2-裏1話 配置換え

 冒険者ギルド、夕方の定例会議。


 いつものように、私、ソレーヌは、同僚達と打合せしている。


「じゃあマリナ、引き続き報告よろしく」

 私に促され、マリナが答える。


「はい。ではCクラスの状況です。まずは西の『トルマダック坑道』です。クエストは『魔水晶の採取』。担当は『ルーナチーム』4名。戦力に問題ないと思われます。帰還予定は3日後です」


「了解。次は?」


「北北東の『リステン川渓谷』にて『ラージワイルドボアの討伐』。担当はCクラス2名とDクラス3名。リーダーは『青きフロルの風』のリックさんです。青きフロルの風は2名が怪我で療養中のため、Dクラスグループ『銅の硬貨』3名を加えた臨時編成です。

 戦力的に不安はやや残るものの、銅の硬貨の僧侶ディディエさんの回復魔法を期待しての編成となっています。討伐成功予想はやや良、こちらも帰還予定は3日後となっています」


「了解。

 ラージワイルドボアが森の奥地に引っ込んでいると厄介ね。帰還はプラス2日ほど見ておいた方が良いでしょうね。

 青きフロルの風なら討伐失敗してもちゃんと退却できるかとは思いますが、銅の硬貨のほうはやや不安ね……リックさんの采配次第かしら。じゃあ、次」

 


 いつものように、本日のクエスト受注に関して、ギルドメンバー内ですり合わせていく。

 職員室の大テーブルの上に置かれた地図の上に、各チームの顔の絵とクエスト概要の紙を並べ、状況を整理していく。

 マリナの後は、私が請け負った依頼の報告。マリナと同じように繰り返す。

 マリナと私、交互に報告を地図の上に載せていく。


「……続いて、Eクラスです。

 『リーフ森の洞窟』を探索していたイルハス組4名が無事に帰還しました。

 『第23番旧坑道』を探索中のロラン組3名は現在も未帰還、予定より1日遅れていますが、予想の範疇内であると思われます。

 最後に、本日より新規出立のメルティちゃん……メルティさんですが、南門の南南西の森にてクエストを開始しました。クエストは『ブル・アプサン』の採取で、同日内に帰還、クエスト達成しております」


 少女の顔が書かれた新しい似顔絵を取り出しながらマリナが報告する。

 マリナは相変わらず絵が上手い。簡潔だが特徴を捉えている。


「これで全部ね。マリナ、良かったわね」


「はい!……あ」

 うっかり私情を挟んでしまったマリナは恥ずかしがっている。まあ、今回はこっちが誘導したので特に問題にもしない。

 私も実はほっとしている。あの『スライム娘』の少女が、やっと初クエストを達成できたのだ。




「さて、引き続きロア君、お願いね」

 ロア君は、庶務の男性だ。受付嬢の私達とは違い、完全裏方だ。しかし、このギルドには無くてはならない存在だ。

 黒髪で、男性にしてはやや細身。耳が尖っている。母方の祖母がエルフで、彼はそのクォーターだ。クォーターとはいえエルフの血が入っているので、歳若く見えるが結構な年齢だ。私はすっかり君付けで呼んでしまっているが、確かもう30代だったはずだ。寿命は人間準拠なのでさほど長寿ではないらしいが。


 

「それでは、報告いたします」

 ロア君が立ち上がり、報告書を読み上げ始めた。


「まず、魔術師ギルドより報告がありました。南方のシンダーコートの谷にて、高濃度のフラックスが検出されたとの事です。近日中にダンジョン化する恐れがあるので、警戒してほしいとの事です」


 

「フラックス溜まりか……」

 マリナがつぶやく。


「マリナ、詳しいの?詳しく説明してくれる?」


「あ、はい」


 

 マリナは、魔法関係の知識が豊富である。

 

 彼女の生まれはココ家という、名門の魔術師の家系だ。

 彼女の兄はこの街の領主に仕える魔術師で、姉は魔術師ギルドの職員。ちなみにこの報告自体が、彼女の姉からのものだ。

 例のあの女勇者の仲間で、現在Aクラス冒険者として大活躍中のビビアン・フィービーは、幼い頃、ココ家のメイド見習いだったという。

 そんなココ家の末娘であるマリナは、様々な経緯により、今は冒険者ギルドに職員として在籍している。

 

