19話 修行5日目・午後 自主練習
お昼。
私とオパールさん、二人だけの昼食。
突然、ピロリンという不思議な音が鳴った。
「お、メールだ」
オパールさんが懐から薄い板のようなものを出し、それを眺め出した。
「おー。クルるんからだ。魔物の討伐終わったって」
「えっ!?」
私は思わず、テーブルに乗り出して聞く。
「な、な、なんで分かるんですか?それ何ですか?」
「あーこれ?これはスマホ。これで文章のやり取りとか話が出来るの」
そうか、前に言ってた通信魔法みたいな機械か。
「えっと……魔物の討伐は無事終わったんだけど、事後処理があるから戻るのは深夜になるって」
ずっと心配だった。緊張の糸が切れて、思わず、体の形をぐにゃぐにゃに崩してしまった。
「フフ、良かったねメルっちょ」
「はい……すごく、心配でした」
「でもやっぱり戻るのは深夜か……さて、午後はどうしよう?」
「さっきの修行のほうを続けましょうか?」
「う~ん、でももう相当数のマジックポーションを飲んでるよね。アレほぼエナドリだから、飲みすぎは体に悪いと思うし……」
エナドリというものは、飲むと元気になるけど、飲みすぎると中毒症状とか、体にいろんな悪影響が出るオパールさんの世界の飲み物らしい。それと同じ悪影響を心配しているそうだ。
私は人間じゃないから人間と同じ影響は出ないかもしれないが、完全に出ないとも言い切れない。なので用心に越したことは無いとの事だ。
「まあこっちの修行は順調に行けたし、午後は何か別の事したほうがいいかもね。メルっちょ、何かやりたいことある?」
「う、う~ん……突然言われても……あ、そうだ、庭で練習しようかな……」
「自主練って事?うん、いいかもね。昨日はビビやんの修行でクルるんのほうはやらなかったし、今日も無しだと体なまっちゃいそうだしね」
そんなわけで、午後は私1人で庭で修行することになった。
オパールさんは時々様子を見に行く、何かあったら大声出してねとの事だ。
私はローブを脱いでいつもの姿で外に出る。戦闘スタイルは服無しで使う技が多いので、この格好が適していると思う。
さて、自主練と言っても何から始めよう。
えっと、今までは大体どの修行でも、前のおさらいから始めてたよね。
というわけで、今までの技のおさらいから。
まずは、『体当たり』。全身を丸いゼリー状にして木にぶつける。
次に、『ナイフ発射』。体内にナイフのレプリカを入れて発射する。
最後に『粘着ボール』。粘着弾を作って敵にぶつける。
主にこの3つだ。
「えっと、昨日クルスさんが『今までの3種の技を複合的に組み込んでみる』て、言ってたっけ……」
1人だと何となく寂しいので、思ったことを独り言として出してみる。
無言でぽよぽよやってると、なんか、本物の野生のスライムそっくりになっちゃいそうな気もするし……。
「んーと、敵が目の前にいるつもりで、いろいろやってみようかな……」
とりあえず、おととい読んだ『まちのもんすたーたち』の絵本の中から1匹思い出して、それを仮想敵にしてみる。
何となく思いついたのは『大オオカミ』。
牧場の羊を襲ったりする。厳密には街中ではないが、よく人間社会に害をなすので、あの本に書いてある。
冒険者になりたてでも遭遇しやすいモンスターのはずだし、イメージの対象としてはそんなに間違いではないはず。
目の前に大きなオオカミがいると想像する。
「うん、この大オオカミと戦うつもりでやってみよう」
まず、目の前にオオカミを発見する。
オオカミは唸り声をあげながら威嚇する。今にも私にとびかかってきそうな勢いだ。
私はまず、体内にナイフを仕込み、体をゼリー状に『硬化』させる。
しかし全身の硬化は時間がかかる。平常時でおよそ約30秒。その間、とびかかられたら負ける。
私の体の変化に気が付いたオオカミは、先制攻撃で飛びかかろうとする。私はこれを止めなければならない。
まずは『ナイフ射出』。ばしゅっと空想のオオカミの前に飛ばす。オオカミは避けるため、後ろに飛ぶ。
次に『粘着ボール』を打つ。硬化ほどではないが2~3秒ほど発射体制が整うのに時間がかかる。私はそれを撃つ。
粘着ボールがオオカミに当たり、身動き取れなくなる。その間に、私の『硬化』が完了する。
私は硬化した体でオオカミに近づき、思いっきり『体当たり』!
