幕間2 黒髪の戦乙女


※ 流血表現多めです。苦手な方はスキップお願いします。

  一応、読み飛ばしても問題ない構成(のはず)です。



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 空が紫色に染まる朝の街道を、馬に乗って駆ける女性が一人。

 冒険者ギルドの女勇者、クルスは、急ぎ魔物のいる場所へ向かっていた。


 

 クルスがその緊急指名依頼を受け取ったのは、その日のまだ太陽の明かりも届かぬ未明過ぎ頃。

 ピロンという、オパールから貰った通信装置の通知音で目が覚めた。

 冒険者ギルドからだった。

 

 同居人達へのメモを残し、クルスはギルドへ向かう。

 その日は前の日から何かが起こりそうな予感はしていた。念のため酒を控えてはいたが、当たってほしくないとは思っていた。悪い予感とは、そんな時に限って当たるものだ。



 ギルドの入り口のドアを開けると、そこには受付嬢のソレーヌが待っていた。


「状況は?」

「西の街道沿いに魔物が出現したわ。冒険者が救援を求めてる。詳細はこれに」

 

 クルスはメモを受け取り、ざっと目を通す。

 出現した魔物、現場の位置、そこにいる人員と予想される被害などが書き記されていた。ピンクの花の華やかな挿絵がプリントされたメモ用紙に似つかわしくない内容だった。

 

「わかった。すぐ向かう」

「馬を用意してあるわ。よろしくお願いね」

 クルスもソレーヌもそれだけ答える。

 

 二人が裏手の馬小屋へ向かおうとしていると、ギルド内にもう一人いた男がクルスに話しかけた。

「お、お願いします……襲われた商人は私の友人なんです!どうか、どうか!」

 商人を名乗る男が突然クルスの肩にしがみつき懇願する。

 クルスは一瞬驚いたが、すぐに震える男の手を握り、

「お任せください。あなたのご友人は『私』がきっと助け出して見せます。だから、あなたはお待ちになってくださいね」

 と、笑顔で優しい言葉をかけた。


 

 裏手、ギルドの馬小屋。

「さっきの男は?」

「聞いての通り、らしいわよ。どこかで急報を聞きつけたそうよ」

「そっか……」

 クルスは馬にまたがる。

「じゃあ、行ってくる」

「よろしく」

 二人とも最低限の会話のみ交わし、クルスは現場へ急ぎ向かった。

 

 

 

 メモに書かれた現場の少し手前、街道を突き抜ける林の手前で、クルスは木陰に隠れるようにうずくまる男性を見つけた。

 その男が馬の駆ける音に気付くと、立ち上がり手を振る。

 クルスは馬の速度を緩め、その男に話しかける。

 

「冒険者ギルドの冒険者です。ひょっとしてあなたが……?」

「そ、そうです。第6支部の『ルーディックチーム』に護衛の依頼をお願いしていた商人です。私は商隊長の、リブと申します……」

 

「どうしてここに?状況はどうなっていますか?」

「わ、分かりません……必死で逃げてきてしまいましたので、商隊の他の仲間とも散り散りに……

 ルーディックチームの皆さんは、私達を逃がすために殿しんがりを引き受けてくださって……

 ぶ、無事だといいのですが……」

 

「……分かりました。魔物は『私』にお任せください。あなたは安全な場所に隠れててくださいね」

 クルスはそれだけを告げ、馬を走らせようとする。

 

「あ……あなたはもしや、『黒髪の戦乙女いくさおとめ』、勇者クルスさん?」

「勇者じゃなくて『女勇者』ですよ。そこだけ間違えないでくださいね」

 クルスはにこっと笑い、馬を走らせた。


 

 クルスは林の合間の街道を馬で駆け、現場に向かう。

 全く『黒髪の戦乙女』などと、自分には不似合いな二つ名が付いたものだな、と考えながら。

 

