2-13話 ルージュハーブ
宿屋の自分の部屋に戻り、買ってきたものを並べて、今後の作戦をいろいろ考える。
まずはこの、道具屋さんで安く譲ってもらったルージュハーブだ。
道具屋さんの話では、これは粉状にしてから、水に溶かして使うそうだ。
手持ちの初級錬金術の本によると、葉っぱを乳鉢で潰して、それを燃炉で加熱して乾燥させる。干からびた葉っぱをさらに乳鉢で潰して……と、そういう過程を何度も行う、とある。
でも、多分私なら、そんな複雑な事をしなくても何とかなるんじゃないのかな、と思った。
まず私はローブを脱いだ。
スライム状のままの胴体部分が露わになる。まだお昼なので、顔と手足のシリコン化はまだ解除しない。
次に、ペンダントで現在のMPを確認しておく。
数値は16/26だった。
シリコン化直後は11だったが、自動回復能力のおかげで、今は16になっている。
「よし、じゃあ、やってみよう」
私は実験を開始した。
実験と言っても、そんなに難しい事をするわけじゃない。
ルージュハーブを直接、自分のお腹の中に入れるだけだ。
ルージュハーブは、私の体の真ん中に移動する。
そしてその場所で、しゅわしゅわ泡を立てて、次第に溶けていく。食べ物を食べる時みたいに。ちなみに味はものすごく不味いので、〈味覚〉をオフにして。
次第にしゅわしゅわが終わり、体内のルージュハーブは消えていた。
MPを確認する。数値は16のままだ。
次に、自分の体の中に意識を移し、『体内マジックパック』を確認する。
すると、さっきまでは感じ取れなかったはずの『ルージュハーブの成分』を、なんとなく確認できた。
私はそのルージュハーブの成分を、体内マジックパックの外に出す。
透明なとろとろの部分が、次第に色を帯びていく。『ルージュ』って名前の通り、真っ赤な液体になる。
私はその状態で、ルージュハーブの成分を〈使う〉。
体全体に分散したその成分を、意識して、より体に馴染ませるように。
具体的にどうするのかと言われれば上手く説明は出来ないが、なんとなく、そうなるように考えてみる。
少しずつ、赤色が薄くなった気がしてくる。そして体の感覚が、なんとなくちょっと良くなった……気がする。
MPを確認してみる。『22/26』の表示になっていた。
「おおお……」
思わず声をあげる。
思っていた通りだ。
本来は錬金術の器具で行う一連の工程を、私は自分の体だけで行うことが出来る。
そして、それを使うことが出来る。
これはそもそも修行の頃、オパールさんが発見してくれた事だ。
その時は薬草パウダーというアイテムを使っていたが、粉状にした薬草類を、こんな感じで扱うことが出来る。
その際、効果も普通に使うよりかなり効率よく使うことが出来る。
薬草パウダーの時は、本来なら1回使用すると無くなるところを、この方法だと4~5回使うことが出来た。
しかも、回復量も普通より多いらしい。
体内マジックパックには有効期限があるのか、それとも単に使い切ったからなのかは分からないが、修行が終わって初クエストに出る頃には使えなくなっていた。体内マジックパックにも存在を感じ取れない。
その代わり、昨日使ったブル・アプサンの成分は確認できる。
試しに、その効果も確認してみる。
体の赤色を一度消し、ブル・アプサンの効果を体に出してみる。
体の色は薄い青色に変わった。普通に『食べた』時は色が変化しなかったのに、今は変化する。
使用回数は……うーんと、たぶん残り3回、といったところかな。
もう一度ルージュハーブのほうに切り替えてみる。
こちらも恐らく残り3回。
あと、MPの回復量も思っていたよりもいい感じだ。
道具屋のお姉さんの話ではMP3回復との事だったけど、この方法なら6回復した。
つまり、効果は2倍だ。
4分の1の消費量で、2倍の効果。
つまり、葉っぱ1枚で、MP24を回復できる。
十分実用に耐えうるどころか、マジックポーション半分並みに使える。
「すごい……」
もうこれで、MP不足でシリコン化できないという事に悩まなくてもいいかもしれない。
行動の幅がぐっと広がった気がした。
ちなみに、ルージュハーブの効果で体が赤くなっているが、シリコン化した部分は元の色のままだ。
でも、なんとなく、人肌の色の皮膚に、赤っぽいのが混じっている気がする。
鏡で確認すると、頬が赤くなり、高揚して火照っているような色になっている。
