2-26話 安息日のギルドにて
安息日の朝。
今日は、昨日修理のために預けていたジョブマニュアルを受け取るため、冒険者ギルドに向かう予定だ。
「アオちゃんルーちゃんミドちゃん、ばいばーい……」
朝ご飯の後会ったザジちゃんとネリーちゃんが、みんなのお見送りをしてくれた。
「3匹とも、森に返すんですか?」
「えっと、うん、大体そんなところだよ」
ネリーちゃんに聞かれたが、本当のことは言えないので、そういう事にしておいた。
みんなをカバンに入れ、冒険者ギルドに向かう。
朝の風は、だんだん冷たくなってきた。
「あら、メルティさん。
ごめん、もうちょっと待っててくれる?」
安息日の日はギルドもほぼ休みみたいなもので、職員は1人だけしか出ない。
今週はソレーヌさんの番だった。
ソレーヌさんはこんな日でも忙しそう。
待っている間、いつものようにクエストの掲示板の張り紙を見ていた。
『セルニ』さんの依頼の張り紙には、『継続中』の付箋が付けられていた。先輩冒険者達が頑張ってくれている。
でも今のところ、依頼完了した様子はない。
まだ日数が経っていないので仕方のないことかもしれないけど。調べるのに時間がかかるよね。
「はい。メルティさんのジョブマニュアル、修理が完了しているわよ」
私はジョブマニュアルを受け取る。
うーん、やっぱりどこが壊れてたのか分からない。見た目は特に変化がないように思える。
「大丈夫。ちゃんと治ってるわ。ロラン君から預かっていた経験値もちゃんと入ってるわよ。確認してみて」
「あ、はい」
私は一番後ろのページを確認する。ここに経験値の累計数が記載されている。確かに、ちょっとだけ経験値が増えている。レベルアップはまだまだみたいだけど。
「それじゃ、今日はこのまま帰られますか?それともジョブチェンジしますか?」
「あ、じゃあ、スライム娘に戻ります」
奥の会議室に行き、ソレーヌさんに祭壇を操作してもらい、無事にスライム娘へと戻る。
「へええ。話には聞いていたけど、本当にスライムなのね……」
ソレーヌさんが感心している。そういえば、この姿を見るのは初めてだっけ。
この姿を初めて見て貰う時は、いつも緊張してしまう。怖がられたり、嫌がられたりするんじゃないかと思ってしまう。
「えっと、その、どうですか……?」
スライム娘の情報はここのギルド職員には共有されているそうなので、知識としては知っていたはず。
でも、実際にどう思われているかは分からない。
「えっ?
え、ええ。まあ、思ってたほど怖くは無いわね。うん、可愛いわよ」
「そ、そうですか……?」
思っていたよりもリアクションは薄かった。まあ、変に驚かれるよりは良かったかもだけど……。
ソレーヌさん、なんだかこういう事には慣れているような感じだった。
もう少し話をしようかと思っていたら、ギルドの入口に誰かが入ってきたような声が聞こえた。
ソレーヌさんは応対のために行ってしまった。お話しできそうなせっかくの機会だったのに、なんだか残念。
私はまだスライム娘の姿のままだったので、会議室に残る。
カバンを開けると、みんなが出てきた。
そして、私の体の中に飛び込んで、再びわたし達は一体化する。
みんなー。会いたかったよおお!!
私はみんなと、言葉とは違う会話を交わす。
突然離れ離れになっちゃってごめん、寂しくなかった?大丈夫だった?と。
みんなは全然気にしていないようだった。宿で人間たちと遊べて楽しかったらしい。
むしろ、私に同情的だった。固形の体はたいへんだねーと。
私はみんな一緒の喜びをかみしめる。4つばらばらになっていた記憶と人格が、じんわりとひとつになっていくのをゆっくり味わう。
「えっ、あいつ、今来てるんですか?」
無粋な声で、その思いは現実に引き戻される。
あれ、この声は……まさか……。
私は急いでウィッグを取り出し、とりあえず顔だけシリコン化させてから、扉から顔だけ出して様子をうかがう。
げっ、やっぱりイルハスさんだ。
隣にはイサクさん。それに、コーストさんもいる。
「あ、お前、なんで居るんだよ……」
見つかってしまった。
「……ジョブマニュアルの修理です。今日は受け取りに来たんです」
「んだよ、もう壊したのかぁ?」
うわぁ、嫌な言い方してくる。
「そっちこそ、どうして来たんですか?」
「ああん?ああ、今日はコーストの付き添いだ。退院したからリハビリで自主練だ。
……っつーか、なんで隠れてんだよ」
出ていきたくても、出て行けないのよ、とは言えない。
「あら、じゃあメルティさんも一緒に参加したらどう?」
ソレーヌさんが突然そんな事を言う。
「ちょ、ソレーヌさん、なんで……
……いや、良いですよ。
おい、修行場へ行こうぜ。せっかくだし、シメてやるよ」
えええええええ……。
3人は修行場へ行ってしまった。
「そ、ソレーヌさぁん……」
「あら、良いじゃないの。メルティさん、がんばって!」
ソレーヌさんに、片目でウィンクしながら応援されてしまった。
うぅ、嫌だ。本当に嫌だ……。
でも……明日から一緒のパーティになっちゃうんだし、うううん……。
ギルドには中庭に修行場がある。
基本的にはギルドの冒険者なら自由に使える広場だ。
覚悟を決めた。やってやる。
どうせ一緒のパーティになるんだもの、馬鹿にされたままじゃいけない。
「よお、やっと来……」
こっちを振り向いたイルハスさんの言葉が途中で詰まる。
私の姿を見て、驚いている。
イサクさんも驚いている。コーストさんは、表情はあまり変わらないが、やっぱり驚いているようだ。
「な、なんだよお前、お前なのか……?」
「スライム娘の事は、聞いているんですよね」
「あ、ああ。だけど……」
「これが、戦闘時の姿です。修行でしたらこれでやります」
私は、顔だけ変えていたシリコンを解除し、元の姿のまま修行場へと来た。
今日は他に人が居ないみたいだし、もともと皆には教えるつもりだったんだし、もうこのまま行っちゃおうと思った。
「んだよ。まんまモンスターじゃねえか。随分と不気味な姿だなぁオイ」
「……………………」
この姿を万人に受け入れられると思ってはいなかった。
今まで見せてきた人からはおおむね好意的な印象だったが、いつかこういう反応をされる時が来るだろうと覚悟はしていた。
でも、イルハスさんにそう言われると、なんだか嫌な気持ちになる。
「お、おい、そういう言い方は……」
イサクさんがたしなめてくれているが、イルハスさんは態度を改めてはくれなさそう。
「イサクさん、別に大丈夫です。
モンスターになって戦う。そういう戦闘スタイルですから」
「じゃあ、やるか?
