28話 修行の終わり
ダイニングに料理が並べられていく。
「さあさあ、じゃんじゃん食べて!」
オパールさんがものすごい勢いでたくさんの料理を出してくる。
まだ太陽も沈んでいない夕方ではあるが、私の合格祝いのパーティが始まっていた。
クルスさんもマリナさんもお酒を手に持ちながら笑っている。
私はシリコン化を解いて上半身人間の姿で、ジュースを飲んで……いや、ジュースを口の輪郭部から体に取り込んでいる。
「私が広場を離れた後、大騒ぎになってませんでしたか?」
私は気になっていたことを尋ねてみた。
「ん、ぜんぜん大丈夫だったよ。誰もメルティがスライム娘だって気が付いていなかったみたいだ」
「うんうん。僕も鳥ドローンカメラで上空から見てたけど、誰にもバレていない様子だったよ」
「え、ほんとですか?何人かに振り向かれたような気がしてたんですが……」
「ウフフ、それはメルティちゃんが可愛かったからよ」
「そ、そうなんですか……?」
「そうだね。俺も後ろから付いていってたから分かるけど、何人かメルティの事噂してたよ。あの子可愛いねって」
「え、そ、そんな……人間だった頃にはあまり振り向かれたりはしなかったので、てっきりバレかけてるのかと……」
えっとつまり、どうやらこの肌の私は人間の頃より可愛く見える、という事……?
「まあ実際、メルっちょの肌は本物とはちょっと違う。それが現実離れした綺麗さだって捉えられるのかもね。
絵から飛び出たみたいだとかお人形さんみたいだとか、街の人の意見はおおむねそんな感じだったよ」
「そ、そうなんだ……」
確かにこの肌は人間のものとは違う。傷やシミ、吹き出物なども無い。MP不足でまだ再現できない。
だから綺麗と見られるのかもしれない。どうしよう、注目されるのは困る。スライム娘だってバレちゃうかもしれない……。
「でも、元々メルティちゃんは可愛かったわよ。人間だった頃でもけっこう人気あったんだから。
知ってる?メルティちゃんのあだ名。『依頼ボード前の天使』って呼ばれてたのよ?」
「えっ……?」
初耳だった。そういえばジョブ無しの頃、諦めきれずに掲示板前を眺めていた頃、時々他の冒険者が私を見ながらひそひそ話をしていた。てっきり陰口を言われているものだと……。
「いやいや、もう、マリナさんからかわないでくださいよぉっ!」
「ウフフフフ♡」
もう既にかなり出来上がっているマリナさんのいう事だ。これは多分冗談だよね。あぶないあぶない、真に受けるところだった。
「まあ、今後もメルティの正体が街の人にバレる心配はなさそうだ。危なくてもけっこう上手く誤魔化せるみたいだしね」
「あ、ありがとうございます。でも、人混みは出来るだけ避けたほうがいいかもですね。2回もぶつかっちゃったし……」
「まあうん……そうかもね。俺も後ろから見てたけど、服屋の屋台の時はちょっとヤバいかもと思っちゃった」
「まあ、アレは僕のミッションの指示ミスだったね。さすがに人混みで食べ歩きはまずかったね。ゴメンね」
「い、いえ……」
2回目ぶつかったあの時はさすがにまずいと思った。
私の体は弾力がある分、ぶつかった時に弾かれてよろけやすい。これは今後も注意しないといけない。
今後はフォローしてくれる皆はいないのだ。より気を付けないと……。
「ほらもう、しみったれた話は後よ。怖い顔しないでじゃんじゃん飲みましょ!」
どうやら考え込んでしまっていたらしい。マリナさんの言葉でパーティーに引き戻された。
料理が一通り出そろったので、いつもはあまり飲まないオパールさんも飲みに参加。その後もどんどん盛り上がった。
ビビアンさんからお祝いのメールも届いていたみたい。オパールさんがスマホを見せてくれた。
『 メルティちゃん、おめでとー o(>∀<*)o
いつか一緒に冒険できたらいいね (ㆁωㆁ*)ワクワク 』
顔を再現したような可愛らしい記号がついていた。
私もオパールさんに頼んで、お礼を伝えた。
そっか、いつか一緒に……そういう未来も、もうあるんだな……。
「そういえばメルティちゃん、冒険者になったらやってみたい事ってある?」
飲み会もそこそこ落ち着いてきたあたりで、マリナさんから質問された。
似たような質問は昨日クルスさんにも聞かれたので、同じように答える。
