2-7話 大ガラスとの再戦

 雨上がりの、まだ薄暗い森の中。

 私は木の上のカラス達に監視されながら、獣道を進む。

 濡れた地面の泥が、私の下半身に少しずつ混じっていく。

 

 カァ、カァ、カァ……

 カラス達が不気味に鳴く。

 私は周囲を警戒しながら、さらに進んでいった。


 しばらく後、少し広い場所に差し掛かる。

 周囲を木に囲まれてはいるが、ある程度視界が開けている。

 上を見ると、たくさんのカラス達が木の枝の上から私を見ていた。

 そのうちの数匹は、普通のカラスよりも少なくとも3倍は大きい……大ガラスだった。

 

 どうやら、ここが決戦場のようだ。



 大ガラスは、この森で2番目に弱いモンスター。

 しかし、スライムにとっては天敵のようだ。

 昨日のスライム達は成すすべが無いようだった。

 スライム娘の私にとっても、恐らく天敵であることには変わりない。


 大ガラスと、普通のスライムよりサイズの大きいスライム娘。

 互いに普通より大型サイズではあるが、最弱と2番目に弱い魔物。最弱の座を賭けた戦いが始まる。




 私はマジックパックから、ナイフを1本取り出し、体内に入れる。

 マジックパックは身に着けたままだ。

 どこかに隠した場合、カラスなら、これを目ざとく見つけて奪ってくるかもしれない。そうなると大変だ。


 周囲を確認。小石はまあまあの数がある。遠距離攻撃はそれなりに出来る。

 大ガラスは、どうやら4匹。数が多い。でも、やるしかない。



「来る……!」

 木の枝の上の大ガラスが1匹、降下の構えを見せた。

 そして、上から突っ込んでくる!

 

 私はそのくちばしに突き刺されないように、横にジャンプして避ける!

 しかし、その大ガラスの後ろには、別の大ガラスが。

 そのくちばしは、私のコアを的確に狙ってくる!


「うっ……ッ!!」

 くちばしが、コアを掠める。

 コアを硬化させ致命傷は避けたものの、少し傷がついた。若干のダメージを受けてしまった。

 私を突いた大ガラスは、その顔に少し、私の粘着液を付けていた。

 しかし、それで動きを妨害できるほどではない。木の枝に止まり直し、ぶるぶる顔を震わせて粘着液を取り払っている。


 さすがは普段、野良のスライムをつついていじめている大ガラスたちだ。

 こちらの弱点を的確に把握しているし、粘着液を上手く体につけないように飛べている。


「どうしよう……」

 すぐに次の攻撃が来るだろう。私は、考える。

 

 

 大ガラスは、2番目に弱いモンスターとされている。

 その理由は、攻撃方法がくちばし攻撃1種類のみの単調な点だ。


 普通の人間……例えば戦士なら、降下してきたタイミングに合わせて、剣を振り下ろして攻撃できる。

 あるいは魔法使いなら、火炎魔法を当てて攻撃できる。

 どちらも大ガラス相手なら一撃で倒せるくらい威力があるので、いかに数で攻めてこようとも何とかなる……らしい。


 私は……スライム娘の私は、同じように出来るだろうか。

 戦士の剣のように自在に使える武器は無い。

 魔法使いのように、何発も飛ばせる魔法も無い。

 私にはいくつかの技がある。しかし、対空の敵に、それが通用するのかどうか……。


 

 次の攻撃が来る。

 さっきとは別の2匹が、同じように降下攻撃をしてくる!


 まず、先頭の大ガラスが突っ込んでくる。

 とにかく、何とかしなきゃ。このままじゃやられっぱなしだ……よし!

 私はその大ガラスの動きに合わせて、回避行動をとりながら、粘着ボールをぶつける!


 翼を粘着液まみれにされた大ガラスが、地面に落ち、のたうち回っている。

 しかし私は、後ろから来たもう1匹の大ガラスにコアを突かれ、また少しダメージを受けた。


 これで3対1。しかし、私はすでに2回ダメージを受けている。

 HPは正確には測定できないが、恐らく、もう既に最大HPの半分はダメージを受けていると思う。

 このままでは持たないかもしれない。


 なんとか、せめてコアさえ狙われないようにしないと……。


 私は考えた。

 クルスさんとの試験の時みたいに、偽のコアを作って、そっちを襲わせればなんとかしのげるんじゃないか……。

 しかし、偽のコア作りには『体内の絵の具』のストックが必要。

 コア作りに必要な赤と紫の絵の具は、もう十分な量が残っていない。なので偽のコアを作れない。

 どうすればいいのか……。せめて、絵の具じゃなくても何かで色を付けられれば……。



 ……そうだ。思いついた。


 私は、体を思いっきり平べったく広げ、水溜りのような形状になる。

 昨日と違い、ずっと監視されていたので、水溜りに変装は出来ない。

 しかし、平べったくなった私の体は、地面の泥をたくさん吸い込んだ。



 私は元の形に戻る。

 さっきまで透明だった私の体は、泥まみれの、濁った色になった。

 手を見ても、もうその向こう側は透けて見えない。


 うん、いいかも。

 泥のおかげで、コアの位置は大ガラスからは見えなくなった。これでどうだ!



