24話 修行7日目・午前 冒険者の試験(前編)

 修行7日目、試験当日の朝。

 

「メルっちょ、おはよう。よく眠れた?」

 朝、オパールさんがいつものように挨拶してきてくれた。

 

「ドキドキしてましたが、何とか眠れました。……あの、それで、オパールさん、お願いがあるんですが……」

「ん、どしたの?」

「ちょっと貸してほしいものがあって……」

 

 それなら物置にあるよとの事だったので、オパールさんに案内してもらって借りることが出来た。

 リビングに戻ると、朝練を終えたクルスさんがいた。

 

「あ、おはようメルティ。二人でどこ行ってたの?」

「あ、はい、ちょっと……」

「お、ひょっとして悪だくみ?」

「ええと、はい、そんなところです」

 私がそう答えた。クルスさんはニヤニヤしている。

 

 私がさっき借りたものは、午前のクルスさんの試験の時に使えるかもと思っていたものだ。

 一応昨日「どんどんズルして俺に攻めてきてもらうくらいのほうが面白いよ」と言ってくれてはいたので、いろいろ作戦を考えた。

 と言っても本当に卑怯な事はしないつもりだけど、このくらいならアリかな、と思った方法だ。

 最も、その作戦を使う出番があるかどうかは分からないけど。

 

「ふっふっふ、メルっちょいろいろ考えてるみたいだよ。クルるんに見破れるかな?」

「へえ。そりゃ楽しみだ」

 クルスさんは本当に楽しそうだった。


 

 朝食が終わるころ、玄関の呼び鈴が鳴った。

「やっほーメルティちゃん、来ちゃった!」

「マリナさん!?」

「メルティちゃんの試験が気になってね。今日はお休みだったから見てみたいなーって思って。迷惑だった?」

「ううん、来てくれて嬉しいです!」

「そっか、良かった。『スライム娘』がどんな戦い方するのか気になっちゃって。それじゃあ今日1日お邪魔させてもらうね」

 

 心配して見に来てくれたんだ。嬉しい。

 それに、ギルドの受付嬢のマリナさんに自分の戦い方を知っておいてもらえるなんてありがたい話だ。

 合格できなかったら恥ずかしいけど……。



 

 朝食が済んで少し休憩した後、私たちは庭に出た。【冒険者の修行】の試験がいよいよ始まる。

 私は庭の真ん中でクルスさんと向き合う。オパールさんとマリナさんは離れたところから見守っていてくれる。

 

「それじゃあ、試験を始めよう。

 条件は昨日も言った通り、俺に1ダメージ与えたらメルティの合格。

 メルティが戦闘不能になるか、正午になったら不合格。

 ハンデは昨日の通り、俺は『弱化の指輪』と『木剣』だ。

 それじゃ、始めようか」

 

「よろしくお願いします!」

 

 

 クルスさんが木刀を構える。

 私も戦うポーズを作る。今日は上半身だけ人間のいつもの格好から始める。下半身のまん丸部分には、あらかじめナイフだけ入れてある。

 

「よーし、じゃあ……始め!」

 オパールさんの始めの合図とともに、私の試験が始まった。

 

「えいっ!」

 まずは私の先制攻撃。ナイフ発射でクルスさんを狙う。

 クルスさんは当然のようにナイフを躱し、私に接近してくる。

 あっという間に私を剣の間合いに入れ、横一線切りつけてきた。私は後ろに飛んで回避。

 クルスさんはさらに連撃を仕掛ける。私は剣を後ろに飛んだり横に飛んだりして躱す。昨日の修行とほぼ同じ状況になった。

 

「わっ、二人とも早い!」

「ね。クルるんのレベルが下がってるとはいえ、メルっちょもかなりついてこれてるよね」

 私たちの戦いを見ながら、マリナさんとオパールさんが話している。マリナさんの質問にオパールさんは解説する、という感じのようだ。

 内容が気になるけど、私が聞いている余裕は多分そのうち無くなってくるだろう。

 

「でもメルティちゃん、ずっと避けてますね……」

「多分、ああやってクルるんの体力を削る作戦なんだろうね」

 

 オパールさんの言う通り、私はまずはクルスさんの体力を削る作戦だ。

 スライム娘の体は基本的には疲れを感じない。持久戦なら多分有利になる。

 最初はこうやって粘ってクルスさんの疲れを誘う。

 とはいえ、クルスさんくらいベテランなら、疲れてもさほど動きは落ちないかもしれない。

 それでも、今後の私の作戦を使う隙は増えるだろう。


 

 このまま10分くらいが経過した。クルスさんの動きがちょっとだけ落ちる。

 よし、今だ!