「……というわけで、頑張ってお金を貯めたいです」
「へええ。メルティちゃん、しっかりしてるね。じゃあ、当面の目標とかある?」
「目標、ですか……そうですね、まずは順当にレベルを上げていって、ちゃんとお金を稼げるようになる事、でしょうか。
簡単な依頼ででもいいので、まずはコツコツと……」
「おおう、メルっちょ真面目だね。そんなんでいいの?」
「……それすら、今まで届かない世界でしたから……」
「……そっか……」
言葉に出したら、急に実感が出てきた。
そうだ。掲示板の前でずっと眺めていたクエスト依頼、やっと私もそれをできるようになるんだな……。
「じゃあメルティちゃん、目先以外の、ゆくゆくの目標は?」
「ゆくゆくは、ですか……ううん、急に言われても……あ」
ひとつ、思い出してしまった。
「お、メルティなんかある?」
「あ、いえ、この場で言うような話じゃないんですが……」
「なになに、僕も聞きたい」
「じゃ、じゃあ……えっと、出来たら、なんですけど……子供の頃の恩人に、お礼を言いたいなって思います」
「子供の頃の恩人?」
「私、2歳か3歳ころに、すごく重い病気にかかっちゃったらしいんです。
あんまり覚えてないんですけど、村のお医者さんに、もう打つ手がないって言われたくらい重い病気だったらしくて……」
急に重い話を始めてしまったので、場が静まり返ってしまった。
「それで、父が……冒険者だった父が、薬草を探すために探索に出かけたんです。
私をおんぶして……私はけっこう重体で、このまま安楽死させたほうが、っていう話が出るくらいにまで重くなって……
父が、私を誘拐するような形で村から連れ出したんです。
後から聞いた時は無茶苦茶だなと思ったけど、それくらい必死だったんだと思います。
それで、父は私を背負いながら薬草探索に出かけたらしいんですけど……無茶な強行軍をしたせいで、魔物に襲われて大怪我をして、それが元でそのまま亡くなってしまったそうなんです」
「メルティのお父さんは小さいころに亡くなったって聞いたけど、そんな事が……」
どうしよう、やっぱり飲み会の席でする話じゃなかったよね。でもここで話を止めるわけにもいかないし……。
「ただ、父が大怪我で事切れる直前、偶然同じ場所で探索していた別の冒険者の方に出会ったそうなんです。
その人、初対面だったにもかかわらず、父の『娘をどうかお願いします』っていう言葉だけで、大病の私を背負ってくれて、薬草探しを引き継いでくれたそうなんです。
そのおかげで私の病気は治ることが出来たそうなんです。
私の病気が治ったのも無事に村に戻れたのも、その人のおかげなんです。
だから、その人にお礼が言えたらな、って……」
「……そっか、そんな事が……」
「メルっちょの命の恩人なんだね……。その人って、どんな人だったの?」
「それが、よく分からないんです。
母は、その人とは初めて会ったって言ってました。その人に会った他の村人も見たことは無いそうなんです。
ただ、母も村の人も、40代くらいの戦士系のおじさんだったって言ってましたけど、名前も名乗らずに去ったそうなので、それ以外は何も……」
「そっか……ううん、10年前じゃあ俺もまだ冒険者になる前だしな……」
「私も受付嬢になるかなり前ね……」
「メルっちょが3歳くらいの時に40代だろ?今は間違いなく50過ぎじゃん。まだ冒険者やってるのかな?」
「確かにな。普通は引退しているよな。俺も一応あちこちのギルドに顔を出してるけど、50過ぎの戦士系か……
ううん、記憶に無いな……」
「私も受付嬢やってるからそういう人がいたら覚えはあるはずなんだけど……魔法使いならおじいさんの冒険者はいるけど、戦士系で50代以上冒険者……ううん……」
「ひょっとしたら、この辺の冒険者じゃないのかもな。遠く離れた場所を拠点にしていて、たまたまこの辺に来たっていう人なのかも」
「そっか、その可能性もあるな……ごめんねメルティ、力になれなくて」
「い、いえ……私も多分、もう辞めちゃってるはずだな思っていたので、もし会えたらな、と思うくらいだったので……。
まあでも、もし私と同じ境遇の子供とかがいたら、その時はあのおじさんみたいに私も力になってあげられたらなって思います。
