25話 修行7日目・午前 冒険者の試験(後編)
【冒険者の修行】の試験が続いている。
クルスさんとの戦闘中、私の体は、6つのゼリーボールになって分散した。
そのうちの1つが今の私だ。まずはこの状態から立て直さないと。
さっきの私との会話で、ボールのうちの1つから声が出ていることを悟ったクルスさんが、私の本体の位置を把握した。
私は急いで、すぐ隣のボールに飛びつく。
動くボールと動かないボールはすぐにくっつき、ひと回り大きなボールになる。
私の無事と戦闘の意思を確認したクルスさんが、まだ小さめなボールに向かって剣を構える。
どうしよう。内臓の痛みのようなものがまだ残っている。まだちゃんと動けない。HPが減っているらしい……そっか、回復!
私は体内マジックパックから薬草成分を取り出し、体を緑色に変える。
そうしたら痛みは治まってきた。良かった、自分のHPも回復できるんだ。
「メルティ、さっきのが木を倒した技なんだね。すごかったよ。でもまだ扱いが難しそうだね」
「そうですね、こんなに制御し辛いなんて……」
クルスさんが話しかけてきた。そうか、回復を待ってくれてるんだ。優しい。でもちょっと悔しい。
「……うん、もう大丈夫です。いきます!」
「よし、来い!」
体の色を元に戻し、戦闘再開。
さてどうしよう。私の体はかなり小さくなってしまっている。小さい分、体の重さは減り、だいぶ動かしやすくなっている。
しかしコアの当たり判定が大きすぎる。粘着ボールを使う余分な体積も無い。このまま戦うのはきっと危ない。
私の体が元のサイズくらいに戻るには……
小さな破片はこの際しょうがないとして、ええと……後4つ。4つの中くらいの分裂体と合流しなければいけない。
しかし、どれもちょっと離れた位置。……よし!
私は小さな体のまま、再び設置部分を粘着、体を後ろに下げる。
全身硬化は体が小さい分時間はかからない。そのまま体を伸びきらせ、飛び出す!
大きめのボールくらいの大きさ、当たればギリギリで1ダメージくらいは与えられるかもしれない。
でもやはりクルスさんは軽々と避ける。
うん、でもそれでいいんだ。クルスさんの反対側にあるボールのそばまで行くのが目的なんだから。
そのまま3個目のボールにぶつかり、体を大きくする。
横にステップして4個目とも合流。体は元の大きさの3分の2くらいにまで戻った。
私の狙いに気が付いたクルスさんは、残り2個のボールの前に先回り。私を待ち構える。
私はいったん上半身を人間形状に戻し、作戦を考えながらも、いつクルスさんが来ても回避できるようにした。
方法を考えなきゃ。
あたりを確認すると小石が2個。よし。
素早く小石を体内に取り込み、クルスさんめがけて発射!
1個は避けられ、もう1個は剣で弾かれる。
弾いた小石が今度は私の体のほうを正確に捉えてくる。すごい、まだ2度目なのにこんなに正確に……。
私は思っていた。
さっきの連続反転攻撃もクルスさんの動きを真似たものだ。じゃあこれも真似できるのかなって。
小石は私めがけて飛んでいき、体内にめり込んだ。わざと避けずにめり込ませた。コアには当たらない位置だ。
そして小石の廻りをゴム化し、撃ち返した!
