2-24話 オウル亭の3匹
マリナさんに『あたし』の記憶を報告した私……そして私とひとつになったスライム達は、マリナさんの言葉に励まされた。
わたし達の結束は、より固まったと思う。
わたし達は、スライム娘として生きるため、一歩前に進んだ気がした。
気がしたのだが……。
「これでメルティちゃんのジョブは『なし』に戻ったわね」
「……あ、はい」
その直後、私は、マリナさんの進言で、人間に戻ることになった。
あの報告の後、マリナさんに聞かれた。
「そういえば……メルティちゃんのジョブマニュアル、ちょっと見せてくれる?」
私はジョブマニュアルをマリナさんに渡した。
マリナさんは表紙をしばらく確認した後……
「あら?ちょっとおかしいわね……」
そう言って、丹念に調べ始めた。
「……うん、やっぱり機能が一部機能していないみたい。これはちょっと、修理が必要ね」
「えっ、修理、ですか?」
私が見る分にはまるで異常はないんだけど、どうも壊れているらしい。
「うん……『経験値預かり機能』が無効になっているわね」
「預かり……機能、ですか?」
初めて聞く言葉だった。
「ほら、ロランさんの報告では、盾持ちのゴブリンを1匹倒しているはずでしょ?
その時メルティちゃん、経験値を受け取らなかったでしょ」
「あ……そういえば……」
あの時はいろいろと緊急事態だったので、そこまで頭が回らなかった。
「あの時、ロラン君が全員分の経験値オーブを預かっていたらしいの。自分のジョブマニュアルに一旦吸収しておいてね。
本来なら一時預かりの経験値は、後で仲間のパーティに受け渡すことが出来るんだけど、どうもメルティちゃんのジョブマニュアル、それが機能していないみたい」
「は、はあ……」
というわけで、修理をしてもらうことになったのだが……。
修理には一度ジョブマニュアルを預かる必要がある。預かるためには、一度ジョブを辞めなければいけない、という事だった。
ちなみに転職の祭壇の使用料は、今回はギルド側の都合という事で、無料でいいそうだ。
と、そういう経緯で、いきなり人間に戻ってしまった。
「その、ごめんね。せっかくいい感じだったのに……」
「い、いえ……」
みんなと一緒にスライム娘として頑張ろうと思った直後、思いっきりハシゴを外されてしまった私は、なんというかこう……呆けてしまった。
そういえば、みんなはどうなったんだろう。
人間に戻ったせいか、皆の気配を体内から感じない。
そう思っていたら……。
「あら?」
マリナさんが気が付いた。
私は、自分の後ろを振り向く。
するとそこには、3匹のスライムがいた。
「あっ……みんな!」
どうやら、人間に戻ると、この子達は分離してこういう状況になるらしい。
私の呼びかけに、3匹ともぽよぽよと動いている。
私がしゃがむと、3匹は肩の上に乗って、ジャンプしながら揺れている。
なんか……楽しい。
混じる前のような、何を考えているのか分からないような動きではない。
明らかに、こちらに反応して動いている。
「フフフッ、かわいい子達ね。みんな、メルティちゃんの事をよろしくね」
マリナさんが、3匹に語りかけた。みんなはぽよぽよ弾んで返事した。
「今日の夜には修理が終わると思うわ。明日以降に取りに来てね。明日ギルドは休みだけど、誰かいるはずだから」
「あ、はい。それじゃ……」
マリナさんと別れ、私とスライム達は、とりあえずいったん宿に帰る事にした。
この子達を街中で見られると騒ぎになりそうだったので、ギルドから大きめのカバンを借りて、その中に入れて運ぶことにした。
「ごめんね。窮屈だと思うけど……」
みんなは、大丈夫だよと言いたそうに跳ねていた。
カバンにスライム達を入れた私は、街の大通りを歩く。
うーん、なんだか寂しい。
さっきまでみんなひとつの体で、ひとつのコアで、一心同体だったのに。
こうやって離れるととても寂しい。
こういう状況になってまだ半日も経ってないはずなのに、今はものすごく心細い。
すぐそばのカバンの中に入っているはずの皆の心は、今はもう分からない。
急に距離が遠くなったような気がする。
うう……みんなに会いたい。また一緒にお話ししたい。
そんな感覚が強い。
宿の部屋に戻り、カバンからみんなを取り出す。
みんなは、とりあえず机の上に乗って、ぽよぽよしている。
私が、大丈夫だった?と聞くと、皆は私の手のひらの上に乗ってきた。
大丈夫だった、結構面白かったと、そういう言葉が伝わる。
ああ、良かった。一応人間に戻っても、みんなの考えていることは伝わるみたい。