とりあえず……うん、それが遠い目標ですね」
「うん、いい目標だね。メルティ、がんばってね」
「はい!」
クルスさんに応援されて、私は返事した。オパールさんもマリナさんも、応援してくれた。
あのおじさんに出会うにしても、おじさんみたいなことが出来るようになるにしても、それはまだまだ先の話だと思う。
けど、それくらい長く冒険者でいられ続けるくらい頑張ろう、と思う。
その後もたくさん盛り上がったりおしゃべりしたりして、パーティーの夜は更けていった。
マリナさんが寝ちゃったあたりでお開きとなった。クルスさんがおんぶで送っていった。
私はいつも通り、お風呂でたくさんお湯を飲んだり、クルスさんと一緒に夜の庭を散歩したりして、この拠点の家の最後の夜は更けていった……。
朝。
私がこの拠点を去る日。
クルスさんもオパールさんも、この拠点を去る。
朝から荷物整理でどたばたしていた。私の荷物はちょっとだったので、オパールさんとクルスさんの荷物整理を手伝った。
「はい、メルっちょ、これあげる」
オパールさんはお土産をくれた。
まず、昨日絵の具屋さんで買った大瓶の絵の具。そして、何冊かの本。本は昨日本屋さんで買った錬金術の本が混じっていた。
「オパールさん、ありがとうございます。これやっぱり……」
「ん、気づいてたよね。メルっちょにあげるよ。本は他にも僕お勧めの何冊かあげるから、読めそうだったら読んでみて」
「オパールさん、ありがとうございます!」
「えっと、じゃあ俺からはコレ。俺のおさがりで悪いんだけど、マジックパックだ」
クルスさんは、赤いマジックパックをくれた。
「まあ、本当は俺が今使ってるマジックパックをあげたいところなんだけど、新人の頃から高価なマジックパックを持ってると何かとやっかみとか受けるからね……これ、俺が新人時代に使っていたやつだ。性能は劣るけど、十分役に立つよ」
「いいんですか?これでも結構高価なんじゃ……」
「いいっていいって。メルティの体内マジックパックは液体しか入れられないんでしょ?
ジョブマニュアルとか消耗品のアイテムとか持ち歩かないといけないし、戦闘時はローブも外さなきゃいけないでしょ。
だから絶対必要になるから。ね」
「あ、ありがとうございます……大事にします!」
「う、うん。あ、そうだ、あとコレも持って行っていいよ」
クルスさんが渡してくれたのは、毒針だった。昨日の試験でクルスさんに刺したものだ。
「まあ、思い出の品って事で」
「はい、ありがとうございます!」
みんな身支度を済ませ、私は人間の姿に変装し、3人で拠点の家を出た。
クルスさんが玄関に鍵をかける。
玄関脇には、ギルドの水がめが置いてある。私が寝るときに使っていたものだ。重い物なので、マリナさんが宅配便で返却してくれるように頼んであるそうだ。
クルスさんはこのまま王都へ向かうとの事だ。
オパールさんは、郊外に隠してある異世界へ移動する飛行船?というものに乗って、元の世界へ帰るそうだ。
私とは逆方向なので、この玄関の前でお別れだ。
「メルっちょ、ばいばい」
オパールさんは目をウルウルさせている。
「メルティ、じゃあ、元気でね」
クルスさんも寂しそうだ。
「はい……オパールさん、クルスさん、ありがとうございました!
私、りっぱなスライム娘になりますね!
それじゃあ、お元気で!!」
私は二人と別れ、路地を歩きだす。
私の目標だが、実はもう1つあった。でも、それはまだ言えない。
この拠点の家での日々は楽しかった。
私はもっと、ずっとクルスさんと一緒にいたい。オパールさんの話ももっと聞きたい。
ずっと一緒にいれたらいいな……。
そう思っていた自分に気が付いていた。
でも、まだレベル1の私は、Aクラスの冒険者のクルスさんと肩を並べて戦えない。足手まといになってしまう。まだ、一緒にいる資格が無いのだ。
でも、いつかは……。
私は後ろを振り返る。クルスさんとオパールさん、二人の小さくなっていく背中が見えた。
もし、いつか、私が強くなって、クルスさんと肩を並べて戦えるようになったら、その時は……。
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