再び放たれる小石。しかしクルスさんのほうへは飛ばない。
狙いはボールのほうだ。クルスさんから見て右側のボールに当たり、ボールが弾け飛ぶ。
辺りを粘着質の液体まみれにする。
うん、よし。何も全部無理に回収しなくてもいいんだ。
最初にそうやったみたいに、こうやってクルスさんの歩ける場所を減らしていけばいい。
元々粘着ボール自体、私の体の体積を減らして使う技なんだし。
さっきのゼリーボールは、いつもの粘着ボールよりひと回り大きかった。
そこから吹き出た粘着質の液体はいつもより多量で、クルスさんの足回りを大きく減らせた。
クルスさんに当たればラッキーだったが、上手く避けられてしまった。
もう1個のゼリーも壊せればと思ったが、あいにく小石はもう近場に無い。
左右を見渡すとちょっと遠くに1個。それを取りに行ければ……
私が小石のほうに移動し始めると、クルスさんはそれを阻止するために近づいてくる。
地面の粘着剤を大きく迂回しながら近寄ってきたはずのクルスさんだったが、それでも私が小石に到達する前に、クルスさんの剣の攻撃が始まってしまった。私は回避に専念するしかない。
小石のある横方向への回避はさせまいとする斬撃の連続。私は後ろ後ろに追い詰められる展開になった。
こうなるとさっきの足元の粘着剤は意味がない。そこからどんどん離される。
私は体がまだ小さい不利な状況で、どんどん後ろに追い詰められる。
ついには庭の隅、木のそばまで追い詰められた。もう後ろには下がれない。
木を背にして、クルスさんの攻撃が来る。コアを狙った横薙ぎの攻撃。
私はしゃがんで回避するしかない。避けきったかと思ったが、当たってしまった。私の首から上が千切れて吹っ飛ぶ。
首が吹っ飛んだとはいえ痛くはないし、まだ全然普通に動ける。もうクルスさんもこの程度では驚いていない。
でもさらに体の体積が減るのは厳しい。何とか回収しなきゃ。
首なしになった私の本体の視界が一瞬途切れたが、すぐにまた見えるようになった。
首の断面っぽいところからの視界が広がる。私の首はどうやら上に吹っ飛んだようだ。木の上のほうに高く上がっていく。
マリナさんの悲鳴が聞こえる。オパールさんが大丈夫だと解説している。聴覚も回復したようだ。
……そうだ、この木。
いつも修行で体当たりしていた木。あの時の少年が木登りしていた木。
そうか、この木登れるんだ。
もう後ろには回避できない。なら上に登ればまだ逃げ道がある。よし!
私はしゃがんでいた体勢のまま上に体をはじく。今度はちゃんとバネを使ってジャンプできたようだ。
落下し始めた首と合流し、私は側面を木にぶつける。木と体を粘着剤でくっつける。
そうすると、体がぴたっと木にくっついたまま止まった。
首から上を元の形に戻し、改めて視界を目からのものに戻す。
地面が真正面にある。体の液体が下に引っ張られる感覚はあるが、私は木の横にくっついたまま静止している。ちょっと不思議な感覚だ。
クルスさんも驚いた表情だったが、すぐにジャンプして私に剣を当てようとした。
私は急いで上に這いずって距離を取る。剣が体を少し掠めたものの、大きな損傷は無い。
重力を無視して動くのはだいぶ奇妙な感覚だ。よし、このまま木陰に隠れちゃえ。
クルスさんも木に登ろうと幹を掴んだが、木陰の私と目が合って登るのを止める。
登っている最中に粘着ボールを当てられたら不味いって事に気が付いて、登るのを止めたらしい。
木の幹から少しだけ距離を取り、私の次の行動に備えているようだ。
さっきまでの動きのある空気と違い、静かな張り詰めた空気が流れる。
このまま時間を無駄にするわけにもいかない。こっちから何か仕掛けないと。
ううん、どうしよう。私の体の残るゼリーボールの回収に向かおうか。
距離はあるけどゴム式体当たりで高速で行けば、たぶん追いつかれずに回収できる。
でも、クルスさんの上空は取れているので、ある意味では今は有利な状況だ。攻めるなら今だ。
このまま木の上から体当たりしようか。
スピードを付けて落ちても、多少のダメージは受けるかもしれないが大丈夫なはずだ。
まあでも多分避けられる。その後はさっきの展開に逆戻りだ。
そうだ。今朝オパールさんから借りた『アレ』がこの近くに隠してある。
……うん、勝負に出よう。
私にとっても賭けではあるが、上手く作戦通り進めば勝負が決まる。
仕掛けるなら今だ。……よし!
私は木の枝の先端に近づき、そこでゴムの体当たりの構えをする。木の枝に体を粘着させ、体をゴムのように伸ばす。
ただし、横ではなく、下に。クルスさんに近づき過ぎない程度に。
木の枝がしなり、私の勢いに加勢してくれる。
そしてある程度体が伸びたら、上に向かって体を飛ばす!
「いきます!」
私は高く飛び、木よりも高い位置からクルスさんに声をかけた。
そのまま自由落下でクルスさんに近づく!