オオカミはぱたっと倒れる。
「うん、こんなもん、かな……?」
理想的な流れとしてはこんな感じだろう。ただ、もちろん想像の通りになってくれるとは限らない。
ナイフにひるまない場合もあるし、粘着ボールもよけられる可能性はある。
私は敵の動きを何パターンか考え、それに合わせて体を動かす。
「うーん……やっぱり空想だけだと限界があるなあ……」
冒険者デビューしていない私は、モンスターとちゃんと戦ったことが無い。
オオカミの動きだって、故郷の知り合いのおじさんの牧場にいたワンちゃん参考にして想像しているだけだ。
各種技の使い方も、本当にこれでいいのか疑問が残る。
まず『ナイフ射出』。
運よく当たればダメージを与えられるかもしれないが、当たるかどうかは分からない。基本的には牽制用と考えるべきだ。
それに、1発撃ったらそれでおしまいというのも欠点ではある。そもそもどうやって持ち歩こう。
次に『粘着ボール』。
相手に当たった時の行動妨害力はたぶんすごい。私の技の中では一番有効性はあると思う。
ただし、動きを封じられるだけで、ダメージそのものは与えられない。
それにこれもナイフと同じで、避けられれば意味が無い。
あとは『体当たり』。
一番練習してきたけど一番ピンときていない技でもある。
相手を弾き飛ばした際のダメージは相応だろうが、どのくらいのダメージなのかはまだはっきりしない。
多分だけど、相手の体格によって変わる気がする。小型の敵なら遠くまでぶっ飛ばせるが、大型だとよろめかせる程度で終わる。
まあ、レベル1からそんな大型の敵と戦うことになるかどうかは分からないが、レベルが上がっていけばそういう魔物と戦う機会が増えるだろう。そのとき体当たりで対処できるのかどうか。
レベルアップと言えば、そのうち私は初級火炎魔法を覚えられるらしい。
でも、それもレベル3以降の話。まだ実戦に組み込むどころか練習すらできない。
そもそも、人間職の魔法使いがレベル2で覚えるのに、スライム娘のジョブだとレベル3でだ。全体的な魔法の取得自体、普通の人間より遅い可能性はある。レア職とは全体的にそんなものらしい。不確定要素が多くて実戦にはまだまだ全然組み込めない。
「う~ん……やっぱり一番有効なのは『粘着ボール』かなあ……」
あの時クルスさんに試し撃ちしたときの光景は今でも脳裏をよぎる。
敵があの状態になってさえしまえば、体当たりだってし放題だしナイフだって急所を狙って撃てる。
「ただ問題は、当たるかどうか……」
あの時のクルスさんは、避けずにあえて当たってくれたに過ぎない。
普段のクルスさんなら余裕で避けられるだろう。敵もそのはず。
考え事していたら、目の前を虫が飛んで行った。
なんとなくその虫めがけてもう1発粘着ボールを撃ってみる。
虫はすいっと軌道を変えて避ける。
うん、やっぱりクルスさんも他の敵も避けるイメージしか湧かない。
「あ、あと、体が小さくなるのも問題か……」
粘着ボールを撃った分だけ、本体が小さくなる。
一見なんでもない事かもしれないが、その分体当たりの威力が減るはずだ。
それに加えて、私の弱点である『コア』が狙われやすくなるかもしれない。
他の部分を狙われても痛くもかゆくもないが、コアを破壊されると私は気絶する。
なので、コアを護るためのまわりの体のパーツは多いほうがいい、という事になる。
とりあえず、打った粘着ボールは余裕があれば回収しておかないと……。
「……あれ?」
さっき撃った粘着ボールが、いつもより飛び散っていることに気が付いた。
「あ、そうか、高いところに撃ったからその分飛び散ったのか……」
さっきは虫を追いかけ、いつもより上のほうに撃っていた。
だから普段真っすぐ撃っているときより、飛び散り方が異なっているんだ。
「ひょっとして……」