 Aクラスという実力、珍しい女勇者というジョブと、そのルックス。

 いつしかクルスの二つ名は国中に浸透しつつある。

 『黒髪の戦乙女』の二つ名に応えるように、クルスは初対面の人間に対しては『私』という女らしい一人称を使うようになった。

 先程のように、男の依頼者たちに対する効果は抜群だった。

 クルスが見せかけだけの『女』でしかないという事を知る者はほとんどいない。


 

 林を抜け、急な丘を駆けあがると、眼前には1体の大きな魔物。朝日に照らされたその巨体は嫌でも目についた。

「あれか……」

 

『蒼の巨人』……そう呼ばれている魔物。遠目からもはっきり視認できるほど大型の、男性の巨人だった。

 本来なら穏便な性格で、普段は自分の居住地から出てくることは無く、こちらから手を出さない限りは襲っては来ないと言われている。正式にはモンスターではなく亜人の一種だと考える者もいる。

 

 しかし、そんな本来大人しいはずの巨人が、街道で商人の馬車を襲った。

 いったい何故……。

 

 釈然としないながらも、そんな巨人が人を襲っていることは事実である。

 クルスは馬で丘を駆け下り、蒼の巨人に接近する。

 

 

 クルスは馬で現場に近づく。巨人のすぐそばにはバラバラになった馬車が散乱している。巨人は馬車のひとつのそばにしゃがみ込み、大きな咆哮を上げている。怒りのような、嘆きのような咆哮。

 

 馬車の周囲には数頭の馬が横たわっている。それに混じり、同じく横たわった、数名の人間の姿。冒険者らしき格好の者もいる。

 馬も人も動く気配はない。生きているのか死んでいるのかも遠目では判別できない。少なくとも、動いている生き物は、あの巨人ただ1体だけのようだった。

 

 巨人をよく見ると、どうやら馬車の残骸をあさっているようだった。クルスは嫌な想像を振り払えなかった。

 すぐに巨人に向き直り、突進する。

 

「テメエ、こっちだ!」

 巨人に向かって大声で叫ぶ。声と蹄の音に気が付いた巨人がクルスのほうを見る。

 

 クルスは馬の向きを変え、馬車の残骸から巨人を引き離すかのように、巨人の背後へ馬を進める。

 自分がこれから放つ魔法が、倒れた冒険者に当たらない位置に来たことを確認すると、最高速のまま馬の背からジャンプし、そのまま巨人に向かって雷撃魔法を放った。

 轟音とともに放たれた雷撃魔法は巨人に当たり、巨人は叫び声をあげる。クルスは前転をしながら着地し、そのままの勢いで走り出す。


 クルスが乗っていた馬は遠くに避難する。ギルドで飼っている馬だけあって度胸と判断力があった。

 

 巨人は、クルスに向かってのそのそと歩き出す。巨体ゆえに動きは遅いが、それでも1歩1歩がとんでもなく大きい。

 クルスはそのまま巨人を引き付けるように全力で走り続ける。

 

 地平線から出たばかりの朝日を背負い、吹き抜ける風に黒い髪をめくり上がらせ、クルスは巨人と並走する。

 

 

 馬車から十分に離れたことを確認すると、クルスは足を止め、腰のマジックパックから両手持ちの大剣を取り出し、身構えた。

 

 その大剣の名は『ディフェンダー』という。

 王都やアム・マインツ近郊の街では売られていない、国の西方の意匠であつらえられた大剣。

 防具は機動力を優先して最低限しか身に着けていないため、その名の通り防御力を補えるこの大剣を、クルスはいつも愛用している。

 

 ディフェンダーはクルスの身の丈ほどもある大きな剣だったが、それでも、巨人にとっては針のような大きさでしかない。

 3階建ての建物を縦に2つ重ねてもまだそれより高いくらいの背丈の巨人。余りにも体格差がありすぎた。人間など巨人にとっては小さな小動物でしかない。

 

 大きな足音と地響きを立てながら、巨人はクルスに迫る。このまま踏みつぶすつもりのようだ。

 クルスの眼上に巨人の大きな足の裏が近づいてくる。

 

 ずずん、という轟音。


 その後巨人は自分の足跡を見たが、そこには踏みつぶしたであろう小動物の姿は無かった。

 辺りを見回すが、どこにもいない。


 