私を見上げていたクルスさんは、私から目線を逸らさないまま、足元の小石を拾った。
そっか、私がやったんだからクルスさんも同じことはするよね。
クルスさんは私に向かって小石を投げつけた!
人が投げたとは思えないほどの速度で石が迫ってくる。上空なので私は回避できない。そのまま小石が体にめり込む!
ぱんっ!
「なっ!?」
着弾と同時に、私の体がはじけ飛んだ。
私は再び小さなゼリーのボール状になって散らばる。今度は10個くらいに分裂した。
ぽん、ぽんぽんぽん……。
ゼリーのボールはバウンドしながらあちこちに落ちる。
私はそのうちの1つとなり、地面に墜落する。最初の墜落で再び強い痛み。しかし気を失ってはいない。そのまま耐える。回復はまだ、できない。
「オパール!」
再びクルスさんがオパールさんに声をかける。オパールさんはセーフのジェスチャー。
「メルティ、無事か?」
クルスさんはあたりの弾むボールに声をかける。しかし私の返事は無い。
「……メルティ?」
私は心の中で謝る。
ごめんなさいクルスさん。実はこれ、私の作戦です。
体をバラバラにしたのはわざとなんです。
さっきは声を出しちゃったから、私の本体が把握されてしまった。だから、今回は答えません。
このまま潜伏、ボールの体で潜伏します……と。
ゼリーボールはバウンドを次第に弱め、不規則に転がり始める。
私は他のボールに紛れて、不自然ではないように転がりながら、『それ』を目指す。
落下時の痛みがまだ残る。
本来なら、地面にぶつかった時に分裂する作戦だった。
でも、予定より早く、小石攻撃の時に分裂してしまった。
今の私のサイズは、コアを護る周囲の粘液がほとんどない。体全部がほぼコアだ。
このサイズが、恐らく自分が動ける最小サイズなのだろう。
そんな体で落下してしまったため、落下の衝撃はものすごかった。
硬化は間に合ったものの、さっきオパールさんが「HPが残り2」と言っていた時より強烈な痛みだった。
つまり、私に残されたHPは残り1なんだろう。
でもまだ回復は出来ない。緑色に変えると本体の位置が気づかれる。
気が遠くなるほどの痛みに耐えながら『それ』を目指す。
初めは心配していたクルスさんだったが、何も答えない私の狙いにどうやらある程度感づいたらしい。
ころころと転がり続けるゼリーボールを観察している。
ひとつのボールを凝視したあと、別のボールに視線を変え、さらに凝視する。
何度か目が合う。私はドキッとする。
しかし、完全ボール形状の私には今目の形が無い。目が合ったと気が付いたのはどうやら私だけだ。
よし、もう少しでアレのところまで行ける。石畳と芝生の境目に隠しておいたアレ。
あともう少し……
しかし、クルスさんが気が付く。ゼリーボールのうちの1つに、色が付いていることを。
うっすらとではあるが、周囲が暗い紫色、そしてその中心が赤色。
そう、スライムのコアの色に。
「そこかっ!」
クルスさんがゼリーボールに近づき、突き一閃!
ぶしゅっ。
木剣がコアを貫き、ゼリーボールは形状を失い、ドロドロになった。
「あっ…………」
ゼリーボールから吹き出た粘着質の液体がクルスさんに降りかかる。
剣がどろどろとした液体にまみれる。
返り血のごとく、体に透明な粘液が付着する。
決着がついた。ついてしまった……。勝者ではあるはずだが、クルスさんの背中は寂しそうだ。
……そう、私はそんなクルスさんの背中の様子を眺めていた。
ごめんなさいクルスさん。これも作戦なんです。
『それ』は私じゃないんです。
絵の具でコアっぽく色を付けただけの、ただのゼリーボールなんです。
分裂する前に1つだけ、わざと色を付けておいたんです……。
私はついに『アレ』の回収に成功する。
そして小さなゼリーボールのままそれを体内に取り込み、気づかれないように静かに体を伸ばす。
そして……ゴムの体当たりで突撃!
ちくっ!
