2-6話 スライム娘の朝

 水がめの中で眠っていた私は、振動の気配で意識が戻った。


 〈聴覚〉のスイッチをオンにすると、どうやら部屋の入口の扉をノックしている音のようだ。


「メルティおねえちゃん!あさだよー!」


 ドンドンドンと部屋のドアを叩くのは、ザジちゃんだった。

 お客さんを指定の時間に起こすのはザジちゃんのおしごとだ。


「はーい……今起きまーす……」

 

 私は〈視覚〉と〈声帯〉をオンにしてザジちゃんに返事をし、水がめから這い出し、扉を開けようとした。


 が、ここで気が付いた。このまま開けるわけにはいかない。

 危なかった。寝ぼけてこの姿のまま扉を開ける所だった。


 私は急いでウィッグを取り付け、顔をシリコン化させた。


 がちゃっ。

 

「あ、おねえちゃんおきた!」

 

「ザジちゃん、おはよう」


「あさごはんできてるよ!」

 

「分かった、すぐ行くね」


 ドアをちょっとだけ開け、いつもの簡単な朝の挨拶を済ませたら、ザジちゃんは離れていった。


「ふぅ……気を付けなきゃね……」

 幸い、ザジちゃんは部屋の中まで覗かなかった。

 私が顔以外の部分がまだ液状だって事は、上手く隠し通せたようだ。

 

 私は朝の支度をする。


 顔はシリコン化済みなので、手と足をシリコン化。

 柔らかい手と、むちっとした太ももの足が出来上がる。

 次に頭に乗っけただけだったウィッグを、ちゃんと整えて固定し、櫛をかける。

 最後に水鳥のローブを羽織り、これで一応どこから見ても人間の姿になった。

 鏡を見て、おかしなところが無いか最終確認をして、朝の準備は完了した。



「あ、そうだ」

 

 私はオパールさんから貰ったペンダントを身に着けた。

 ペンダントの裏にはボタンのようなものが付いている。それを2回押すと、ペンダントに数字が浮かび上がってきた。私のMPが表示されるペンダントだ。

 

 ペンダントの数字は、11/26。

 最大MPが26なのに対し、現在のMPは11。

 各部分のシリコン化には、MPを使用する。

 顔で5、両手で6、両足で4。合計15の消費。

 どうやらこの消費量で安定してきたようだ。

 

 一度の変化で半分を上回るので、MPが回復しない限りは連続使用が出来ない。

 これは今後も気を付けないといけない部分だ。

 

 

 部屋を出て、階段を降り、食堂に顔を出す。

 

「おはようございます!」

 

「おやメルティちゃん、おはよう!」

 

 食堂のおかみさんに挨拶する。

 食堂には、ほかに泊まっている冒険者の姿はない。いつもそうだけど、私が最後のようだ。


 私はパンを2個買った。1個は焼き立てのパンで、もう1個は保存食用のパン。

 そのうちの焼き立てのほうを食堂でいただく。もう1つはお昼のお弁当用だ。


 

 ザジちゃんがスープを運んできてくれた。

 小さな腕を震わせ、こちらをハラハラさせながらも、無事に運びきることが出来た。

 

「おねえちゃん、どうぞ」

 

「ザジちゃん、ありがと!」

 私はザジちゃんにお礼を言う。


「ねーおねえちゃん、きょうはあそんでくれる?」

 ザジちゃんが甘えた目でそう聞いてきた。

 

 ううん、どうしよう。

 スライム娘だってバレないようにするためには、極力人に会うのを避けた方が得策だ。

 でも、急に人付き合いが悪くなってしまうのも、それはそれで疑われそう。


 それに、今まで何度も遊んでいたザジちゃんと急に遊ばなくなってしまうのは、それはそれでかわいそうに思う。

 やっぱり、遊んであげたほうがいいよね……。


「じゃあ、私がクエストから帰ったら遊ぼっか」

 

「わあ、やったー!!」

 ザジちゃんは嬉しそうに叫んだ。


 

「メルティちゃん、すまないね。せっかく冒険者になれたっていうのに……」

 

「いえいえ、子供は好きなので大丈夫ですよ」

 おかみさんがそう言ってきたので、そう答えた。

 たぶん大丈夫……だよね?


 

「あの、それで……帰ってきたらお話があるんですが、後でお時間作ってくださいますか?」

 

「え?あ、ああ。いいよ」

 

 昨日、考えていたことがある。

 私はオウルさん夫婦に、自分の体の事を教えなければ、と思っていた。

 今日帰ったら、その事をちゃんと話そうと思う。


 うんまあ、そのお話も、ザジちゃんと遊ぶのも、無事に帰れたらの話だけど……。

 

 

 

 私はオウル亭を出発し、冒険者ギルドへやってきた。


「メルティちゃん、おはよう!」

 

「マリナさん、おはようございます!」

 

 私はいつものように、マリナさんと朝の挨拶をする。


「それで……昨日はどうだった?」

 マリナさんが心配そうに聞いてきた。スライム娘だってバレなかったか、という意味だ。

 

「はい、無事に過ごせました」

 

「そう、良かったぁ」

 マリナさんはほっとした表情だった。

 カウンターの奥には、ソレーヌさんがいた。ソレーヌさんもこちらをチラッと見て微笑む。気にしてくれていたんだ。


 