 クルスは、足首の体毛にしがみついていた。

 大剣を背に背負い、両手で毛を握り、太ももでがっちり挟む。

 胸が大きくつぶれるのも構わずに。大木にしがみつくかのように。

 

 『蒼の巨人』はその大きすぎる体格故に、服のようなものは纏っていない。

 代わりに、寒さに耐えられる体毛が生えている。毛の色は埃で汚れた金色に近い。その体毛が昼間の太陽に当たるとやや水色っぽく輝く。蒼の巨人と呼ばれる所以である。

 体毛は全身にあるが、特に下半身には非常に多い。足首の体毛の長さは、しがみついたクルスを隠すには十分だった。

 

 

 巨人は立ち止まり、消えた小動物を探し続ける。

 

 クルスはその隙に、蒼ではなく朝日の茜色に照らされた体毛を、右手左手で交互に掴み、上へ上へと登り始める。

 『剛力』の魔法の効果も加わり、両手でがっしり掴んで離さない。

 

 クルスが太ももに到達することにはさすがに巨人も異変に気付き、手のひらでクルスを潰そうとする。

 クルスは左手で毛にぶら下がり、右手に大剣を持ち、迫りくる大きな手のひらへ向けて剣先を向けた。

 巨大な手が太ももを叩く瞬間、クルスは大剣だけその場に残して飛び上がり避ける。

 

 自分の太ももを叩く音と同時に、巨人の手の真ん中を大剣が貫通する。巨人は痛みで再び大きな声を上げる。

 

 巨人は自分の手に深く突き刺さった棘のような剣に気づき、胸の前に手を運び、棘を抜こうと反対側の手で引き抜く。

 しかし大きすぎる手に対し小さすぎる棘は、抜き取るのに時間を要する。巨人はその間、完全に小動物の存在を忘れていた。


 

 クルスはその間にもさらに登り、登り、背中側の腰にまで到達する。

 ここより上は体毛は薄かった。握りしめられず、強い力を加えると引き抜けてしまう。

 

 クルスは腰に付けた短剣を手に取る。本来は護身用で、さほど攻撃力は無い。

 その短剣を巨人の腰に逆刃の向きで突き刺す。

 巨人のぶ厚すぎる皮膚には、短すぎる短剣では全くダメージを与えられない。刺されたことにすら気が付いていない。せいぜい痒みを与える程度だ。

 しかしその事実は、クルスがこれからとる行動には好都合だった。


 ナイフを握ったまま腕を曲げ、皮膚にがっちり埋まった短剣に体を寄せる。

 そして、もう1本ナイフを取り出し、さらに上のほうへもう1本差す。

 クルスはナイフを抜き、さらに差し、交互にそれを繰り返し、巨人の腰部分を登っていく。

 ナイフが抜けなくなれば、マジックパックから予備の短剣を出し、さらに登る。

 

 

 クルスが背中のあたりに到達したあたりで、巨人はようやく手の棘を抜いた。ひしゃげた棘は遠くに投げ捨てられる。

 

 巨人はあたりを見回す。

 それに合わせ、クルスの視界は大きく右へ左へ揺れる。ナイフにしがみついたままそれに耐える。

 

 揺れが一瞬収まった隙に、クルスはさらに上を見上げる。巨人の長くぼさぼさの髪が揺れていた。

 

 クルスは狙いを定め、髪の毛に向けて『中型火炎球魔法』を放つ。

 火魔法は雷魔法よりやや苦手で、これが使える火魔法の中では最上級。だがそれで十分だ。

 魔法のコントロールも苦手なほうだったが、それでもこの距離なら確実に当てられる。

 

 火炎球は髪の毛に着弾。焦げ臭い匂いを出しながら燃え始める。

 初めは何事か気が付かなかった巨人だったが、臭いと頭の熱さにやっと気が付き、両手ではたいて火を消そうとする。

 再び大きく揺さぶられる巨体。クルスはその揺れに耐え続ける。

 

