2-27話 模擬戦

 模擬戦することになった、コーストさんと私。


 イサクさんが、私達に『防御魔法』をかけてくれる。

 まずはコーストさんに、次に私に。


 私に防御魔法が付き終わった時が、戦闘開始の合図だ。




「いきます!」

 掛け声と同時に、体内の模擬ナイフを発射。

 コーストさんめがけて飛んでいく!

 そしてさらに、粘着ボールを発射。

 前をナイフが、後ろをボールが、二連発で飛んでいく。


 大ガラス戦の時、この連携攻撃にさんざん苦労させられた。

 最初の攻撃を避けても、その後ろの攻撃はなかなか避けられなかった。

 だから、それを真似てみる。

 粘着ボールを当てやすくするため、ナイフを牽制に使う。


 私と違いコーストさんは、手に剣を持っている。

 その剣で、まずはナイフを弾く。ナイフは後ろに逸れていく。

 次の一撃、粘着ボールも、剣で捌く。

 真っ二つに切れたボールは、二つになってコーストさんに迫る。しかし躱され、やはり後ろに落ちていく。

 うーん、失敗。そっか、人間相手なら、相手が防御や回避することも考えないと。


 

 コーストさんのまわりを動きながら、次の作戦を考える。

 相手はどうやら迎撃型。地面に粘着液をばら撒いても、もともと動かない相手には意味が無い。

 接近戦はおそらく得策じゃない。近づいたら攻撃される。逆に言えば接近しなければ攻撃は受けなさそうだけど。


 ギルドの修行場は綺麗な中庭なので、小石は落ちていない。

 その代わり、練習用の模擬ナイフは多めに備蓄されているので、投げナイフの残数はいくらでもある。


「……来ないのか?」


 あくまで、コーストさんは自分から動くつもりは今のところなさそう。


 ……うん、やっぱりナイフ発射の攻撃を続けよう。

 そもそも模擬戦なんだし、勝敗は関係ない。

 コーストさんには悪いけど、ナイフ発射の練習台になってもらおう。


 体内に、何本ものナイフを仕込む。

 そして、動きながらナイフを発射する!

 ぽよぽよ体を弾ませて左右に飛び跳ねながら、ナイフを何発も発射する。

 飛び跳ねては撃ち、体を潰しては撃ち。上下左右、いろんな角度からコーストさんに何発も発射する!


 コーストさん、それを器用に捌き続ける。

 ある時は躱し、ある時は剣で弾く。

 捌いたナイフは地面に落ちるが、私は着地と同時にそれを体にくっつけて回収。さらに、ナイフを撃ちまくる。



「おおお……」

 感嘆の声をあげているのはイサクさんだ。


「な、なかなかやるじゃねえか……」

 イルハスさんは……ま、今は別にいっか。


 窓から中庭を見ているような視線を感じる。

 どうやらソレーヌさんのようだ。


 みんなに注目されながら、私はコーストさんと戦い続ける。



「良い攻撃だが、俺には当たらん」


 コーストさんが、器用に捌きながら話しかけてきた。


「確かに……そうみたいですね」


 こっちもナイフを撃ちながら会話する。


 私は考える。

 いろんな方向からとはいえ、流石にこのままだと単調だ。少し別のバリエーションを加えたほうがいいのかもしれない。


 私は、ナイフ撃ちの合間に、粘着ボール発射を加えてみる。


 ナイフ、ナイフ、粘着ボール、そしてナイフ。


 ナイフは剣で捌ける。でも、粘着ボールは液体なので、剣で捌いても体のほうに飛んでいく。

 コーストさんもスライムと戦った経験は当然あるだろう。粘着ボールを受けるとどうなるか分かっているので、避けるしかない。


 剣で捌けるナイフ攻撃、避けるしかない粘着ボール攻撃。

 2つの対処方法を瞬時に迫られるコーストさんは、徐々に辛そうに……いや、楽しそうな表情になっていく。

 

 

「どうする?まだまだ行けるぞ!」


 コーストさんが挑発してくる。

 無口で無表情だと思っていたコーストさん。

 でも戦闘中だとこんなに喋るし、こんなに表情豊かになるんだ。

 


 私は思う。

 何となく考えてみて思いついた戦法だけど、もっと良くなるんじゃないか、と。

 

