2-25話 スライム娘のお洋服事情

 人間に戻って、久しぶりの休日。

 さっきまで一緒だったスライムのみんなと離れ離れになるのは寂しいけど、人間に戻るからにはやっておかなければならないことがあった。



 私は、裏通りにやってきた。

 いつも通っている表通りと比べると、だいぶ雰囲気が違う。

 道は狭く、両側に3階建ての建物が並んでいる。そしてその建物の窓から反対側に窓へ紐が通されて、その紐に洗濯物が所狭しと渡されている。

 この辺りは、街に住む人々のアパートが並ぶ居住エリアだ。

 修行の時に訪れていた街の北地区とは異なり、この南門付近は、庶民向けの住居が建ち並んでいる。


 その裏通りをさらに進むと、少し広い場所にある、共同洗濯場が見えてくる。

 レンガ製の地面のところに四角い穴がたくさんあり、そこに水が溜められている。庶民用の洗濯場だ。

 その奥には、店舗が並ぶ。クリーニング業を営む店舗だ。

 ごうごうとお湯が炊かれ、その一帯だけとても暑い。

 アム・マインツは鉱業で発展した街。鉱山夫の服は汚れやすい。なので、こういう洗浄業を営む店舗もすごく多い。


 そしてそのさらに奥に、それらとは雰囲気の異なる店舗が数件ある。

 クリーニング店と比べ、どちらかというと魔法店のような雰囲気がある。不思議な薬品の香りが漂う。

 『魔法の南泡亭』『プリシス洗浄店』などなど、いろんな店の看板が入口上に飾られている。

 私は、『ブラン・マジッククリーニング』と書かれた、そのうちの1軒に入る。

 ここは、洗浄魔法で洋服をクリーニングしてくれる、魔法洗浄店だ。

 


 

「すみませーん」

 私が声をかけると、奥から女の人がやってきた。


「いらっしゃーい。……あら、メルティちゃん!」


「セシルさん、こんにちは!」


 セシルさんは、宿屋オウル亭のおかみさんの娘で、ネリーちゃん、ザジちゃんのお姉さん。

 2年前に結婚して、この洗浄店にお嫁に来たそうだ。

 私もジョブ無し時代、何度かこのお店を訪れているので、セシルさんとは顔なじみだ。

 

「聞いたわよ。メルティちゃん、冒険者になれたんですって?」


「はい!」

 

 セシルさんと、少し雑談する。

 冒険者はどう?とか、ネリーたちは元気?とか、いつも通りの話をした。

 ちなみに、私が『スライム娘』になったことは、まだ伝わっていないらしい。

 


 

「なるほど、この服ね」


 私は、水鳥のローブをセシルさんに見せた。この服の洗浄をお願いしようと思ったからだ。


 この服は水を弾いてくれるため、『スライム娘』になった時でも着られる唯一の服だ。

 そのため、スライム娘で人前に出るときは、常にこれを着ていなければいけない。これを着ずに外へは出られない。

 でも、水を弾く特殊な服なので、普通の方法では洗濯できない。

 修行中はオパールさんが特殊な装置で洗濯してくれていたけど、修行後はそうもいかない。

 現状、『洗浄魔法によるクリーニング』が、この服の唯一の洗濯方法なのだ。

 セシルさんの夫のカシムさんは、洗浄魔法が使える。

 なので、このお店にクリーニングをお願いする事にした。



「夕方までには仕上げるわね。終わったら母の宿に届けておくわ」


「セシルさん、お願いします」



 私は1週間ずっと着ていた服を、セシルさんに預けた。


 1週間着ていたとはいえ、正直、見た目的にはそんなに汚いという訳ではないのだけど。

 基本、水を弾くので、泥汚れもそんなについていない。そもそも森での探索中は脱いで、着るのは移動の時とギルドと宿屋の食堂くらいだったので、あんまり汚れる機会は無かった。