私はさっきより、もっと高く撃った。地面に着弾した粘着ボールは、さっきより広範囲に飛び散った。
「これ、いけるかもしれない……」
私はあの日のクルスさんの昔話を思い出していた。
『足元には倒したスライムの粘着質の液体。それが辺り一面に散らばり、足の踏み場が無くなってくる。うっかり踏んでしまうと足を取られて転びそうになる……』
あの日、クルスさんに粘着ボールを当てた後の事を思いだしていた。
『うわっ!?あ、足がっ……!ちょ……なんだ……これ……んんっ……!』
昔話の中のクルスさんは、倒したスライムを踏んで転びそうになった。
あの時のクルスさんは、足元に落ちた粘着ボールの破片に足を取られてしまった。
私はもう1発粘着ボールを作る。そして、それを撃つ。できるだけ高く撃つ。
結果、粘着ボールは地面に着地したと同時にはじけ飛び、周囲は散乱した粘着質の物体で溢れかえった。
「そっか、足元だ……」
そう、何も敵に当てなくていいんだ。こうやって足元にばら撒けばいい。
敵はこれを踏むと、足を取られて転ぶか、これが絡みついて歩きにくくなる。
こんなに散らばってしまっては、その分足の踏み場はほとんど無くなる。
2足歩行や4足歩行の敵、つまり大体の敵なら、これだけで大分行動を制限されるだろう。
対して私は元々この粘着質と同じ体なので、これを踏んでも痛くもかゆくもない。
私だけが有利に動くことが出来る。
敵を狙いやすくなるし、最悪、粘着ボールの回収を諦めて逃げちゃってもいいだろう。
「うん、これならいける……」
手ごたえは感じた。
でもなんというか、思いついたきっかけがあの時の苦しそうなクルスさんだった件に関してはちょっと申し訳ないなと思った。
「クルスさん、あの時のカタキは取りましたよ……」
なんとなくそう言っておいた。いやまあ、あの状態にしちゃったのは私なんだけど……。
「でもここまで散らばっちゃうと、回収が大変だよね……」
バラバラに散乱された粘着質の破片を、這いずり回って回収する。
そうすると結構、落ちている砂ぼこりや小石なんかが混じってしまう。
砂ぼこりは浄化で綺麗に出来るとしても、大きめの小石は浄化できない。1個1個吐き出して取り除くしかない。
小石を吐き出す自分の体を見て、私は気が付いた。
「……あ、そうだよね。何もナイフじゃなくてもいいんだ……」
オパールさんがパチンコと言うものを作って見せてくれた時に、試し撃ちで飛ばしたのが確か小石だ。
小石はナイフと違ってどこにでもある。
威力はナイフよりは劣るだろうけど、オパールさんのパチンコの小石はそれでもそれなりに威力はありそうだった。
試しに、小石を撃ってみる。
ぱしゅっ。ぱしゅっ。ぱしゅっ。
ちょっと楽しい音を出しながら小石が射出される。
ナイフと違って何発でも打てる。確実に足元にあるとは限らないが、探せばそこそこ何個か見つかる。
「これも良さそうだね……よし」
新たに考えたこの2つを組み込んで、もう一度シミュレーションしてみる。
大オオカミと出会う。
オオカミは唸り、私は硬化を開始し、互いに臨戦体制。
当たったらラッキーなので、やっぱり最初はナイフ撃ち。でも外れる。
でもナイフに気を取られている隙に、私は粘着ボールを空に撃つ。
地面に落ち、粘着質の液体があたりに散乱。この時オオカミは散乱した液体をすべて避けたものとする。
オオカミは足元の粘着質の液体を警戒して動けないが、それでも通れるルートを探して近づいてくる。
私は小石をセットし、何個か射出。
避けられる。でも避けた先は粘着質の液体がばら撒かれた場所。
もし駄目でも小石を何度も投げ、そこにうまく誘導する。オオカミの足が粘着液に取られる。
私はその隙に、もうひとつ作った粘着ボールを直接ぶつけ、オオカミを粘着まみれにして動きを完全停止。
私はこのまま体当たりを……
ぽよん!
あれ?