 そんな朝のやり取りの後、私はクエスト依頼ボードのほうへ向かった。

 いつものように、クエスト依頼がたくさん貼られている。


 いつものように、それを眺める。

 端から端まで、ゆっくり時間をかけて目を通す。

 

 晴れて冒険者になれたとはいえ、新人の私が受けられる依頼は相変わらず少ない。

 下のほうに貼られている、黒い簡素な額縁がプリントされた紙が、私、Eクラスが受けられるクエストだ。


「あれ……?」

 私はそれを見てちょっと疑問に思った。



「メルティちゃん、決まった?」

 私は張り紙を1つ持ち、カウンターで待ってくれていたマリナさんの元へ行く。


「はい。あの、これなんですけど……」


 私が差し出したのは、昨日と同じ、ブル・アプサンの採取の依頼書だった。


「2日連続でこの依頼があるんですけど、品薄なんですか?

 報酬も昨日よりちょっと高いし……」

 

 そう聞くと、マリナさんが答えてくれた。

「良いところに気が付いたわね。ちょっと事情があるの」


「事情、ですか?」

 私は聞き返した。


「まだ品薄とは言えないんだけど、これからそうなるかもしれないの。だから、今のうちに多めに確保しておきたいと思って」

 マリナさんは、どこかぼかしながらそう答えた。


「そうなんですね……あ、それって、今日からあった森タマネギの常時依頼のせいですか?」


 私がそう聞くと、マリナさん感心したように答えてくれた。

 

「ええ、確かにそうよ。不足なのは森タマネギのほうなの。

 そっちに行く冒険者が多くなりそうだから、そのぶんブル・アプサンを取る人が減るかもしれないの。

 だから、ブル・アプサンのほうも、今のうちに集めておきたいのよ」


「へええ……そうなんですね……」

 

 なるほど、それ自体は不足していなくても、他のクエストが報酬金に関係してくることもあるんだな。

 冒険者の依頼って、やっぱり面白いな。



「……えっと、それで、今日もブル・アプサンにするの?」

 マリナさんがそう聞いてきた。


「そうですね、せっかくなので。あ、ところで私のほかに誰か……」


「ううん、森に行く人は、今日はメルティちゃんだけよ」


「そうですか……じゃあ、やっぱりこれにします」

 

 昨日受けた依頼なので違う依頼にも挑戦してみたかったけど、せっかく値段が上がってるんだし、これにしよう。

 昨日もこの値段だったら、クルスさんにもっといっぱい渡せたのになあ……。



 

 私はクエストを受理してもらい、ギルドを出て、街の南門へ行く。

 門番さんに、胸にぶら下げている冒険者ギルドの会員証を見せて、通してもらう。

 木製のペンダント状の会員証だ。

 私はまだEクラスなので木製だが、クラスが上がると、鉄、銅、銀、金とランクアップしていく。


 気を付けてね、という門番さんのあいさつの後、南門の扉が開かれる。



 私は街を出て、草原沿いの街道を歩き、昨日も訪れた南南西の森を目指す。

 どうやら今朝も雨が降ったらしい。道が所々泥になっているし、草原の草にも露が付いている。




 程なくして、南南西の森の入口へ到着。

 

 私は街のほうを見る。

 この森は、街の城壁の監視塔の遠眼鏡なら、ギリギリ見える範囲らしい。

 ここでは、まだ、私は本来の姿に戻ることは出来ない。



 

 森に入り少し進んだあたりで、木々は鬱蒼としはじめ、光が届かなくなった。

 よし、ここならもう大丈夫だろう。



 私はローブを脱ぎ、ペンダントと会員証を外し、ウィッグを取り、それらを腰に巻いていたマジックパックの中に入れた。

 アイテムをいろいろたくさん入れられる、魔法のポーチだ。


 私は顔と手足のシリコン化を解除する。

 本来の姿、『スライム娘通常形態』へ戻った。

 上半身は人間の裸の輪郭、下半身はまん丸スライムの形状。

 うーん、やっぱりこの姿が一番楽だ。


 私はマジックパックを腰にペタッと貼り、森の奥へと進む。


 昨日も今日も、私以外の他の冒険者はいないはず。

 なのでこの姿を見られる心配は無い。

 まあその代わり、何かあっても助けてくれる人はいないけど。



 私は探索を開始する。

 昨日大耳ネズミを倒したところのブル・アプサンの葉は大体採取してしまったので、また別のブル・アプサンの群生地を探さないといけない。

 昨日よりも奥地に行く必要があるだろう。

 


「……ん?」

 昨日とちょっと違う気配に気が付いた。


 今日はなんだか、カラスが多い。

 木の枝に何匹か、カラスが止まっている。モンスターじゃない、普通のカラスだけど。


 心当たりはあった。

 昨日戦って逃げて行った、あの大ガラスだ。

 攻撃してきた私がまた現れたので、仲間が警戒して様子を見張りに来たのだろう。


 奥へ行っても、奥へ行っても、カラスがいなくなる気配はない。

 カラスが止まっている木を通り過ぎても、また別のカラスに見張られる。



 どうやら、大ガラスとの再戦は近いようだ。

 私はカラス達に警戒しながら、森の奥地へ入っていった……。

 

 

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