「痛っ!?」
突然の痛みにクルスさんが声を出す。
そして後ろを振り向き、下を向き、やっと私に気が付いた。
右足のふくらはぎの後ろにくっついている、小さな小さな、人形のように小さな体の私に。そんな私が抱きかかえる『毒針』に。
「えへへ、クルスさん、1ダメージ、ですよ」
私はにっこり微笑みながら答えた。
-----『毒針』-----
主に魔法使いが装備する武器のひとつ。針とは名前つけられているが、人間なら片手で握るくらいのサイズがある。
この武器で攻撃すると、どんな非力な魔法使いでも1ダメージを与えられる。しかし逆に、どんなに力を込めても1ダメージしか与えられない。
言い方を変えれば、確実に1ダメージを与えられる、という事になるので、「すごく固いがHPが低い敵」なんかを攻撃するときに特に効果を発揮する。そんな武器だ。
そう、あれは確か2日目の午後の修行。私の投擲武器を考えるとき、オパールさんが持ってきた様々なアイテムのうちのひとつだった。
結局採用されたのはナイフだったので毒針の出番は無かったが、私はなんとなくそれを覚えていた。
だから今朝、オパールさんに借りたのだ。
「そっか、絵の具かぁ~」
クルスさんは仰向けにばたっと倒れ、芝生に寝転んでいる。
「悔しいなぁ。メルティの作戦勝ちだ」
言葉とは裏腹に、とても嬉しそうなクルスさんの声。
「クルスさん、ごめんなさい。さすがにズルかったですか?」
私はとても小さな体のまま、クルスさんの隣にばったり寝転んで答える。
「うん、ズルかった。サイコーだよ」
クルスさんは、とびきりの笑顔で答えてくれた。
「クルるんの敗因は、結局今まで恥ずかしがってメルっちょの胸を見てなかった事だね。ちゃんと普段から観察していたら、アレが偽物だって分かったはずだよ」
「オパール、それは言うなよ……」
寝転ぶ私たち二人を、オパールさんが見下ろしながら話す。クルスさんは気まずそうに答えた。うん、そこまでは考えてなかった。
「でもメルっちょ、よく思いついたね。『毒針』を使おうだなんて」
「『1ダメージ』っていう勝利条件を思い出したときにピンときたんです。これ使えるんじゃないかって。
私は体が小さくなると攻撃力が落ちちゃうのが弱点なんですけど、この武器ならどんなサイズでも確実に1ダメージを与えられるかなって」
「やるじゃんメルっちょ。あ、ちなみに毒針って、即死効果が出る可能性もあるんだけど……」
「急所さえ外せば多分大丈夫だって思いました。
それに、クルスさんが使ってる『弱化の指輪』って、即死攻撃も無効にしてくれるんですよね。
だから絶対大丈夫だって。刺しちゃえすれば確実に1ダメージ与えられるなって」
「すごいね、よく知ってたね」
「前にクエスト依頼ボードに、武器納品のクエストが貼られていたのを思い出したんです。
その時毒針って何だろうと思って、調べてたんです。冒険者ギルドの資料室を貸してもらって」
「へぇ。ちゃんとそういうの勉強してたんだ」
「時間だけは、いっぱいありましたから……」
「全く、メルティは凄いよ。こんなにいろんな作戦を思いついて、道具の知識もちゃんとあるんだもん。メルティの完全勝利だよこれ」
「いえ、そんな……見方を変えたら、結局1時間半かかって与えたダメージはたったの1ですから。まだまだ全然です」
「そんなこと無いよ。ね、マリにゃん」
「うん、メルティちゃん、とってもすごかった。かっこ良かったわよ!」
会話にマリナさんが合流した。マリナさんはお茶とお水を持ってきてくれた。
マリナさんは終始ハラハラと私の様子を見ていたそうだ。でも、マリナさんにもこうやって褒めてもらえてうれしい。
「さて、正午までまだ時間はあるけど……どうする?」
「んー、休憩したら、もっかい戦おっか」
「そうですね、まだまだクルスさんには稽古つけてほしいですし」
「オッケー。じゃあ二人とも、正午まで頑張ってね。あ、午後の試験に影響がない程度にね」
「フフッ、メルティちゃん、頑張ってね」
「はい!」
オパールさんはやれやれという表情。マリナさんは嬉しそうに私の事を見ている。
私は寝ころんだままクルスさんと見つめ合い、微笑み合った。
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