 それに、スライム娘の時の私は、人間と違って汗をかかない……まあ本体自体が液体だし……という感じだし、体の自浄能力もある。なので、服は比較的綺麗だと思う。


 とはいえ、さすがに週1度も洗濯しないのは、なんだかちょっと嫌だった。

 でも、これを着ずに外を歩けるのは人間に戻った時だけなので、チャンスは今日しかなった。



 私はお店を出て、歩きながら独り言をつぶやく。

「うーん、やっぱり服が1着しかないのは不便だよなあ……でもなあ……」


 水鳥のローブは、マリナさんから『冒険者の初期装備』という名目で戴いたものだ。自分で買った服ではない。

 参考までにあとで値段を調べてみたら、やっぱりビックリするくらいの金額だった。

 できればもう1着欲しい。でも、お金が無いので無理だ。


「何か、私でも着られる別の服があればいいんだけどなあ……」

 

 水鳥のローブと同様に、水を弾く機能の付いた服。

 あんまり思いつかない。



 せっかくの休日だし、特に予定も無いので、そのまま服屋さんを見てまわる事にした。


「わぁ……この服可愛い……でもなぁ……」


 かわいい服だけど、普通の服だ。スライム娘の時は着られない服ばかり。

 人間の時にしか着られない服を買っても意味が無い。無駄使いは厳禁。ここは我慢だ。


 他のお店では『レインコート』という、防水布で作られたお洋服を見つけた。

 でも、水鳥のローブほどじゃないけど、これも結構お値段高め。

 それにどちらかというと雨の日用のデザインだ。晴れの日でも普段着にするのは、ちょっと目立ってしまいそうだ。


 店の奥をちらっと見る。

 お針子さんが、布をハサミで裁っている。


 あ、そっか。防水布だけ買って、自分で縫えば……。


 ……いやうん、無理だ。私にお裁縫の腕は無い。

 仮にあったとしても、防水布の生地だけでもかなりの値段。全身用の量の布でも、結局手が届かないことに変わりない。

 

「あ、最大MPもあがったし、シリコン化できる範囲も増やせるんじゃ……」

 思いついたので一応、考えてみる。

 今の私は、顔、手、足だけシリコン化させている。

 レベル1の時はMP不足の問題もあって、その部分しか変化させていない。

 でも、レベル2になってちょっと最大MPが上がった。それに、ルージュハーブも一応はある。

 だから、変化させる部分をちょっと増やして……

 腕もシリコンにすればもっと袖の短い服も着られる。半袖と長いスカートくらいなら、なんとか布地も節約できるんじゃないかな……。


「いや、ダメだ。もうすぐ冬だ……」


 夏ならともかく、冬に半袖シャツなんておかしい。

 スライム娘の体は寒さは感じないけど、見た目的にかなり寒そう。そんな恰好で外をうろついたら、さすがにおかしいと思われる。

 

「うーん、無理かぁ……」


 店員さんにおかしな目で見られそうになったので、そそくさとお店を出た。

 どうも独り言を言う癖がついてしまっているらしい。気を付けないと。



「それにしても、もう冬かぁ……」


 街を歩きながら考える。……やっぱり独り言は出てしまう。


 来週の安息日が終わると、もう11月。

 暖炉の薪が必要になる季節。そしてすぐ、雪の降る季節だ。


 スライム娘の冬って、どんな感じなんだろう。


 寒さを感じないので、薪代が浮きそうなのはちょっとラッキーかもしれない。

 でも、そもそもスライムってどうやって冬を越すんだろう。

 私はスライム娘になってまだ2週間だし、みんなもどうやら、生まれてから半月も経っていないらしい。冬は経験したことが無い。


 まさか、体が凍って動けなくなるんじゃ……。

 いや、まさか。まさかね。



 一応、その後も洋服屋さんを色々見て回った。

 南地区だけじゃなく、東地区の付近も一応見てみた。

 でも、妙案は全く思い浮かばなかった。




 東地区のほうにもつい行ってしまったせいで、宿に戻ったのは夕方近くだった。

 

