2-28話 出発の朝
私は、冒険者ギルドを出て、宿屋への帰路に付く。
イサクさん、コーストさんも一緒だ。
「お二人は、何所にお泊りなんですか?」
「俺は実家暮らしだ。コーストは『銀杏亭』だな」
イサクさんがそう語る。
コーストさんは、修行場を出たら無口に戻ってしまった。
なんでも、武器を持ってないとこうなるらしい。
不思議な性格だなとは思うが、私も『あたし』抜きでは思いきった事は言えなくなるので、人の事を言えない。
イルハスさんは、分かれて別の場所へ行ってしまった。
戦士ギルドに向かう、との事だ。
「まあイルハスのヤツもな、バカだけど、バカなりに戦闘だけは真面目にやってんだ」
イルハスさんは休日はそのほとんどを、戦士ギルドの修行場で鍛錬して過ごしているそうだ。
「アンタの動きを見て、どうやって守ったらいいか、アイツなりに真面目に考えてたんだぜ。
ああいう性格の奴だけど、勘弁してくれよな」
「は、はい……」
イサクさんにそう言われてしまっては、私も折れるしかない。
それにしても、イサクさん……きっと苦労人なんだろうな。
「皆さんって、普段は休日はどう過ごされてるんですか?」
「俺は、教会の図書館を借りて、そこで術の研究をしていることが多いな。
コーストは、河原で一人で武術訓練なんだっけ?」
イサクさんの問いに、コーストさんが頷く。
「ふえぇ……みんな真面目に頑張ってるんですね……」
ちなみにロランさんは、彼もまた戦士ギルドで鍛錬している。戦士系のジョブでは無いけど、無理を言って修行場を貸してもらっているそうだ。
ターシャさんは、魔術師ギルドで魔術の修行。
ミリィさんは今は入院中だけど、普段は先生の道場で鍛錬しているそうだ。
「みんな頑張っているのに……」
普段なら皆も、休むときは休むらしい。
でも今回は、ゴブリン戦で負けた後。皆気合を入れ直すために努力している。
なのに私と言えば、お買い物したり、ザジちゃん達と遊んだり、ギルドの掲示板を眺めたりだ。悲しいけど、鍛錬らしきことは何もしていない。一応、寝る前の硬化の練習は続けてはいるが、それでもみんなから見たら全然だ。
「まあ、アンタのジョブじゃ、まともに鍛錬できる場所を探すのも大変なんだろ?」
「そうなんですよね……」
修行時代の頃は、クルスさんの拠点で鍛錬は出来ていた。
でも現状、人目を気にせず元の姿に戻って鍛錬できる場所は無い。
だから、まともに鍛錬すら出来ていない。
イルハスさんには馬鹿にされるが、それも止む無しなのだ。
「ま、来週からは旧鉱に行けるんだ。そこで思いっきり鍛錬しようぜ」
「そ、そうですね……」
うん、頑張ろう。
そんな感じで雑談をしながら歩いていたら……
「あ!おーい!」
声をかけられたのでそちらを見てみる。マキノさんだった。
「えーっ!?それじゃあ皆、メルティちゃんのジョブを見ちゃったのー?
ウチだけまだって事ー?」
「まあまあ、明日から見れるんだからいいだろ」
「そらそうやけどさ……」
マキノさん、悔しがっていた。
「……そういえば、マキノさんって、お休みの日は何をしているんですか?」
さっきまでそういう話の流れだったので、マキノさんにも聞いてみた。
「ウチ?ウチはお休みの日は食べ歩きしてるよー」
……マキノさんとは、絶対仲良くならなきゃ。
「……ところで、メルティ」
コーストさんが、歩きながらでは初めて口を開いた。
「後ろから付いてくる人、知り合いか?」
「えっ?」
私は振り返る。
実は、後ろの視点にはチラチラとは映ってはいたのだが、付いてきているとは思わなかった。
「あはは、ごめんねー。メルティちゃんの事、尾行してたわけじゃないんだけど……」
その人は、バツの悪そうに笑いながら謝ってきた。
「……知り合いか?」
コーストさんに聞かれる。
「あ、はい。同じ宿屋に止まってる冒険者のシャンティさんです」
コーストさんに、そう紹介する。
どうして尾行していたのか。イサクさんが問いただしてみたら、どうやら私のせいだったようだ。
「ほら、今朝、あのスライム達を『森に返す』って言ってたでしょ?