 

 私は後ろに大きくジャンプし、体を全身丸くしながら、クルスさんとの間合いをさらに開ける。

 その隙に下半身に粘着ボールを作り、射出準備する。

 

「クルスさん、いきます!」

 私は粘着ボールを射出した。

 

 回避のために身構えていたクルスさんだったが、私はクルスさんに向けてではなく、上空に粘着ボールを投げつけた。

「上!?」

 クルスさんが思わず叫ぶ。視線が一瞬そちらを向く。

 私はその隙に、近くにあった小石を取り込み、発射体制。

 そして小石を、最高高度に達した粘着ボールへ向けて撃った!

 

 ぱんっ!

 小石を当てられた粘着ボールがはじけ飛ぶ。

 バラバラになった粘着質の液体の雨がその真下一帯へと降り注いだ。

 

「うわっ!?」

 クルスさんは後ろに大きく回避する。

 

 さっきまでクルスさんのいたあたりの地面は、散らばった粘着質の液体まみれになった。

 地面に円状に散らばった液体の中にクルスさんがいたら、これで大きく動きは制限されていただろうけど、残念。クルスさんは円の外側に逃げてしまった。

 

 でも、おかげでクルスさんとの距離はかなりキープできた。

 私は付近に残っている3個の小石を体に取り込む。そして、今度はそれを直接クルスさんのほうに撃った。

 

 クルスさんはそれを回避。1個目と2個目は上手くよけられてしまった。

 3個目はクルスさんの体を捉えた。このままいけば当てられる……しかし、クルスさんは木剣を振り、3個目の石を上手く剣に当てた。

 石は打ち返され、今度は逆に弾かれた石が私に迫ってきた。が、石は私のほうから外れ、私の頬の横を通り過ぎていく。

 

「ひゃっ……当たるかと思った……」

 つい声を出してしまった。

 

「いや、俺もビックリしちゃった。これがメルティの新技なんだね」

「あ、はい、粘着ボール散弾と、石つぶて攻撃です」

「うん、いいね。もうここの地面はうかつに踏めないね」

 

 クルスさん、どんどん楽しそうな顔になってきている。

「メルティちゃんも楽しそう……」

 マリナさんの声が聞こえた。そっか、私も楽しいんだ……。

 

「じゃあ、続けるよ」

 クルスさんが剣を構える。私も身構える。お互い構えたまま、ほんの少しだけ時間が生まれた。

 

 クルスさんの次の行動は、地面の粘着物質を避けながら近づいてくる、だと思う。

 対して私は、足元の小石は撃ち尽くした。別の場所に移動して小石を補充したい。

 クルスさんはどっちから攻めてくるんだろう。目の前の円状の粘着物質、その右からか、左からか……。

 

 クルスさんの体が動く。右からだ!

 私はそっちに向けて粘着ボールを放つ。しかしクルスさんは切り返して逆から攻めてくる。フェイントだ!

 粘着ボールは誰もいないところをめがけて飛んでいき、クルスさんは私に迫ってくる!

 

 クルスさんは剣を横薙ぎで攻撃してくる。

 今までと違い、私のコアを狙った攻撃だ。フェイントで虚を突かれた私はジャンプが間に合わない。

 どうする。上に避けられないのなら……しゃがむ!

 私は体を薄く平べったく潰す。

 

「わっ!」

 今度はクルスさんが虚を突かれた格好になった。

 渾身の一撃は空を切る。そして私が体を潰した結果、私の体は地面に沿って広がった。

 つぶれた体が、クルスさんの踏み込んだ足にどんどん近寄る。よし、このままクルスさんの足に絡ませちゃえ!

 

 私の体がクルスさんの足に触れようとした瞬間、足が突然消えた。

 クルスさんは上にジャンプしたんだ。

 そのまま前転宙返りする形で、水たまり形状となった私の体の上を通過する。

 このまま体を上に伸ばせば……と思ったが、伸びない。

 いつもジャンプする時みたいに潰したのとは違い、今は単純に液状化させて潰しただけだ。バネの力が足りなかった。

 

 クルスさんは私の後ろに着地。そのままさらに地面を1回転。

 その後体をねじりながら切り替えし、しゃがみながら私を正面に捕らえた形になった。

 私はつぶれた体を整えるので精いっぱいだった。

 クルスさんは間髪入れずに切り返し、私にもう一度突貫してきた。

 体勢をなんとかギリギリ整えられたので回避できる。私は横に飛んで回避した。


 改めて自分の周囲を確認してみる。

 さっきの狙いとは逆に、今は私が粘着質の地面の真ん中にいる格好になった。

 クルスさんは近寄れず、円周を回りながら攻撃手段を探す。

 

 ……うん、今がチャンスかもしれない。

 私は体をゼリー状に硬化し始めた。体当たりの準備だ。

 クルスさんはどうやら、円周を回りながら体当たりに備えるようだ。魔法を使えば攻撃は届くだろうが、どうやら使ってこないみたい。

 