 巨人はついにはうずくまり、手の傷とやけどの痛みに耐えながら悶え始める。

 背中に位置するクルスは、巨人がその恰好になる瞬間を待っていた。

 クルスにとって、巨人の背はもはや小高い丘の上のようだった。



 クルスは丘を走り出す。下り坂となった背中を勢いよく走り降りる。

 走りながらクルスはマジックパックから、もう1本のディフェンダーを取り出していた。

 ディフェンダーは高価な武器ではあるが、それでもいわゆる量産品。たとえ1本無くなったとしても潰しが効く。

 

 剣を構えながらクルスが目指す先は、巨人の後ろ首、骨の頚椎の部分。

 髪の毛が焼かれ露わになったその弱点に向かい、クルスは走りジャンプする。

 

 着地すると同時に、クルスはディフェンダーの剣先を首に突き刺した!

 

 

 剣先は頚椎の骨と骨の間に沈む。

 今までの比ではないくらいの激しい痛みに、巨人はさらに大きな叫び声をあげる。音波で空が震える。

 クルスはさらに大剣の柄を握りしめ、追撃を掛ける。

 

 剣を引き抜き、さらに一撃、伸びやかな肢体をフルに活かし、もう一撃!

 

 剣を引き抜くたび、大量の血液が噴き出す。その勢いだけで吹き飛ばされそうになるほどに。

 茜色に染められていた世界が、より濃く暗い爛れた血の色で塗り潰される。

 

 それでもまだ巨人は倒れなかった。

 クルスは巨人の生命力に驚いた。しかし既に致命傷は与えてはいるはずだ。このまま待っていてもいずれは巨人は死ぬだろう。

 だが、クルスはそれでもさらにもう一撃を狙う。

 一刻も早く生存者を探すためには、障害となるこの巨人は早めに殺しておかなければならない。


 その焦りが、クルスの判断ミスを誘ってしまった。

 

 巨人の首回り、つまりクルスの足元は、吹き出た大量の血で濡れていた。

 痛みに耐えかね、膝で立ち上がり悶える巨人。

 なだらかな平面だったクルスの足場は突然、垂直の崖のようになった。

 

 血で地面が滑り、クルスは足の踏ん張りが聞かず、首に突き刺さったままの大剣に左手だけでぶら下がる姿となってしまった。

 

 

 巨人はこの痛みの原因となった後ろ首のクルスを叩き落とそうと手を近づける。

 が、先ほどの手の棘の痛みを思い出したのか、躊躇して止まる。

 代わりにクルスを振り落とそうと、体を左右に激しく揺さぶる。

 

 クルスの眼前が激しく揺れる。

 朝焼けの空と大地の位置が高速で入れ替わる。

 大剣の柄を握りしめる左手の握力が、徐々に抜け始める。

 が、必死にしがみつき、耐える。

 

 いよいよ握力も限界に差し掛かる頃、ふいにクルスは思い出した。

 反対の手をマジックパックに入れ、あるアイテムを取り出す。

 

 それは、革製の水筒だった。

 水筒の蓋を歯で開け、水筒を強く握る。

 中身の液体が飛び出し、柄を握りしめる左手にぶちまけられた。

 

 水筒に入れていたのは、メルティの粘着ボールだった。

 オパールが「クルるんにも1個あげとくから、何か気が付いたことがあったら教えて」と言って渡してきたものだった。

 渡されたはいいが結局何も思い浮かばず、かといって保管しておく容器もなく、とりあえず無理やり水筒に入れておいたのだ。

 

 柄を握る左手に粘着質の液体がかかる。この液体の剝がれにくさは身をもって経験している。

 粘性を持った液体のおかげで、クルスはなんとか振り落とされずにすんだ。

 さすがに接着剤ほど密着力のある物質では無かったが、それでも握力を失いつつある手の助けには大いになった。

 

 

 クルスを振り落とせないと悟った巨人の動きが鈍る。

 既に出血し過ぎていた。巨人はもうほとんど身動きできなくなっていた。

 ディフェンダーは食道にまで到達し、呼吸と共に空気が漏れていく。

 空気に押され、血飛沫がクルスの体に降りかかる。


 クルスは自分の右足のブーツに残りの粘着質の液体を付け、その足を巨人の皮膚にくっつける。

 巨人の首筋は血まみれではあったが、何とか固定される。地面とはほぼ平行する体勢ではあったが、それでもその場に留まり続けられている。これでクルスは踏ん張りの効く軸足を手に入れた。

