが入っていたり、刃がかけていたり……
普通は売り物にならないくらいの出来だ。
「えっとその、『投げナイフ』用なので、捨てる前提のものでもいいんですけど……」
本当は体内から射出するんだけど、そうは言えないので投げ用だと説明する。
「ダメダメ、投げナイフとかならむしろいい奴を使わないと。
ボロボロだといざっていう時に役に立たないよ?
シーフの投げナイフはもちろんだけど、それに見たところ嬢ちゃん魔術師系だろ?そうなると緊急時用だ。
命がかかった緊急時に、そんな質の悪い武器を使ってみなよ。それこそ命取りだよ」
「た、確かに……」
おじさんのいう事は最もだった。
確かに、いくら値段が安いからと言って、質の悪い武器になんか頼るものではない。
ちなみに、私の事を魔術師系だと誤解しているのは、私が着ている水鳥のローブのせいだと思う。
「ナイフなら、やっぱりこっちのショーケースの奴をお勧めするよ」
おじさんは、そちらを指さして言った。
「う~ん、でも……金額が……」
私は基本的には金欠だ。
ずっとジョブ無しでも出来る程度の安い仕事しかしていなかったので、収入らしきものはほとんど無かった。
スライム娘になった後は2回クエストを受けたが、1回目は半分をクルスさんに支払ったし、2回目は失敗。収支などほとんどない。基本的には、両親の遺産と、村にいたころ牧場のおじさんの手伝いで貰ったお金を切り崩して生活している。
「じゃあ、おじさん、また来ます……」
私はおじさんにお礼を言って、武器屋を後にした。
結局新しいナイフは諦めざるを得なかった。
マリナさんが言っていた。クエスト成功と同じくらいは失敗を覚悟しろと。
「うぅ……でもマリナさん、貧乏は辛いです……」
次に向かったのは、道具屋だった。
武器はこの際仕方ない。工夫で何とか乗り切るしかない。
でも、それよりもっと深刻な問題がある。それを考えなければいけない。
「いらっしゃい、ゆっくり見ていってね」
店員のお姉さんとあいさつする。私は店内を見て回る。
「高い……」
思わず、そうつぶやいてしまった。
私が探していたのは、マジックポーションだった。
私はシリコン化の時MPを消費する。なので、MPの残量が私の行動を大きく左右する。
昨日みたいに、MP不足で森から出られないなんて事は避けたい。
なので、昨日1本飲んでしまったマジックポーションを補充しに来たのだが……。
一応それなり事前知識はあったのだが、金額を目にして、くらくらしてしまった。
マジックポーション1本だけで、さっきの武器屋のショーケースのナイフが1~2本買える金額だった。
修行の時、ビビアンさんとオパールさんが惜しげもなく私に与えてくれたものだが、改めて確認してみるととんでも無い値段だった。
「あはは、やっぱり高いって思うよね」
マジックポーションの前でショックを受けるお客さんはそれなりにいるんだろう。店員さんが笑ってそう話しかけてきた。
「あの、ちなみに、もっと安いやつって……」
一応聞いてみた。
「んー。安いやつって言うか、どっちかって言うと原料になっちゃうんだけど……」
店員さんが取り出してきたのは、赤い葉っぱだった。
「これはそのマジックポーションを作る材料のうちのひとつで、ルージュハーブって言うんだけど……」
差し出された葉っぱを手に取りながら、店員さんは説明を続けてくれる。
「一応これでもMPは回復するの。するんだけど……あんまり人気ないんだよね、これ」
「え、どうしてですか?」
「回復量がね、とても低いの。1枚でMPが3しか回復しないの」
「そうなんですか……」
「ほら、初級火炎魔法が1発で消費MPが2でしょ?
だからこれ1枚で実質1発分しか回復しないの。
僧侶の回復魔法は消費MP3で、これも1回分だけど、これよりブル・アプサンとかの薬草のほうが使い勝手がいいからね……。
なかなかお金を出してそれっぽっちのMPを回復しようとする人なんていないのよ」
「な、なるほど……」
「しかも使い方も難しいの。
薬草は食べるか、すりつぶして傷口に付けるかして使うでしょ?
でもこのルージュハーブは、一度錬金道具で粉状にして、水に溶かしてから使わないといけないの。
一応錬金術師のスキルが無くても使える程度の錬金作業なんだけど、そこまで頑張って3MPだけ回復っていうのは、皆あまりやりたがらないのよね……」
「水に、溶かして……」
「というわけなんだけど、どう?買う?