 私もロア君も、魔法関係は彼女ほど詳しくは無いので、こういう時はマリナの解説に頼る。


 

「ええと、まず基礎的なところから……。

 フラックスは、簡単に言えば、経験値オーブの元になるものです。

 魔素を帯びた高濃度の霧のようなもので、これが集まって固まると経験値オーブになると言われています。

 フラックスが濃い場所は、モンスターが集まりやすいです。

 人間が綺麗な空気の場所を好むように、魔物も高濃度のフラックスの場所を好みます。

 モンスターは高濃度のフラックスを吸い込んで、体内で経験値オーブを作って強くなる……と言われています。

 ですので、フラックスが溜まってくると、モンスターは強くなる目的でそこに集まっていきます。

 複数のモンスターが集まってくるため、お互い縄張り争いが生まれます。中には、縄張りを護るため、地形を変えてくるモンスターもいます。結果、そこがダンジョンになる……と言われています」


「縄張りのために地形を変えるのかい?モンスターが?」

 ロア君が質問する。


「そうです。でも人間だってそうですよね?

 街を護るために防壁を作ったり、魔物が建物に入ってこないようにバリケードを作ったりします。

 モンスターもそれと同じです。巣を作るために植物を取り除いたり、壁を作ったりします。歩いた道が大きな獣道になったりします。

 モグラ系やアリ系のように、思いっきり地形を変えてしまうモンスターなんかもいます。

 もっと危険な魔物の場合、魔力を使って歪に地形を変えてしまったり……。

 各モンスターがそれぞれの最適な環境を作ろうとした結果、その集合体が複雑に絡み合い、ダンジョンが生まれる……と言われています」


「なるほど……」

 ロア君がすっかり感心してしまっている。

 

「あ、でも、元からある遺跡とか廃坑をそのまま使う魔物も多いので、この限りでは無いですけどね。

 こういう場合は地形をそのまま使うのであまり複雑なダンジョン化はしません。

 逆に、あんまり頻繁に地形を変えてしまうせいで、マッピングしても毎回地形が変わる『不思議なダンジョン』って呼ばれるものも、ごく稀に現れたりするそうです」


「へええええ……」

 

「ええと、つまりそういうわけで、近々新しいダンジョンが生まれるかもしれない……という事ですね」

 

 

「マリナ、それはどのくらいで起こるの?」

 私はマリナに質問する。マリナは、ロア君から報告書を受け取り確認した後、解説する。


「ダンジョン化する時期は魔物次第ですが……

 1年以上かかる場合もありますし、そもそもダンジョン化に失敗する場合もあります。

 今回の場合は……姉の見立てによると、早くても2~3か月後ではないか、との事ですね」


「マリナ、ありがと。

 なるほど、モンスターが集まってくる、か……。

 ダンジョン化がまだ先だとしても、それまで魔物の移動がこの付近で頻繁にあるかもしれないわね。付近にクエストに出る冒険者に注意を促しておいた方がいいかもね」


「そうですね!」

 マリナが元気に返事した。いや、そんな明るく喋れる話題ではないんだけど……。


 

 

 マリナの解説が終わり、ロア君が報告の続きに戻る。

 

「えー、では次です。農業ギルドと森林ギルド両方からです。

 今年は例年と比べ、森の野草類の収穫が不足している、との事です。主にキノコ類や野生の根菜類が不足し、特に森タマネギは市場価格が倍になる予測。

 そのため冒険者ギルドに採取をお願いしたいとの事です。できれば常時依頼で、との事ですが……」


「なるほど……まあ、止むを得ないでしょうね。受理しましょう」

 本来こういうのはギルドマスターの権限なのだが、このギルドの場合、何故か私がこの役をやってしまっている。


「しかし、それだと、薬草類のクエストに出る冒険者が減りそうですね……」

 マリナが懸念を口にした。


「確かにね……」


 いい着眼点だ。

 常時依頼を出すと、おおよその冒険者はそちらに集中する。普段のクエストより高額で、しかも期間中はずっと受けられる。

 そうすると、どうしても不人気になるクエストが出てきてしまう。今回の場合は薬草採取がそうなる。

 薬草を採取する人手が減ってしまう。


「今の時期なら、特にブル・アプサンとかか……あの娘が冒険者になれて、本当に良かったわね……」

 