森は今立入禁止なのに、危ないなーって思って」
そっか、今朝ネリーちゃんにした話を聞かれていたんだな。
それで本当に森に行くと思って、私の事を見張っていたのか。
ううん、悪い事をしてしまった。
「スライムって?」
イサクさんに聞かれる。
「え、えっと、なんと言ったらいいか……私が飼っている、スライムです」
イサクさん達は今朝の事を知らない。シャンティさんは私がスライム娘だって知らない。
なんと説明したらいいのか難しかったが、こう言うしかないと思った。
私と同一個体の3人の事を『飼っている』と呼ぶのは、なんだか心苦しかったが、仕方ない。
「なるほどねー。やっぱりあの子達、メルティちゃんが『
「そ、そうなんです……あ、すみません、昨日ウチの子が粗相してしまったみたいで……」
「んー。大丈夫大丈夫。私も魔物の子は結構好きだから。
昔、魔物使いの仲間と一緒に冒険しててさ。彼の使い魔とよく遊んだりしてたから」
そうだったんだ……それで、『ぼく』ともあんなにすんなり仲良くできたのか……。
「まあでも彼は、火事で死んじゃったんだけどね……」
シャンティさんの目が、悲しそうになった。
「魔物使いのジョブの人って、魔物のために結構無茶するからさ。
それで心配になっちゃって……余計なお世話して、ゴメンね」
「い、いえっ!そんな……」
慌てて私は取り繕うが、そう言っているうちに、シャンティさんは去っていてしまった。
「良い人じゃないか」
「そうですね。とってもいい人です」
イサクさんが私にそう言う。
私も同じ感想だった。昨日ぼくと、いっぱい遊んでくれた。
「おっぱいおっきい人だったねー」
マキノさんがピントのずれた感想を言う。
「そうなんです。おっきくて柔らかくって……」
「お?メルティちゃん、揉んだことあるのー?」
「……いえっ!そ、その、テイムしているスライムが、そう言ってたんです……」
あ、危なかった……今のは私じゃなくて、ぼくの感想だった……。
駄目だ、どうしても思い出してしまう。昨日一緒に遊んだ時の、あの大きさを、あの感触を……
ああもう、私じゃないのに!
「じゃあ明日、そのスライムちゃんに会わせてね。じゃーねー」
マキノさんが手を振る。他の2人も別れの挨拶を言う。
話しをしているうちに、私の宿の前に到着してしまっていた。
その後私は宿で、ザジちゃんと一緒に遊んだ。
通常形態に戻って、いつも通り触られたりして過ごした。
みんなの事は話がややこしくなりそうだったので隠しておこうと思ったけど、結局せがまれて、私から3匹は分離してみんな一緒に遊んだ。
途中からネリーちゃんも合流して一緒に遊ぶ。
明日から私はちょっと遠いところに遠征に行くので、ザジちゃん達とはしばらく遊べなくなる。
ザジちゃんは寂しがっていたけど、その代わり、今日はいっぱい遊んだ。
夕飯は人間の姿に戻って、食堂で取った。
途中、ロランさん、ターシャさん、それにミリィさんも来た。どうやら無事退院できたようだ。
「へぇぇ。アイツ等とも仲良くなれたんだ」
私は今日の出来事を話題に出した。
イルハスさんを除く3人と無事仲良くなれて、ロランさん達もほっとしたようだ。ずっと気にかけてくれていたらしい。
「じゃあ予定通り、明日から『第23番旧坑道』だね」
「メルちー、かんばろうね!」
ミリィさんも頷いている。
「はい!」
私は、精一杯返事した。
第23番旧坑道に、私達は明日から行く。
新しい冒険の舞台だ。
イルハスさんの件とか、ちょっと憂鬱な部分もあるけど、楽しみだ。
いったいどんな冒険が待っているんだろう……。
次の日。
冒険者ギルドは、大人数でごった返していた。休み明けのギルドは、こんなに人が多くなるんだ……。
ギルド内で、今回のメンバーと待ち合わせ。
私達オウル亭の4人が着いた時には、既にイサクさんとコーストさんが待っていた。
イルハスさんもすぐに来た。最後にマキノさんが、ちょっと遅れてやってきた。
これで、同期8人全員が揃った。
「それじゃあ、『第23番旧坑道』のクエスト、頑張ってね」
8人代表で、ロランさんとイルハスさんがソレーヌさんと受注の手続きをする。
私達はそれを待つ。
「じゃあ、2人とも、くれぐれもよろしくね」
3人とも、小さな声で何か話している。くれぐれもよろしくって何の事だろう。
別の場所では、マキノさんが馬車の手続きをしている。
『第23番旧坑道』は結構遠方にある。普段は馬車代の節約のために徒歩で行くらしいが、今回は8人もいるので、割り勘ならそんなにお金もかからない……という事で、マキノさんの強い希望によりそうなった。私はこういう足なので、正直ありがたい提案だった。
「あっ!」
イサクさんが声を出す。
その視線の先を見てみると、ひとりの男の人が居た。
どうやら気さくな人らしく、ギルドにいるいろんな冒険者達に握手をして挨拶している。
「やあ、何人かは知ってると思うけど、改めて挨拶させてもらうよ」
そしてその男の人は、私達に視線を向けて、語り出す。
「今日からここのギルドマスターになる、ジェイク・フォーグナーだ」
新しいギルマスさんが来ることは、マリナさんから聞いていた。
この人がそうなんだ。
ジェイクさん……新ギルマスさんは、皆と順番に握手している。Eクラスの新人の私達にも、気さくな態度で接してくれる。名前もちゃんと知ってくれているようだ。
こちらに戻ってきたイルハスさんなんか、少年のように目を輝かせている。実際、この間この人に命を救われたらしい。
無口なコーストさんも、ちゃんと挨拶してお礼を言っている。
ギルマスさんは順番に握手をしていき、そして私の番になった。
私は握手を躊躇してしまう。
「ああ、君のジョブも、『手』の事も話は聞いている。だから気にしないで」
それなら……と、私はシリコン製の爪の手を差し出した。ギルマスさんはその手を気にせず握った。
「よろしくな、メルティ君」
「はい……」
私はなんだか、不思議な気持ちだった。
新ギルマスさんのその声に、なぜか、父親のような懐かしさを感じてしまった……。
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