いつもは透明なシリコンの下の粘液が赤く色が付いたので、シリコンの上に赤みが透けてこんな色になっているんだ。
でもまだ分からないことはある。
この理屈で言えば他に飲んだもの同様、昨日飲んだマジックポーションの成分が体内マジックパックに入っているはずだが、そちらは気配を感じられない。
他2つと違い、マジックポーションは使い切りのようだ。
どの飲み物が体内マジックパックに入れられるのかそうでないのか、その都度確認してみたほうが良さそうだ。
「えっと、次は……水筒かな」
ルージュハーブはとりあえず引っ込めて、雑貨屋さんで買った水筒を確認する。
革製で出来た水筒で、何も入れていない状態だと平べったい。飲み口には固い筒のようなものが付いていて、それに蓋が付いている。
この蓋を開けて中の液体を飲む造りになっている。
水を入れるときはここから入れる。
「よし、とりあえず入れてみよう」
シャワー室に行き、カランのほうから水筒にお水を入れる。
水筒には、たっぷりのお水が入った。
修行の時の拠点の家に、オパールさんの世界から持ってきた飲み物が数個入っていて、そのうちのひとつに『2リットルペットボトル』という容器が入っていたが、多分それよりも多く入る。1.5倍くらいだ。たぶん、3リットルっていう風に言うのかな。
持ってみる。ずっしりと重い。
私もスライムなので液状なのだが、こうやって持ってみると、なんだかものすごく重たく感じる。
その水筒を、腰のマジックパックに入れてみる。
するっと中に入り、全く重さを感じなくなった。
うん、これなら持って歩けそうだ。
ある程度限度はあるが、これで水気の無い場所でも自分の体積を回復できる。
これで多分、門番さんとかに不審がられることも無くなる……のかな?
買ってきたものの確認はこれで終わり。どちらも予想通り、ルージュハーブのほうは予想以上に役立ちそう。
いずれも戦闘中に使うのはちょっと難しいかもしれないが、戦闘後の状況回復にどちらも役立ちそうだ。
次はどうしよう。
おとといみたいに本を読んでもいいかもしれないけど、その前に試してみたいことがあった。
一角ウサギから逃げるとき気が付いた事だけど、
私の視覚って、どうやら1つにこだわらなくてもいいらしい。
前と後ろ、2方向の視覚をいっぺんに確認することが出来た。
使いこなせれば便利なはず。
なので、反復練習をして、ちゃんと使いこなせるようにしたいと思った。
早速やってみる。
昨日と同じように、前だけじゃなく、〈後ろからの視点〉をオンにして、それを視覚の上の方に表示してみる
「あれ……?なんかピンクだ……」
視界の上の方が何故かピンク色になっている。見えるものも見えない。なんだかおかしい。
でも、その原因には、すぐに気が付いた。
「あ、そっか、ウィッグか」
どうやら後方の視覚は背中の上のほう、うなじのちょっと下のあたりからの視覚のようだった。
そこはちょうど、付けているウィッグに隠れてしまう部分だった。
試しにウィッグを外してみると、視界はちゃんと見えた。
「なるほど、隠れちゃうんだ……あ!」
そう言えばオパールさんは、ウィッグを何個か作ってくれていた。
元の髪形に一番近いものをいつもつけていたが、別にそれにこだわらなくてもいいんだ。
私は別の髪形のウィッグを取り付けた。
後ろで2つ結びにしてあるウィッグだ。ちなみに結んでいる紐はなぜか固定されていて外せない。
そのウィッグを付けて確認してみると、ちゃんと邪魔されずに見えた。
ついでに、ローブをもう一度着てみた。
ローブの襟で隠れてしまった。
視界をもうちょっと上にして、ローブの襟の上に出るあたりに……うん、うなじの位置にしたら、ちゃんと見えるようになった。
どうやら、人間に変装中でも、髪型次第では可能なようだ。
その視界に慣れるため、しばらくそのまま過ごす。
慣れないうちはどうにも気持ち悪くて落ち着かなかったが、次第にそれなりに慣れてきた。
通常形態で森を探索するときとか、後ろからの視界があれば、背後から不意打ちされる心配もなくなりそう。
周囲の警戒に便利そうだ。
「あ、そうだ。せっかくなら……」
私は机の上に本を立てかけて置き、後ろ向きに座った。正面には別の本も持って。
そのまま読んでみる。
前の本と後ろの本、いっぺんに読める。すごい!