 あの『スライム娘』の彼女の顔が思い浮かんできたので、そうつぶやいてしまった。

 

 ブル・アプサンは、Eクラスの冒険者でも採取可能な植物だが、それ故に報酬金はそこまでではない。

 それでも、他に依頼の少ない低クラスの冒険者はよく採取に行くのだが、今回の常時依頼で、レベル6~10程度の冒険者は皆そちらに行ってしまうだろう。

 となると、レベル不足でそちらに行けない『時季外れに現れたレベル1の冒険者』の存在感が急に増してくるように思える。

 『レベル1』の存在がここまで重要になるなんて……。

 

 ……いや、まあ気にしすぎか。ブル・アプサンなんてあの森じゃなくても採取可能な場所はどこにでもある。地域不問にすればそれでいいだろう。


「もう、マリナちゃんだけじゃなくてソレーヌさんまであの子に夢中じゃないですか」

 

「……へっ?」

 ロア君に指摘されてしまった。

 そうか、自覚は無かったが……気を付けよう。




「えー、では最後に、運送ギルドおよび冒険者ギルド第6支部からです。

 運搬業護衛のクエスト受注者が不足している、と」


「あー、なるほど……」

 ロア君の報告は、納得できるものがあった。

 原因はあの先日の『蒼の巨人』だ。


「例の巨人騒動の余波で、旅の商人の護衛を受理する冒険者が減少しています」


「え、ロアさん、どうしてですか?」

 マリナがロア君に質問する。

 さっきとは逆で、こういう魔術関係以外の知識はまだ疎いようだ。


「例の巨人騒動では、Bクラスの冒険者が馬車の護衛に従事していたが、全滅してしまった。

 巨人を倒せたのはAクラスだ。

 だから、こう思う冒険者が多いんだ。『Bクラス以下の俺たちは死んでしまうかもしれない』と」


「えっ……で、でも、巨人は倒したんですよね。もういないんですよね?

 なのにどうして……?」


「こう考えるのは不思議じゃない。『巨人が他にもいたら……』と」


「……あっ、そうか……」


「そうね……」

 私もそれに同意する。


「あの事件で、巨人の『子供』の遺体が確認されている。

 討伐されたのは男性型の巨人……つまり、父親だった。

 となれば最低でも『母親』が存在しているはずよね……」


「なるほど……」

 マリナが悲しそうな顔をする。魔物扱いされている亜人種とはいえ、子供を殺された親の気持ちが分からないはずがない。


「そうね、母親以外にも家族がいるかもしれないし、集落の仲間も同じように怒り狂って襲い掛かるかもしれない。あの街道を通る馬車の護衛はまだまだ危険性が高すぎるわね……」

 

「あの、他のルートはどうなんでしょうか」

 マリナが聞いてくる。


「他のルートは……こっちの道は盗賊が出るから商隊のルートには向かないわね。クレタ山沿いのルートもあるけど、きつい山道で危険度が高いわね。道の難易度もそうだけど、戦闘が難しい場所ね……」


 ロア君も答える。

「Bクラスなら問題ないかと思うが……」


 口ごもったその反応に、私も同意する。

「魔物の発生状況が読めないわね。いつもとはかなり変わる筈だし……」


「え、どうしてですか?」

 マリナの疑問は最もだろう。

 私はテーブルの地図を使って説明する。


「まず、巨人の強襲前、当然ながら、この付近には数カ所のモンスターの住処があったわ」

 私は地図上にコインを並べる。これをここに住むモンスターに見立てて。


「しかし巨人の強襲によって、ここに住むモンスター達は皆逃げ出してしまった。怒り狂った巨人を恐れてね」

 コインを、その場所から外す。

 例えば、あの女勇者が被害者の商人のリブ氏と会った、あの森もそうだ。

 普段はあそこも、森を突っ切る街道の両脇から魔物が出る、危険な場所のはずだった。

 しかし、あの時は1匹もいなかった。

 リブ氏が魔物に襲われることなく隠れ続けられたのは、巨人を恐れて、魔物が蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまったためだ。