 大ガラスは、最初の2匹が再び降下攻撃の態勢だ。

 やっぱり、コアが見えないとはいえ、それで攻撃を止めてはくれないらしい。

 

 

 先頭の大ガラスが突っ込んでくる!

 私はさっきのように、回避しながら大ガラスに攻撃する。でも、さっきの粘着ボールではなく、今度はナイフで。


 泥で見えない体内から、突然飛び出してくるナイフ。

 大ガラスは避けきれず、正面から直撃する。

 

 後ろの大ガラスは、私の体内を突く。

 しかし、突いた先にコアは無かった。

 さっきと同じ場所を突いてきたが、私はそこからコアの位置を変えていた。

 今は下半身の、地面すれすれの位置にある。

 

 

 ナイフが直撃した大ガラスは、もう助からないだろう。

 最初の粘着ボールの大ガラスは後でとどめを刺すとして、残りは2匹。

 ペアの片方をそれぞれ失ったが、残り2匹で、またさっきの攻撃をしてくるだろう。


 

 うーん、どう攻撃しよう。

 ナイフは使ってしまった。

 粘着ボールは効果があるが、失敗した場合の事を考えるとこれ以上の連射は得策ではない。成功しても失敗しても私の体積が減る。突いて私の水分を削ってくる大ガラスに使うのは危険だ。

 

 ゴム化体当たりは、上空の敵には攻撃できない。反動をつけるために体を反対側に伸ばさなければいけないが、地面より低く伸ばすことは出来ない。せめて木の上に登れればとは思ったが、上は既にカラス達でいっぱいだ。

 

 となると……残るは小石での攻撃だ。小石は近くに何個かある。ナイフのように一撃で倒すことは出来ないけど、チクチクとならダメージを与えられるだろう。

 

 うん、ここからは持久戦かな。

 残り2匹の大ガラスのHPを削りきるのが先か、私のコアが貫かれるのが先か……。



 その後はしばらく、予想通りな展開の応酬になった。

 私は小石をぶつけ、少しずつ大ガラスにダメージを与える。

 大ガラスは、突く場所を変えながら、私のコアを探す。


 大ガラスには確実にダメージは与えられている。

 相手は前衛と後衛を交互に入れ替え攻撃してくるので、片方だけ一気にダメージを与えるということは出来ないが、このままの流れならあと数発で2匹とも倒すことが出来るだろう。

 しかし、もう小石は付近には無い。


 敵は、私の体に的確にくちばしを突きつけてくる。

 確かに、コアを探し当てるまでには至ってはいない。しかし、うまく場所を変え突撃し、コアの位置を絞り込まれている。かつ、突撃で私の体をえぐる度に、僅かずつ私の体積は奪われていく。

 うーん、カラスって頭がいい。

 もうコアを探し当てられるまで、時間の問題だ。


 あと1発……そう、あと1発さえこっちの攻撃を当てることが出来れば、どちらかは倒せるはずなのだ。

 しかし、もう小石が無い。

 2回外してしまったのが痛い。アレさえ当てられていたら……いや、もしもの話は今は考えない。

 

 1本しかないナイフは倒したカラスに刺さったまま。抜きにいく余裕はない。抜いている間は無防備になる。

 マジックパックには予備の武器として、毒針が入っている。しかし、取り出す余裕が無い。

 留め具は固くて開けるだけでも時間がかかるし、マジックパックの中って結構広いから探すのは大変だ。こんな事なら最初から出しておけば良かった。

 

 どうしよう、もう攻撃手段が無い……?


 ……いや、まだある。思い出した。

 あまり頼りないので除外していたが、この状況なら、もしかしたら使えるかもしれない攻撃が。

 うん、試してみよう。もうそれしか無い。


 大ガラスがまた、木の枝の上に止まった。

 その大きな巨体のせいだろう。普通のカラスより、羽根を休める事が多い。

 今がチャンスだ。今のうちに、準備するんだ。


 

 私は全身を丸くする。マジックパックは体内に取り込んで保護する。

 そして、体を『硬化』させ始める。


 数秒後、大ガラスは攻撃を開始する。

 私は1匹目を回避。2匹目は、今回はなんとか躱せた。動きにちょっとだけ慣れ始めてきた。


 さらに数秒後、再度敵の攻撃。

 今度は2匹目の攻撃を食らってしまった。しかし、全身まん丸になって厚みが増えた分、コアまで距離が遠くなった。おかげで突っつき攻撃は深くは刺さらなかった。


 さらにさらに、敵の攻撃。

 まだダメージは無い。だが、じわじわ削られる。

 まだか。私の硬化はまだ終わらないのか。

 体積は減った分だけ硬化しやすくなったとはいえ、フルコンディションじゃない今の状態。しかも敵の攻撃を避けながら。普段より時間がかかる。かかり過ぎる。


 そしてまた、敵の攻撃。

 ……うん、よし!硬化が終わった!