 考えていたら、ワタシは、思いついた。



 『あたし』や『ぼく』と違い、『ワタシ』が、その意思を表に出してくることは珍しかった。

 性格は『私』に一番近いんだろう。

 普段は引っ込み思案で臆病な私によく似ている。

 でも、心の奥の方で、いつも色々考えてくれるのがワタシだ。


 ……うん、ワタシの考え、やってみよう。上手くいけば、面白いことが出来るかもしれない。



「じゃあコーストさん、これならどうですか?」


 私は、まず全身を丸くする。

 そして、ジャンプ移動の途中で、体の体積の半分をその場に残す。

 そして、コーストさんを挟んで、その反対側に移動する。

 そして、体を戻す。半分サイズの上半身人間体が出来上がる。


 そして、反対側に置いてきた半身も、同じサイズの半身人間体が出来上がる。


 こちら側は『私』と『あたし』。

 向こう側は『ワタシ』と『ぼく』。


 2人のスライム娘の完成だ。



 この間、ザジちゃんにゼリーボールを渡そうとしたとき、コアが混じって、ゼリーボールが動いてしまった事がある。


 以前と違い、今私のコアが4つある。

 以前は出来なかった、自分と分離した体を動かすこと。コアの数が増えたことでそれが可能になった。

 

「いきます!」「いきます!」


 私とワタシは、共に投げナイフを発射する。

 

 息はピッタリ合う。どちらも同一人物なのでそれはそう。

 こちら側、そして反対側からナイフのジャグリング攻撃。

 さらにそれに粘着ボールが混じる。

 粘着ボールはさらに意思を持ち、『あたし』と『ぼく』が動きを制御し、真っすぐではない複雑な軌道を作って飛んでいく。



「…………っ!!」


 さすがにコーストさんも、これは難しいようだ。


 ざしゅっ!


 ついに、コーストさんの左腕をナイフが掠めた!!



「…………あっ!」


 模擬ナイフとはいえ、あの射出速度で受ければそれなりのダメージを与えられるらしい。

 傷口から血が出てしまった。



「す、すみません!」


 模擬戦で、しかもコーストさんは病み上がりのリハビリのはずだ。

 なのに怪我をさせてしまっては意味が無い。


「い、いや、このくらいなら……」


 模擬戦が、中断してしまった。

 私はコーストさんに近寄る。


「傷、治療します」


「いや、いい」


「あ、いえ、やらせてください。一応私、ヒーラーで参加予定ですし……」

 

 

「この動きで、ヒーラーかよ……」

 イサクさんが、ボソッとつぶやいていた。



 コーストさんの傷に、『癒しの手』で触れて治療する。


 

 

「薬草の成分を使って、ああやって傷を治せるんです」


「え?あ、ああ。そうか……」

 傷を治すのを見ていたイサクさんに説明する。


 正面で傷を治している私を見ているのに、真横からワタシに話しかけられ、イサクさんがちょっと混乱している。


「なるほど……オレ達僧侶の治療魔法じゃなく、『アイテム士』や『薬士くすし』に近いのか。

 スライムがヒーラーってのが分かんねえなと思ったが、なるほど……」


「ふ~ん……変な能力だなぁオイ」


「え、そ、そうですね……」

 あたしが向こうに行っているせいか、ワタシはイルハスさんへの反論に精彩を欠いてしまった。



 

「……よし、これで傷は塞がりました」


「すまない」


 コーストさんは立ち上がる。

 

「スライムは、体当たりしかしないと思っていた」


「いろいろ戦い方を考えたんです。この体で自分にどんなことが出来るか、いろいろ練習して……」


「……そうか。接近戦も出来るのか?」


「あ、はい。……ちょっとピーキーなんですけど」


「そちらも見てみたい。頼めるか?」


「あ、はい」

 どうやら仕切り直してもう一度戦うようだ。

 

「イサク、アレを取って来てくれ」

 コーストさんは、イサクさんのほうを見て話す。

 

「いいけど……病み上がりでそんなに動いて大丈夫か?」


「問題ない。今日は調子がいい」

 そう言ってこちらを見て……


「むしろ試したい。斬っても死なない相手のようだし、丁度いい」


 ちょっと悪い笑顔で、こっちを見る。

 

「あ、あの、コアだけはホントやめてくださいね……」

 

 大丈夫……だとは思うけど。



 仕切り直して、再び修行場の真ん中で向かい合う。

 私は4人みんな合流し、元のサイズに戻って準備。


 

 イサクさんが、何かを投げる。

 コーストさんは持っていたギルドの剣を捨て、そちらに持ち替える。


 その武器は、普通の剣よりも細長く、少し湾曲した刃物入れに入っていた。

 コーストさんは腰でそれを持ち、武器を刃物入れに入れたまま腰を落とす。


 わかった。

 コーストさんが何のジョブなのか。


 『侍』だ。

 