もし買うんなら、不人気商品だし、お安くはするわよ?」
ちょっと考えてみた。そして、答えた。
「あ、じゃあ……少し買ってみます」
「……え、ほんと?」
私はとりあえず、買ってみる事にした。
「ホントにいいの……?」
かなり安い金額だったが、店員さんはさらにおまけで多めに包んでくれた。
「あ、はい。『一般用初級錬金術の本』を持ってるので……やってみます」
「本を持ってるの!?
そっか、じゃあ大丈夫かもね。やってみてね」
表向きはそう答えておいた。
一応その本は、修行の記念にオパールさんにお土産で貰っていたので手元にある。なのでその説明で納得してもらえた。
でもそれとは別に、私には閃いたことがあった。
『水に溶かして』の部分だ。
もし私の考えの通りなら、上手く使えるかもしれない。
それに、回復量は3MPしかないとの事だったが、私にとってはそれでもとても助かる。
私の最大MPは26で、シリコン化に使うMPは15。一度使うと残りは11で、足りなくなる。
でもこのルージュハーブを2回使えば、6回復して再使用可能になる。それだけでも十分助かる。
少なくとも、森からの脱出のために残り1本の貴重なマジックポーションを使わずに済むと思う。
試してみないと何とも言えない事だったが、上手くいけば、これで問題のひとつは解決する。
私は店員さんにお礼を言って、店を後にした。
問題点のうちの1つは未解決だったけど、1つは一応解決できるかもしれない。
外出には、まあまあの成果はあったようだ。
私はその後、他にいいアイデアがひらめくかもと思って、いろんなお店をウィンドウショッピングしてみた。
雑貨屋さんの前を通りかかったら、特売の棚のところに、良さそうなものがあった。
革製の大きな水筒だった。
「あ、これいいかも……」
粘着ボールを撃ったり、体の一部が食べられたりしたとき、私の体の水分が減って体が小さくなる。
宿に戻ればシャワーで水分を補給できるけど、それまで小さいままだった。
でも、水筒を持ち歩けば、その場で水分を補給できる。
その水筒は冒険者が携帯するには大きすぎる、家庭備蓄用の水筒だったが、マジックパックに入れて持ち歩けば、たぶん重さは感じないだろう。
私は買うことにした。
「すみません、これください」
お店の奥のおばさんに声をかけ、水筒を購入した。
特に何事もなく買うことが出来た。
その後、私は公園を散歩した。
3日前にここに来た時は人間だったので、スライム娘になってからは初めてここを訪れる。
考えてみれば、スライム娘になって、初めての休日だった。
人間に変装して過ごす最初の休日だったけど、上手く満喫できている気がする。
骨と筋肉のある足だった頃のように、シリコンの足も問題なく扱えている。
考え事をすると球体関節の事を忘れがちになるので、そこだけは気を付けないと思った。
公園を歩いていると、突然声を掛けられた。
「やあ、こんにちは」
3日前、そしてその前の日にもあった、肉屋の屋台のお兄さんだった。
私は挨拶を返す。なんだか、この人とはよく会う気がするな。
それにしても、考え事をしていたせいもあったけど、すぐ横を通ったのに気が付かなかった。
この間はとてもいい匂いがしたのに……。
……あ、そっか、〈匂い〉を感じてなかったのか。
私は〈嗅覚〉をオンにする。そうしたら、とても美味しそうなお肉の匂いを一気に感じてきた。
あれ、ひょっとして私、スライム娘になってから今の今まで嗅覚無しで過ごしてきたかも?
その匂いを嗅いだら、なんだか我慢できなくなってきた。
でも、値段の張り紙を見て躊躇する。さすがにそう毎回買える金額じゃない。
「どう?1本買ってく?」
お兄さんがそう聞いてくる。
「食べたいけど……ごめんなさい、今お金なくて……」
「じゃあ、サービスで1本あげるよ」
「……えっ!?」
よほど恨めしそうな顔をしていたのかもしれない。
お兄さんは、焼き過ぎて焦がしちゃったから、捨てるだけだから、と言って、鳥肉の串を1本譲ってくれた。
「あ、ありがとう、ございます……」
たどたどしくも、そうお礼を言った。
お肉を受け取って食べる。とても美味しかった。お兄さんにそう伝えると照れくさそうにしていた。
歩きながら、残りを食べる。
確かにちょっと焦げてはいたけど、捨てるほどのものでは無い、ぜんぜん普通に売っていいレベルだと思う。
ううん、これは完全に恵んでくれたんだな……。なんだかちょっと申し訳なかった。
私は食べながら、串を見る。
これ、尖っているよね。ナイフみたいにこれも投げたらダメージになるんじゃ……
いや、さすがに小石の方がマシかな……。
散歩が終わったら、午後は宿屋で過ごそうと思う。
いろいろ試してみたいこともあるし……。
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