 20秒ほど経過し、硬化が完了。体当たりの体勢が整った。

 クルスさんは歩くのをやめ、立ち止まって構えた。

 

 この状態で、ジャンプして体当たり……というのが、クルスさんが知っている私の体当たり方法だ。多分それを想定して身構えている。

 だから私は、クルスさんの知らない方法で挑むことにする。そう、あの木を倒したときの技だ。

 私はクルスさんに分からないように、地面に接する部分だけゼリー化を解く。地面と体を強固に粘着させる。

 その状態のまま、私はジャンプ!ただし、クルスさんに向かってではなく、クルスさんとは逆方向に。上にではなく真横に倒れこむような体勢で。

 

「えっ?」

 クルスさんの驚く声。

「パチンコだ……」

 私の狙いに気が付いたオパールさんが声を出す。そう、オパールさんが以前見せてくれたパチンコの動きを真似た攻撃だ。

 

 そして私の体は後ろ向きに伸びきり、反動で高速でクルスさんめがけて動き出す!

 速度のおかげで接地している粘着剤が剥がれ、すごい勢いで私の体が吹っ飛ぶ!

 

「なっ!?」

 予想外のスピードだったのだろう。驚いたクルスさんの声。

 クルスさんは回避しようと体を動かそうとするが、想定外の速度に体が追い付ききれていない。

 私の体が高速でどんどんクルスさんに迫る。が、ぶつかろうとした瞬間にクルスさんの体が沈み込んで消えた。クルスさんは大きくブリッジする体勢で私の攻撃をかわした。

 さっきとは逆に、クルスさんの体の上を私が通過する。

 

「外れたっ!?」

 勢い付いたまま、まん丸ゼリーになった私の体が地面をはねながら転がっていく。

 このままだとクルスさんからどんどん離れていく。

 いや、それどころか、私はオパールさんたちの方向へ高速でバウンドしながら転がっていく。このままだと2人にぶつかる!

 

 私は慌てて、バウンドして着地する瞬間を見計らって下部を粘着化させた。

 粘着剤で地面にくっつく。するとさっきの勢いが残り、私の体は大きく伸びる。さっき自分で伸ばした時とは比べ物にならない速度で。

 そのまま限界まで体が伸びきる。

 

「きゃあっ!」

 マリナさんの悲鳴。でもぶつからずに済んだ。マリナさんの少し前くらいでようやく伸びきった。

「マリナさん、ごめんな……ひゃぁっ!」

 謝り終わる前に私の体は再び高速で縮み始め、今来た方向へ反転して飛び出す。

 そうだ、このままもう一度!

 そのままの勢いで再びクルスさんに近づく。

 

 距離があるので一度バウンドしたが、勢いは衰えずにそのままクルスさんめがけて突っ込んで行く。

 さっきまでブリッジの体勢だったクルスさんは、まだしゃがんだままだ。私の突撃を、横にローリングで避けた。

 

 もう一度!

 私はまた地面と粘着し、反動を利用して高速で伸びる。しかし直線状にクルスさんはいない。

 向きを変えないといけないが、その方法が分からない。それどころか、バウンドして近づいたせいで、体は斜め上に伸びていく。あれ、このままじゃ地面に激突してしまうんじゃ……

「あっ……」

 粘着剤を解除すれば地面にぶつからずに済むかもしれない。でもこの勢いだと家の外まで吹っ飛んでしまうかもしれない。どうしよう……迷っているうちに体が伸びきってしまった。

 私の体が地面に突っ込んで行く。もうどうしようもない。ならせめて、体を思いっきり硬化させて耐えなきゃ!

 

「きゃんっ!?」

 ゼリーの体が地面にぶつかる。私は内臓をえぐるような痛みを感じるとともに、体がバラバラになった事を感じていた。

 

「め、メルティ!?……オパール!」

 クルスさんがオパールさんに状況を確認する。

「メルっちょのHPが残り2まで減ってる!だけどまだ戦闘不能じゃないよ!」

「そ、そうか……」

 クルスさんはほっとしながらも、警戒態勢に戻る。

 

 私は……私の体はどうなったのだろう。

 眩暈のように視界がぼやけていたが、段々と回復する。痛みも徐々に耐えられるくらいには引いていった。

 

 私の体は、ゼリー化したまま分散していた。

 大小色んなサイズで、大きなものは普通の野良スライムサイズ、子供が遊ぶボールくらい。

 そのサイズのゼリーボールが6つくらいに分散していた。

 私は、そのうちの1つになっていた。

 

「メルティ、まだやれるか?」

「大丈夫です。まだやれます!」

 私はクルスさんに向かってそう宣言した。

 私の戦いは、まだまだここからが本番だ。



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