あ、そっか。体当たりだけまだ何も考えてなかった。
それまでのイメージがけっこういい感じにできてたから、その分なんとなくギャップを想像してしまった。
「う~ん……ここまで出来たなら、最後はもっと格好よく決めたいなあ……」
体当たり。もう少し……こう、威力を上げたい。
一連の流れの最後にふさわしい、必殺技みたいなやつ。それが体当たりだとちょっと弱い。
ただゼリーの体をぶつけるだけだとやっぱりそんなに威力は無さそうにしか思えない。
『硬化』なんて固そうな名前をつけているけど、硬化させたって結局はゼリー程度になるだけ。
世間一般のイメージではそこまで固くない。
シリコン化は……ううん、戦闘ではそんなにゼリーと変わらないかな。MPの消費も激しいし。戦闘向きではないと思う。
「ううん……なんかこう、もうちょっと何とかならないかなあ……」
何となくぽよんぽよんジャンプしてみる。
軽く、高く、軽く、高く、交互に。体を潰して、弾いて。
ゼリーの体を潰すとジャンプ力が出る。
体当たりの時は体を潰すと威力が出るのは分かる。でも結局、それで出来るのはいつもの体当たりだ。
ぽよんぽよん飛び跳ねながら考え事を続ける。
ぽよんぽよんしてると、ちょっと楽しくなってくる。
まるで遊んでいるみたい。玩具のスライムもこうやって遊ぶのかな。
スライムは玩具でもある。つまり私は玩具。玩具である私自身も楽しい。私で遊ぶ他の人も楽しい。
クルスさんとオパールさんが、私の体を触ったり、つまんで伸ばしたりして楽しんでたっけ。
……あれ?
童心に帰ったかのような笑顔のクルスさんの顔を思い出して気が付いた。
私の体、『伸びる』。
潰すのはやったことがある。でも、あえて伸ばすのはやったことが無い。
やってみよう。
えっと、たぶん人間の時で言うと背伸びする感じかな。
「上のほうに、こう、体を……伸ばす……!」
うん、結構伸びる。
伸ばせば伸ばすほど元に戻る力が加わるのかキツくなる。
痛いわけではないが、元に戻りたくてむずむずする……ぱちん!
ふう。元に戻ると安心する。
「伸びる……伸びる……何かあったかな……」
なんとなく『伸びる』という行動に覚えがあった気がする。
『伸びる』物もあった気がする。思い出してみる。
あ、そうだ。さっき思い出したオパールさんのパチンコだ。
あの時ゴムってやつを伸ばしてた。
そうか、そういえば射出の時体内でおんなじことをしてたんだっけ。
でも、あの時は体内の一部分だけだった。でも今伸びたのは体全体。
「潰すとき体全体でやったら威力が上がったように、体全体で伸びると威力が上がる……?」
私はいつもの木の前に立つ。
「この木に、体を伸ばしてぶつけてみよう……」
木の前でいつものように体を丸めてからゼリー化する。
そして体当たりではなく、体を伸ばし始める。木にぶつけるんだから、木の反対側に伸ばす。
「こうやって体を伸ばして……」
ぱちん。
あれっ?
体が勝手に戻ってしまった。
さっきよりも離れた位置で丸いゼリーになり、私の体はころころ転がっている。
「そっか、何かで押さえないといけなかったのかも……」
オパールさんのパチンコには、ゴム以外に持つところがあった。
多分、その持つところで押さえてゴムを伸ばしているんだろう。
「自分の体を押さえておく方法……」
ゼリーの体が伸びる力は結構すごい。だから、押さえる方法がたぶん必要。
自分の体を押さえる……押さえられる場所があるとするなら、やっぱり地面だ。
「地面で、体を、押さえる……」
人間の体で言うと……やっぱり、足で踏ん張るって感じかな。
昨日温泉でクルスさんがビビアンさんに引っ張られてお湯に入れられそうになった時、足ですっごく踏ん張ってたもんね。
……なんかいつもクルスさんの事ばっかり思い出しちゃってホントごめんなさい……今日は大変だったはずなのに……。
「足で踏ん張る……でも足は無いから……」
足の代わりに、まん丸ゼリーの地面に設置している部分で踏ん張ることにする。
「うーんと、地面に付いている部分だけゼリー化を解いて、ここをくっつけて踏ん張る感じかな……」
なんていうかこう、地面の粘着を強くする感じで……。
「で、そのままこう……後ろに体を……伸ばして……んんん~~~っ……あっ」
体が伸びきったあたりで元に戻る時の引っ張りに負け、体がものすごい勢いで木に接近していく。
そしてそのまま木にぶつかり……
ど~~~ん。
めきめきめき……ずずぅ~~~ん。
「え、なになに、何の音!?」
大きな音と振動に驚いたらしいオパールさんが慌てて庭に出てくる。
私はその音の発生源を、唖然と見つめるしかできなかった。
私の体がぶつかった木が、真っ二つに折れていた……。
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