不思議だけど、ちょっとだけ安心した。
とりあえず私は、ローブから着替える。
今回は急な事で用意できなかったので、ローブの下は例によって下着無しだった。
クローゼットから、しばらく使っていなかった人間用の普段着を出して、それに着替えた。
直後、私は一度着た服を脱いで、付けるのを忘れていた下着を付け直すなどした。
「ううう、前回以上に人間だったときの感覚を忘れている……」
私はスライム娘であると同時に、人間の女性でもある。
がしかし、天然のスライムの皆と混じった現状、普通の人間からさらに遠くなってしまった気がする。
「クルスさん……私、頑張ります……がんばりますぅ……」
嘆くようにつぶやく私を、皆はぽよぽよ弾んで励ましてくれた。
「さて、この後どうしよう……」
突然の休日は、まだまだ午前のおやつ時にすら到達していない。私はこの後どうするか考えた。
正直、人間に戻ったら、今のうちにやっておきたいことがあった。
でも、皆を連れて外出は出来ない。
流石に長時間カバンに入れっぱなしは気の毒だ。本人たちは結構楽しかったらしいが。
「……うん、おかみさんたちに相談しよう」
「……というわけで、その、申し訳ないんですが、今日1日、この子達を預かってもらえませんでしょうか……」
おかみさんが部屋に来てくれた。ネリーちゃんも一緒だ。
元々こっそりスライムと遊んでいたらしいネリーちゃんは、この子達を見て目をキラキラさせている。
「これ、本物のスライム!?」
「うん、そうだよ」
「うわー。すっごい!かわいいー!これメルティさんのお友達?」
「うん、私の……お友達だよ」
さっきまで私と同一存在だったとはさすがに言えず、私のお友達という事になった。
ネリーちゃんの前でぽよぽよ跳ねているみんなを見ていたおかみさん。
「うん、まあ……メルティちゃんになついているみたいだし、ネリーにも危害は加えないみたいだし……まあ、いいわよ」
「ほんとですか!ありがとうございます!!」
私はおかみさんに頭を下げる。
「うわーい、やったー!!」
今日1日一緒に居られることになったネリーちゃんは、大喜びしている。
部屋の扉の向こうで、ザジちゃんが顔だけ出してこっちを見ている。
「あ、ザジちゃん……いいかな?」
ザジちゃんは、スライムどころか、モンスターの存在すら知らなかったみたいだ。
だから、スライム娘の私以外のスライムは、たぶん初めて見るのだろう。
怖がっているんだろうか。
「ねえ、その子……きのうの子?」
「えっ……?」
ザジちゃんが、そのままのポーズでそう聞いてきた。
昨日……?
昨日は私と一体化していたはずだけど……。
ザジちゃんは恐る恐る部屋に入って来て、テーブルの上のスライム達を見上げた。
そして、そのうちの1匹……『ぼく』に、ゆっくり手を伸ばす。
『ぼく』は、ザジちゃんの手に近づき、すりすりするように体をくっつける。
「やっぱり、きのうの子だ!」
ザジちゃんはそう言って喜んだ。『ぼく』も嬉しそうに跳ねる。
「ザジちゃん……分かるの?」
「うん!きのうメルティおねえちゃんといっしょにいた子だよね!」
そう……確かに、昨日宿に帰ってきたとき、ザジちゃんと話した私は『ぼく』だったよね。
「ザジちゃん、分かるんだ……」
『ぼく』は、ザジちゃんの手に触れながら、ぽよぽよ楽しそうに跳ねている。
ザジちゃんも嬉しそうに一緒に喜んでいる。
『あたし』と『ワタシ』も、ネリーちゃんと一緒に遊び始めた。
「どうやら大丈夫みたいね」
おかみさんがその様子を見て、私に言ってくれた。
「その……よろしくお願いいします」
私は改めて、おかみさんに頭を下げた。
みんなは、おかみさんたちと一緒に行ってしまった。
私は、部屋でひとりになる。
やっぱり寂しい。みんながいなくて寂しい。
でも、人間でいるうちは、この寂しさに慣れないと……。
私は、『スライム娘』と『人間』の両立の難しさを、改めて実感していた……。
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いつもお世話になっております。作者です。
第2章ですが、2-28話で一区切りの終了となります。
そのほか裏が1話、幕間が2話で、残り7話です。
最終日は8月18日の予定です。
第3章は現在執筆中ですので、公開まで少しお時間を戴ければと思います。
1章~2章間と同じく、1か月程度時間を戴けたらと思います。
どうかよろしくお願いいたします。
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