一丁模擬戦でもしてみるか?」
「……いいですよ」
「お、おい、イルハス!メルティも……」
イサクさんは止めようとしてくれているが、こっちだって引くつもりは無い。
あたしだって、言われっぱなしじゃ気が済まない。
「イルハスいい加減にしろって!
だいたい模擬戦っつっても、お前今日武器持ってきてねえだろ!?」
「………………あ」
「お前の剣、修理中だろ。どうやって戦うんだ?」
「………………………………」
無言になってしまった。
「……じゃ、じゃあコースト、オレの代わりにお前がやってくれ」
「……は?」
イサクさんが思わずそう言う。コーストさんは無言のまま……あれこれどういう感情なんだろう。
「ほ、ほら、元々お前のリハビリなんだしさ。実戦形式の修行って事で、お前頼むよ」
「……イルハスさんて、もしかしてバカなんですか?」
「あぁん!?なんだお前!?
お前ずいぶん言うようになったなぁ!?」
「あたしだって、言う時はいいますよーだ!」
口をいーっという形にして、思いっきり馬鹿にしてやった。
結局、イルハスのおばかさんの事は置いておいて、私とコーストさんで実戦形式の修行をすることになった。
「変な流れで相手してもらうことになって、すまん」
「い、いえ、私のせいでもありますし……」
私は、コーストさんに向かい合い、お互いそう会話する。
そういえば、コーストさんの声を聴いたのはずいぶん久しぶりの気がする。
コーストさんは無口だ。
無口と言えばミリィさんもそうだが、ミリィさんはどちらかと言えば言葉に慣れていないせいだ。
でも、コーストさんの声を聴いた印象はほとんどない。
というか、初心者講習会で自己紹介の時に聞いた一言以外、初めて聞く気がする。
「……しかし、本当に本物の武器で戦ってもいいのか?」
「あ、はい。こういう体なので、剣で切られても大丈夫です。
ただ、コアだけはやめてほしいです。ここを壊されるとさすがに死んじゃいます」
「わかった」
「こっちは、いつも通り戦っていいんですよね?」
「ああ。スライム娘というモノの戦いがどんなものか。確かめたい」
「分かりました。じゃあ、よろしくお願いします……」
対人間の実戦形式の戦いは久しぶり。修行の試験でクルスさんと戦って以来だ。
こうなった経緯はともかく、私にとってもありがたい。
コーストさんのジョブだけど、実は私はまだ知らない。
私達新人冒険者は講習会の時、『基本職』のうち、ギルドおすすめの8つのジョブを調査してもらった。
適性が一切無かった私以外は、そのジョブのうちどれかについていた。
『戦士』『僧侶』『魔法使い』『武道家』『シーフ』『弓使い』『レンジャー』『踊り子』。
実際、皆はこのうちのひとつを、あるいは複数を兼任で選んでいた。
でも、私以外にも、基本8種を選ばなかった人がいた。それがコーストさんだ。
適性はなんと『戦士』『武道家』『シーフ』『弓使い』の最多4種。ラインナップから、特に前衛適性が高いのは間違いないが、コーストさんは自分で持参した別のジョブになったらしい。
これまでコーストさんと話す機会が無かったし、こっちのパーティの他の人とも話をしなかったので、全く知らないまま今日に至る。
「コーストさんって、何のジョブなんですか?」
「今から戦う相手に、手の内は見せない」
まあ、そりゃそうか。
私もコーストさんから見たら未知の戦い方なんだし、そのほうがむしろフェアだ。
「いつでもいいぞ。来い」
長い黒髪を紐で結い終えたコーストさんがそう語り掛けてくる。
黒い眼は、真っすぐこちらを見ている。
手には、ギルドの備品の鉄の片手剣。
本来の武器であるはずの何かは、なぜか持っていない。そのまま、何らかの構えをする。
私も戦闘の態勢を取る。ギルドの模擬ナイフを借りて、体内に仕込む。
コーストさんは全く近寄ってくる気配は見せない。
迎撃型なのかな。
私が先制攻撃する事になりそうだ。
「じゃあ、いきます!」
私はそう言って、攻撃を始めた。
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