「確かに巨人は討伐されたわ。しかし遺骸はまだその場所に残っている。巨大すぎて除去できないの。

 だから、現場は今頃ものすごい腐敗臭がしているはずよ。

 それを嫌って、ほとんどの魔物は住処に帰らないだろうと予測される。

 それに、さっきも言った『他の巨人の襲撃の可能性』に気付いている魔物もいるかもしれない。

 そうなると、本来そこに住んでいたはずの魔物達は、別の場所に移動せざるを得ない。

 恐らくそのまま移動先に住み着くはずよ。

 ただ、どの魔物がどこに移動するのかは、まだ分からない」

 

 私はコインを、あちこちに配置し直す。

 

 ロア君が加わる。

「つまり、モンスターたちの未曽有の『配置換え』が起こる可能性があるんだ。

 今までCクラスがやっと倒せる魔物がいる場所に、Aクラスでしか倒せない魔物が住み着く可能性がある。

 二の足を踏んでいる冒険者達は、それに気が付いているのさ」


「な、なるほど……」

 事態の重さを把握したマリナが、苦々しい表情になった。


「しっかし参ったわね……どうしましょうか……」

 

 頭を抱える私に、ロア君が進言してくれた。

「ううむ、やはりここは依頼金額を上げて、報酬を増やすしかないんじゃないでしょうか」


「まあ確かに……それが正攻法よね……」


 青の巨人を討伐したAクラスの冒険者様は、今王都へ向かっている最中のはず。

 正直猫の手も借りたい状況だが、『彼』には『彼女宛て』の指名依頼がある。王都は王都で、今すこぶる悪い状況だ。こっちに手を貸してくれる余裕は無いだろう。

 今この地区にいる冒険者達で何とか乗り切るしかない。


 しかし、報酬を吊り上げただけでこの依頼を受けてくれる冒険者が増えるだろうか。

 二の足を踏む冒険者、言い換えれば『生き残るのが上手い』冒険者達が、報酬が上がった程度でホイホイ乗っかてくるとは思い辛い。

 

「はぁ……フラックスの発生兆候に、モンスターの配置換えか……

 ほんとにもう、頭痛いわね……」

 

 希望的観測を述べるなら、これらはまだ『予測』の段階ではあるという事だ。

 

「事態がこれ以上悪くならないよう、祈るしか無いわね……」

 私のこの言葉に、2人は静かにこくりと頷いた。



 

「おお、皆、ちょっといいかね?」

 入口のドアが開き、中にギルドマスターが入ってきた。


「ギルマス!?どうしてここに?」

 マリナの疑問は最もだ。

 ギルドマスターと言っても、もうかなり高齢の爺さんだ。椅子に座ってのんびりお茶をすするのが主な仕事だ。杖を突き、歩く事すら億劫な爺さんが、この会議に顔を出すのは非常に珍しい。


「いやなに、皆に話さねばならん事があってね」

 爺さんは、おもむろに語り始めた。


「実はな、ついにじゃ、ワシの後任が決まったんじゃよ」


「……えっ?」

 私たち3人は、一斉に声を上げた。


「あと1週間ほどで、新しいギルドマスターがここに派遣されてくる。

 ワシは今週いっぱいでお役御免じゃ。

 皆、世話になったのう。

 ソレーヌ君、いつもすまなかったね。これでやっと君もラクになるぞ」


 

 新しいギルドマスターが来る……?


 確かに、その通りなら、『ギルマス代行』の私もだいぶ楽になるだろう。

 しかし……


 なんだか嫌な予感がする。


 モンスターの配置換えの話題で頭を抱えた直後に、ギルドの配置換えの話題。

 何の偶然だろうか。

 


 ひょっとして、新しいギルドマスターも、素直に喜べない、頭を抱える状況になるんじゃないだろうか……。

 

 

 


 

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