 遥か東の果てにあると言われる国をルーツとする、『ブシ』と呼ばれた戦闘民族が使っていたと言われているジョブ。

 『カタナ』と呼ばれる、独特な形状の剣で敵と戦うと言われている。


 確かに、コーストさんはこの国の人っぽくない雰囲気だ。黒い髪に黒い瞳だし。そう考えるとしっくりくる。



「来い」

 コーストさんの、静かな重い声。


「では、いきます……」


 コーストさんは相変わらず、『待ち』の構えだ。

 向こうから仕掛けてこないのなら、いくらでも時間はある。

 なら、『ゴム化体当たり』攻撃だ。

 全身丸くし、地面部分をくっつけ、体をゼリー化させながら後ろに伸ばす。


 コーストさんは刃物入れ……いや、鞘って言うのかな、それに刀を入れたまま、こちらの攻撃を待っている。


 『侍』は、ちょっとだけ話に聞いたことはあるが、実際に見るのは初めて。

 どうやってここから攻撃してくるのか、私には分からない。

 カウンター型であることは間違いなさそうだけど。


 考えてみる。

 どういう攻撃が来る?


 私は思う。

 どんな攻撃にせよ、鞘から刀を抜かなければ始まらない。

 だから、攻撃と同時に抜いて斬りつけてくるはずだ。

 でも、ワタシはこうも思う。

 わざわざ鞘に入れたままにしているんだ。普通の攻撃とは違う。たぶん、もっと早い。

 

 ゴム化体当たりなら、スピードは申し分ない。

 だから、スピード対スピードの勝負になる。


 私のゴム化体当たりが速いか、コーストさんが抜くのが速いか。


 硬さ万全、伸びも万全。

 よし、行こう!



 私はその体を、思いっきりコーストさんに向かって近づける!

 いつもより早い。ここ最近では一番のスピードだ。

 コーストさんは私の動きに合わせて、腰の刀を……抜く!


 私の体は2つに分かれ、地面に落下。

 今回はコアは全部片方にあるので、もう片方はべちゃっとつぶれる。

 そして、コアのある方の私の体は……ばらばらに、散らばった。


 一瞬だった。

 鞘から出した最初の斬撃は、全く見えなかった。

 そしてその後、おそらく3回くらいの追撃の斬りつけ。

 それを全部食らえば、こうもバラバラになるのは当たり前だった。

 ただ、全ての斬撃は、コアだけ器用に避けて斬りつけられていた。



「勝負あり、だな」

 コーストさんが振り向いてこっちに話しかける。

 

「……コーストさんって、ホントにEクラスなんですか?」

 もっと上のクラスでも全然おかしくない実力だと思う。

 これでレベルも5らしいから驚きだ。


「メルティこそ、レベル2だとは思えない」


「あ、ありがとうございます……」


「……立てるか?」


「あ、バラバラの体を集めてくれると助かります……」




 

「どうだ、コーストは強えーだろ!」

 戦闘後、なぜかイルハスさんが自慢げにそう語る。ついさっきまですっごく静かじゃなかった?


 でも、こんなに強いコーストさんなのに、この間はゴブリン8匹の集団にやられてしまったらしい。

 

「俺の『侍』は結局は攻撃力特化型だ。

 『盾持ち』みたいな硬すぎる相手には分が悪い。

 しかも、防御面はほとんど駄目だ。あの時は不意打ちでやられた。

 俺もまだまだ未熟者だ」


「そ、そんな事は……」


「いや、だから今日の修行は助かった。

 まさか、複数相手の魔物との修行が出来るとは思っていなかった」


 イサクさんも会話に参加する。

「あの日は、物陰から剣を不意打ちで投げつけられて、それを一撃食らって戦闘のバランスを崩しちまったんだ。

 だからコーストにとっては、図らずともその対処法の修行になったってワケさ」

 

「そ、そうだったんですね……」


「ああ、おかげで自信が付いた。助かったよ」

 

「こちらこそ……コーストさんと修行出来て、私も助かりました」

 私たち4人での連携攻撃。今日思いついたこの攻撃は、今後も強い武器になりそうだ。



 コーストさんが、私に握手を求めてくる。

「改めて挨拶したい。

 須藤すとう こう。この国ではコーストと呼ばれている。

 これから、機会があればまた手合わせ願いたい」


「メルティ・ニルツです。是非!」

 私は、コーストさんの握手に応じた。


 


「お、おい、何をいい感じにまとめてんだよ……」

 このおばかさんの事は、今は放っておこう……。







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