「ただいま帰りましたー」


 みんなを預かってもらっていたので、カウンターの奥に顔を出し、挨拶をする。


 皆は、ネリーちゃんとザジちゃんと一緒に遊んでいた。


 『あたし』はネリーちゃんと、『ワタシ』はザジちゃんと一緒に、それぞれ遊んでいる。


「みんな、ただいまー……あれ?」

 見てみると、2匹に色が付いていた。

 『あたし』には、赤い色。

 『ワタシ』には、青い色。


「ね、2人とも、その色どうしたの?」


 私は聞いてみると、2匹は私の手のひらに飛び乗ってきた。

 記憶が流れ込んでくる。なるほど、そういう事か。


「あ、えっと、この間貰ったゼリーボール、ザジがこの子に混ぜちゃって、そしたらこういう色に……」


 記憶が伝わったので分かってはいたけど、ネリーちゃんから、一応言葉で説明してくれた。

 

 私が数日前に、おもちゃとして渡したゼリーボール。

 ザジちゃんが、それをこの子達に混ぜちゃったらしい。

 おとといお絵描きで混ぜて遊んでいたから、そのノリで混ぜちゃったんだろうな。


 でも、薄く色が付いている2匹は、なんだかかわいく見える。


「あの、やっぱりまずかったですか……?」


「ううん、大丈夫だよ」

 ネリーちゃんが恐る恐る聞いてきたのでそう答えた。

 私に戻れば、いつでも色を出し入れできるしね。

 あ、でも、今は色を戻せないのか。この子達には体内マジックパックは無いし、浄化能力も私本体ほどじゃないから。



「あれ、そういえば……あとの子はどこに?」


 『ぼく』がいない。ネリーちゃん達とは別のところにいるらしい。


「あ、もう1匹は、姉さんと一緒です」

 

 ネリーちゃんが奥のほうを見る。

 ネリーちゃんのお姉さんとなると……。



 奥の方に行くと、セシルさんの声が聞こえてきた。


「も~。何するのよ~。いたずらっ子ね」


 『ぼく』は、セシルさんと一緒に居た。

 セシルさんと遊んでいるようだ。


「あ、セシルさん……」


「あらメルティちゃん。この子メルティちゃんのお友達なんだって?可愛いわね」


 セシルさん、ローブの浄化が終わって届けに来てくれたんだ。


「もう届けに来てくれたんですね。すみません、遅く帰ってきてしまって……」


「あ、いいのいいの。届ける名目で実家に遊びに来ただけだし」


「そう言ってくれると助かります。あの、ところでその子……」


 『ぼく』は、セシルさんと一緒に遊んでいる。ただ、その遊び方がちょっと……。


 セシルさんは、胸が、大きい。

 『ぼく』は、その胸の上で遊んでいる。

 セシルさんは腕を胸の下で組んで持ち上げ、『ぼく』が落ちないようにしてくれている。

 ぼくが乗っていた部分が濡れて透けそうになっている。


「……す、すみません……」


 私は、謝る。平謝りだ。


「ん~ん。大丈夫。この子カワイイし」

 

「でも、服まで濡らしちゃって……」


「大丈夫大丈夫。温風魔法ですぐに乾かせるから」


 そうは言ってくれるものの、かなり恥ずかしい。



「ほら、もう。おいで」


 私がそう言うと、『ぼく』は私の手の上に乗ってくる。


 『自分の体と柔らかさが似ていて、楽しかった』と、そういう感想が伝わる。うーん、自分がしていることの意味が分かってない。

 

 そして、今日1日の記憶が伝わってくる。

 

 まずはおかみさんの上でぽよぽよ。

 次に、宿屋に泊まっているお姉さんの上でぽよぽよ。

 そして、セシルさんの上でぽよぽよ。


 いずれも、『胸の大きい女の人』に乗って楽しんだ記憶だ。

 みんな服を着ているにも関わらず、布地を怖がることもなく遊んでいる。


「ねえちょっと、キミだけ楽しみ方が違わない?」

 思わずそう聞いてしまう。


 『ぼく』は他の2匹と違い、街中で生まれている。そのせいか、人間をそこまで怖がってはいない。むしろ何人かに良くしてもらったようで、積極的に接触していく。

 ただちょっと、接触しに行く人に偏りがある気がする。みんな女性で、それなりの大きさの胸を持った人が多い。……うーん。



 ちなみに、『ぼく』の体が緑色になっている。

 赤と青はブル・アプサンとルージュハーブの色だから分かるんだけど……この色は何だろう。

 『ぼく』の記憶を受け取ってもいまいち分からない。いつの間にかこの色になっていたみたい。


 もっと詳しく教えて、と私が伝えると、『ぼく』はしばらく止まって考えてみている。

 で、どうやら色の正体は、宿に泊まっている宿泊客のお姉さんのようだ。


 数日前の朝、ザジちゃんが私から貰ったゼリーボールを見せびらかしていた、2人組の冒険者の女の人の方。

 確か、隣の第8地区から来てこの宿に泊まっている、Dクラスの冒険者のお姉さんだ。名前は確かシャンティさん。

 