 私は完全にゼリー状となった。

 その体で、おもいっきり『体当たり』する!


 

 いつものゴム式体当たりじゃない。なので、下部を地面とくっつけてはいない。

 思いっきりゼリーの体で斜め上にジャンプして、大ガラスにぶつかる。

 ただ、それだけ。

 ごくごく普通の体当たりだ。


 確かに攻撃力は低い。大きいだけのゼリーボールがぶつかっただけではそんなに相手も痛くはない。

 でも、威力は低くとも、それでも私の『攻撃』だ。

 

 私の体当たりは、確実に大ガラスに向かって飛んでいく!

 

 たとえ威力は低くとも、この技が一番時間をかけて練習してきた技なんだ!


 

 

 ばんっ!!


 全身に衝撃。眩暈のように視界が歪む。体がぶるぶる振動する。

 私の体当たりは、大ガラスを捉えたようだ。


 〈視覚〉を整え、大ガラスを見る。

 翼の折れた大ガラスは、飛んできた方向と真逆のほうに吹っ飛んでいく。

 やった!!


 後ろから飛んできた大ガラスは、弾かれた仲間を回避するので精いっぱい。

 私への攻撃は出来ず、枝の上に飛んで行った。


 弾き飛ばされた大ガラスは、もう動かない。これで残りは1匹。


 ぽーん、ぽーん、ぽーん、と、私はゼリー化した体をバウンドさせる。

 勢いをつけて、高さを維持する。

 硬化はまだ解かない。このまま、後1発、あいつに当てれば……!


 

 最後の大ガラスは、私のバウンドに動きを合わせようとリズムを取っているかのようだった。

 うん、来る。あいつはまた来る。私は弾みながら待ち構える。


 そして、攻撃が来る。

 私がバウンドの最頂点に達したタイミングを狙って、その高さに合わせて飛び込んでくる。


 私はそれを見計らい、地面に接した瞬間、ちょっとだけいつもより体を潰す。そして弾む!


 ほんのちょっとだけタイミングを遅らせた私の体は、大ガラスの腹をめがけて飛んでいく!!


 ばんっ!!


 真下からお腹に思いっきりぶつけられた大ガラスは、そのまま高く高く吹っ飛ばされる。

 そしてそのまま放物線を描き、地面に落下し……動かなくなった。



 倒した……倒した!

 大ガラス達をやっつけた!!




 私はナイフを引き抜き、一番最初に粘着ボールで動けなくなっていた大ガラスに、とどめを刺した。手を組み、カラス達の冥福を祈る。


 その後、食いちぎられたりして分裂した私の粘液を、私の体にくっつけて合流させた。

 食われた分それなりに体積は減ったが、まあまあそれなりの大きさに戻った。

 

 木の枝から見守っていた普通サイズのカラスは、いつの間にか散り散りに飛んで行ってしまった。

 

 そして、経験値オーブを回収。

 あんなに苦戦したのに、得られたオーブは1匹あたり1個、合計4個。昨日の大耳ネズミよりも少ない。

 はぁ……まあ、そうだよね。2番目に弱いんだもの、経験値もそれなりだ。


「こんなに苦労したのになぁ……」


 思わす独り言をつぶやき、人間ならパタッと倒れこむように、地面に体全体をばしゃと打ち付けてしまった。

 もうしばらくは、動く気になれないかも……。

 あ、そうだ。HPが減ってるはずだよね。回復しないと…………。


 

 

 そう思っていた時。


 気配を、感じた。

 

 大ガラスでも普通のカラスでもない、別の気配を。

 地表側からだ。たぶん、茂みの向こうから。


 がさがさと音を立てて、それは近寄り、茂みからその姿を出した。


 もこもこの白い毛に、赤い目、長い耳。そして、頭の真ん中から突き出た、1本のツノ。

 一角ウサギだ。

 この森では、最も強いとされるモンスター。



「嘘でしょ……」

 思わず、そうつぶやいてしまった。

 こんなに一生懸命戦った直後なのに、またモンスターが。



 私は、己の経験不足を悔いていた。

 まず何よりも先に優先すべきは、HPの回復だったのに。

 カラスがなぜ逃げたのか。その理由をもっと考え、体勢を立て直すべきだった。

 

 相手は1匹だけ。

 とはいえ、私はまだコアの傷が癒えていない。

 そんな状態のまま、この森最強のモンスターと戦わなければいけなくなってしまった……。

 

 

 

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