 

 空になった水筒を投げ捨て、クルスはさらにマジックパックに手を入れる。

 

 取り出したのは『シャムシール』という片手持ちの曲刀。

 クルスの現在の手持ち武器の中では最も切れ味に優れていた。

 

 シャムシールで、後ろ首の側面を切りつける。

 しかし傷は巨人に対しては浅く、首の皮だけに切れ目が入るだけ。

 それでもクルスは構わずもう一撃を狙う。

 器用に体をねじり、シャムシールを投げる。

 首の皮を掠め、さっきとは反対側の首の皮に似たような傷が出来る。

 

 クルスは今度は深く突き刺さったままのディフェンダーの柄を両手で握り、体重を込めてぶら下がる。

 足を踏ん張らせ、重いものを背負い投げるような形で力を込める。

 

 頚椎の隙間に差し込んだ大剣は、ぶら下がったクルスの力により、テコの原理の力で、頚椎の骨と骨とを引き剝がそうとしていた。

 首の肉が、シャムシールで付けた傷の部分を境目に、メリメリと音を立てて引き剝がされていく。血がぷつぷつと吹き出してくる。

 

 クルスは剛力を掛け増しし、さらに力を加え続ける。強く、より強く、全力で!


 

 そしてついには、巨人の首は、ゴキッという音とともに勢いよく外れ、前側の首の皮と数本の血管だけを残し、胴体から完全に分離された。


 

 立ち上がっていた巨人は首を失い、前へ倒れこむ。

 力が入り続けたクルスのブーツの紐が千切れ、クルスの足がすっぽ抜けた。くっついたままのブーツを残し、クルスの体は急に自由となった。

 クルスはそのまま、血のウォータースライダーとなった巨人の背を、滑り降りるようにして落ちていった……。



 その圧倒的な体躯で、常に他の生物を圧倒的な力で御してきた巨人は、自らの命を脅かすほどの強さの小動物と遭遇した経験は今まで無かった。

 対してその小動物は、数多くの戦いを経験し、自分よりはるかに大きな魔物との戦い方も熟知していた。

 絶望的過ぎる戦闘経験の差。この結末は必定だった。


 クルスは地面に何とか着地。尻もちをついたまま、手にくっついていた粘着質の液体をゆっくりとはがした。

 2本目のディフェンダーは真ん中で折れ、先は無くなってしまっていた。

 


 

 泥と血にまみれた体。『黒髪の戦乙女』などと呼ばれてはいるが、可憐なその二つ名に反し、戦い方はいつも泥臭かった。

 似合わない二つ名を貰ったなと、クルスはつくづく思う。

 女のような手足、女そのものの肉体をしながらも、いつも女らしさとは無縁。

 それが『彼』の戦い方だった。


 

 クルスは、血も拭き取らないまま、素足のまま辺りを歩く。

 高価な剣数本を失い、ブーツを片方使用不能にしたものの、大きな怪我は無い。

 多少危ない場面はあったが、完全勝利と言っても差し支えなかった。


 しかし、クルスの表情は冴えない。

 クルスは、周囲に向かって声をかけ続ける。

 

「おーい、誰か、生きてるやつはいないかー!?」

 

 だが、返事は無い。倒れていた人達はすでに事切れていた。

 商人の仲間と思しき数名と、冒険者達5名の姿を確認する。

 が、息を吹き返す者は一人もいない。

 最初に巨人がまさぐっていた馬車を調べてみる。

 誰か生存者が襲われているのかと思っていたが、そうでは無かった。

 巨人が触れていたのは『積み荷』だった。

 

 クルスは声を出し続けた。

 陽はすでにかなり高くなっていたが、それでも生存者がいる可能性を諦めきれなかった。

 勝利の喜びなど、何所にも無かった……。


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