 『ぼく』は、おかみさんたちが目を離すとすぐにどこでもぽよぽよ飛び跳ねていってしまうせいで、昼食中のシャンティさんのテーブルに乱入してしまった。そこで、シャンティさんに可愛がられ、昼食についていたグリーンティーをもらった。で、その後の視界が、ちょっと緑色に色が付いている。ついでに胸に乗って……なるほど。

 

「シャンティさんに、後で謝らないと……」

 なんか、『ぼく』って色々と……うん。




「そういえば、セシルさんって、お洋服に詳しいですか?」


「うん、どしたの?」

 

 そのままセシルさんと雑談の流れになったので、ついでに聞いてみる。洗濯屋さんだから詳しいかも。


「この子達の、冬用のお洋服を探してるんですけど……

 この水鳥のローブみたいに水を吸わなくて、お安い布って、ありますか?」


 そんな感じで、そういう名目で聞いてみる。


「そうねぇ、水を吸わない布と言えばレインコートだけど……ただ、防水布って値段がねぇ……」


 う~ん、やっぱりそうなるのか……。


「あ、でもスライム用の服かぁ……

 防水布ってスライムを粉状にして練りこんで作るらしいんだけど、スライムから作った服をスライムに着せるのは駄目よね……」


「え、あれってスライムから出来ているんですか!?」

 思わず身震いしてしまう。とても無理だ。


「後はそうね……『セキユ』っていう液体から錬金術で作る生地もあるらしいけど……見たことは無いのよね、私」


「セキユ……ですか……?」

 うーん、どこかで聞いたことがある気がする。

 ……あ、オパールさんだったっけ。

 オパールさんの世界では、セキユっていう液体を加工して使い、暖房に使ったり、お湯を沸かしたりするとか。

 でも、この世界では超希少素材。それで作った服は、たぶん水鳥のローブよりはるかに高額だろう。


「うーん、やっぱり、藁とか牧草で暖を取るのが良いかもね。スライムに着せるお洋服は、金額的に無理だと思うわ」


「そうですか……」


 本質をぼかした質問だったので、これ以上は無理かなと思った。

 セシルさんは、何かいいものがあったら教えるねと答えてくれて、この話題は終わりとなった。



 

 その後、みんなで晩御飯。

 おかみさんが居住スペースの食卓のほうに招いてくれたので、3姉妹と一緒に食べた。

 スライムのみんなも一緒に楽しそうに食べていた。

 


「アオちゃん、ルーちゃん、ミドちゃん、またねー!」

 

 ザジちゃんがみんなに手を振ってお別れする。

 皆に名前を付けていたみたいだ。


 青色の『ワタシ』がアオちゃん。

 赤色の『あたし』がルーちゃん。ルージュハーブのルーだろう。赤ちゃんだと別の意味になるし。

 そして、緑色の『ぼく』がミドちゃん。

 

 みんなに、そういう名前が付いた。

 

 私としては、みんな同一個体なので名前は全員『メルティ』のつもりだった。個別で別の名前を名乗ること自体考えていなかった。

 そう思っていたので違和感はあったが、まあ、あだ名みたいなものだと思えばいいかな。



 

 

 その後部屋で夜の時間を過ごし、眠る時間になる。

 ついうっかり、人間の体で水がめのほうに入りそうになった。

 先に水がめに入っていたみんなに、潰れちゃうからやめてと訴えられた。

 

 ううう、寂しい。早くまたみんなと一緒に戻りたい。

 シーツのベッドの中で、涙を光らせながら私は眠った……。

 

 

 

 

 

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