ただ、内容は全く頭に入ってこなかったけど。
夕食の時間になったので、私は食堂に向かった。
食堂に入ると、ネリーちゃんが迎えてくれた。
いつものように挨拶をして、空いている席に座る。
厨房にはおかみさんがいた。今日の料理担当はおかみさんのようだ。
「メルティさん、髪型変えてみたんですね。かわいいです!」
「そ、そう?ありがと!」
ネリーちゃんが褒めてくれたので、お礼を言った。
「そういえば……どうやって人間の姿になっているんですか?」
ネリーちゃんがこっそりと聞いてきた。
周りに誰もいなかったので、私は教えた。
シリコン化という能力を使っている事。服の下はスライムのままだという事。ついでに膝も見せて、球体関節の事も伝えた。
「なるほど、すごい……」
ローブの隙間をちらっと見せてみると、ネリーちゃんはそこをまじまじと眺める。なんだかちょっと恥ずかしくなってきた。
「あ、ごめんなさい……」
ネリーちゃんが目を逸らす。
ルージュハーブの成分を得たおかげで、どうやら私の体は『恥ずかしくなると赤くなる』という性質が付いたようだ。
より人間っぽくなったと言えばそうなのだけど。
「あ、そうだ、はいこれ」
今朝言っていた、ゼリーボールの新しいものを、ネリーちゃんに渡した。
「ありがとうございます!あ、色が付いてる……」
「うん、色を付けてみたの」
1つはブル・アプサンの青。もう1つはルージュハーブの赤で、それぞれ色を付けてみた。
オパールさんの絵の具の成分が残っていれば、もっとカラフルに出来たんだけど。
「わぁ、綺麗……ありがとうございます!!」
ネリーちゃんはやっぱり目を輝かせながら受け取った。
その後私は、いつものように日替わり定食を頼んで、いつものようにそれを堪能した。
旦那さんと比べるとややおおざっぱだが、流石はプロ、味はほとんど変わらない。量は多いけど。
食事を終え部屋に戻るために階段を登ろうとしたとき、宿の入口の扉が開く音がした。
首の後ろの視界に、見覚えのある顔が映った。
私は振り返って、その顔ぶれを確認し、挨拶をする。
「あ、おかえりなさい!」
「お、メルティちゃんじゃん!」
私が声をかけた3人組。
私の同期達だった。
一人目はロランさん。弓使いの男性。
二人目はターシャさん。魔法使いの女性。
三人目はミリィさん。武道家の女性。
三人とも、私と同じ日に初心者講習会を受けた、私の同期の冒険者だ。そして、私と同じ宿に泊まっている3人だ。
「クエスト、どうでした?」
「ああ、大変だったけど、何とかなったよ」
このうちロランさんとはよく話す。こんな風にちょっとした世間話をする。
「ま、帰りが予定より2日遅くなっちゃったけど、こんなモンっしょ」
ターシャさんは軽いノリで、私にとってはちょっと怖い雰囲気だけど、彼女はこうやって話しかけてくれるので、彼女ともよくお喋りする。
「ん……」
ミリィさんとは、あまり話をしない。どうやら無口な性格のようで、あんまり声を聞いたことが無い。
でも、別に私の事を嫌っているわけじゃない……と思う。たぶん。
「それより聞いたよ。メルティちゃん、やっとジョブが見つかったんだって?」
「あ、はい!これで私もやっと冒険者になれました!」
ジョブ無しでずっとくすぶっていた私の事を、2人はずっと気にかけてくれていたらしい。たぶん、ミリィさんも。
「え、それマジ!?なになに、何のジョブなん!?」
ターシャさんに聞かれた。
私は思っていた。この3人に聞かれたら、偽らずにちゃんと答えなきゃ、と。
私の事をずっと気にかけてくれていた同期なんだもの。
だから、私は答えた。
「はい、スライム娘です!」
「………………え、なにそれ?」
3人とも、きょとんとした表情になってしまった。そりゃそうだよね……。
「あ、正式に言うと、スライム、です……」
「いや、その、呼び方が気になったんじゃなくて……」
私は、体の水分が熱くなり、ルージュハーブの色が顔に出てきたことを感じ取っていた……。
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